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サジラスト  作者: 駄作に飼いならされた男の末路
12/12

命綾、結びの時

 ……また、あの夢を見ていた。


 見知らぬ街並み。言葉も風景も異国のもの。けれど、なぜか胸の奥がざわつく。懐かしいような、不安をかき立てられるような、奇妙な既視感。


 ーーまただ。何度、意識を失い……この景色を見たのだろう。


 ぼんやりとした意識の中で、どこかから声が聞こえる。


 『……天海、起きて』


 女の声だ。知らないはずなのに、聞き覚えがある。不思議と安心を感じる声だった。


 ーー誰だ、お前は。


 『天海……』


 呼びかけが強くなる。まるで、現実へ引き戻そうとするかのように。


 不安と、何かを果たさなければならないという焦燥が押し寄せる。夢の中の風景が歪み、音が遠のいていく。


 『天海!』


 ーーそうだ……俺は、今……!


 「……起きろ!!」


 鋭く響いたのは、竜の怒声だった。


 ――直後。


 「……っ!」


 意識が覚醒し、天海は飛び起きた。視界が定まると同時に、竜とダレンが交戦している姿が目に飛び込んできた。


 服の下から引き抜かれた短剣が、ダレンの手に握られている。一方、竜は素手。状況はあまりにも不利だった。


 「……いい反応だ」

 「……ちっ、なんだよその身体能力……」


 竜が後退しつつ睨む。対してダレンは薄く笑いながら、刃を構えたまま一歩、歩を進める。


 「だが、視野は狭いな」


 そう言った瞬間、別の影が視界に差し込んだ。


 ――クレン。


 竜の背後から飛び蹴りを放ち、彼の体を弾き飛ばした。竜はすぐに体勢を立て直したが、呼吸が荒い。


 「今回は訓練じゃねえんだ。命、賭けろ」

 「なんだよ……!」


 竜が言葉を吐き出すが、それを聞いたクレンが冷ややかに告げる。


 「……生かすなら、竜だな。筋がいい」

 「じゃあ、殺すのはこっちってわけだ」


 ダレンが目だけを動かして天海を見据える。


 「悪いな。用済みだ」


 そして、次の瞬間には、ダレンの姿が掻き消えた。


 「……っ!」


 天海の前に、風を裂いてダレンが出現する。その矛先は天海の喉元。


 反射的に身を捩り、間一髪でその刃をかわす天海。しかし、直後に蹴りによる追撃。勢いのまま壁へと跳ね、衝撃が背中を貫いた。


 痛みが神経を走る。それでも、天海は叫ばなかった。


 ーー無理だ。まともに戦っても、勝てるわけがない。


 ダレンの技量、クレンの加勢。そもそも二人は幾度となく死線をくぐり抜けてきた強者。戦況は圧倒的に不利だった。


 ーー勝つには、あれしかない……!


 天海の視界の隅に霊宝が映る。それを使わずして、この局面を打開する術はない。


 そう判断し、駆ける天海。だがその背後から声が飛ぶ。


 「……ガラ空きだぞ」


 クレンだ。手にはナイフ。それが天海に突きつけられる。


 ーーさっきまで竜のところにいたはずなのに……!


 内心では焦りつつも、何とか反応して振り返る天海。だがナイフが天海の腹部に突き刺さる。

 思わず息が詰まり、呻き声が漏れる。


 「ぐ……っ!」


 苦痛で身体が硬直する。だが、その刹那――


 「……逃がさねぇ」


 天海は呻きながらも崩れなかった。逆に、クレンの服を掴み、そのまま引き寄せた。


 その背後を、疾風のごとく影が走る。


 竜だった。


 「ナイス……だ」


 竜が呟くように言い、霊宝に向かって駆け抜ける。


 合図も、打ち合わせもなかった。それでも、天海の動きを見た瞬間に、竜の体は勝手に動いていた。


 二人の呼吸は、訓練以上に噛み合っていた。


 「チッ……」


 クレンが舌打ちし、天海を突き放すように蹴り飛ばす。


 天海は転がりながらも、すぐに体勢を立て直し、竜の行方を見守った。


 霊宝まで、あと一歩。


 その手が届きかけた――


 「――甘いな」


 パァン、と甲高い音。


 銃声だった。撃ったのはダレン。


 霊宝に向けられた銃弾は、まるで狙いすましたかのように霊宝のすぐ脇を撃ち抜き、衝撃で軌道を逸らす。


 「っ……!」


 ーーこいつ、霊宝を狙い撃ちしやがった。というか銃も持ってたのかよ……!


 驚愕し、思わず目を見開く竜。


 その一瞬の隙を、クレンが見逃すはずもなかった。


 竜の足元に滑り込むように接近し、鋭い蹴りを放つ。


 「が……っ!」


 竜はバランスを崩し、咄嗟に防御しようとした瞬間、ナイフが太ももに突き立った。


 痛みに膝をついたところを、回し蹴りが頭部を襲う。


 地面に叩きつけられ、竜が崩れ落ちた。


 「――竜!」


 天海が叫ぶ。無意識に足が動き出しかけた。


 その前に、再びダレンの影が差す。


 「油断したな……」


 その手には、銃ではなく短剣。

 鋭く振り下ろされた刃を、天海はしゃがみ込むように回避。だが、風が背を撫でた。


 天海の反応速度は成長している。それでも、圧倒的な差は埋まらない。


 「くそっ……!」


 呻きながらも、崩れ落ちる体勢をなんとか支えつつ、ダレンと距離を取る。


 「反応は悪くないが、それに頼り過ぎてる……やはり用済みだ」


 再びダレンが銃を手にして、静かに天海の眉間を捉える。

 片腕しかないとは思えないほど、持ち替えの動きに一切の無駄がない。

 銃と短剣を切り替える動作は、まるで二刀流のような手際だった。


 一方で、クレンは地面に倒れた竜に歩み寄っていた。


 「……少し血をもらうぞ」


 竜の腕を掴み、迷いなくナイフを走らせる。


 流れ出る血を、舌先ですくうクレン。その動きには、どこか儀式的な不気味さがあった。


 「お前……何を……?」


 声を絞り出す竜に、クレンが目を細める。


 「言ったろう。結晶の力は、時に能力を持つって」

 「能力……?」

 「俺も能力保持者だ」


 その言葉と同時に、竜の体がびくりと震えた。


 筋肉が異様に硬直し、目が虚ろになる。


 「ぐ……っ、あ……!」


 歯を食いしばり、呻き声を漏らす竜。けれど、それは長くは続かなかった。


 次の瞬間、竜の表情が一変する。


 無機質な目。理性の抜け落ちた、獣のような眼差し。


 「……何を、した……?」


 その様子を、遠目で見ていた天海が、ダレンに問いかける。


 「隷従だよ。内のリーダーは、対象の血液を摂取することで、その支配権を獲得することができる。……さて」


 冷たい言葉と共に、引き金に指をかけるダレン。

 

 「幕引きだな」

 「……竜」


 天海がぽつりと呟く。

 その目はダレンではなく、その奥――竜を見つめていた。


 「それじゃあ、お疲れさん」


 ダレンがそう言い放った直後。

 

 ーーダンッ!


 鈍い音が響いた。だがそれは、銃声では無かった。


 乾いた風切り音。次の瞬間、天海の視界が大きく傾いた。


 竜の蹴りが、突如として天海の側頭部に叩き込まれていたのだ。


 「……!」


 壁際まで吹き飛ばされた天海が、呻きながら床を転がる。

 苦痛の中で天海が体を起こすと、目の前には信じがたい光景があった。


 空っぽの瞳。

 圧倒的な殺気。

 そして――今までの竜とは別物のような動き。


 その光景に、ダレンですら一瞬動きを止めた。

 

 「……この身体能力……オーバーリミットか……」


 ダレンが呟く。

 隷従直後に発現する限界を無視した暴走ーーオーバーリミット。

 問題は、今の一撃が指示によるものか、それとも自発的なものか――


 一連の流れを頭の中で整理しながら。


 「リーダー、これはどういうことだ!?」


 目の前の出来事の疑問を解決すべく、クレンに問いかける。


 「翼人の加護が邪魔してやがる……まぁ、すぐに御してやるさ」


 クレンの言葉とは裏腹に、竜はゆっくりと、しかし明確に殺意を向けていた。

 対象は――誰であろうと関係なかった。


 「……竜」


 呻きながら天海が呼びかける。だが返答はない。


 次の瞬間、竜の身体が急加速。まるで時間が飛んだような一撃が、天海の腹部に突き刺さる。


 「……ッ!」


 地を這うように吹き飛ばされた天海が、なんとか体勢を立て直すも、顔から血が滴る。


 「この速度……オーバーリミットだけが原因じゃねえな……!」


 ダレンが警戒の色を強める。クレンもまた、鋭い視線を竜に送っていた。


 「案ずるな。隷従が不安定でも、その契りは強固なものだ。俺たちに矛先が向くことはない」


 クレンの言葉どおり、竜はひたすらに天海だけを狙い続けていた。

 悪化する状況。

 そして、孤立する天海。


 ……それでも、その目は光を失っていなかった。


 全身に走る痛みよりも、竜が敵に回った現実よりも――なお、勝機を探す意志が、確かにそこにあった。


 「はぁー……」


 意識せず、天海が息を整える。

 その様子を、竜はじっと見つめていた。


 空気が軋む。わずかに張りつめたその気配とともに――。


 「……っ!」


 竜の姿が消えたように見えた。

 次の瞬間、滑るように間合いを詰め、拳が天海の顔面を狙う。無機質なその眼が、間近に映る。


 「ちっ……!」


 哀れみは抱かない。感情のない攻撃に、天海も感情を殺した。


 身を捻って拳を躱し、逆に足払い気味の蹴りを返す。だが竜は空気を滑るように身をかわし、即座に拳を振り抜く。


 鋭い。だが見切れる。天海は紙一重で受け流す。


 ──身体能力は跳ね上がってる。だけど、竜ならいける。癖もタイミングも、叩き込んできた。


 だが、それだけでは勝てない。守るだけでは、追いつめられる。


 冷静に距離を取った瞬間。


 「俺らも忘れんな」


 横合いから響くダレンの声。


 反応が間に合わない。天海の背に衝撃が走り、床を転がる。受け身で衝撃を殺すも、視界の先にはクレン。


 天海に向けて銃口が上がる。


 ーー銃声。


 「……くっ!」


 跳弾が脚を掠め、鋭い痛みが走る。


 ーーこいつ……わざと跳ね返らせて狙いやがった……!


 怯む間もない。すぐさまダレンが飛びかかってくる。

 二人の連携は無駄がなく、死角もない。息の合った攻めに、天海は押される。


 「ダレン、そろそろ終わらせるぞ」

 「……ああ」


 ダレンの声色が変わる。今までで最も冷ややかなものだった。


 その瞬間、姿が掻き消える。


 音だけが残る。風切り音、ガラスに反響する足音。天海の感覚をかき乱す。


 反応できるはずもない速度。なのに——。


 ーー行くしかねぇだろ!


 天海が走り出す。狙いは霊宝。迷いはなかった。


 ダレンが割り込む。短剣が喉元をかすめるが、天海は体勢を崩して刃を滑らせる。

 すかさずダレンは距離を取り、銃を抜いた。


 発砲――狙いは霊宝。

 跳弾が霊宝を弾き飛ばす。ダレンは、あくまで霊宝に触れさせないことを優先している。


 そして次の瞬間、銃を腰へ戻し、短剣を再び左手に握り直す。


 ーーまた持ち替え、手慣れすぎだろ……!


 それでも、天海は歯を食いしばり、突進。

 防御を捨て、命を賭けた一撃――


 「……血を流してでも行く気か」


 ダレンが構え直し、再び霊宝に銃口を向け――発砲。


 だが、その瞬間、天海は進路を変えていた。


 狙いはクレン。

 銃撃が三発。肩、腕、脇腹。血が吹き出す――それでも止まらない。


 「……っ!」


 踏み込んだ拳が、クレンの頬を捉える。

 受け止めきれず、クレンは数メートル吹き飛び、肩から床に激突。


 天海は油断なく背後を確認。来る。


 竜の気配。反射ガラスに映るその影を見て、天海は身体を反転させ、足を振り抜く。


 「悪いな、竜……!」


 その回し蹴りが、竜の側頭部を捕らえ、ガラスの壁へと叩きつけた。


 ダンっ! と衝撃音が走り、竜が崩れ落ちる。


 「身内に容赦ねぇな」

 「っ……!」


 すかさずダレンが突進。短剣が天海の腹に突き立ち、血が噴き出す。


 だが天海は呻きもせず、ダレンの腕を掴んだ。


 「……約束、したから」

 「あ?」


 不意に母語が漏れ出た。意味は通じていない。だが構わない。


 直後、天海から放たれた頭突き。

 ダレンがぐらりとよろめく。その隙に、腕を叩いて短剣を弾き落とす。


 ダレンが後退。天海は深追いせず、静かに短剣を引き抜く。


 手に返ったその刃を握り締め、血の雫が滴る。


 「……勇ましいたら、ありゃしねぇな」


 ゼェ……と一息、天海の視線が鋭くなる。


 ──疲れているはずなのに、まだやれる。


 普通であれば致命傷になり得る出血量と負傷。だと言うのに、天海の意識はハッキリとしていた。


 それは、リーペによる恩恵だっな。

 

 彼女の加護ーー『触謝同泉(しょくしゃどうせん)』は、本来「守護装置」として機能するものだ。肉体の強化や反応速度の向上は、あくまでも副次的な効果に過ぎない。


 その真価は、命の危機に瀕したときこそ発揮される。死に至る可能性が高まるほど、加護はそれに比例するかのように持ち主を強化するのだ。


 あの森で天海と竜が加速したのも、その法則に従った結果だった。


 もちろん、天海はその本質を理解していない。ただ、ひとつだけ確信している。


 ――調子が、いい。


 極限まで追い詰められた今もなお、体はまだ動けると訴えていた。


 「リーダー。怪我の具合は?」


 銃を手に取りながら、ダレンが声を投げる。視線の先、クレンは肩を揺らして呼吸を整えていた。


 「……はぁ、はぁ……」


 返ってくるのは荒い息だけ。言葉はない。


 ――戦闘向きのタイプじゃない。加えて隷従直後。表面の傷は浅くても、内部の疲労は深いか……。


 ダレンはそう判断し、ゆっくりと天海の進路上に歩を進めた。


 そして、踏み込み。


 間合いを一気に詰める。リーペと対峙したときと同じ、殺気を孕んだ気迫。


 躊躇はない。天海を仕留めにきている。


 銃口が天海を捉えた瞬間、乾いた発砲音が二度響いた。


 閃光のような銃弾が、天海の身体を撃ち抜く。


 だが、どれも急所は外れていた。脇腹、肩、狙いは正確だったが、天海がわずかに体を捻ったことで、致命には届かない。


 「……躱しやがったな!」


 ダレンが苛立ちを露わにする。だが、その顔には確かな興味も滲んでいた。


 「……まだだ」


 立っていることすら奇跡に思える状態で、天海は足を踏み出す。


 ダレンは構えたまま、冷静にその様子を観察していた。


 「……本気で勝てるとでも?」


 引き金に添えた指が微かに動く。だが撃たない。その目に焦りは一切ない。


 ーー……撃たない。俺の動きを見てから反応できる、ってことか。


 そう――間に合うのではなく、見切っている。それが、天海が感じたダレンの異常な強者感だった。


 ならば、真正面からぶつかっても意味がない。


 ーーなら。


 踏み出す足に力を込めた瞬間、天海の動きが変わった。


 身体が悲鳴を上げる一歩手前の領域にまで踏み込む。筋肉が悲鳴を上げ、肺が焼けるような痛みを訴える。だが、止まらない。


 ――死線に立つ者だけが踏み込める一歩。


 「……!」


 微かに、ダレンの眉が動いた。


 ーー読めない……今までの型を捨てたか。


 一瞬の隙。それは、無意識に積み上げた修練と、極限の集中が生んだ奇跡だった。


 天海が懐に飛び込む。


 ダレンが即座に右手を下ろし、銃を構える――だが、その動きに先んじて、天海の肘がダレンの胸元を突き上げた。


 「ぐっ……!」


 拳ではない。力でもない。読めない角度とタイミングを意識した、異質な打撃。


 そこに、続けざまの踏み込み。


 天海の足が軸を捻り、回し蹴りがダレンの顔をかすめた。ダレンは咄嗟に首を捻って避けるが、体勢が崩れる。


 その刹那――


 「……っ!」


 天海の指先が、ダレンの銃を弾いた。


 宙に舞う銃。だが天海は拾わない。


 そのまま、腹を押さえながらダレンを蹴り飛ばして距離を取る。


 ダレンは素早く体勢を立て直しながら、喉を軽く押さえた。


 天海から重い連撃が繰り出された事実とは裏腹に、表面上のダメージはほとんど無し。


 それでも。


 「……お前、ちゃんと訓練してたんだな」


 思いがけない言葉がダレンの言葉から出る。


 その口調に、怒りも焦りもない。ただ、事実を述べた声。


 ――まだ余裕がある。


 天海は、心の中で冷や汗をかいていた。今の反撃ですら、ダレンを削り切れなかった。


 だが、十分だった。


 ――次の一歩を、天海はすでに踏み出していた。


 天海が、地を蹴る。


 一気に詰めた――ダレンとの距離。

 だがその動きすら、ダレンは涼しげに目で追い、半歩。わずかにずれただけで天海の拳を躱す。


 「悪くないが、遅い」


 すかさずカウンターの構えを取るダレン――しかし、


 天海は自ら体勢を崩すように前方へ転がった。

 まるで、わざと失敗したかのように。

 だが、その逃れは、明確な意図を伴っていた。


 ーーやはり、動きを変えてきたか。


 ダレンが腰から取り出した二丁目の銃。それが反射的に天海の背へと向けられる。

 だが、発砲する寸前――


 鏡のような壁に映った像が、ダレンの思考を止めた。


 ――違う。狙いは、俺じゃない……!


 反射の奥に、一筋の影が走っていた。


 「クレン……!」


 気づいた時には、もう遅い。


 クレンの死角の、そのギリギリのライン。

 ガラス壁の角度が、反射を不完全にする一瞬だけを突いて、天海が踏み込んでいた。


 「っ……!」


 クレンが銃を構えるが、追いつかない。


 天海の短剣が、鮮やかな軌道を描いて銃を弾き飛ばす。


 「……っしゃああ!!」


 叫びと共に振るわれる第二撃――!


 だがその拳は、すでに背後に回っていたダレンが打ち払い、金属の打撃音が室内に響く。


 「ちっ……!」


 二人の銃口が、天海を正面から挟み込む。


 だが――天海の瞳は、二人ではなく、その奥を見ていた。


 握った短剣を、一瞬のタメもなく――投げる。


 宙を切り裂いたそれが向かった先は――霊宝。


 「なっ……!」


 ダレンの視線が反射を通じてその軌道を捉える。


 が、間に合わない。


 短剣が霊宝に命中。鋭い金属音と共に、霊宝が弾かれ、空中で軌道を変えた。


 跳ね上がった霊宝が――向かう先。

 そこに、竜が駆けていた。

 頭から血を流しながらも、その視線の先に、霊宝を捉えている。


 そして、反射光を背負いながら、その手が、霊宝に伸びる。


 ーー目覚めてやがったか……!


 そう察した瞬間ーークレンとダレンの銃が、天海から竜に切り替わる。


 そして……パァァン……! と重い銃声が二発。

 的確に竜に撃ち放たれた。


 だが一足早く霊宝を手にした竜が、一振り、斜めに入れる。


 瞬間、空間が裂け、銃弾すら弾いた強化ガラスが、たった一撃で粉々に割れる。まるでそれが「紙の壁」に過ぎなかったかのように。


 隊員たちの姿が露わになり、次の瞬間――彼らの顔に、明確な恐怖の色が浮かぶ。


 破砕音の余韻が、空間に鈍く響き渡る。

 視界の先で、割れたガラスの残骸が、乾いた音を立てながら床を滑った。


 竜は、霊宝を肩に担ぎ、無言で歩き出す。


 その威圧感は、人のそれではなかった。


 「……マジかよ」

 クレンが思わず呟いた。


 ダレンも無言のまま、竜を凝視する。

 瞳が細まり、わずかに顎を引いた。


 竜の足が、静かに前に出る。

 だが、誰を見ているでもない。

 その行動には、意思も、感情も、戦術もなかった。


 ただ――確実に隷従は解けている。

 いや、意識を失った時点で、クレンが隷従を停止したのだろう。

 使えない駒を従えるメリットなど、どこにも無いのだから。

 ……だが、今回ばかりは、それが仇となった。


 「……っ!」

 クレンが、銃を再び構えた。が、それを静止させるように。


 「やめろ、クレン」


 ダレンがそう静かに言い放った。


 「……なぜ止める?」

 「このまま続けりゃ、俺らだけじゃ済まねぇ。あの壁を一撃で壊した。……次は、隊の誰かが潰される」


 クレンが歯噛みする。

 けれど、霊宝を手にしたままこちらに向かう竜の姿は、戦況を変えていた。


 「しかも……」

 ダレンはわずかに天海を振り返った。


 「……こいつら、最初から敵意を持ってねぇ」


 言葉の意味に、クレンは目を細める。


 「命の危機に瀕している状況で、霊宝を手にし、それでもなお殺意の無い奴を、俺は敵とは見做さない……」

 「……」


 ダレンの言葉に、クレンは言葉を返さなかった。だが、静かにその手を下ろし、銃口を竜から遠ざけた。


 それに反応するように、竜の足が止まる。

 この瞬間、戦いは決した。

 

 ダレンは溜息を吐いた。


 「尋問は終了だ……安心しろリーダー。上には、俺が報告する」


 それは、試す側が白旗を上げた瞬間だった。

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