吸血鬼になった
「・・・・・・此処は?」
「目を覚ました?シン」
「・・・・・・・・・・・・」
俺は街外れの廃工場で目を覚ました。何故、こんな所に?確か、昨日は・・・・・・。
いや、そんな事はどうでも良い。昨日の夜、この廃工場で一晩リーンと語り合ったんだった。
その後の事は良く覚えていない。きっと、途中で眠ってしまったんだろう。いや、やはりそれもまたどうでも良いんだ。問題は・・・・・・。
そう、問題は———
「・・・・・・・・・ふふっ」
俺が、リーンの膝枕で寝ている事だ。リーンは穏やかに微笑みながら、俺の頭を撫でる。
「何故だ?」
幾ら思い返しても、思い出せない。・・・・・・・・・・・・・・・まあ、良い。
俺は無理矢理思考を切り替え、起き上がる。そして、外の様子を見に———
「あっ!?そっちは!!!」
リーンが驚愕の声を上げた。そして、外に出た瞬間。
「むっ・・・・・・ぐうっ!!?」
俺の身体が、盛大に燃え始めた。燃え盛る炎の中、俺は思い出す。
・・・・・・そう言えば俺、吸血鬼になったんだった。
・・・・・・・・・
昨夜、街外れの廃工場———
俺とリーンは語り合っていた。話の内容は、たわいもない話から互いの身の上話にまで及んだ。
どうやら、彼女は吸血鬼の始祖の直系に相当するらしい。吸血鬼の中でも、始祖の直系に当たる者達を真祖と呼ぶらしい。
そして、リーンは数ある真祖の中でも特に血が濃い個体だとか。要は純血種なんだろう。
純血種にして純粋種なのだろう。
或いは、先祖返りの類なのかも知れない。
しかし、良い事ばかりでは当然無い。それは同時に吸血鬼狩りの対象になりやすいという事でもある。
教会による討伐隊は当然の事、好事家のコレクションとして狩られる事もあると言う。
この時、きっと俺は彼女をかわいそうに思ったのだろう。それは、同情なのかも知れないが。
だから、俺は思わずこう言った。
「俺も、吸血鬼になってやろうか?」
「・・・・・・え?」
リーンはきょとんっと、不思議そうに俺を見る。俺は苦笑しつつリーンに手を差し伸べる。
手を差し伸べ、出来うる限り優し気に言った。
「俺も吸血鬼になって、お前の傍に居てやるよ」
お前の傍で、寄り添ってやるよ・・・。
「えっ・・・でも・・・それだと貴方も狙われる事に・・・・・・・・・」
リーンは戸惑った様な顔で、俺を見る。俺はそれを笑い飛ばす。
「はんっ!!下らんな・・・。何時までも俺が傍に居てやるよ!!」
「あっ・・・・・・」
リーンの瞳が涙で潤む。そして感極まった様に俺に抱き着き・・・。
「ありがとうっ!!!」
その瞬間、首筋に鋭い痛みが奔った。意識が暗転する。
・・・・・・・・・
そうだ!!俺は吸血鬼になったんだ!!
と、言う事はこのままではすぐに灰になってしまう。慌てて俺は廃工場に引き返す。
すると、日陰に入った瞬間に炎は消え、身体も綺麗に再生した。
俺は目を丸くして驚く。対してリーンはほっとした様に胸を撫で下ろした。
「良かった。無事、吸血鬼になれたみたい・・・・・・」
「そうか・・・・・・」
俺は自分の身体を見て、眉をしかめた。傷一つ無い。そう、本当に傷一つ無いのだ。火傷一つ無い。
さっきまで、あれ程盛大に燃えていたのに・・・・・・。俺の身体は怪我一つ無かった。
俺の顔を見て、リーンは不安そうな顔をする。
「やっぱり・・・怖い・・・?」
「うん?何が・・・?」
リーンを見ると、今にも泣きそうな顔になっていた。目尻には涙が溜まっている。
何だか、俺が悪い気がしてくる。一体何だ?
「いや・・・吸血鬼になった事が・・・・・・」
「ああ・・・なるほど・・・」
リーンは顔を俯ける。俺は、思わず苦笑した。
どうやらリーンは、俺が人間を辞めた事を今更後悔していると思ったのだろう・・・・・・。
俺が、自身の怪物性に恐怖したと思ったのだろう。・・・下らない。
リーンの頭にぽんっと掌を乗せる。中々可愛い奴だ。
「っ!?」
「大丈夫だ。吸血鬼になった事に後悔は無いよ・・・・・・。俺が選んだ事だ」
「本当に?」
リーンは不安そうに、上目遣いで俺を見る。そんな彼女に、俺は不敵に笑って見せた。
「本当さ。俺はずっとお前の傍に居てやるよ。何時までも、な・・・」
そう約束したからな。そんな俺の言葉に、リーンはまた、瞳を潤ませる。
がばっと、リーンが勢い良く抱き着いてきた。俺は何とか勢いを殺し、受け止める。
「ありがとう・・・ありがとうっ・・・・・・!!!」
俺に抱き着き、泣きじゃくるリーン。俺はそんな彼女の背中を優しく撫でる。そしたら余計に泣いた。
俺は優し気な瞳で笑み、泣きじゃくるリーンに胸を貸す。
今は存分に泣けば良い。泣きたい時は泣けば良いのさ。俺はそう思う。
きっと、リーンは今まで孤独だったのだろう。だから、俺が傍に居てやる。
・・・しばらく後。正確には一時間近くが過ぎた頃。
ぴりりりっ・・・ぴりりりりっ・・・・・・。
俺の懐からケータイの電子音が響いた。ちなみに、リーンは泣き疲れて俺の膝の上で眠っている。
「もしもし・・・」
「もしもし・・・じゃねえ!!お前、今何処に居るんだ!?家にも帰っていないらしいじゃねえかっ!!」
「あー、とりあえず落ち着けユウト」
慌てた声でまくし立てる友人———榊ユウトを俺は宥める。耳が痛い・・・・・・。
「・・・・・・何か、あったのか?」
「今からそれを説明する」
俺は昨夜の事を懇切丁寧に説明した。それはもう、事細かに・・・・・・。
そしたら・・・。
「はああっ!!!吸血鬼になったあ!!?」
「うるさい」
驚愕の声を上げるユウトに、俺はぴしゃりと冷静に突っ込んだ。我が友人ながら酷い慌てようだ。
少しは落ち着けよ。全く・・・。
「いや、そうは言ってもだな・・・・・・」
「大丈夫だ。何も問題は無いよ・・・ユウト」
「むうっ・・・・・・」
尚も納得出来ない様子のユウト。俺はそんな友人を宥める様に言った。
俺が選んだ事だ。後悔は無いし、全く問題も無い。だから、大丈夫。
「問題無い。全部自分が決めた事だ・・・・・・」
「そう、か・・・・・・」
そう言い、ユウトははああ~っと深い溜息を吐いた。どうやら、ようやく落ち着いたらしい。
「まあ・・・・・・お前がそう言うなら俺はもう良いよ」
「ああ・・・・・・」
「しかし、お前が其処までして入れ込むなんてな・・・・・・その吸血鬼を俺も見てみたくなったよ」
そう茶化す様に言うユウト。思わず俺も笑ってしまう。ああ、そうかよ。
「まあ、また何れお前にも紹介するよ」
「そうしてくれ」
二人して、そう冗談めかして言った。ケータイを切る。そして、懐に仕舞い。
・・・まあ、何だ。それよりも、だ・・・。
「何時から聞いていたんだ?リーン」
「・・・・・・最初から」
どうやら、電話が鳴る音で半ば目覚めたらしい。何だか、リーンは少し不機嫌そうだった。
若干頬を膨れさせ、俺を見上げる。その姿が、なかなか可愛い。
「・・・・・・どうした?」
「今の人は誰?」
ああ、なるほど。・・・どうやらリーンは俺の友人に妬いているらしい。
余りに親し気に話していたからな・・・。俺は思わず笑ってしまう。
「俺の友人だよ・・・・・・」
そう言って、ぽんっと彼女の頭に掌を乗せる。すすっと俺に寄り掛かるリーン。その可愛い反応に、また俺は笑ってしまった。
大丈夫と、そう言って俺はリーンの頭を撫でる。
・・・・・・少し、俺に依存しているかな?
まあ、仕方ないか。彼女は今まで孤独だったんだから・・・。思わず、俺は苦笑した。
まあ・・・少しずつ彼女には与えていこう。きっと、それでリーンは救われる筈だから。




