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サジラスト  作者: 駄作に飼いならされた男の末路
10/12

ヒトであって、ヒトでない

 「俺ら、これからどうすんのかなぁ……」


 ダレンが退室してから数時間。

 天井をぼんやりと見つめながら、天海がボソッと呟く。


 「……さあな」


 竜が興味なさそうに言葉を返す。

 未来の行く末よりも、今は命の重みを実感しているのかもしれない。


 それでも、内から込み上げる痛みは、今もなお健在。

 未知の情報も多い。

 不安な状況であることに変わりはない。


 「そういえば……あの翼の少女、大丈夫かね?」


 不意に彼女の姿が脳裏をよぎり、心配する天海。

 今も、彼らの体には彼女の“加護”が残っている。

 それは、彼女が生きている証だ。


 ――だが、そんなことを天海も竜も知らない。

 心配になるのも当然だった。


 「あんだけ強かったら、流石に生きてるだろ…………あーー」


 竜が呟いたそのとき、不意に思い出す。


 「そういや、お前の腕、アイツが持ってっちまったよな」


 「…………そうじゃん!!!」


 状況が状況だけに仕方がないが、今まで忘れていた重要なことを思い出して天海が大声をあげる。


 腕が上手く動かないのか、竜は耳を塞ごうとはしなかったが、顔を顰めて「うるせっ……!」と愚痴を漏らす。


 「うわっ、やっちまった……じゃあ今頃俺の腕は、バッグの中でおねんねかよ。折角完治の兆しがあったのに……」

 「バッグの中に腕があるとか、軽くホラーだな。まあ、命あるだけましだろ」

 「いや、そうなんだけど……」


 竜の言う通り、命が助かっただけで御の字なのかもしれない。

 だから天海はそれ以上、何も言わなかった。



 それから何日か安静に過ごした後、予定通り健康診断を行うこととなった。


 もっとも、二人はその事実を知らない為、いきなり叩き起こされて困惑する様子を見せる。


 「それじゃあ一人ずつやるから、君こっち来て」


 いきなり部屋に入ってくるなり、デリアンが竜の体を観察しながら、立ち上がるよう促す。

 当然言葉が通じない為、そばにいたダレンが無理やり立たせる。


 「え、何すんの?」


 困惑する様子も虚しく、そのまま部屋の外へと連れ出されてしまった。


 一人取り残された天海。その心情は心細いものかと思いきや。


 ーー何するか分からんけど、寝る時間増えた。ラッキー。


 案外能天気なものであった。


 そうしてベッドに再びもたれかかり、どこか得意気に目を閉じた。


* * *


 三時間後。


 「じょあ、次はお前な」


 再びドアが開き、今度は天海が呼ばれた。だがそこに竜の姿はなかった。


 意味は分からないが、何となくを察してベッドから降りる。


 「じゃあ、行こうか」


 デリアンを先頭に、部屋から出たーー直後。


 「……おぉぉええぇぇ……うっ……カハっ……」


 廊下の奥、トイレにあたる場所から、誰かが吐いている気色の悪い音が聞こえて来る。


 「な、何だ?」


 思わず天海の顔が引き攣る。


 「ありゃ重症だな」

 「かもしれないね」


 対する二人は、変わらず平然としており、トイレの方に歩みを進める。

 どうやら見慣れた光景らしい。


 困惑しつつも、二人の後を追う天海。


 そうして丁度、トイレの前に差し掛かったところで、中から人が出てきた。

 それに気付き天海が足を止める。


 「……え、おい、大丈夫か?」


 そいつは、えらく顔色の悪い竜だった。トイレで吐いていたのも彼だろう。


 「……見て分かんだろ」


 竜の顔色は死人のように悪く、目の焦点も定まっていない。


 「何されたんだ? 拷問?」

 「血を抜かれた。訳の分からん機械に通された。体を調べられた……つまり、拷問だ」

 「……いや、それ健康診断な?」

 「ナメんな。お前も絶対吐くぞ。予言してやる」


 鬼気迫る竜の忠告に、天海は苦笑する。


 「アホか。俺は絶対吐かない。マジで」


 そのまま診察室へ向かう天海。その背中を、竜が哀れむように見送った。


* * *


 三時間後。


 「おおおぇぇぇ……おぉぉ、ああああ……」


 廊下に、天海の嘔吐が響き渡る。


 恐らく竜よりも盛大に吐いている。


 「あれの……どこが健康診断……なんだ」


 全身を支えきれず、壁にもたれかかってゼェゼェと肩で息をしている。


 その後何とか気分を落ち着かせ、部屋へ戻った天海を見て、ベッドの上で横になっていた竜がニヤリと笑った。


 「何だその情けねえ面は」

 「それはお互い様だろ……だめだ、俺はもう寝る……」


 そう言葉を漏らして天海はベッドに突っ伏した。

 それはもう、二度と起きませんと言わんばかりの勢いだった。



* * *


 一方その頃。


 別室では、天海と竜の診断結果を見ながら、クレン・デリアン・ダレンの三人が話し合っていた。


 「結果から言うと、彼ら……ヒトですらない可能性が高い」


 診断データをホロスクリーンに投影しながら、デリアンが淡々と告げる。


 「体内に結晶が存在しないんだ。こっちの世界では、生きている存在ならどんな種族でも必ず持ってるものなのに、だ。それが無いってことはつまり、新種の個体か、或いはヒトの皮を被った化け物か」

 「化け物にだって石はあるだろーー」


 デリアンが話を続ける中、ダレンが揚げ足取りのように、ヘラヘラと笑いながらツッコミを入れる。

 だがダレンの言う通り、それが生者であれば、化け物であろうと何だろうと結晶はある。

 リーペが気色の悪い猛獣から輝く石を取り出していたことからも、その事実は理解できる。


 「あくまでも例え話だよ。ともかく、翼人どころかヒトとの繋がりすら危うくなってきたね、これは」

 「翼人との繋がりが無いのなら、殺したって構わないだろ」


 静かにそう言い放ったのはクレン。口ぶりに容赦はなかった。


 「どうせ殺すなら実験道具にしない? 冷静に見えるかもしれないけど、これでも僕は彼らに興味がある」

 「お前らなぁ」


 殺気の高い二人を前にして、ダレンがやれやれと肩をすくめる。


 「冗談に決まってんだろ。翼人側でなくとも、あの英雄については何か知ってるはずだ。敵の情報は有益。何としてでも吐かせてやるさ」

 「でも、言葉が通じない以上、情報を引き出すのは難しいでしょ?」


 再確認するように、デリアンがそうクレンに訊ねる。


 「そりゃあ、言葉を教えるしかないだろ。デリアンの英才教育で」

 「えー……僕はそういうの柄じゃない。そもそも僕は体の中に興味があるから、吐き捨てた情報とかはどうでもいいんだけど」

 「仕方ねえだろ。お前が一番賢いんだから。俺は戦闘知識以外、教えるの下手だし」

 「僕だって同じようなものさ。知識はあっても、それを共有するような人間じゃなかったし」


 それならばと、二人の視線がダレンに集中する。


 「何で俺を見るんだよ」


 理由は察しているが、ダレンがそう問いかける。


 「もうお前でいいよ。消去法だけど」

 「そうだね。ダレンならやってくれるよ、きっと」

 「あのなぁ……」


 投げやりになってる二人に呆れるダレン。各分野においては頼れる二人だが、それ以外になるとまるっきし駄目になる。

 だから相対的に常識人のダレンは、大抵面倒ごとに巻き込まれる。


 「というか、別にここにいる三人じゃなくてもいいだろ。リーダーの知り合いとか、デリアンの学友とか」

 「そう提案するなら、ダレンが紹介してよ」

 「って言われてもなぁ……」


 クレンの問いにしばし思考を巡らせるダレン。

 そしてハッとしたように、返答を口にする。


 「サリーナとかいいんじゃねえか? 高学歴だし、面倒見いいし、人当たりいいし」


 盲点だったと言わんばかりに、「「あぁ」」と感想を漏らす二人。


 「まあそれでいいか。じょあダレン、その旨サリーナに伝えといてくれよ」

 「別に構わないがーー」


 と、その時。ダレンの腰にある電子端末が震えた。着信合図だ。

 すぐさま取り出し「どうした?」と応じるダレン。

しばらくの応答の後、「悪い、急用だ。サリーナにはリーダーから伝えといてくれねえか?」と申し訳なさそうな表情を見せる。


 「えー? まあ、いいよ」

 「助かるわ。それじょあ、俺は失礼するぜ」


 早々に退室するダレン。それに続くようにデリアンも立ち上がった。

 「あ、じゃあ僕も。彼らのデータは僕の部屋に保管しておくから、好きに見ていいよ」


 そうしてドアに手をかける。

 だが動きをすぐさま止めて。


 「そうだ。例のブツ、彼らで実験してみる? 必要なら上に伝えとくけど」


 何かを思い出したようにニヤリと笑みを浮かべる。


 「ん? ああ、確かにそれも悪くねえか。そん時はまた声かけるよ」

 「了解」


 そうしてダレンの急用により、唐突に終わりを迎えた話し合い。それでも、今後の方針は決まった。


 その決定に従うべくーー翌日。

 クレンはサリーナの元に向かっていた。


 「はぁ!? 何で私が? ただでさえ新人教育の課題が山積みだっていうのに、また仕事を増やす気? あんたがやりゃあいいでしょ!」


 とある一室。

 教育係任命の件を口にしたクレンを前にして、不平不満を大っぴらにするサリーナ。

 自身のいないところで、勝手に話が進めばそうなるのも必然。

 それでも。


 「推薦者は俺じゃない。ダレンだ」

 「えっ?」


 ダレン。その名を耳にした瞬間に彼女の目が光る。


 「お前なら人当たりも面倒見もいいから、指導に向いてるだろうって……疑うなら本人に聞けばいい」

 「……そういうことなら、構わないけど」


 彼女の声がすぼんでいく。目に見えて分かるくらい、彼女はダレンに好意を抱いているのだろう。


 「とにかく任せた。それじゃ、また午後の訓練で」


 そうしてすんなりと教育係が決まった。



 それからしばらく経ったある日のこと。

 天海と竜は健康診断の時のように、唐突に部屋から連れ出されていた。向かった先は少人数用の会議スペース。


 二人の傷はほとんど癒えている。リーペの加護も影響しているのだろうが、何よりこの国の医療文明によるものも大きいだろう。


 そして椅子に座るなり、二人の前にクレンとサリーナが姿を表す。

 二人にとっては初対面の人間だ。


 「さて、言葉を介すこともできない貴様らのために、特別講師を用意してやった。それじゃあ、自己紹介」


 言葉が通じないからと、口の悪さを全開にしてサリーナに丸投げするクレン。


 「自己紹介って……言葉通じないんでしょ?」


 困り顔を見せながら、愚痴をこぼす彼女。それでも微かに笑みを浮かべて。


 「私はサリーナ。今は言葉が通じないけど、いつかあなたたちの故郷のこと、聞かせてね」


 そう朗らかに挨拶する。やはり、嫌悪感をぶつけるのはクレンにだけの様だ。


 「今更だけど、どうやって言葉教えるつもり? やっぱ痛みか」


 本当に今更なことをクレンが訊ねる。


 「アホ。優しく丁寧に。赤子に言葉を教える要領でやるに決まってるでしょ」


 そう言って持参してきた幼児用教育書を二人の前のテーブルで広げる。

 そこには果物や動物などが載っていた。

 

 「いい? これはね、マナバっていう動物。マ・ナ・バ」


 該当の動物を指差し、名前を連呼する彼女。


 「ま、マナバ?」


 困惑する天海がそう口にして、言葉の通じない可哀想な奴をみる様な目で、サリーナを見上げる。


 「うん、よく言えました」


 イントネーションもなってないし、意味も理解していない。

 それでもサリーナは天海の頭を撫でて「よく言えました」と褒め称えている。


 「赤子? ペットの間違いじゃねえか?」


 それを見ているクレンが横槍を指す。


 「別にいいでしょ。それにほら、彼喜んでるし」


 彼女が言った通り、頭を撫でられた天海は満更でもない様子だ。


 それを見ていた竜は、「……えぇ」と心の底から冷たい視線を送っていた。


 そうして二人の語学教育が始まったのだった。

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