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サジラスト  作者: 駄作に飼いならされた男の末路
9/12

進展

 天海と竜が神獣から逃げるために駆けだした頃。


 同刻——バウハーム帝国領の色殺の森に面する草原にて、数台の中型トラックが停車していた。


 オリーブ色に近い彩りを見せる車両は、後方部分に人が十人以上乗れるスペースを有しており、一度に大人数の移動が見込める。そしてその付近で作業をする人や、車両後部で端末操作する人など、やることは違えど全員が同じ服装をしている。それは——リーペと相対した男と同じ身なりである。


 そんな中、助手席で端末を操作しながらダッシュボードに足を乗せ、窓を全開に開け放ち、考え事に耽る男が一人いた。


 比較的若そうな見た目をしており、ひげやしわは無く、垂れ目でやや細見の肉体。加えてその場で最も楽をしているというのに、気怠そうな態度を前面に押し出し、「はぁー……」と深いため息をついている。


 そんな男の側に帽子を身に着けた一人の男が近づき、「クレン団長、そろそろお時間です」と何かの合図を告げた。


 そう言われた男は「ああ、分かってる。すぐに移動指示だすから」とやはりやる気のなさそうに返答する。だが何かを思い出すように「あーでも、やっぱりダレンを捨て駒にする訳にはいかないから、もう少し待つか」と、真反対のことをすぐさま述べる。


 「そう仰ってから、かなり時間が経過しているのですが」


 合図を告げた男は眉をひそめて困惑した様子を示した。


 「わーってる。お前の言いたことは。だから上には俺が報告するから、安心しろ」

 「そういう問題では——」


 どうやら会話の内容から察するに、車内の男はクレンという名前であり、こんななりでも立場が上の人間のようである。


 だから帽子の男は強く言い返すことができず、言葉選びに頭を抱えていた。


 と、そんな時。


 「おい! いい加減撤退するかダレンの捜索をするか、即刻選べや!」


 そう強く主張しながら一人の女性が近づき、車両の助手席側面を強く蹴りつけた。それにより車両が強く揺れを見せる。


 その女性も同様の服装であり、長髪で穏やかなそうな顔つきが特徴的なのだが、その言動はかなり荒々しかった。それでも助手席に居座る人物以外には優しいようで、「すまんな。後は私が請け負う」と帽子の男を気遣い持ち場に戻させた。


 「車両を壊すなよ。また何か言われるのは俺なんだから」


 怒りをぶつけられて尚、冷静にそう男が愚痴を漏らす。


 「知るか! いつもいつも優柔不断なあんたが悪いんだろうが!」

 「サリーナ——」


 と、クレンが急に真剣な面持ちとなり女性に視線を向けた。

 男が口にした言葉、それが彼女の名前のようである。


 「あ?」

 「俺はお前の上司だ。もっと敬え」

 「黙れ!」


 クレンの発言でサリーナがより強い怒りを露わにして、再び車両を蹴りつけた。

 そんな険悪な雰囲気が漂う中、「おい! 戻って来たぞ!」と誰かがそう叫んだ。直後、周囲がざわめき始める。


 「あ? ……まさか——」


 その言葉でサリーナは急に冷静になり、車両から離れてしまった。


 「ほーん……本当に生きてるとは。上々だね」


 対する男は呑気そうにそう呟き、再び端末と向き合い始めた。


 そうする間にも、周りの慌てふためく声は伝播していく。その理由は、とある男が色殺の森から生還したからだ。


 その男とは——リーペと対峙した男であった。


 片腕を欠損しながら、ゆったりと歩みを進めるその姿に、一切の苦しさは見受けられない。むしろ清々しいまでの堂々とした歩みを見せつけている。


 「ダレン——って、その腕はどうした? 重症じゃないか!」


 ゆったりと向かってくる男に急いで駆け寄り、サリーナが心配する様子を見せる。

 リーペと相対した男は、ダレンと言う名前らしい。


 「問題ない。腕と引き換えに得た情報はでかい……リーダーは一番車両か?」

 「こんな状況で報告が重要なの?」

 「当たり前だろ。任務なんだから」

 「だとしても——」

 「サリーナ」


 慌てふためくサリーナの言葉を遮り、彼女の頭に手を優しく乗せるダレン。たったそれだけのことでサリーナが口を噤んだ。


 「ありがとな……ちょっとリーダーのとこ行ってくるわ」

 「……うん」


 そうしてダレンは車両で端末をいじる男に近づき、「よう、戻ったぞ」と声をかけた。リーダーと呼ばれることから、やはりクレンはこの集団を統べる立場だと伺える。


 「……本当に戻ってくるとは」

 「死んでた方がましだったか?」

 「いや……生きててくれて助かった」

 「左様かい。まあそれはともかく、いくつか報告があるが、一番の重要事項はすぐ近くに翼人どもが控えてる」


 変わらぬ調子で淡々とダレンがそう告げた。だがその言葉で端末を操作するクレンが手を止めた。そして。


 「それ、本当?」


 先程までとは打って変わって、殺意に満ちた鋭い目つきとなっていた。


 「ああ。場所は不明。だがある程度は絞れる」

 「そう……じゃあ、殺しに行く?」

 「無論だ。だが、英雄殺しが出向いてる。神獣と交戦を終えていれば合流している可能性が高い」

 「神獣? その腕の欠損は神獣によるもの?」

 「いや、英雄殺しの方だが……その話は後でする。で、リーダーはどうしたい?」


 そう問いかけられたクレンは、目つきを尖らせながら思考を巡らせた後に「殲滅しに行くか」と冷たい言葉を言い放った。


 「了解。他の隊員には俺が伝える。だとすれば——ん?」


 クレンの指示を承諾し、その場を後にしようとしたダレン。だが、何かを察知して動きを止めた。

 その様子に気づき「どしたの?」とクレンが問いかける。


 「敵襲だ……翼人どもじゃないが、猛獣か? いや、標的は俺らじゃない」


 思考を整理できていないのか、ダレンが情報を端から口にしていく。


 「標的がこっちに向いてないなら別にいいでしょ」

 「そうするべきだが……人が追われてるな。距離はここからおよそ二キロ」


 「ふーん」と興味のなさそうな面持ちで耳を傾けるクレンであったが、おおよその状況を理解して「そうか。なら、救助してきて。翼人どもの殲滅よりも人命が優先だしね」とダレンに命令を告げた。


 予想外の返答だが、ダレンはその指示を予想していたようで、間髪なく「承知した」と口にする。


 その言葉を発した次の瞬間には、ダレンはその場から消えていた。人とは到底思えないその速度を目の当たりにしながらも、クレンは「全員、車両に乗れ。これより人命救助に向かう。詳細は……まあどうでもいいや。さっさと乗れよー」と相変わらずの態度を保っていた。


 「ちょっと、人命救助ってどういうこと?」


 各員が忙しなく動き始める中、運転席に乗って発進の準備に取り掛かるサリーナが隣のクレンに問い詰める。


 「さあ? ダレンがそう言ったから間違いと思うよ」

 「少しは危機感持てよ……」


 そんなやり取りをする間に、ダレンは既に目的地に到着していた。

 すぐさま男の視界に一体の猛獣と地面に横たわる二人の男が映り込む。それを確認した次の瞬間には、一発の弾丸を放っていた。


 銃声が響き、弾丸が宙を飛び、猛獣の脳天を貫く。一瞬の間に事は終わりを迎えていた。


 「おい、大丈夫か?」


 猛獣を始末してすぐ、自身も怪我をしているというのにダレンが急いで二人に駆け寄り、呼吸の有無を確認する。


 そうしている内に、全ての車両が到着していた。


 「ダレンも怪我人なんだから、無理はしないでね」


 そう言いながらクレンがやっと車両から降車し、二人に近づこうとする。だが二人を視認するなり、その態度が一変した。


 「総員退避! サリーナは奇襲に備えろ!」


 柄にもなくクレンが大きな声で周囲に警戒を伝える。そして素早く腰から銃を取り、横たわる天海に銃口を向けた。


 全員がその指示で車両の陰に隠れる中、サリーナもクレン同様に銃を取り出す。


 「おいおい、何してんすか」


 引き続き二人の脈を確認しながら、ダレンが呑気にそう訊ねる。


 「ダレンも退け。こいつらに加護がかかってる。身体強化……恐らく、英雄殺しの能力だ」

 「……はぁ、なるほどね」


 その言葉を聞き届けて、ダレンはゆっくりと立ち上がる。そうして二人から距離を取る為に歩き出したのだが、その軌道は銃口の直線上をなぞっていた。


 「何のつもりだ?」


 二人を庇う行為に不信感をさらけ出したクレンが、珍しく冷たい言葉を吐き捨てる。


 「ダレン——!」

 サリーナもその意図が理解できず、銃を持つ手を震わせる。

 それでもダレンは気にすることなく歩き続け、クレンの側に着くなり銃にそっと手を添えた。


 そして——。


 「今殺すのはもったいねえ。英雄殺しは俺のダチを大勢屠った。だから少しでも奴の情報を吐かせてから、首を落とすべきだ」


 クレン以上に冷酷な言葉を突きつけた。その時のダレンの目は、酷く殺意に満ちていた。それに圧倒されたかどうかは不明だが、クレンがゆっくりと銃口を下に向ける。


 「仲間がこいつらに殺されたら、お前の首を跳ね飛ばす……しっかり首輪つけとけよ」

 「あいよ」

 「サリーナ、本部に重症者を運ぶ旨の連絡をしろ。補助員はこいつらを車両に乗せろ。それが出来次第撤退する」


 逃げる途中に進路がずれた二人。だが図らずも、天海と竜はリーペと敵対する国の人に救われたのだった。

 



 ——また、不思議な光景を目にした。


 天海の視界に広がる。以前一度目にした施設の中を竜と共に歩いている。


 ただ前回と違うのは、施設内で多くの人とすれ違い、崩壊や災害とは縁遠い光景である。そんな平和に包まれた施設の中を歩き続け、とある一室に足を踏み入れていた。


 重々しい扉が左右に開き、だだっ広い空間が目に映る。

 『屋内演習場』と案内書きがされているそこは、その名が示す通り射撃訓練や組み手の練習など、多目的で使用される場所のようであった。


 地面は土で覆われ、所々に白線や青線、赤線が引かれている。そしてそれを無機質な白壁が囲んでおり、二人が入室した壁を除き、各辺に扉が二つほど設置されている。扉上部に『準備室』と記されていることから、演習で使用する一部備品などが保管されているようだ。

 広さは一般的な体育館ほどあるだろうか。かなり広く、しかし現在は二人しかその空間に存在していない。


 そんな空間で二人はそれぞれの準備室に入り、ナイフやライフル銃などを身に着けて準備を整えていた。


 そして準備室から天海が出てくると、入り口付近に一人の人物が佇んでいるのだった。

 白衣を身に着けポニーテールの髪形をした——以前夢で逢った——女性であった。


 「百合か。今回の監督はお前じゃないだろ」


 その女性にゆっくりと近づいた後、天海が屈伸をして準備運動を見せる。百合、それが彼女の名前だろうか。


 「その監督役が風邪で寝込んだの。知らされてないの?」

 「聞いてないな。ま、そういうことならさっさと着替えた方がいい。跳弾が当たっても責任はとれないからな」


 そう言いながらポケットから携帯端末を取り出し、何かを操作し始める。直後、部屋中央の赤線部分が開き、的のような物が地面から出現した。


 「ならそうならないようにしっかりと狙ってね……竜はいないの?」

 「準備中だ。そのうち来る」

 「そう。じゃあ準備はできてるから、練習がてら打っちゃっていいよ。」

 「分かった」


 そう言って保護目的のゴーグルを装備し、白線を越えない程度に歩みを進める。

 そして銃を構え、弾丸を放った——。




 「……またか」


 その光景を最後に、天海が目を覚ました。


 病院の一室だろうか。白色が目立つ室内にて、清潔なベッドに寝かされている状態であることを知る。

 窓は空いており、ベージュ色のカーテンが風で靡いている。

 穏やかな空間が天海の体を包み込む。


 「(いて)っ……」


 だが依然として痛みが全身を走っており、筋肉痛の様な疲労を感じながら、ゆっくりと上体を起こした。その際に、自身に点滴のような物が刺さってることと、隣のベッドで竜が眠っているのが分かる。


 「そっか——」


 ——助かったのか。


 その事実が分かり、何とも言えない表情を浮かべた。ちょうどその時。


 「お前ら元気かー?」


 部屋のドアが開き、薄ら笑いを浮かべた男が入室してきた。片腕を失いながらも、陽気な表情を見せる男——ダレンであった。


 「元気なわけないよなぁー。というか、お前らの情報や立場次第で悪化するわけだが、まぁ確定するまで非人道的な行いは禁止されてるんだわ。つー訳で、お前らの処遇は保留な」


 ペラペラと語りかける男を前に、天海は困惑した面持ちとなる。理由は当然——。


 「え、何語?」


 自身の知り得ない言語で話されているからだ。


 「……マジか。言葉通じねぇのかい」


 対する男もその事実を知り、困ったなと悩む様子を見せる。


 と——。


 「どう? もう二人起きてる?」


 白衣を身に着けた男が入室するなり、ダレンに向かってそう問いかけた。


 緑色の髪と若干猫背が特徴的なそいつは、天海と竜を見るなり「うーん、まぁ、大丈夫そうかな」と言って、手に持っているバインダーに目を向ける。


 寝ぐせのように乱れた髪形、視力を補強する丸眼鏡、そして常にニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべているが、顔立ちは整っており、特に肌艶は良くシミ一つない。そして胸元には『デリアン』と書かれた名札をつけている。それが彼の名前なのだろう。


 「なあ、こいつら言葉が通じねえんだが、やはり敵国側か?」

 「僕が知る訳ないでしょ。取り敢えず先に起きてる子を見るから、君は寝てる子を起こして」


 デリアンはそう言いながら真っ直ぐと天海に近づき、「さて」と呟きながらベッド横にある椅子に腰かけた。


 「ちょっと失礼するね」


 そして天海の腕や太ももを握ったりさすったりして、何かを確認していく。それが終わると、「良好だね。じゃあ次は口開けて」と今度は口の内部を観察する為にそう投げかける。


 当然「口を開けて」と言われても、その言葉が通じない天海は口を閉じたままである。


 「だから言葉が通じねえんだって」


 横で聞いていたダレンがあきれ気味に言葉を吐き捨てる。


 「助言痛み入るよ。それはそうと、さっさとその子起こしてよ。寝たままじゃん」


 そう愚痴をこぼすデリアンが、自身の口を大きく口を開けて真似しろと強く訴えかける。知ってか知らずか、それに倣い天海も口を大きく開く。


 「おお、綺麗な歯並びだね。正直興味はないけど」


 そう言って簡単な診断を終えたデリアンは、再度バインダーに目を向けて何かを記入し始める。


 「んー……」


 と、ちょうどその時。竜が目を覚ました。


 「よう、おはようさん」


 竜の側に腰かけているダレンが、竜に軽く挨拶をした。礼儀が正しい行いなのだが。


 「ん? ——って、誰⁉」


 屈強な隻腕の男を目の当たりにし、大声を出して驚きを示す。


 「やはり、こいつもか違う言語か」

 「そうみたいだねー。でも、この発音はクルーム族とも違うかな」


 バインダーに記入しながらも、デリアンが自身の見解を述べる。


 「……そうか。妙だな」

 「そう? ま、僕には関係ないからどうでもいいけど……ちょいとそこどいて」


 そうして天海に行った診察を竜にも行い、再びバインダーと向き合う。

 それが終わると、男は満足そうな表情を浮かべて「じゃあ、来週くらいに健康診断行うから、二人に伝えといてね」と言い残して退室してしまった。


 「だから言語が違うつってんだろ」


 そう愚痴をこぼしながら深いため息をつき、二人と向かい合う。


 「なんにせよ……クルーム族とも繋がりは薄そうか……だが、加護の件があるからな。翼人どもに肩入れしているなら、お前らの未来はないと思えよ……て言っても、分らんか。ま、今はゆっくり休めよー」


 そうしてデリアンに続き、ダレンも部屋から退室してしまった。


 「何言ってるかさっぱりだったが、いい奴だな、あいつら」


 何の事情も知らない天海が楽観的に笑顔を咲かす。


 「……だといいがな。あー、ダメだ。体が(いて)ぇ……」


 対する竜は未だ苦痛を浮かべており、現状を把握する余裕がなさそうだ。

 いや、天海も同じようなものだ。


 依然として分からないことは多い。それでも二人が命を落とさずに済んだのは確かであり、それを無意識に二人は感じ取り安堵していた。

 

 

 



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