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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約者がゴリラなので、愛人をつくろうと思います。

作者:

ハッピーエンド、ラブラブを好む人は注意。

かけらもありません。



 


「お前の将来の花嫁だ」


 その女と引き合わされた時、おれは絶望した。

 そして、決心した。


 この結婚から逃れられないなら、愛人をつくろう。と……




「アルス様、こちらの色はどうでしょうか」


 あー、そーですね。


「アルス様、こちらのデザインはどうでしょう」


 ふーん、そーですね。


 屋敷に呼んだ仕立て屋に布やデザイン画を見せてもらいながら、婚約者のエリスが嬉しそうに選んでいる。

 俺はそれに、気のない相づちをうっていた。


 仕立て屋が俺に哀れみの瞳を向けてくる。

 誰かの同情にももう慣れた。


 この女が婚約者になってから、5年。

 どれだけ、驚きや哀れみ、嘲笑をくらったか数えられたものじゃない。

 そして、俺はもうすぐ人生の墓場に叩き込まれる。


「アルス様、私達の婚礼衣装ですよ。せっかく皆様を招待するのですら、しっかり選ばないと」


 作業着でも着ておけ。


 そう、俺はもうすぐこの女と結婚しなくてはいけない。

 この、190cm超えの女ゴリラと……




 俺がこの同い年の女ゴリラと婚約したのは5年前、俺が14歳の時だ。

 うちが侯爵家で、相手が伯爵家。

 ありきたりの政略結婚だ。


 その時点で、あの女は175cmを超えていた。

 俺より身長が高く、俺より首が太く、俺より肩幅が広く、俺より腰回りも太い。

 腕も太ももも、指も、足も。

 何もかもが俺よりでかくゴツかった。


 無言で父を振り返り、無言で相手の父を見たら、目を閉じて首を振られた。

 諦めろ、という事だ。


 そして、肝心の声。


「はじめまして、アルス様。エリスと申します」


 この場にいる誰よりも、図太く低かった。

 完璧な淑女の礼が、違和感と気色悪さを倍増させた。


 胸?胸筋でバッキバキでふくらみなんて欠片もない。

 腹?腹筋でバッキバキでぜい肉なんか欠片もない。


 俺は本気で男が女装しているんじゃないかと疑ったが、生物的には女らしい。


 後から詳しく聞いたところ、あの女の父方がゴリラ家系らしい。

 その家系の血をひく者は、男でも女でも誰でもゴツいゴリラになると。

 イケメンの血を取り入れても、美女の血を取り入れても、誰でもゴリラ。


 何の呪いだ……


 確かに、あの女の父親はゴリラだ。

 他の兄弟もゴリラだ。

 ゴリラの血をひいていない母親だけは可憐な淑女だ。

 俺、母親の方がいいです。

 母親の方がキレイで可愛い。


 昔の先祖の肖像画を見せてもらったが、ゴリラ家系の血をひいている者は、誰でも例外なくゴリラだ。

 それでもゴリラの呪いの恩情なのか、女はとても生まれにくい。

 一世代に一人も生まれない事もあるらしい。


 実際、ゴリラ女の父親に姉妹はいない。


 あの女は周囲から嘲笑されて育ったが、その分身内からは猫可愛がりされて育った。

 7歳くらいまでは、本気で自分は美しいと信じていたらしい。

 眼医者に行け。


 俺は、両親にも祖父母にも、親戚にもこの婚約は嫌だと泣きついた。

 が、総出で説得された。


 俺は周囲は皆敵だと悟り、逃げ出した。

 逃げ出したが捕獲され、逃げ出しては捕獲されを繰り返した。


 その結果、向こうの両親に結婚後の愛人を公認された。


「娘にもそのように教育しておく。だから、婚姻だけでもしてくれ。愛人をつくっても、その女との間に子どもをつくっても構わない」


 つまり、俺はどうやってもこの女から逃げられない?

 それを聞かされて、俺は卒倒した。


 目が覚めた時、両親に心配されながらも

「そういうわけだから、諦めてくれ」と言われた時に何かがキレた。


 せっかくの両家公認なんだと、ストレス発散に他の女と遊びまくった。

 俺は幸いにも容姿端麗で、遊ぶにはとても都合が良かった。

 選ぶのはいつも、あの女とは正反対の小柄な女性。

 あの女に見せつけるように連れて歩いた。


 あの女の顔が悲しそうにしている顔を見る度に、高笑いが止まらなかった。


 1度、あの女の幼い頃からの友人だという令嬢を口説いた事があった。


「婚約者の友人を口説くなんて、どんな神経をしているのですか!?」


 あの女と婚約させられた事で、俺の全てがぶち壊れたからな。

 まともな精神状態ではないと、自分でも思うよ。


 って言ったら絶句してたな。

 まあ、あの女と友人しているくらいだから、あの令嬢もまともじゃないんだろうが。


 周囲には嘲笑され、身内からは猫可愛がりされているあの女は、使用人には傍若無人に振る舞う。

 周囲からのストレスを使用人で発散しているのだろう。

 あの女より身分が下の相手からは、すこぶる評判が悪い。



 あの女の両親は言っていた。

「貴族女性として生まれた娘に、結婚しないという選択肢はない。修道院に落とすのはしのびない。君には申し訳ないが、夫人という立場を娘に与えてやりたい」


 そんな事で、俺の人生はぶち壊される。

 他の女と遊んで、愛人をつくって何が悪い。


 あの女の婚約者になってから、社交界でも笑い者だ。

 職場でも、評価されても必ずつくあの一文。


「でも、あのゴリラの婚約者なんだよね」


 それがもうすぐ、夫、配偶者という言葉に変わるかと思うとうんざりだった。

 あの女は、どれだけ女といるところを見せつけても、俺に幻滅する事なく話しかけてくる。


 普通なら、健気だとほろりとくるのかもしれないが、うっとうしいとしか思わない。


 贈り物も何もかも、使用人に任せて俺は何一つ、この女の為に選んだ物はない。

 好みも何もかも知らないし、知る気もおきない。


 だから、あの女のこんな言葉も無視する。


「アルス様、結婚式とても楽しみですね」


 俺には地獄だよ。




 婚礼の日は、何とか笑顔の仮面を張りつけた。

 どこそこの刺繍をこっただの、この髪飾りはお気に入りだの喋っていたが、ゴリラに飾られている品々達が気の毒だ。


 純白のドレスだから、色黒さがとても目立っている。

 ゆったりとしたデザインのドレスだが、引き締まり筋肉がついた肉体を隠せていない。

 新郎より背が高くゴツい新婦なんて、世界中探してもこの女くらいだろう。


「これでお前も妻帯者だな」


 この女と結婚するくらいなら、独身でいたい。


「幸せになれよ」


 なれると思っているのか?


 祝いの言葉も、嫌みにしか聞こえない。

 実際、ニヤニヤとした笑いが隠せていない相手ばかりだ。


 用意した邸宅は、あの女にあわせて何もかもが平均よりでかく作られている。

 屋根も、扉も、椅子も。


 部屋はできるだけ遠く離してもらった。

 あの女の姿を視界に入れたくない。

 初夜も何もかもしていない。

 あの女相手じゃ、起つものもたたない。


 それに向こうの家からも、俺の実家からも、あの女との間に子どもをつくれ。とも、何も言われていない。

 言われたとしてもつくらないが。


 その事に対して、あの女は何も言わない。

 基本顔を合わせる事も話しかける事もない。

 何か伝えなければいけない事は、執事を通す。


 あの女のヒステリックな罵声が聞こえてきても、俺は何もしない。




 そんな生活を続ける中、俺は一人の女性に会った。

 メリンダという平民の女性だ。

 最近は手っ取り早く娼館で遊んでいた。

 メリンダはそこの娼婦だ。


 娼館で働いている理由も、娼婦だという事もどうでもいい。

 俺はメリンダを愛した。

 彼女も、俺を愛してくれた。


 俺自身を愛しているのか、俺の金や身分を愛しているのかは解らない。

 けれど、そんなのどうでもいい。

 俺の事を「愛している」と言い、身を任せてくれるのならどうでも。


 俺はメリンダを身請けし、街に彼女が住む家を用意した。

 帰るのはもっぱらメリンダが住む家だ。

 あの女がいる屋敷に戻るのは、1ヶ月に1回というところだった。

 何かあれば連絡するように。とは執事に言ってある。


 幸せな日々を過ごす中、メリンダが妊娠した。

 俺の子だ。

 少しずつ大きくなり、時々動くお腹には感慨深いものがあった。


 生まれたのは女の子だった。

 俺の名前、アルスとメリンダからとり、娘の名前はメリスとなった。

 親子3人、幸せな日々だった。



 メリスが生まれて、3ヶ月もした頃だろうか。

 メリンダとメリスが住む家に帰ると、何もなかった。

 家具も、服も、メリンダも、メリスも。


 何もなく、誰もいなかった。

 困惑している俺を、執事が迎えに来た。


「奥さまとメリス様がお待ちです」


 怯え、震える執事を見て、俺は何となく察した。

 メリンダは、もうこの世にいないのだと。


 屋敷に戻った俺を待っていたのは、泣きじゃくるメリスを笑顔で抱き続けるあの女の姿だった。


 あの女が着ている服は、メリンダのものとそっくりだった。

 貴族らしからぬ平民の服。

 密かに作らせたのだろう。


 屋敷のリビングは、メリンダとメリスとともに住んでいたあの家のリビングと瓜二つだ。

 ソファーの布の張りや染みまで一致している。

 そのまま、同じものを運び入れたのだろう。


「その赤子はどうした」


「嫌ですわ、旦那さま。私と旦那さまの子どもじゃないですか。旦那さまの名前のアルスと、私の名前のエリスからとって、『メリス』」


 この女の名前はエリスだったか。

 初めて聞いたような名前だ。


 向けられた瞳は笑顔。

 その瞳が狂気に満ちているのか、それともこの女の正常なのかは俺には解らない。


「メリスは腹が空いているのだろう。私が乳母に渡してこよう」


「旦那さま?」


「忘れたのか? この子の乳は乳母に任せていただろう?」


 嘘だ。

 メリンダは乳母を雇わず、自身の母乳をやっていた。

 だが、この女は産んでいないのだから出るわけがない。

 お芝居を続けようというなら、乳母は必須だ。

 狂気に満ちていても折れるだろう。


「そう……そうでしたわね。私ったらうっかりしてたわ。お願いします、旦那さま」


 あの女からメリスを受け取り、執事に乳母について尋ねる。

 あの女は乳母を雇っていなかったが、執事が独断で急遽雇っており、既に別室に待機していた。

 後で、執事には特別報酬を渡そうと思う。


 メリンダの遺体の場所を聞く事は叶わないだろう。

 だが何となく、この屋敷の敷地内に埋められているのではないかと思う。



 その後、メリンダが行方不明になった事は問題にはならなかった。

 あの女の実家の伯爵家が手を回したのだろう。


 いきなり現れた娘の事も問題にはならなかった。

 孫娘として両家から可愛がられている。


 容姿に優れた俺とメリンダの子だ。

 メリスは赤子の時から容姿端麗だった。

 ゴリラの呪いがついに解けたのか!?等、聞こえてくる事がある。

 失笑ものだ。


「旦那さま。私、メリスに兄弟が欲しいですわ」


 そうあの女が言うたびに、うちにはいつの間にか子どもが増えていく。

 敷地内にモノ言わぬモノが増えていく。

 娼婦を選んでいても、伯爵家が裏から手を回していても、そのうち全てが明るみに出る日が来るのだろう。


 あのドアノブが回る日は、いつなのだろうか。

 俺は、待ち続けている。









 ギイィィィィ。


「夜分にすみません。少々、お尋ねしたい事があるのですが……」



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[良い点] 巡り合わせの不幸と言いますか、生まれの不幸といいますか。 一番悪いのは妻の側の親の教育でしょうけど。 バッドエンドな話ですが、どこか心に残るお話でした。
[一言] 怖いです・・・。 誰も幸せになれない・・・! エリスさんが一番悪いですが狂っていようが正常であろうが妄想の中だけで生きるのはつらいですよ・・・。
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