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サジラスト  作者: 駄作に飼いならされた男の末路
6/12

血生臭い現実

 その男は、茶と緑の迷彩柄の戦闘服をまとい、銃と短剣の他には目立った装備を持たずに、危険領域に足を踏み入れていた。

 この地において軽装で動くのは、自殺行為に等しい。常識から外れた愚か者——のはずだったが、リーペの脳内にその感情は浮かばなかった。


 「危険領域にたったこれだけか? いや、隠れてるな……だが、戦える奴はやはり少ねえか」


 男はリーペの姿を舐めるように観察し、余裕綽々の笑みを浮かべた。

 次の瞬間——。


「……失せろ」


 空気を裂くように響いた、聞き慣れぬ声。


 「……あ?」

 「戦うことしか能のない人族が、私らの前に立つなと言ってるんだ」


 それはリーペの声だった。普段の気だるい調子とは一線を画す、殺気と怒りに満ちた低音。

 温厚な彼女の裏側に潜む、もうひとつの獣性が露わになっていた。


 その様子に対して男は一切怯むことなく「……へぇ。あんた、人語を介せるのかい」と会話する余裕さえ見せつけていた。


 「教養と学がある証拠かね。羨ましい限りで」

 「あんたに羨ましがられるのは気色が悪い」

 「……教養はあっても口の行儀は悪いんだな」


 軽口を叩きながらも、男の目に宿る殺気は鋭さを増していく。

 次の瞬間——彼の銃口がリーペを捉え、銃声が森を裂いた。


 弾丸はリーペの頬を掠める。反撃に転じようとしたそのとき——。


 「——くっ……あぁぁぁ!」


 後方から、仲間の悲鳴が届いた。

 リーペの瞳が鋭くなる。


 「やはり、いるか」


 男はニヤリと笑う。今の狙撃は、リーペではなく、姿を消した仲間を狙ったものだった。


ーー……五体同時に仕留められる狙撃精度。それに、逃走中の隊員の位置を正確に……偶然じゃない。


 リーペは男の視野と認識力が、自身の想定を大きく上回っていることを即座に悟った。


 「……お前はここで、殺す——!」


 直後、彼女が目にも止まらぬ速さで間合いを詰めた。

 彼女の瞳が相手の芯を見通すかのように鋭くなる。


 ——瞬間。


 「……っ、これは……」


 迷彩柄の男が口からタラリと血を流した。そしてグラッと男の体がよろける。


 ——何が起きた……?


 刹那的に、そんな疑問が男の脳裏によぎる。

 だが、その解を与える隙を与えず、勢いを殺さずにリーペが男を力強く蹴り飛ばした。


 彼女の足の甲が綺麗に男の眼前を捉える。

 吹き飛ぶ身体。反応こそ見せた男だったが、数メートル後方で、体勢を崩して地面に膝をついた。


 「そうか……てめえが英雄殺しか……大したもんだぁ……あ?」


 男は薄ら笑いを浮かべながら、口元の血を拭う。

 しかし——気付く。先ほどまでいたリーペの姿が、もうどこにもない。


 ——ズドン!


 直後、後方からの衝撃。視界が跳ね、再び体が地面を転がった。さらに——。


 「ぐっ……!」


 真正面からの一撃。視認できない攻撃に連続して叩きつけられながらも、男は冷静に受け身を取っていた。


 「なるほどっ……!」


 男の思考が一つの仮説に辿り着く。

 不可視化状態。だが、そこにはわずかな“隙”がある——。


 微塵も焦る様子を見せることなく、男が虚空に銃口を向けた。


 ーーパァン!


 一発の発泡が森に響く。


 その刹那—— 血を流しながら姿を現すリーペの姿があった。

 不可視化状態での被弾。それが意味するものを、彼女は痛感していた。


 「やはり、姿を隠せるメリットの反面、外界の情報にラグができてるな。じゃなきゃ常時隠密行動をしない理由がないし、さっきより動きも大味になりつつある。違うか?」


 一つの核心を得た男が、銃口を突き付けながら意気揚々と語りかける。


 対するリーペは無言のまま、瞳の奥で僅かな焦燥を滲ませていた。


 ーーこの男……並じゃない!


 それでも——敗北の未来は見えなかった。経験と自信、そして耳元に届く仲間の通信。


 『——隊長……総員、離脱に成功いたしました……まだ森の中ですが、安全圏内にはいます』


 シュレーヒンの報告に、リーペの表情がわずかに緩む。

 そしてマスクを脱ぎ捨てて、男を直視し鋭い眼光をもって殺意をぶつける。


 「ぐふっ……っ……」


 またしても突如として吐血し咳き込む男。恐らく、それもリーペの能力なのだろう。

 それでもなお——男の薄ら笑いは消えない。


 「オタクの能力は、随分と便利だな……心身共に健康な体が、このざまだ」


 言葉とは裏腹に、やはり男はどこか嬉々として佇んでいる。


 「それ以上可哀想な見た目になりたくなければ、降伏しろ」


 青いブレスレッドに触れながら、殺気をぶつけるリーペ。効果は、簡易的な応急処置。

 それを使用して直ぐにリーペの肩の出血が治まっていく。


 「生憎と、俺にも部下がいるんでね。無理な話だな。それに、いずれあんたを殺す必要があるし、これはこれで好機なんでね」

 「……そうか」


 その言葉を最後に、リーペは黒い球体を周囲に展開しながら、超高速で動き出した。男を翻弄し、正面からの蹴りを放つ。


 確実にリーペは今、男を仕留めに行くつもりだ。その事実を、彼も瞬時に理解する。それでもなお平然を装い——。


 「——すぅ……」


 聞き取るのが困難な程に、穏やかな深呼吸を見せた。

 そして——瞬く間に銃声を響かせた。


 一つ、二つ、三つ——。度重なる銃声音。見事な早打ちと連射。

 だがその全てが虚しくリーペの周囲に漂う球体に吸い込まれていく。


 「そんなことしても……意味無いよ」


 呆れ顔で囁き、次の瞬間、彼の顔面に強烈な蹴りが叩き込まれる。


 「……どうだかな!?」


 だが男はリーペの言葉に苛立ちを見せることなく、依然薄ら笑いを浮かべながら腕一本で攻撃を防いだ。痙攣を見せる腕。

 そしてーーあさっての方向を向く銃口。


 その先にあるのは、無だった。

 だというのに、一発の銃声音がリーペの耳に届く。


 男の意図の見えない発砲に、リーペが直感的に指を突き出す。

 黒球を放ち、殺意をぶつける——が、男はそれすらも予測していたかのように回避する。


 黒球が地面を抉り、森に衝撃が走る。そこに男の姿は無かった。


 ——どこだ、どこにいる……?


 動きは止めても、思考だけは常に巡らせていた。


 男は移動しながら発砲をしているが、弾丸は全て球体に吸い込まれるため問題はなかった。問題は、他の隊員の元に標的を変えられることや逃亡されることである。


 ——やむを得ない。


 リーペは即断する。

 黒球を三十体以上展開し、周囲一帯に放出。


 そして——。


≪※※※※≫


 リーペの周囲一帯がえぐり取られた。


 地面には無数のクレーターができ、軸を失った木々は勢い良く倒れ、何も無い空間を埋めるかの如く風が強く荒れ狂う。


 「……」

 そしてその中心に、迷彩の男の姿。

 左腕を失いながらも、なお立ち尽くしていた。


 「……やっぱすげえなぁ」


 そう呟く男の顔には、絶望ではなく――感嘆が浮かんでいた。

 右腕は力なくぶら下がって銃を地に伏せているというのに。

 左腕はもう無く、勝負は目に見えているというのに。

 

 それを見据えてなおリーペは油断することなく、確実に息の根を止めるために狙いを定め、黒い球を展開。

 そして、男との間合いを一気に詰め、自身の指先を力強く男に突き出す。


 ——直後。


 「——だが、俺の勝ちだ……!」


 勝ち誇ったかのように、男の笑みがリーペの視界に映る。次の瞬間には、黒い球体が空間をえぐっていた。


 だがそこに男の姿は既になかった。体全体が消失したのなら良かったのだが、現実はそこまで甘くない。


 ——ちっ……逃げられた!


 自身の失態を悔いるリーペ。そう判断して追撃に移る——はずだった。

 だが男を追う足が一瞬にして制止する。彼女の背筋を、恐怖と悪寒が一瞬にして走ったのだ。


 背筋を凍らせる気配が、リーペの背後から突き刺さった。


 振り向いた先にあったのは——神獣。


 全身から黄金の光を放ち、十一の球体を首の体毛に吊るし、四肢を地に突き立てる。

 狐のような顔立ち。だが、瞳は虹に輝き、眼光は万物を圧する。


 リーペは一瞬にして理解する。

 逃げれば死。戦えば……やはり死。

 だが、怯みはしなかった。


 神獣を屠る為に、黒球を展開。そして、自身の脚に力を入れたーー瞬間。


 「——くっ!」


 何かが彼女の右肩を貫通する。速度は弾丸を凌駕し、痛みも感覚も異質だった。

 そして、それが通った軌跡は煌びやかに輝いていた。


 その正体は——奴の羽根。


 神獣は自身の翼の一部であった羽根を飛ばしただけ。

 たかが羽根一枚。されど、その威力は常軌を逸しており、リーペの黒い球体をかいくぐったホーミング性も備えている。


 その事実を理解するのにかかった時間は僅か数秒。それでも、彼女にとっては永遠のようだった。


 それでも、構えを崩さぬリーペ。

 先の戦いよりも一際早い移動速度。その速さを以て間合いに入り込み、蹴りを放つ——が。


  「——は?」


 ただ地面へと落ちていく羽根。それ当たっただけで、衝撃が反射し思わずバランスを崩す。


 さらに蹴られた羽根は、ひらひらと何事もないかのように舞い落ちていく。


 何かが違う。あれはただの羽根ではない。


 リーペは即座に理解する。


 羽根一枚で、神獣は世界の物理法則をねじ曲げている——と。

 

 ならばと。男の時同様に、明確な殺意を奴にぶつける。


 ——その直後。

 「……ッ」


 神獣の口元から血がタラリと垂れた。手応えは、ある。


 ——次は確実に……!


 自身の能力が効くことが分かり、リーペが再び間合いを詰めた。

 それに反応するように、神獣が周囲に羽根を打ち放う。


 まさに光の如く、気付いた瞬間には辺り一帯が光り輝いている。当事者でなければ心躍る光景だろう。

だがリーペ本人にそれを愛でる余裕は一切ない。


 反応する暇もなく、リーペの全身を光が貫く。


 ——それでも、止まらない。


 リーペの足が、神獣に向けられる。その軌道上に、またしても宙を舞う羽根。

 またもや攻撃が阻まれる……そう思えた。そう思うのが普通だった。


 しかしリーペは違った。

 攻撃と思われたその左脚で羽を蹴り上げ、上空へ跳躍し、黒球を指先に集めて——。


 ≪虚穴翫星(こけつがんせい)・第三番≫


 リーペの攻撃が放たれた。


 黒球が神獣の胴体をかすった直後、地面に着弾する。

 そして、人であれば容易にひしゃげるほどの圧力が、神獣を襲った。


 黒球が嵐を生み、地を穿ち、神獣の身体を削る。

その巨体が揺らぎ、口から血が溢れ出る。


 それでも尚——立っている。四肢は地を踏み、目は死んでいない。


 「……ちっ」


 仕留めそこなった事実を上空から確認し舌打ちをこぼすリーペ。そこに——。


 「っ……!」


 羽根が、再びリーペを穿つ。

 何度見ても隙のない羽根による狙撃。


 流石に効いたらしく、リーペが落下を見せた。


 ——せめて距離だけでも。


 落下地点を少しでも神獣から遠ざけようと、力を振り絞り大きく自身の翼を振るった……はずだった。


 「……は?」


 間違いなく神獣との距離はできていた。にもかかわらず、瞬き一つの直後、落下地点に神獣の姿が視界に侵入する。


 ——なんで、そこに……!


 反応する間もなく、神獣の巨翼に吹き飛ばされ、遥か彼方の地に叩きつけられる。


 外側からヒリヒリと痛みが襲う。出血もいくつか見受けられる。

 それでも致命傷には至らず、青のブレスレッドで応急処置を開始する。


 「ぅ……くはっ……」


 何とか四つん這いになり呼吸を整える。外傷は消えた。それでも内部をえぐられる感触がじんじんと響き続けている。


 「はぁ……仲間を——」


 何とか立ち上がろうと、頭上を見上げる。

 その視界に——新たな脅威。


 巨大な蛇が、天を覆っていた。

 指を突き出す暇もなく、蛇の薙ぎ払いが襲う。


 「——かはっ!」


 言葉にならない声が、掠れて喉から飛び出る。

 同時に、遥か彼方へと飛ばされた。


 そして何かに衝突した感触を最後に、リーペは気を失ったのだった。

 



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