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サジラスト  作者: 駄作に飼いならされた男の末路
7/12

交差する思い

 そしてーー今に至る。


 体に残る痛みを無視して、リーペは静かに思索を巡らせていた。


 ——仲間は無事か? あの男はどこへ逃げた?


 そんなことを考えながらイヤリングに触れる。反応は無い。故障したか、或いは通信圏外にいるのか。理由がなんにせよ、リーペの思考だけは止まらなかった。


 ——神獣は……私を薙ぎ払ったあの蛇は? ……!


 自身を攻撃した蛇のことを思い出し、ハッとなるリーペ。

 そんな彼女の視界に、二体の猛獣が入り込む。


 「これは……」


 既に息絶えた姿を目にして無意識にそんな言葉を漏らす。そしておもむろに、彼女は地面に横たわる男に目を向けた。


 ——まさか、こいつが? いや、そんなはずは……。


 そして目を凝らし、男の胸部を観察し始める。直後——。


 「嘘——」


 とある事実に驚愕して大きく目を見開き、ゆっくりと後退りする動作を見せる。それと同時に、男が自分に敵意がないことを理解した。寧ろ、この状況から察するに身を案じてくれていたのだと仮説を立てる。


 リーペの呼吸が乱れ始める。

 彼女も自身の過ちに後悔することはあるようである。


 「なんとかしなきゃ……」


 そうぼそりとそう呟き、無意識にクリスタルに手を添えた。

 一つしかない命綱。これを使えば、致命傷はもう受けられない。もしまた神獣に遭遇してしまたら……。


 ——それでも。


 数秒の葛藤の末、リーペはクリスタルを男の腹部上で強く握りしめた。そして、普通であれば道具を使用して破壊するそれを、いとも容易く手だけで破裂させた。


 中から水の様な液体が溢れ出し、男の腹部に垂れていく。直後、男の傷が癒え始めた。それでも男の容態は安定していない。腹部だけでなく腕も欠損しているのだ。無理は無いだろう。


 だがリーペはクリスタルに飽き足らず、最後のブレスレッド型応急処置キットにまで手を出していた。


 ——エリエル……使わせていただきます。


 そう、それはエリエルが所持していたブレスレッド。


 一瞬の躊躇の後、それを使用して腕からの出血を止める。再生させるのは不可能だが、出血を抑えることは可能なようであり、男の呼吸が見てわかるくらいに安定していく。

 そんな男の手をリーペは握りしめ、「ごめん」と言葉を投げかけた。




 「……(いて)っ」


 数時間後、またもや痛みで目を覚ました天海が上体を起こして周囲に目を配る。

 竜は視界に映らなかったが、代わりに周囲を観察する少女と、見慣れない黒い球体が目に入る。


 「は? 君は——?」


 現状を理解しようと天海がリーペに声をかけた。だがちょうどその時、彼女が自身を殺そうとしたことを思い出す。


 ——あれ? これ、詰んだ?


 そう考えながら腹部に視線を向ける。


 「……は?」


 服には穴が開き、至る所が血に染まっている。だがそこに、傷は無かった。


 「幻か——ぉわーーー!」


 だが代わりに、胴体から離れた右腕が視界に映り込む。


 「え、何で——?」


 慌てふためきながら、再び視線を前に向けると、すぐ目の前にリーペの姿があった。

 片膝を立ててしゃがみ込み、心配そうに天海の顔を見つめている。その表情のまま、天海の顔に優しく触れた。


 ——俺、死ぬ?


 そう予感した天海をよそに、リーペが口を開いた。


 「……命を救っていただきながら、貴方に危害を加えてしまい申し訳ございません。ですので、貴方を保護し、すぐさま安全地帯に護送させていただきます」


 自身の失態と償いを告げるリーペ。対する天海は、何が何だか分からないといった表情を浮かべていた。だがそれは、現状を呑み込めていないからではなく——。


 「え、何語?」


 リーペの話す言語が天海の知り得ないものであったからだ。だから彼女も、天海の話す言語と表情から、共通の意志疎通方法がないことを知る。


 ——まさか、使用言語が違うとは。


 予想外の出来事に眉をひそめる二人。

 それでも天海は、彼女に敵意がないことを何となく察して落ち着きを見せる。そしてゆっくりと立ち上がった後、指をクイっと曲げて「こっち来て」と合図を送る。

 こくりと頷き、黒い球体を消滅させて二人はゆっくりと歩き出した。

 



 「おい、起きろ」


 リーペを引き連れて向かった先は、当然竜の寝ている場所であった。

 竜の側に軽く座り、優しく肩を揺らす天海。

 本当に少女から距離を取って、罠もない場所で眠りに落ちている。今まで無事だったのが不思議なくらいである。


 「……ん」


 肩を揺すられてゆっくりと上体を起こし、気怠そうに目をこする。だが。


 「どうした——おわっ! 何だ! 何があった!」


 天海の有様を見るなり驚愕して大声を出した。そのおかげで一気に眠気が吹き飛んだようである。


 「今からそれを話すよ。そうだな……いい話が一つと悪い話が二つある。どっちから聞きたい?」

 「え……じゃあいい話から」

 「分かった。いい方は、助けた彼女が敵ではなかった」

 「……で、悪い話は?」

 「彼女と言語コミュニケーションが取れません。それと、彼女に腕を切断されました」

 「おもいっきし敵じゃねえか!」


 竜の反応も十分理解できる。端的な話だけ聞けばそう思っても仕方ない。それでも何とか竜を落ち着かせ、リーペが治療してくれたことを話す。


 「な? だから悪い奴じゃない、多分」

 「多分って……まあいいさ。なら、俺も敵じゃないことを伝えてくれ」

 「え、どうやって? 言葉通じないのに?」

 「人命を懸けた外交だと思って、死ぬ気でジェスチャーしろ」

 「……ぅたく。あ、じゃあちょっとペンダント貸して」

 「まあそれくらいなら」


 天海の頼みで竜は首にかけているペンダントを手渡した。それを受け取った天海がペンダントを開き、リーペ見せつける。


 「俺とこいつ、家族。そして二人で君守った。命がけで。だからこいつも敵じゃない」


 言葉は当然通じないが、竜を抱き寄せたり、猛獣がいた方角を指差したり、リーペを庇う動作を演じたことで、リーペはこくりと頷き概ね理解した意図を伝える。


 それから天海は適当に棒を手に取り、地面に絵を描き始めた。


 木を五本描き、その傍に棒人間を二人付け加える。木は森を、棒人間は天海と竜を現しているようであった。そして森の外側に向けて矢印を描き、「分からない」というジェスチャーを大袈裟にして見せる。

 その結果、二人が遭難している旨をリーペは理解した。そして。


 「ついてきて」


 そう言わんばかりに手招きをして、歩き始める。どうやら道案内をしてくれるようである。


 「まさか本当に伝わるとは正直思ってなかった……」


 楽観的に竜がそう呟いた。だが天海は全く別の心境のようであり、「なあ、竜」と神妙な面持ちでそう呼びかけた。


 「ん?」

 「今回の件で分かったけど、やっぱりお前の方が判断力は優れているのかもしれない。だから、もしお互いの意見が一致しなかったら、俺はお前の選択を選ぶよ。それに……」


 天海が一呼吸置いて、話を続けた。


 「もし、俺がお前を危険な目に合わせるような、遠慮なく俺を殺してくれ」


 決して冗談ではない思い言葉。それは竜も理解したようでーー。


 「……そうか」


 淡々とした返答だったが、茶化している様子は感じられなかった。さらに、竜が一言付け加えた。


 「なら、俺の時もそうしてくれ」


 その言葉に、天海の表情が柔らかいものへと変化した。


 「……分かった」


 そんなことを話しながら歩いたのだが、三人は再び猛獣が眠る場所に戻ってきていた。

 一体何事か? と思っている二人をよそに、リーペがナイフを取り出し猛獣の体内をえぐり取り始める。


 「うえっ……!」

 「おい」


 思わず気持ち悪さを表に出す天海と、粗相を控えるように注意する竜。そんな二人に目もくれず、リーペは手を動かし続ける。


 そして二体の体内から何やら紫色の物体を取り出し、それをバッグの中に収納した。直後、リーペが天海の側に近寄り、少し手前で地面に手を伸ばした。


 その先にあるのは、天海の泣き別れた腕。

 それを拾い上げ、天海の前に差し出す。受け取れという意味なのだろうか。


 「え、何で?」


 当然そんな疑問を口にしたが、反射的にそれを手に取っていた。


 「お前の腹部って穴が開いたのに治ったんだろ? だったら、いずれ修復できるから取っておけってことなんじゃないか?」


 と、そんな疑問を払拭させるように竜が自身の見解を述べた。


 「……マジか」


 腕が治ることよりも、腕を持ちながら歩かなければならないことに苦言を呈する天海。

 一度腕を受け取った天海だったが、リーペのバッグを指差し、自分には収納できる物が無いことを伝える。


 それで納得したのか、或いは別の理由かは不明だが、リーペは腕を優しく取りバッグに収納した。


 「腕で容量圧迫していいのかよ」


 こんな状況でも、竜は依然として冷静であった。

 そうしてようやく全ての用事を済ませて、再び足を動かし始める三人。


 ——と、ちょうどその時。


 『——隊長、聞こえますか? 応答願います……隊長!』


 リーペのイヤリングに聞きなれた声が入って来る。


 「——シュレーヒンですか?」


 思わず立ち止まり声に出して応じる。


 『隊長! ……良かった、無事だったんですね』

 「ええ、神獣と交戦しましたが、私は無事です——」


 そう言いながらリーペが後方を振り返った。何事かと首を傾げる二人を見つめながら、会話を続ける。


 「ただ、遭難者を見つけました」

 『遭難者⁉ 危険領域で、ですか? それに神獣って、大丈夫なんですか⁉』

 「はい。神獣の件は問題ないです。ただ、遭難者に関しては言語コミュニケーションが取れません。詳細は後ほど話しますが、彼らの身元を特定する必要があるので、一旦帰還します。敵とも遭遇していますから、本作戦は一度中断いたします」

 『任務はともかく……大丈夫ですか? 外交問題とかに発展しないですかね?』

 「私の予想が正しければ、問題ないはずです。取り敢えず、現在地を把握したいのでサインを送ってください。それから、あなたに託した力の付与を解除します」

 『承知しました』

 「助かります」

 『……あの、隊長——』

 「何ですか?」

 『絶対、帰ってきてくださいね』


 あくまでも冷静さを装ってリーペに語りかけていたシュレーヒンであったが、最後のその言葉を口にした時だけ、声が震えていた。心の底から彼女の安全を願っている証拠だろう。


 「……ええ、分かってます。トレンにも怒られますからね」


 だからその言葉を最後に、通信を切り安堵のため息を見せるリーペ。そして微かに笑みを浮かべて、再び歩み始めたのだった。


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