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サジラスト  作者: 駄作に飼いならされた男の末路
8/12

移り変わる地獄

 「森から出られたとして、俺ら無事でいられるかね? 意思疎通は激ムズだし、危険生物だらけだし」

 「お前はまず腕の心配をしろ」

 「……確かに」


 リーペの後を歩き続けて数十分。他愛のない会話を続けながら森の中を進み続ける。

 向かっている先は分らないが、歩くリーペの姿に迷いはなかった。


 その理由はシュレーヒンのサインである。調査隊に付与された赤いブレスレッド、それを使用したのだ。効果は危険信号——クルーム族にのみ視認できる光を広範囲に知らせることができる。


 それにより現在地が分からずとも、目指すべき場所を定めることができていた。


 リーペだけならすぐに向かえる距離だが、二人の速度に合わせている為ゆっくりと歩き続ける。

 そんな堂々と歩く彼女の様子から安全地帯に向かっているのだと二人は理解する。というより、そう願っていた。


 「いや、腕のことよりも、やっぱ命の心配するべきだろ。あの少女についている翼が人である証明だとしたら、俺らは淘汰されるとか全然あり得るだろ」

 「可能性としては、あり得るか……だが、どうしようもないな」

 「いや、まあ……そうなんだけど」


 相変わらず実りのない会話を二人は続けていたが、前を歩くリーペが足を止めたことで二人も足を止め、口を閉じる。


 ただならぬ雰囲気から、異常事態だと悟る。

 直後、リーペが黒い球体を周囲に展開した。異質な光景が広がり、竜の目が大きく見開かれる。


 「なんじゃこりゃ……」


 天海も、リーペとの会合が普通であればこの様な反応していただろう。


 そんな二人に構わずリーペが警戒を続ける。

 空気が変わり、冷たい風が漂い、木がざわつく。気のせいではない、確かな感触がその場一帯を支配した。


 そして——。


「——プルェエェェェククク……!」


 異質な鳴き声と共にその正体が姿を現した。またしても、行く手を阻む望まぬ強者。

 鳴き声というよりかは、喉元を締め付けて発する一種の威嚇とも受け取れる奇妙な音。


 なんにせよ不快な音を発した奴は、巨体の四足獣であった。


 先の虎よりも一回り小さいが、筋肉隆々の分厚い肉体と胴体よりも長い手足、頭部から伸びる一本角、そして横向きについた嘴が否応なしに威圧感を与える。


 また、単眼で体毛は無くピンク色の素肌が露わになっており、所々で爛れた箇所が見受けられる。そこから腐敗臭に近い悪臭が漂ってきており、威圧感だけでなく不快感も同時に押し寄せる。


 それでも強者に変わりはなく、天海と竜の二人は目を背けることなど到底できなかった。


 だがやはり、リーペは違った。


 怯むことなく、退くことなく、寧ろ天海と竜から離れすぎない程度に、奴との距離を詰めていく。


 「プルロォロォロォ!」


 と、リーペがある程度近づいた瞬間、嘴を震わせながら甲高い音を響かせた。警告のつもりだろうか。だがその行為は、リーペにとっては無意味であった。


 奴が音を発する中、リーペがそいつの頭部に指を向ける。


 直後——。


 「ブギャッ——!」


 奴の頭部が破裂した。ガスに近い異臭が充満して天海と竜が咳き込み始める。


 「ゲホッ……ダメだ、吐きそう」

 「流石に、これは……っ」


 気持ち悪さで地面に手足をつけつつも、何とか耐える二人。

 そんな二人の心配をすることなく、リーペが警戒を解くことは無かった。どうやら異常事態は今なお進行中のようである。


 「……嘘だろ」


 と、竜が驚愕の光景を目にし、身構える。

 ピンク色の集団が近づいてくるのである。それは他ならぬ、今さっき殺した獣の群れであった。


 物凄い勢いで駆けて来る奴らは、間違いなく憤慨している様子である。同胞が殺されたのだから当然だ。

 三百メートル、二百メートル、百……瞬く間に距離が縮んでいく。


 ——やむを得ないか。


 と、何かを決断したリーペが、二人をその場に残して敵に接近し始めた。


 「え、ちょ——!」


 思わずそんな声を天海が漏らした。だがその声が届くはずもなく、森の中でありながら器用に翼を使い、敵の目前まで到達する。


 猛獣の数はおよそ二十。より一層気色の悪さが引き立つ集団を前に、リーペは怯むことなく先手を打った。


 先頭を走る猛獣の頭部に右足を食らわせ、すぐそばの二体に黒い球体を放つ。

 直後、敵の一体がその強靭な腕で殴り掛かり、別の一体が嘴で突き刺してくる。決して遅い攻撃ではない。

 だがリーペはそれを冷静に見切り、両手でいなす。そして双方からの攻撃を交差させ、二体同時にぶつけて無力化させる。


 リーペが敵陣に移動してから今に至るまで、その間僅か数秒しか経っていない。だというのに、既に五体が息絶えた。


 それでも、敵の猛襲は止まらない。むしろ勢いを増してリーペに襲い掛かる。


 だが——結果など分かり切っていた。


 確実に一体一体を殺していき、数を減らしていく。次第に統率力は乱れ始め、一層リーペの思惑通りに事が進み、気がつけば二十の屍が転がっていた。


 「こりゃたまげた。あいつさえ味方にできれば、生存ルートの確保くらい簡単かもしれんな」


 遠目からでもその偉業が確認できたようで、竜がそんなことを淡々と口にする。


 「随分と冷静だな」

 「そうでもないさ。内心では常に身構えてる状態だ」


 どこまでが本音かは不明だが、竜の発言も理解できる。確かにその圧倒的強さが身を守ってくれるのであれば、これ以上安心できることもないだろう。


 だが逆に、もし敵対するようなことがあれば、その時は——。


 そんなことを二人が考えていると、事を済ませたリーペゆっくりと戻ってきていた。そして戻ってくるなり、先程同様に獣の体内をえぐり始め結晶を取り出していた。その色は紫色ではなくサファイアの様に青く輝いている。


 「あれ何の意味あんのかな?」

 「さあな……ていうか、あっちの集団もえぐられてるわ」


 竜の言った通り、リーペは既に二十体の結晶を回収していた。


 「うへー、悪臭の中よくできるな……せめてゴム手袋使えよ」

 「お前には関係ないだろ」


 そんなやり取りの中、作業を終えたリーペが手招きをしたことで、歩け歩け大会の再開となった——しかし。


 僅か数歩進んだ先でリーペの足が止まる。直後、彼女が勢い良く振り返り、瞬時に二人を地面に抑え込んだ。

 勢い良くうつ伏せになり、「っ……は?」と天海が混乱する様子を見せる。だがそれも束の間、すぐ頭上を煌びやかな光が通り過ぎた。


 「また新手か——⁉」


 竜が状況を把握しようとリーペに視線を向ける。その瞬間、竜の全身に嫌な予感が走った。何故ならリーペの眼光が、今まで以上に鋭くなっていたのだから。


 ただならぬ気配とリーペの焦り。それが天海にも伝わり、いよいよ緊迫した空気が漂う。


 地面に抑え込まれて数秒、リーペがおもむろに立ち上がり、一点に視線を集中させる。その方角は、光の線が放たれた場所。


 リーペに続き二人も立ち上がり、彼女の背後に移動する。


 ちょうどその時、元凶となる生物が悠々と姿を現した。神々しいオーラを放つ存在——神獣であった。


 「……」


 瞬時に黒球で身を固め、奇襲に備える。


 居場所がばれた理由は不明。だが確実にリーペを殺しにきたのは間違いない。神獣のリーペを睨む目つきがその証拠である。そう思われた。


 だが、神獣が天海と竜に視線を向けた瞬間——。


 「——ふえ?」「——なん……⁉」


 天海と竜の背後に、神獣が移動していた。リーペの反応が一瞬遅れた。

 そしてそのまま二人の喉元に翼を勢い良く突き立てる。


 何度目か分からない、リアルな死が天海の脳裏をよぎる。その刹那。


 「ふあ⁉」


 リーペが力強く二人の服を掴み取り、攻撃の軌道上から逸らした。


 「ぐへっ……!」

 「いつっ……!」

 間一髪のところで命拾いした二人が、その反動で地面に放り投げられる。


 「——逃げて!」


 直後、リーペが強くそう叫んだ。言葉は伝わらないが、緊迫した空気と彼女の緊張感が逃避の合図だと教えてくれる。


 そう判断して二人がその場から駆け始めた。


 だが神獣の標的は完全に天海と竜に切り替わっており、リーペに目もくれず二人を殺しにかかる。先に狙いを定めたのは、天海の方であった。逃げた先に目掛けて、輝く羽根が放たれる。


 偶然にも転んだことで初撃を逃れた天海。だが、第二陣がすぐさま襲い掛かろうとする。


 「天海!」


 柄にもなく焦った表情を見せて駆け寄ろうとする竜が、天海の視界に映る。しかし、人の走る速度では到底間に合わない。


 だが——。


 ≪虚穴翫星(こけつがんせい)・第二番≫


 その時、リーペが何をしたのかは不明だが、神獣が強い衝撃を受けるとともに遥か遠方へと飛ばされた。


 「おい、大丈夫か?」


 何が起きたか把握する暇もなく、竜が天海の手を取り起き上がらせる。とはいえ依然打開策は無い。

 と、そんな時、リーペが二人の肩に優しく触れた。


 「私の力で、どうか逃げてください……」


 神妙な面持ちでそう語り告げ、能力を行使する。


 未だ彼女の発言は理解できない。それでも、彼女の表情と手の温かさが、その意図を訴えかける。

彼女の思いが伝わったかは不明。だが二人が生きることを強く望んだのは確かである。そんな余韻に浸る暇もなく、再び神獣が目の前に現れた。その衝撃で突風が吹き、木々がざわめきを見せる。


 ≪虚穴翫星(こけつがんせい)・第三番≫


 それを見越してなのか、すぐさまリーペが技を放った。先の戦い同様に、神獣の真下にクレーターが出現し奴の身動きが取れなくなる。


 それを行使しつづけながら、リーペがとある方角に指をさした。


 それは——逃げろという意味に他ならなかった。


 返答はしない。代わりに彼女の背中を優しく叩き、二人は駆け始めた。


 「は……?」

 「これは……」


 反射的に駆けだした直後、自身の足が目に見えて速くなっていることに気づき、驚愕を示す二人。リーペの能力が効いている証拠だ。


 竜はともかく、片腕しかない天海でも、その速さは人の領域から逸している。その速度を維持したまま、倒木をよけ、障害物を躱し、走り続ける。


 だが神獣がそれをむざむざ見過ごすわけがなかった。依然拘束され続けている状態で、今までの比にならない物量の羽根を打ち放った。


 「——ぐっ!」


 木々だけでなくリーペの肩を貫通し、二人に襲い掛かる。

 「「っ……!」」


 いくら速くなったとはいえ、羽根の速度はそれを優に超えていた。天海の脚と胸を、竜の肩と腹部を羽根が貫通する。


 それでも二人は足を止めることなく、一度よろけながらも進み続ける。

 それはリーペも同じ。被弾しようと技を解くことはなかった。


 ——二人が逃げる時間だけでも、必ず……!

 

 その意思で神獣を殺す気で抑え込む。故に、神獣の表情も険しいものへとなり、口から血を垂らし始める。

 そんなリーペの勇姿に応えるように、天海と竜の速度は増していく。


 自然だけでなく森に住まう猛獣の攻撃も二人の行く手を阻む。ある猛獣は電撃を放ち、またある猛獣は炎で行く手を阻む。さらに地面を覆いつくす青白い草花が、その幹から鋭利な刺を飛ばし殺しにかかる。

 だが二人はそれら全てを躱し、死に物狂いで走り続ける。いや、喰らってなお歩みを止めることは無く、生き抜くために走り続けているのだ。


 そうして、走って、走って、走り抜いて……遂に——。


 「……はぁ……はぁ……しゃあ——!」

 「はぁ……気ぃ抜くなよ!」


 二人の目の前に光が映った。純粋な外からの光——森の中と外の境界線である。

 そこにめがけて、二人は勢い良く飛び込んだ。というより急に止まることができずその様な形になってしまったのだ。


 二人が到達した場所は、木々が一切なく緑が一面に生い茂る、まごうことなき草原であった。故に、ザザザ! と地面に接触しながら減速した二人であったが、それによる痛みは少なかった。

 やっとの思いで静止することができ、仰向けで空を仰ぎ見ながら呼吸を続ける。心地よい風と、澄みきった空気が二人を包み込む。


 だが安心したことにより、負傷し続けながら長距離走した反動が二人を襲う。呼吸は荒くなり、全身を痛みが走る。そして意識も徐々に朦朧とし始める。


 「竜……大丈夫か?」


 それでも竜の心配をして天海がゆっくりと視線を向ける。


 「すまん……もうギブ……はぁ……クソっ、視界がぼやけてきた」


 竜も相当応えている様子である。もはや二人に余力などなかった。とはいえここは既に森の外側。安全地帯に逃げ込んだため、急いでその場を離れる理由は特になかった。


 ——否。


 「グルルルァアアアア」


 二人を追いかけて一体の猛獣が森の外へと足を踏み入れた。そいつも他に漏れず、巨体。


 炎を口の中で煮えたぎらせており、熊の様に胴体が太く、手足は短い。だが口は円形で歯が三百六十度連なっている。また目のような器官は見当たらず、全身を緑色に覆い、太長い尻尾をバンバンと地面に叩きつけている。


 「くっ……嘘だろ」


 そんな猛獣を前にして、逃げるどころか、立ち上がることすら二人はできずにいた。


 呼吸を荒げることだけが、唯一できる抵抗。とはいえそんなものは何の意味もなさない。


 「グルァグルル……ゥゥアアァァ!」


 気色の悪い咆哮をまき散らしながら竜に狙いを定め、口を拡大させていく。

 その光景が天海の目に映り、竜に向かって手を伸ばす。

 その時。


 ——ダンッ……!


 一発の銃撃が響いた。直後、「グリィィリイイイ!」と叫びながら目の前の猛獣がドロドロと血を垂れ流して息絶えていく。


 「……何が? ……ぅぁ」


 何も理解できずそんな言葉を無意識に呟く天海。

 そして何度目か分からない視界の暗転。それがまたしても、天海の身に起きたのだった。


 

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