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サジラスト  作者: 駄作に飼いならされた男の末路
5/12

交わる運命



 朝と夜を十四回ほど繰り返して、特殊編成部隊が色殺の森へ発つ日にちとなった。

 編成は予定通り。少数精鋭。情報収集が目的とはいえ、戦力として計算できる者は片手に余る程度しかいない。

 むしろ、見送る側の数の方が遥かに多かった。


 大戦が控えているのだから仕方のないことではある。それでも、死刑宣告となんら変わらない本作戦に不平不満をあらわにするものは誰一人としていない。命令に従うのは軍人の本懐である。

 だからこそ彼らは、軍人たる勇ましさを胸に秘めて、一糸乱れず均等な間隔で整列している。


 特殊編成部隊の装備は、通常の軍装とは趣を異にする。白を基調とした柔らかな生地。耳元には音声記録用の小さなイヤリング。視線には映像記録用の薄型コンタクトレンズ。

 両手首には、色とりどりの細身のブレスレット。赤、黄、青。それぞれが異なる用途を持つ。


 背にはリュックではなく、腰に複数の小型バッグ。翼の展開を妨げぬよう工夫された仕様だ。


 その隊列の前に、リーペがいた。指揮を執る立場でありながら、最前線を駆けなければならない大役。それを任されて尚、彼女の表情に乱れはなかった。


 そんな彼女を前にして議長が短く言葉を贈る。


 「——では、諸君らの活躍に期待すると共に、作戦遂行を祈る。この国の趨勢は君たちに懸かっていることを、ゆめゆめ忘れぬように」


 よく響く声だった。だが、その中身は空虚だった。

 形だけの演説。鼓舞の仮面を被った、都合の良い放逐宣言。

 それはまるで権力という皮を被った詐欺師だった。


 「では、間もなく作戦開始時刻となりますが、リーペ殿から何か伝達事項はありますか?」


 側にいた補佐官が問う。予定された段取りだろう。

リーペは一拍置き、視線を皆へと向けた。


 リーペとしては特に言いたいことなど何もなかったのだが、張り詰めた空気と圧が何かを語れと急かしてくるので、リーペは無理矢理口を開く。


 「ご存知の通り、本作戦を指揮することになったリーペです。堅苦しい言葉遣いは苦手なので、そのまま話します」


 場の空気が固まる。


 「これから向かうのは、死地です。だけど希望まで捨てろとは言いません。誰かを想い、帰りたいと願うことが、生き延びる力になるなら……どうか胸に仕舞っておいてください」


 一呼吸。


 「ただし、死ぬと分かった時は潔く。迷いは命取りです。……他人の命にも、執着しすぎないでください。命は脆い。零れたら、拾えない」


 そこまで言って、僅かに目を伏せた。


 「でも、だからこそ。私が、皆さんの命を守ります。今の私にできる唯一の仕事です。……少なくとも、私が力尽きない限りは、誰一人、死なせません」


 沈黙が落ちた。


 彼女の弁を聞いていた者の殆どが目を丸くする。補佐官がトレンに、「リーペに台本でも渡したんですか?」と耳打ちする始末であった。


 今まで他者に無関心であり、他人の命など我関せずといった印象を与えてきたリーペ。だから、今回の真逆の内容に驚きを隠せなかったのだろう。


 それでも、それが偽りであるとは誰も思わなかった。そしてトレンがそれを一番良く分かっていた。


「……まだ何か話した方がいいですか?」


 そんな思いの丈を吐き出したリーペの振る舞いは依然として悠々としており、その調子のまま補佐官にそう訊ねていた。


 「……いえ、十分です。では、トレン、後は任せます」

 「……はい」


 そうして皆の前に歩み出るトレン。


 「予定時刻だ。本作戦を開始する。両翼、展開!


 その瞬間、特殊編成部隊の背から一斉に翼が展開される。

 リーペの翼とは異なり、全員が同じ、均整の取れた形。光を浴びて、神聖なまでに美しかった。

 清く誠実な魂の結晶。そんな意味合いをクルーム族は勝手にこじつけているが、実際そうなのだろうと錯覚できるくらいの神々しさはそこにあった。


 「武運を祈る……行って来い、リーペ」


 「——行って参ります」


 リーペが胸元のクリスタルに手を当て、空へと舞い上がる。


 仲間たちが後に続く。


 空高く舞い上がり、一瞬にして森の方角へと飛び去っていった。




 鳥類のハヤブサは最高時速300㎞を超えるが、クルーム族は通常速度でそれを優に超える。この世界でも最速のトップ層に君臨するクルーム族。故に、目的地まではそう長くはかからなかった。


 目に装着しているコンタクトレンズは、その高速飛行中に目を保護する役割としても機能している。その為、森付近まで到達した瞬間から、全員の目に鮮明に森が映っていた。


 森の上部は屹立した樹木の緑で覆われており、飛行したまま森林内を観測、探索することは困難である。その為、リーペたちは速度を落として森の手前で一度着陸した。


 「指示通り、ここからの移動は戦闘時や逃避行為を除いて原則足を使います」


 森の中という飛行に適さない環境であるから当然である。皆もそれを承知しているため、リーペの声よりも先に翼をしまう。


 「念の為確認しますが、皆さんクリスタルはお持ちですか?」


 森に入る直前、リーペが全員に確認を取る。それに反応するように、一人余さず敬礼を見せる。


 「よろしい。これは軍に所属する証であると同時に、患部を癒す治療液がクリスタル内部にあります。即死は当然無理ですが、腕や足の欠損くらいは即座に感知する程の薬です。大変貴重である為一人一つしか支給されませんが、いざという時は使用して下さい。二箇所同時に負傷した場合は、命にかかわる方を優先的に治療すること。また、そうならないように、腕に付けている護身用のブレスレットは躊躇なく使ってください。では、行きましょう」


 その言葉を聞き届けて、皆が森の中へと入っていった。


 豊かな色彩が森の内部へと誘ってくる。甘い蜜で獲物を狩る植物の様に、この森全体がリーペたちを狙っている、そんな不気味さを醸し出していた。だが、肝心の神獣はおろか、生物すら見当たらない。


 森に入ってすぐということもあるが、その静けさがより一層気色の悪さを際立たせている。


 「妙ですね……」


 森を歩き始めて数十分、四十代前半程の男が低く呟いた。

 エリエル。年齢相応の経験と素早い判断力、そして優れた索敵能力を誇る男である。戦闘員ではなく研究員であるが、ある程度の護身術は身に付けており、彼を頼りにする者は少なくない。


 「生物の痕跡が少ない。いえ、少なすぎます。以前の調査では、森に侵入してすぐ交戦状態になりましたから、異例の事態と言っていいでしょう」


 そう言いながら、バッグから観察用のスコープを取り出し、地面や木の根元付近を見始めた。


 「……異常、ですか?」リーペがそう応じる。


 「ええ。おそらく、神獣が関係しているかと。活動が活発化している可能性があります」


 そこに別の声が割って入る。


 「……あんまり不安を煽るのはやめてくれる? こっちは、そういうの聞くと逆にワクワクするタイプなんだからさ」


 パーレルーーエリエル同様に研究員である彼が発した言葉であった。口調は軽いが、その眼は真剣だ。


 「好奇心と緊張感は紙一重だな」


 エリエルがため息と共にそう吐き捨てる。

 性格的に、彼はパーレルと相反するようだ。


 「ともかく、皆気を引き締めてーー」


 「言われなくとも、皆そのつもりですよ」


 と、今度は快活な女性の声がリーペの声に反応する。

 シュレーヒン。パーレルと同等の年齢であり、戦闘員としてこの作戦に参加している女性隊員だ。若いながら、その実力は軍の上層部が認めるほどであった。


 「あんたが言うと説得力無いね。もっと緊張感を持たないと」


 パーレルが微かに笑いながらそう言う。


 「パーレルは緊張の意味を履き違えてるね。そもそも、臨戦態勢に過度な緊張感は毒だから」

 「左様ですかい。まあ、研究員からすれば、そんなものより好奇心の方が重要だけどね」

 

 「——二人とも、黙って」


 会話を遮る様に、鋭いエリエルの声が響いた。耳を澄ませるように手を挙げる。


 「総員、頭を覆ってください」


 アリエルの動作に反応して、リーペが即座に指示を飛ばす。


 「総員、白装備装着。光学迷彩、準備!」


 隊員たちは慣れた手つきでフードをかぶり、マスクを装着。

 そして、胸元の透明なパネルを二度タップ——。


 次の瞬間、隊員たちの姿が森に溶けた。


 クルーム族特有の光学迷彩技術。

 擬態しているだけの為、存在が消えたわけではないが、それでも、その技術は本物だ。


 直後、轟音と共に現れたのは、体に宝石を生やした巨大な虎。

 だが、気配を探る素振りもなく、そのまま疾走していく。


 それを見届けて、各々が景色との同化を解く。


 「あれは、新種ですか……。随分な巨体でしたが、我々に気付かないということは索敵には長けていないようですね」


 猛獣が去っていった方を眺めながら、エリエルがそう言った。


 「……でも、奴は紫でした」


 だが、反してリーペは怪訝な表情を浮かべる。

 「……え、本当に?」


 リーペが何の色を言ったのかは不明だが、その発言にパーレルの顔が引きつる。それにつられるかのように、隊員に冷や汗が流れ出る。


 「警戒を強めて。何かがおかしい」


 ——そう言おうとした瞬間。


 「エリエル!」


 叫んだリーペの声が、森に響いた。


 地面が割れ、巨大な何かがエリエルの下から現れる。

 気づいたリーペが手を伸ばす。


 「隊ちょーー」


 エリエルも同様に手を突き出した。


 ——だが、間に合わない。

 一瞬。ただ一瞬の出来事だった。


 リーペの手には、エリエルの腕だけがぶら下がっていた。

 彼はその何かに、飲み込まれてしまったのだ。


 エリエルを飲み込んだ奴は、蛇に似た長い体と、魚類のような頭部を持ち、リーペを見下すなり地中へと潜っていった。


 「総員、隊列を崩すな! 研究員は姿を消して退避!」


 シュレーヒンが殺気をまとわせた剣幕でそう叫んだ。

 その叫び声が耳に入るよりも先に、リーペは動いていた。


 黒い球体が、空間に現れる。数十。その中心に、リーペ。

 仲間全員の姿を視界に収め、状況を把握するーー直後。


 ——ズズズ……!


 再び地がうねる。


 地面を割って現れたのは、さきほどの異形。いや、三体。

 さらにそれぞれが異なる動きを見せ、隊を包囲する。

 本当に蛇の様な動きをするが、胴体の至る所に節足動物特有の足を生やしている。それがカタカタと音を鳴らす様は気色が悪い。


 だが気色の悪さはそれだけに留まらなかった。


 もう二体、同種族の生物が出現したのである。一体は木から木へと動きつつ周囲を囲み、もう一体は器用に直立して目をギョロギョロと動かしている。


 恐らく、リーペたちは奴らのテリトリーに侵入してしまったのだろう。


 「隊長——!」


 と、未だにエリエルの形見を握っているリーペにシュレーヒンがそう声を掛けた。その声は微妙に震えていた。


 「非戦闘員の不可視化……完了しました」

 「……戦闘員は黄色、準備を!」


 そう言い放って黄色のブレスレットに触れるリーペ。通常、光裂。その効果は、閃光。相手の視界の妨害だ。


 「しかし、この状況では……」

 「……問題ありません。力技にはなりますが、私が打開します」


 そう言いながら、リーペはエリエルの腕に残ったブレスレッドを身に着け始めた。


 「分かりまし——っ!」


 指示を受けたシュレーヒンであったが、彼女の理解が追い付く暇もなく、奴らの攻撃が一斉に襲いかかる。


 何の変哲もないただの突進。だが直撃すれば即死、或いは口の中に消える顛末が待っている。

 威圧的な存在感と重圧を目の前にして、シュレーヒンの脳裏に死という概念が刹那的によぎる。


 「——あ……」


 自身の死を悟り、力の抜けた様な声を漏らす。


 ——たが、それを見ていたリーペに動揺などは微塵もなかった。奴らの攻撃対象を見極め、優先順位を整理し、イメージを構築していく。


 次の瞬間。


 ≪※※※※・※≫

 

 空間が歪んだ。


 直後、三体の内二体の頭部がグシャリと潰れ果て、生臭い血が霧散し紅色を咲かせる。

 そして残り一体は胴体に複数の空洞ができており、まるで何かにくりぬかれたようであった。


 だがそいつは死ぬまでには至っておらず、攻撃をくらうなりすぐさま地中へと潜っていった。


 「相変わらず、隊長の能力は凄いですね……」


 シュレーヒンが頬に付着した血を少し拭いながら、命の重みを実感してそんなこと震えた声で言う。


 だがリーペは言葉を返さない。

 彼女の視線は、周囲をなおも巡らせていた。


 「まだ終わっていません。次、来ます!」


 言葉通り、地が震える。奴が戻ってきた。


 「戦闘員も不可視化の準備、そして光裂の準備を……!」

 「……了解。全員、フードを被ると共に隊長の攻撃範囲内から撤退! 合図があった後に、光裂を使用……え?」


 直後、突き上がる地面——だが今回は、数が違う。


 三体。……一際巨大な、第四の影。

 先ほどの一体に加えて、四体の新手だった。


 一瞬の動揺が包んだことで、シュレーヒンの手が止まってしまう。


 「光裂使用!」


 それを察して、リーペが叫ぶ。

 呼応するように、シュレーヒン以外の光裂が周囲を覆い尽くす。


 だが、巨躯の個体にはほぼ効果なし。


 死が迫る。

 それに反応し、黒球を展開するリーペ。

 依然姿を消し、防衛に徹する非戦闘員。

 微かな抵抗を見せるシュレーヒン。


 様々な行動、意図が交差した空間で死闘が始ろうとしていた……その刹那——。

 

 ——ダダン!


 突発的に、森に銃声が五つ、重なって響いた。


 その直後には、五体全てが「ドダン!!」と音を立てながら地面に倒れ込んだ。各脳天に被弾の形跡。


 それを見て、一つの事実を瞬時にリーペが理解する。


 「全員! 不可視化状態で撤退!」


 今まで見せなかった焦りを表面に出しながら、僅かに口調を荒げてリーペが叫ぶ。


 戦闘員が姿を消していく中、最後に残ったシュレーヒンの肩を、リーペが力強く掴んだ。


 「私の力を分け与えます。それを駆使して、皆を安全地帯まで率いてください」


 シュレーヒンの目に、様々な感情が灯る。


 「——はい。御武運を」


 本当は言いたいことなど山ほどあったのだろう。それでも、シュレーヒンはそれだけを口にして姿を消した。

 それを見送ったリーペはフードを被ることは無く、代わりに勢いよく振り返った。

 何故なら、彼女の望まぬ存在はすぐそこまで来ていたから。

 

 「同胞かと思って駆けつけてみれば、てめえらかよ……翼人どもらめ」


 遠方より悠々と歩みを進めてくる一つの人影。そしてそいつが発したと思われる言葉。それはこの森に巣くうどんな生物よりも厄介であった。


 距離が近づくにつれ、徐々に輪郭が鮮明になる。

 同時に、憎たらしい程の薄気味悪い笑みを浮かべた男が視界に映る。


 それはリーペの予想通り、バウハーム帝国側の人間であった。


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