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共和国一の錬金術師

 タリヤ・マール・シュヴァイタスはその手を伸ばした。


 だが、すぐに思い直したように引っ込める。そして手元の手帳を見つめ、次に折り畳み式の台の上に並べた物を見つめる。

 それらを交互に見比べて、顎に手を当ててしばらくもの思いに耽る。


 しばしの沈黙。


 タリヤはいやいやをするように首を左右に振ると。再び目の前の樹木に手を伸ばす。


「…だめ!まだきっと見落としがある!」


 自分を諫める様にあえて声に出してそう言うと、再び手帳といくつかの品物を見比べる。


 繰り返し実験し、失敗し、データを取り、また実験し、失敗し、データを取った。自分が歩んできた軌跡を振り返り、何か抜けがなかったかを考える。


 だが答えは出ない。


「穴があるのはどこ?理論?材料?配分?」


 答えの出ない問いが頭の中でぐるぐると駆け巡る。タリヤの頭は沸騰しそうだった。


 同じ場所を繰り返し辿る思考。何か欠けていることは間違いないが、それがなんであるのかを見つけることができないもどかしさ。


 思考をしながら、視線が徐々に一つの場所に移っていく。


 先ほどから目の前にある大樹。いや、正確にはその幹にくっついている場違いとも思える謎の機械だ。


 ここは人里離れた深い森の中で、滅多に人が立ち入ることがない上、この場所は少々分かりづらいところである。このような場所の、しかも木の幹に、全く似つかわしくない機械があることは不審以外の何物でもない。


 だが、タリヤはそれが【電話機】というものであることを知っている。隣の看板のようなものに書いてあるのはもちろん、知識としてそれを知っているのだ。


 それに手を伸ばしては引っ込める。自らの思考と同じく、それをぐるぐると繰り返している。

 だが、タリヤはついに意を決してその電話機から受話器を外した。


 受話器を耳に当て、震える手で【発信】のボタンを押す。


 プルルル、プルルル、ガチャ


『お電話ありがとうございます!【バベル総合サポートデスク】、担当竹下が承ります!』


「…ええ」


 受話器の向こうから快活そうな女性の声が聞こえる。まだ若いだろう。


『本日はどういったご用件でしょうか』


「調合について知りたいの」


『調合でございますね。かしこまりました!では、よろしければお客様のお名前フルネームか、識別番号を伺えますか?』


「TS0184よ」


『ありがとうございます!すぐにお調べ致します。…タリヤ・マール・シュヴァイタス様でいらっしゃいますね。いつもご利用ありがとうございます!」


「い、いつもで悪かったわね!!!」


 悪意があっての言葉ではないことは分かっているが、タリヤはつい相手に噛み付いてしまった。


『え、っと…タリヤ様。ご不快な思いをさせてしまい真に申し訳ございません」


 言いがかりに対して文句をつけるわけではなく、戸惑ったようにお詫びをしてくるタケシタという若い女性の態度に、タリヤは若干バツが悪くなる。


「ごめんなさい。ついムキに…それより調合のことなんだけど」


『はい!どのようなことでしょうか」


「あなた、錬金術師?」


『私でございますか?申し訳ございません…錬金術師ではございません』


 それを聞いてタリヤは「ふふん」と鼻を鳴らした。


「じゃあ、あなたに聞いて分かるのかしら」


『錬金術師ではございませんが、誠心誠意サポートさせていただきます!」


「…あ、あら、そう。じゃあ、【太陽の石】の調合方法について何かご存じ?」


 太陽の石。それは砕くことで自分と周囲の味方に太陽の加護を与え、攻撃力・防御力を爆発的に向上させる、幻とも言えるアイテムだ。


 そう、タリヤは錬金術師であり、ここ数か月、この太陽の石の調合生成のために膨大な研究時間を費やしてきた。だが、何かが足りず、未だに成功を見ない。


『【太陽の石】でございますね。少々お調べ致しますので、このままお待ちいただけますか?』


「ええ、構わないわよ」


 自分がどれだけ時間をかけて研究したと思っているのか。そう思えば、いくらでも待っていい、という気持ちになる。


(どんなに時間をかけても分かるはずがない)


『ありがとうございます。少々お待ちください』


 その言葉と共に、受話器から音楽が流れ始める。相手を待たせている間に、退屈させないための配慮なのだろう。ご丁寧なことだ。


『大変お待たせ致しました。改めまして、太陽の石の調合方法についてご案内させていただきます』


「え、ちょ、ちょっと待って!」


『は、はい』


「何よそれ!調合方法が分かるって言うの!?」


『はい!まずはご用意いただく材料なんですが、【サンライト鉱石…」


「待ちなさい!勝手に喋らないで!」


『は、はい、申し訳ありません!』


 タリヤの頭の中で様々な感情が沸き起こる。教えてほしい!だが教えてほしくない!そもそも分かるはずがない!なんでこんな小娘に!等々。


 タケシタが最初に挙げた材料であるサンライト鉱石は、タリヤも太陽の石のベースとなる鉱石として用意している。それは間違いない。それぐらいなら、少し知識があれば察しが付くだろう。


『タリヤ様…?』


「…え?ええ、大丈夫。取り乱してごめんなさい。タケシタさん?あなた、錬金術には詳しいの?」


『いえ、申し訳ございません…」


 じゃあなんで分かるのよ!と言いたい気持ちを抑え、タリヤは続けて話しかける。


「そう。じゃあ、私が考えた太陽の石の調合方法を説明してあげる」


『え?…はい。お願い致します』


「必要な材料は【サンライト鉱石】、【不死鳥の涙】、【フララ蝶の鱗粉】、それに…【生命の神秘】よ」


 どれもB級を越える入手困難な素材だ。S級アイテムである太陽の石を作るにはこれぐらいは当たり前のはず。


『タリヤさ…』


「黙ってて!」


『はひ!』


 タケシタは驚いて声が裏返っているが、タリヤも必死で気を遣っていられない。


「調合配分は、サンライト鉱石10に対して、不死鳥の涙2.2、フララ蝶の鱗粉4.8、生命の神秘が5.7…ね」


 タリヤは手帳に視線を落としながら、もっとも成功に近かったと思われるレシピを読み上げていく。それから細かい手順をじっくりとタケシタに説明する。


「ど、どうかしら?何か、間違いがあると思うなら聞いてあげるから言ってみなさい」


『…あの…大変…恐縮なのですが…』


「…い、いいからはっきり言ってよ!!」


『では…材料なのですが、最後の一つは【命の粉】です…』


「ブヘッ!?え、嘘でしょ!?」


 タリヤは思わずむせかえる。【命の粉】は【生命の神秘】の下位素材だ。まさか、そんなはずは…と、タリヤは手帳を慌てて捲る。

 まさかS級アイテムを作るのに、上位素材ではなく下位素材が必要だとは考えもしなかった。理論はあっていたが、根本的なところから間違っていたのである。


「で、でも、仮にそうなら、あとはこの配分量で調合が成功するはずね!」


『いえ、申し上げにくいのですが…不死鳥の涙の配分は2.3となります…』


「ぐっ!?…そ…んな…」


 タリヤは受話器を持ったままがっくりと地面に両膝を付いた。


「なんで…私は…ポラス共和国一の錬金術師よ…それが…」


『た、タリヤ様?』


「あなたみたいな素人に…なんでよぉ~!!ううう、うぐっ、ぐすっ」


 様々な思いがこみ上げてきて、ついにタリヤはその場で泣き始めてしまった。


『た、タリヤ様!?だ、大丈夫ですか!??」


「大丈夫じゃ、ひぐっ、ないわよ…ぐすん、私のプライドが、ずずっ、ズタズタよ…」


『タリヤ様…私の配慮が足りないばかりに、大変不愉快な思いをさせてしまい申し訳ありません』


「もういいわよ…私なんてどうせ…素人にも劣るダメ錬金術師よ…ひっく…」


『あの、差し出がましいようなのですが、よろしいでしょうか』


「なによ…」


『太陽の石の調合理論に辿り着いた方は、過去から現在に至るまで、タリヤ様ただ一人でございます』


「え…」


『私どもはレアアイテムの調合成功例や、研究中の調合理論などを日々収集しておりますので、間違いございません』


「そうなの?」


『はい!タリヤ様は、とても素晴らしい錬金術師でございます。私ども、バベル総合サポートデスクが保証致します!』


 その言葉にタリヤは俯く。


「ふ…ふふ…」


『タリヤ様?」


「ふふふ…そうよ!!」


 思い切り顔を上げると、タリヤはそのまま立ち上がり、天に拳を突き出した。


「私こそがポラス共和国一、いいえ、世界一の錬金術師、タリヤ・マール・シュヴァイタスよ!」


『はい!私の周囲のオペレーター一同、タリヤ様の偉業に感激しております!』


「太陽の石の調合に成功したら、それを発表して更に名を上げて、資金援助をがっぽがっぽもらってやるんだから!」


『私もタリヤ様のますますのご活躍をお祈り申し上げております!」


「ええ、ありがとう!」


『それでは、ご案内は以上となりますがよろしいでしょうか』


「ええ!」


『最後になりますが、通話終了後に電話機に表示されますアンケートへのご協力をお願い致します』


「分かってるわ!」


『それでは、本日竹下がご案内させていただきました。ご利用ありがとうございます!』


「それじゃあね!」


 ガチャン。


 タリヤは電話機に表示されたアンケートに対して、『とても満足』のボタンを押して答える。


【バベル総合サポートデスクは皆様の善意の募金により運用しています。

 ご協力いただける場合、電話機の上部に硬貨を入れてください】


 続いて画面に表示されたメッセージに対しては、鷹揚な動作で金貨を三枚投入して、満足そうな表情を浮かべる。


 今すぐに調合を試したいが、生憎【命の粉】の持ち合わせがない。研究室に戻ってから実験するため、タリヤは台と素材を大きな鞄に詰め込んだ。


 意気揚々とその場を離れ、しばらく歩いたところで、タリヤは我に返った。


「ま…また聞いてしまった…」


 そう呟くと、タリヤは両膝と両手を地面に付き、わなわなと震え出した。


 タリヤがこの場所で、どうしても分からない調合方法について【バベル総合サポートデスク】に聞くのは初めてではない。


 毎回違う人間が電話に出るが、全員がタリヤが解明し切れなかった調合方法をいとも簡単に答えてくるのだ。一体、向こうはどんな天才集団だというのか。


「無念だわ…もう二度と…二度と聞かない!」


 そして、このように決意するのも、もう何度目のことだろか。


 今回の決意もまた、数か月後には破られることになるわけだが、ひとまず本人は決意を胸に、とぼとぼと帰り道を歩くのであった。



 しかし、【バベル総合サポートデスク】の助力を度外視しても、タリヤ・マール・シュヴァイタスが世界有数の錬金術師であることということもまた、確かな事実なのである。



本日2話目。一応、次の話から本編(?)です。

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