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サジラスト  作者: 駄作に飼いならされた男の末路
11/12

誰が為ノ刃か

 語学学習が始まってから、約一ヶ月。

 発音は拙く、文法もボロボロ。それでも、天海と竜の二人は「最低限の意思疎通が可能」なレベルにまで成長していた。


 そして現在二人はーー。


 「おらどうした! そんなもんか!」


 なぜかダレンと戦闘訓練を行っていた。屋内練習場で、ゴリゴリの実戦形式による一対二の対人戦。

 しかも二人には、いまだリーペの加護が健在。


 ……が、それでもダレンの敵ではなかった。


 「おかしくね? 勉強はどうした……てかこれ、拷問じゃん……!」


 天海が叫び、竜が無言で歯を食いしばる。

 言葉は以前より通じるようになってきたが、肝心の「この暴力沙汰がなぜ行われているか」は、いまだ理解不能だった。


 そんな二人の迷いを吹き飛ばすように、ダレンが喝を飛ばす。


 「休むな! 次、行くぞ!」



 ※※※ことの発端は、七日前に遡る。


 その日、リーフ共和国とバウハーム帝国の戦線が再び激化したとの報が届いた。

 ほどなくして、クレンはダレンを軍のブリーフィングルームに呼び出した。


 「……呼び出しってことは、よほど面倒な話なんだろ?」


 部屋に入って開口一番、ダレンがいつもの調子で切り出す。


 「面倒かどうかは、聞いてからのお楽しみだ」


 椅子に腰掛けたクレンは、手元の端末を操作してホロ画面を立ち上げた。

 そこに映し出されたのは、最新の前線状況だった。


 「英雄殺しの姿は依然として確認されていない。色殺の森での戦闘で、相応の損傷を受けた可能性が高い。ただ、それでも被害はこちらの比ではない」


 「……まぁな。知り合いも何人か、あそこで散った」


 ダレンの表情が一瞬だけ険しくなる。


 「正直、サリーナをさっさと前線に戻せばいいんじゃねぇのか? あいつらの教育よりも、そっちの方が――」


 「その意見も出た。だが、対症療法に過ぎない。根本の問題は“あの女”――英雄殺しの正体と能力だ」


  英雄殺し――リーペの能力は、依然としてブラックボックスのままだ。

 この謎を解明できなければ、バウハーム帝国に勝機はない。

 何せ、彼女一人で軍一つを葬る戦力と張り合える存在なのだから。


 「寧ろ上は、仕事を増やしやがった。だからお前を呼んだのさ」


 「あ?」


 「お前にはやってもらいたいことがある」


 クレンがそう言って、映像を切り替える。

 例のブツーー短剣の映像。それはダレンが色殺の森で回収してきた、霊宝と呼ばれるものだった。


 「上層部はこれを使える武器として、本格的に研究すべきだと判断した。つまり、実験再開が決まった」


 「……試すってことは、また誰かが死ぬってことだろ」


 ダレンの声が低くなる。

 前回の実験では、被験者が命を落とした。霊宝は、その力ゆえに扱う者の命すら奪う危険物だった。


 「今回は違う。――対象は、あの二人だ」


 クレンが目を細めて続ける。


 「奴らは結晶を持っていない。だからこそ、霊宝と共鳴しない可能性がある。あくまでも仮説だが、それが正しければ、あれを扱えるのは奴らだけかもしれん」


 そう言い切って、深いため息を吐く。


 「こっちはもう、盾も補給線もボロボロなんだ。あいつらが戦力化できるなら、それに越したことはない。この際、使えるもんはなんでも試すってことだそうだ……もし結果が芳しくなくても、拾った命がまた土に帰るだけだ」


 それを聞いて、ダレンが険しい顔をした。


 「……だから、扱えるレベルまで鍛えるってわけか」


 「ああ。最低限、自分の体を制御できる程度にはな。その訓練の適任者は、お前しかいない。やってくれるか?」


 「……俺は構わねえが、俺が不在の間の穴は誰が埋めんだ?」


 「そこは心配するな。代替案はもうある。まぁ、拮抗できるのは短期間だけだがな」


 沈黙が流れる。


 やがてダレンが、鋭い視線を向けて言った。


 「……仮に、あいつらが敵だった場合はどうすんだ?」


 その問いに、クレンは冷静に、むしろ氷のように答えた。


 「敵でも、使える駒なら使う。それが俺の仕事だ」


 その言葉に、ダレンの眉が僅かにひくついた。

 だが次の瞬間には、覚悟を決めたように息を吐き、ゆっくりと頷いた。


 「……わーった。すぐには無理だが、落ち着いたら始める」


 「……ああ、頼んだ」


 そうして天海と竜は、自分たちがただの語学研修生ではなく、戦場の道具として育てられていることなど、まだ知る由もなかった。



 ※※※――そして今、汗と声が飛び交う練習場へと、時は戻る。


 汗と息づかいが飛び交う練習場で、天海と竜は地面に崩れ落ちていた。

 それを見下ろし、ダレンが厳しくもどこか満足げに言い放つ。


 「お前らの力量は大体わかった。昼も近いし、今日は切り上げる」


 「…….し、死ぬ……」

 

 天海が苦悶の声を漏らし、竜は息を整えるのに必死だった。


 対する竜は、弱音こそ吐かなかったものの、その表情は悲痛で満ちていた。


 その後、休憩時間と言われた二人は真っ先にトイレに駆け込み、いつぞやの再来を体験していた。


 悲痛な苦しみが、トイレ外にも響き渡る。


 その気持ちを払拭する暇もなく、いつもの語学教室へと足を運ぶ。


 「こんな状態で、勉強しろと……?」


 机に突っ伏す天海が、掠れた声でそう嘆いた。


 「嫌なら、部屋で休んでりゃいいだろ」


 「そういうお前だって、顔がやつれてるじゃねえか」


 「気のせいだろ。疲れて幻覚でも見てるんじゃねえか?」


 そうこうしてる内に、サリーナが「調子はどう?」と朗らかな笑顔で入ってくる。


 ーーが、二人の様子を見て一変。


 「え、大丈夫? 酷い疲労具合じゃない。誰にやられたの? クレン? クレンね?」


 二人に駆け寄り困惑した表情を見せる。


 「……ダレン、さんに、ヤラレマシタ……」


 何とか声を振り絞り、天海がそう返答する。


 「あ、そう……頑張って」


 ダレンに好意を寄せているサリーナ。故に、その非道な所業を強く責めることはできなかった。



 ※※※それから語学学習と訓練を続けて、二週間ほどが経っていた。


 ダレンとの戦闘訓練は、依然として二人の劣勢。だが、明らかに負傷は減ってきている。


 加えて二人の語学レベルも、目に見えて増している。


 その理由はーー。


 「語学弱者共、先日のテスト結果が悲惨だったらしいじゃねぇか。今回もキツめに行くから覚悟しろ!」


 語学の成績によって、ダレンの力量が変化するのだ。

 必死にならない訳がない。

 さらにーー。


 「特に天海が酷かったらしいな。特別に追加問題を出してやる……. 自由とは、他人に強制されずに行動を決められることだ。これを裏付ける具体例としてふさわしいものを答えてみろ」


 「何で論述問題!?」


 「おら、どうした! 5……4……3ーー」


 「し、シルカーーー!!!」


 「どうした! 全然成ってねぇぞ!」


 「し、死ぬ…….!」


 戦闘の合間に攻撃だけでなく、問題も飛んでくるのだ。

 二人にとっては地獄。それが図らずも、二人の語学レベルを成長させた。

 そして、二人の躍進はそれだけにとどまらない。


 ーーこいつ、これを避けるか……。


 ダレンの攻撃に、少しずつ二人が順応してきたのである。

 勿論ダレンは本気など出してはいない。

 だか並の兵士なら喰らう攻撃を、二人は見事に反応している。

 全てを躱すのは無理でも、確実に、ダレンの攻撃を目で追えている。

 

 ーーそろそろ、頃合いか。


 「……よし、一旦止め」


 いつもならぶっ通しで訓練を行うダレンが、珍しく中断の合図を見せる。

 急な打ち切りに、二人が戸惑いを見せる。


 「え……もう、オワリですか?」


 あっけに取られる天海の言葉に「いや」と否定するダレン。


 「素手での動きは及第点に達したから、訓練内容を変えるだけだ。少し準備する。適当に休んどけ」


 そうして悠々と退室するダレン。


 訓練当初なら、宝石よりも珍しい休憩時間に目を輝かせるのだろうが、今の二人が満足感を抱くことはなかった。

 体が慣れてきた証拠だろう。


 「1ヶ月後には、俺らあの人を蹂躙できそうじゃね?」


 地面に寝転がり、天海が天井を見上げながらそう呟く。


 「お前は楽観的でいいな」


 「悲観的に考えたって、何もいいことねぇぞ」


 「現実を見ろって言ってんだよ。語学はともかく、実践形式の戦闘訓練なんて、俺らを戦争に参加させようとしてるもんじゃねえか」


 二人はバウハーム帝国の意図を知らない。それでも無視できない現実から、竜は何となくを察していた。


 「そうは言ってもなぁ……でも、戦争だったらさ、対人訓練とかじゃなくて武器の扱い方を教えるだろ」


 「いや、あの翼の少女を見ただろ。この世界じゃ、武器よりも個人の能力の方が上なんだ」


 「ケースバイケースじゃね?」


 そんなやりとりをしている内に、ダレンがアタッシュケースの様なものを手にして戻ってきた。


 「お前ら、これ使え」


 ダレンがそう言いながら二人の前で開けると、中から短剣の類が入っていた。


 ーーあ、おもいっきし戦争だ。


 二人の脳内に、そんな感想が過ぎる。


 


 その後、武器を使った訓練が始まり、緊張感が一層増していく。

 そして気付けば、今日の訓練も終わっていた。

 素手と武器の訓練では勝手が違うのか、二人の疲労は訓練開始当初に近しいものになっていた。


 「なあーー」


 普段なら練習の後すぐに練習場を後にするダレンが、今日は地面に寝転がる二人に声をかけていた。


 「お前ら軍隊にでもいたんか?」


 落ち着いた声音だったが、その瞳の奥は、微かに鋭さがあった。


 「シリマセンヨ。キオクが無いんデスから」


 声を出すのすら困難な天海の代わりに、竜がそう返答する。


 「そういや、そうだったな……」


 二人はまだ、この世界に来る前の記憶を取り戻せていない。

 そしてダレンも、異世界から来たことを除き、二人の記憶がないことを把握していた。


 「そう思ったリユウはナンデすか?」


 「前から思っていたんだが、お前ら二人の動きには統一性がある。言い換えれば、決まった行動パターンがあるってことだ。加えて今日の動き。初心者とは思えない程に、自衛と攻撃の線引き、駆け引きができていた」


 「そうは言ってもーー」


 と、ようやく呼吸の調子を取り戻したのか、天海が疑問を口にする。


 「キオクガないのは、ホントです。ブキだって、はじめてニギッタようなモノですから……」


 「記憶じゃなく、体に染み付いているのかもな……」


 そう言った直後、ダレンの表情が険しくなる。


 「まぁ、その話はいいや。明日は訓練を行わないが、やることは決まってる。覚悟しとけよ」


 そうして部屋を後にし、取り残された二人。


 訓練から解放されて喜ぶかと思いきや、二人は依然として、闘志をぎらつかせていた。


 「……じゃあ、やるか」


 息を切らしながらも、何とか立ち上がり、短剣を構える天海。

 竜は無言だったが、それに応える様に、鋭い視線をぶつける。


 初めてダレンに叩きのめされたあの日。屈辱と苦しみを克服すべく、二人が出した結論。

 それは、自主特訓であった。

 どんなにキツくとも、体が悲鳴を上げようとも、二人はお互いに研鑽を高めてきた。

 だから二人は、ダレンとまともにやりあえている。


 「じゃあ、いつも通り行くぞ」


 「……あぁ」


 天海の言葉に頷き、対峙する二人。そして、目立った合図もなしに、タイミングを合わせて矛を交え始めた。



 そしてーー翌日を迎えた。


 二人が眠る相部屋、その外からドア越しに騒がしさが伝わってくる。

 その異様な雰囲気で二人が目を覚ました直後ーー。


 「天海、竜、話があるからついて来い」


 いつもと変わらぬ調子、だがどこか冷たい雰囲気のあるダレンが、二人の部屋に立ち入って来た。


 いつもと違う雰囲気を纏っているダレン。

 だがそれを感じ取ることよりも、まだ眠気が勝つのか。


 「ココでよくないデスカ?」


 目を擦りながら天海がそう言った。


 「色々と事情があんだ。……まあ、そのおかげで訓練が無いんだ。ありがたく思え」


 その言葉に何も言い返せない二人。


 そうして二人が連れて行かれたのは、四方一面がガラスで覆われた異質な部屋。

 ただの部屋では無い。連れて来られた者から、情報を吐かせる尋問室、或いは拷問部屋だ。


 ガラスはマジックミラーの様になっており、四方からの外からは常に監視されている。対象者の敵意を感知すれば瞬時に制圧、ないし抹殺することが可能という訳だ。

 その対象に、二人は選ばれてしまった。


 「とりあえず、入れ」


 そんなことをつゆ知らず、ダレンの指示で、二人は異質な部屋に足を踏み入れた。


 部屋の中央には、簡易テーブルが置いてあり、その卓上に、機械のようなアームとトレー。

 トレーには見慣れない輝きを見せる短剣が置かれている。


 ーー霊宝。クレンとダレンが話し合い、二人に託そうとしている武器である。


 そして、そのテーブルの側に、クレンがいた。


 「おはようございます……って、チョウショクはヌキですか?」


 軽口を言う天海と、嫌な予感を感じとる竜。


 「ああ、おはよう。なんだ、飯よりも先に連れてきたのか」


 対するクレンは、いつもの調子で語りかける。


 だがーー。


 「雑談なんか、後でしましょうや」


 二人の後方にいたダレンが、そう言いながらクレンに歩み寄った。


 「……で、オレたちが呼ばれたリユウは何ですか?」


 警戒心を最大限に高めた竜が、すぐさま本題に触れた。


 「まあ、そう警戒するな。聞きたいことを聞くだけだ」


 ダレンがそう言うと、二人の右側面にホロスクリーンが突如として出現する。

 そしてそこには、いつぞやの恩人ーーリーペの姿があった。


 「お前ら、こいつらと面識あるだろ?」


 「ああ、知ってるよ。森でタスケテもらったんだ」


 依然として能天気な天海が、懐かしさを滲み出してそう返答する。


 「助けてもらった、か。さぞ仲がいいんだな」


 「どうだろうな。森で会ったのがショタイメンだし、コトバがツウジなかったし。でも、オレたちはカノジョに救われました」


 「そうか……」


 静かに頷いたダレンが、クレンに視線を向ける。指示を仰いでいる様だ。


 「少々判断に欠けるな……他に情報はないのか?」


 情報を整理しながら、クレンが二人にそう尋ねる。


 「こいつの腕は、彼女にセツダンされました」


 と、ダレンの様子を眺めていた竜が、唐突にそう言い放った。


 今までの訓練や、戦争という仮説、そしてリーペに関する事柄。それらの情報を元に、竜はおおよその本題を予想していた。

 だから、自身の身の潔白を証明する為に、あえてそう発言したのだ。


 「「……は?」」


 命の恩人、しかし腕は切断された。その矛盾にダレンとクレンの脳内に疑問が溢れ出す。


 「待て待て待て、何でそうなる」


 ダレンが言及すると、「シラン。起こしたらウデ切られた。すげぇ痛かった」


 「「…………は?」」


 益々混乱するダレンとクレン。


 二人の困惑する様子を見て、天海がことの経緯を説明すること数十分。


 「あー、もう分かった。お前らの事情は」


 一連の出来事を理解し、深々と息を吐くダレン。


 一方のクレンは、二人の扱いについて終始考えている様だった。


 「他に聞きたいことがあれば、コタえますよ」


 そんなクレンに、嫌味じみた棘を含めて、竜がそう口にする。


 「いや、いい。クルーム族との根本的な繋がりが無ければ、追求は無用だ。話を変えよう」


 結論が出たのか、クレンはそう吐き捨てて、ホロスクリーンの映像を消した。

 そして徐に卓上の短剣に歩み寄る。


 天海と竜はその意図を完全に汲み取ることはできなかったが、ひとまず耳を傾ける。


 「お前ら、一人ずつこれを持ってみろ」


 そうして視線を落とすクレン。

 触れる代わりに、アームを操作して持ち上げ、二人の前に差し出す。


 黒曜石のような艶のある刃。触れてもいないのに、皮膚の奥がザワつく。重い圧力のような、息苦しさ。


 「……俺が先に持つ」


 それを感じ取った天海が、率先して前に出る。

 竜を危険な目に合わせない様に配慮しているのだろう。


 竜は「分かった」と頷き、黙って天海の動きに注目する。


 「じゃあ、シツレイします」


 そうしてゆっくりと手を伸ばし、力強く握りしめる。


 ズッシリとした重さが、天海の手に伝わってくる。

 ただの質量ではない、精神に食い込んでくるような重量感が、確かにある。

 意識が、短剣に集中する。

 

 ……けれど。


 「で、この後はドウスレバいいの?」


 特別何かが起こることもなく、アームから短剣を取り外して、次の指示を仰いでいた。


 「いや、十分だ。竜も手に取ってみろ」


 言われるがままに、竜にそのまま手渡しする。

 同じ様に、何の反応も起きない、


 「……結果は上々か」

 

 だが二人の様子を観察していたクレンが、そう感想を漏らす。

 ダレンは無言のままだったが、ガラスの奥の誰かに視線を向けて、ことの結果を伝えている。


 「で、これってアキらかにブキできすよね? オレらに誰かをコロさせる気ですか?」


 竜が低い声で訊ねる。

 言葉こそ穏やかだったが、疑念は明確だった。


 「まあ、多分お前の想像通りだ。俺たちーーバウハーム帝国は、現在戦争真っ只中。戦況は最悪。理由はーーさっき見せた翼人の女だ」


 二人の疑問に答える様に、ダレンが口を開いた。


 「リーフ共和国。それが俺たちの戦争相手であり、翼人の巣窟でもある。そして、さっき見せた女が、敵側の主力だ。そいつを殺す為に、俺はお前たちを鍛えた」


 ダレンの言葉に、空気が凍りついた。


 「カノジョを、殺せと……?」


 天海が目を見開き、わずかに声を震わせた。


 「ああ。今竜が握っているのは、その為の武器。握れば数秒と持たず、命を枯らす。故に、今まで誰も扱えなかった希望の光だ」


 「そんなの持たせてたたのかよ!」


 ダレンの言葉で、反射的に武器を放り捨てる竜。

 見た目からは想像できない、カランという心地よい響きが鳴る。


 「おいおい、希望の光って行ったばかりなのに、乱雑に扱うなよ……まぁいい。少し、講義をしてやろう」


 そうしてダレンが電子端末を操作すると、人体の映像が映し出された。


 「この世界に生きとし生けるものには、必ず体内に結晶が実る。それは代替の効かない、臓器と言っていいだろ。お前たちも、実物見たから分かるだろ」


 その言葉で、二人はリーペが回収していた輝く石を思い出す。

 あれこそが、生の証である。


 「そしてこの武器、仮称ーー命綾(みあや)。霊宝と呼ばれる強力な武器だが、その反面、手に触れると同時に結晶と共鳴し、その生命力を吸い尽くす。だが、お前たちは共鳴しない。だから使える」


 スクリーンの映像が切り替わり、国が映る。


 「それを以て、敵国を殲滅する。相手はクルーム族による国家な訳だが、種族値は人類を遥かに凌駕する。強靭的なまでの身体能力、高速移動に特化した飛行性能、そしてーー英雄殺し」


 そして映像が切り替わる。

 リーペが宙に浮かべていた、あの黒い球体。

 そして謎の付与能力や侵食と見られる現象。

 それらが画面に映し出された。


 「こいつの存在がデカすぎる。結晶にはな、固有の能力が宿ることがある。そして英雄殺しは、三つの能力。すなわち、三つの結晶を有している」


 「「……三つ」」


 思わず、天海と竜が息を呑む。


 「一つ、引力を持つ黒い球体。二つ、お前らに今宿ってる加護の付与。三つ、内から蝕むなぞの力。大雑把には把握していても、その発動条件、効果範囲、詳細が分からなきゃ、対策のしようが無い……この霊宝は、それらを一気にひっくり返す切り札って訳だ」


 ダレンの口調は冷静だった。だが、そこに込められた想いは重かった。


 二人の表情が強張ってるのがよく分かる。

 一気に押し寄せる情報の波。言語の壁もあるが、理解するのも一苦労といった様子だ。


 「そんなヒト相手に、このブキだけで勝てるんですか?」


 しばらく考え込んでいた竜が、冷静にそう訊ねた。


 「可能性は大いにある……霊宝はこの世界に十しか存在しない。そしてそれを守護するのが神獣ーーお前らが森で遭遇した奴が、そのうちの一体だ」


 その発言で、天海と竜が短剣に目を向ける。


 「希少性と入手の困難さ、そして神獣がらみ。これほど打開の一手に相応しいものもないだろう」


 そこまで言って、ダレンが一層神妙な面持ちとなる。


 「さて、言いたいことは粗方伝えられた……お前ら、その武器で戦うか否か、答えろ」


 ダレンの口調が鋭いことは、時折あった。

 でも今は、それすらも霞むくらいの、冷たい圧が感じられる。

 答え次第では、恐らくーー。


 「それならーー」


 沈黙に耐えられず、竜がひとまず返答しようと口を開いた。


 だがその時ーー。


 「ーーオレにはできません」


 竜の発言を遮って、天海が主張していた。


 瞬間、室内に緊張感が漂い始める。


 「……理由は?」


 「カノジョは……オレの命を助けてくれた。だから、オンジンを殺すなんて……オレにはできません」


 その目は揺れていたが、逃げてはいなかった。

 信念がある。だからこそ、迷わずに断った。


 静かに、しかし確かに。空気が、変わった。


 「そうか。なら……」


 ダレンの声色が変わる。


 ——ドンッ!!


 蹴りが入った。

 天海の体が宙を舞い、壁に叩きつけられる。


 「がはっ……!」


 どさりと崩れ落ち、頭から血を流す天海。


 意識が朦朧としているのか、ぐったりと項垂れる。


 「次はお前だ、竜。……選べ」


 言葉に熱も、同情もなかった。

 もはや選択権など、無いようなものだった。


 それでも竜は……俯いたまま、答える。


 「……あなたたちには感謝しています。でも」


 顔を上げ、真っ直ぐ見つめ返した。


 「命を賭ける相手くらい、自分で決めさせてください」


 しばしの沈黙。

 ダレンは、ゆっくりと口角を吊り上げた。


 「——なるほど。なら、ここで死んどけ」


 その笑顔は、戦場のそれだった。

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