狩られかけた
そいつは、唐突に現れた。
「よう、吸血鬼。とても良い日だな・・・良い殺戮日和だ」
「「!!?」」
其処には、凶悪な笑みを浮かべた神父が居た。獲物を見付けた肉食獣の様な、そんな笑顔。心胆寒からしめる狂喜の笑みだった。まるで、俺達を獲物としか見做していないかの様な———
漆黒のカソックを着、癖のある金髪に青い瞳の神父。首には純銀の十字架が掛けられている。
俺とリーンは一瞬で戦闘態勢に入る。しかし———
「シッ!!!」
「がっ!!!」
一足飛びの要領で距離を詰め、神父は俺を殴り飛ばした。
何だ!?この尋常じゃない速度と怪力。人間では決してありえない。それに・・・。
「シン!?」
「ぐっ・・・がはっ!!!」
焼けつく様なこの痛み。いや、これは———
殴られた部分を見ると、酷く焼け爛れていた。それに、蝕む様なこのダメージ。
何だ、此れは?一体どんな攻撃を受けた?只殴られただけではないのか?
俺は訳が解らなくなってくる。
「ふむ・・・。そうか、貴様は吸血鬼になりたてだな?」
神父はそう言うと、銀の十字架を首から外した。銀?十字架?
・・・浄化?
そうか、そういう事か———俺が全てを理解した瞬間。
「シン、駄目!!逃げてっ!!!」
「Amen」
瞬間、俺を白銀の閃光が包み込む。視界が白銀に染まる。
同時、俺の身体を地獄の如き激痛が襲った。
「っ、があああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
響き渡る絶叫。そして、閃光が収まると俺は全身焼け爛れた姿で倒れ伏した。
「いっ、いやあああああああああっ!!!」
リーンの悲鳴が聞こえる。神父の嘲笑う声が聞こえる。
「次は貴様だ・・・真祖の吸血姫」
「っ!?」
リーンの肩がびくっと震える。神父が十字架を構えた。
瞬間、俺の中で何かが切れた。
俺は吸血鬼が持ちうる全力の力で神父に迫り、殴り付ける。
神父は微動だにしない。どころか、俺の拳が焼け爛れる。神父が嗤う。
しかし———
「それがどうした?」
「っ!!?」
俺は、そのまま神父を殴り飛ばした。吹き飛び廃工場のコンテナにぶつかる神父。
俺はそのまま、リーンを庇う様に立つ。拳は滅茶苦茶に焼け爛れている。
「シン・・・」
「大丈夫、リーンは俺が守るから・・・」
「っ!?」
リーンは目を見開いて俺を見る。そして、目尻に涙を滲ませる。
「舐めるなっ!!!」
ドガンッ!!!コンテナが吹っ飛び、神父が出てくる。その姿に、俺達は驚いた。
神父は無傷だったのだ。
俺は、再び身構える。しかし、それよりも速く何かが俺に飛来して来た。
「がっ!!?」
「シン!!」
飛来したのは十字剣だ。それも、恐らくは純銀制の・・・。
見ると、神父の背後には一人の騎士が立っていた。白髪に薄い青色の瞳をした青年だった。
神父は不服そうに騎士を睨む。
「・・・邪魔するな」
「そう言わないで下さい。我々の目的はあくまでも吸血鬼の討伐です」
———吸血鬼は悪ですからね。
そう言って、騎士が苦笑する。神父は舌打ちをし、十字架を構える。騎士は十字剣を構える。
「ふざ、けるな・・・・・・」
「「・・・?・・・っ!?」」
———ふざけるな。
瞬間、俺を中心に膨大なエネルギーの渦が発生する。エネルギーは俺に吸収され、俺の傷を癒す。
しかし、そんな事はどうでも良い。俺は身体に刺さったままの十字剣を引き抜き、破壊する。
浄化の力を宿す銀の十字剣。それを俺は容易く握り潰した。
「エナジードレイン・・・?いや、でも此れは・・・・・・」
リーンの呆然とした声が聞こえる。しかし、それもやはりどうでも良い。
俺の心は怒りに染まっていた。
吸血鬼は悪だと?そんな理由で、俺達は襲われたのか!!そんな理由で、リーンを襲おうとしたのか!!
ふざけるな・・・。
「ふざけるなっっ!!!」
コンクリートの地面に皹が入る。空気が乾き、徐々に周囲が暗くなってくる。
「此れは・・・周囲の環境からエネルギーを吸収しているの!!?」
リーンが愕然とした声を上げる。俺は際限無く吸収する。周囲のエネルギーを。
それは光であり、風であり、水であり、火であり、地熱であり、原子核である。俺はこの世の万物からエネルギーを吸収する。其れは、もはやエナジードレインなどでは無い。
アストラルドレイン———エナジードレインの上位能力であり、俺の得た固有能力。
星から無尽蔵にエネルギーを吸収する能力だ。
俺は無限の器だ。無尽蔵にエネルギーを蓄えられる。其れは、破壊に転換する事も可能だ。
・・・そう、それが星の環境を破壊し尽くす規模であったとしても。俺は吸収出来る。
「くっ・・・!!!」
「此れは・・・一端退くべきでしょう」
神父と騎士はそのまま撤退して行った。
・・・・・・・・・
「あああああああああああああああああああっ!!!」
「シンっ!?」
神父と騎士を退けたは良い物の、現在俺の能力は暴走していた。暴走するエネルギーの渦、その中心で俺は絶叫を上げていた。エネルギーを制御出来ない!!
リーンは近付く事も出来ず、必死に俺に呼びかける事しか出来ない。
何たる無様。此れでは俺が星を破壊してしまう・・・。
と、その瞬間———
「おいおい、こいつあ中々やべぇじゃないか!!」
「っ!?」
突然聞こえた声。全身黒で統一された服を着、長い青髪を後ろで束ねた金色の瞳の青年が居た。
俺の友人、榊ユウトである。
「だ、誰・・・?」
「こんにちは、吸血姫。俺の名は榊ユウト———シンの友人だ」
警戒し、俺を守る様に立つリーンに対し、ユウトは軽く笑って挨拶する。本当に軽い。
「シンの、友人・・・・・・?」
「まあ、今はそれどころでは無いな。今はシンの暴走を止めるのが先だ」
「—————————っ」
その一言で、リーンは表情を引き締めた。緊張した表情で問い掛ける。
「何か、シンを助ける方法があるの?」
リーンの問いに、ユウトは力強く頷いた。そして、俺の方を見て言う。
「吸血姫、お前がシンにエナジードレインするんだ。その為の道は俺が造る」
その話を聞いて、俺はなるほどと納得した。要は、暴走するなら制御出来るレベルまで落とせば良い。
制御不可能なまでにエネルギーが溢れているなら、制御可能なレベルに落とせば良いのだ。
それはつまり、エネルギーが安定するまでエネルギーを吸収するという事だ。
それを聞いてようやく納得したリーンは表情を引き締める。
しかし———道を造るって、ユウトはどうするつもりだ?そう思った瞬間、ユウトは何処からか一本の樫の杖を取り出した。何か、赤い文字が彫られている。俺の知らない文字だ。
その杖を見て、リーンは目を見開いた。
「貴方、魔術師だったの?」
魔術師だって!?
俺は驚いた。ユウトが魔術師だったなんて、俺はまったく知らなかった。
しかし、同時に納得もした。何故なら、ユウトは始めて会った時から一貫して俺と対等だったからだ。
他の皆が全員、大人ですら俺の配下に収まる中、ユウトだけは友人として対等でいてくれた。
きっと、ユウトは正しく理解していたんだ。俺とユウトが同類だと・・・。
「往くぞ、シン!!!」
ユウトは叫ぶと、杖を構えて何事か呟き始める。其れはヘブライ語だった。朗々と言霊を紡ぎ、ユウトは目を見開いた。
何か、不可思議なエネルギーが杖に収束する。
「今だっ!!!」
瞬間、エネルギーの渦が裂けて道が出来た。それはまるで、かつてモーセが起こした奇跡の様な光景。
その道を、リーンが駆ける。そして、俺の傍に辿り着いた。
「・・・リーン」
「シン」
リーンは俺の首に腕を回すと、そっと俺の唇に口付けた。
唇を重ねるだけの、そんな口付け。しかし、俺の中で暴走し渦巻いていたエネルギーが徐々に治まってゆくのが理解出来た。
そして、やがて暴走していたエネルギーが安定域に入った。そうして、完全に暴走は止まった。
リーンが唇を離す。見つめ合う、俺とリーン。
「リーン・・・ありがとう」
そう言って、俺はリーンに微笑んだ瞬間。意識は暗転した。




