バベル総合サポートデスク
新連載です。よろしくお願いします!
そこは薄暗い洞窟の中。ひんやりとした空気の中にはどこからかわずかに吹いている風を感じた
日の光が入らない洞窟にも関わらず完全な暗闇ではないのは、先人たちが備え付けた照明石が設置されているからだ。
冒険者であるアイヤールは迷っていた。進むべきか、戻るべきか…
というのも、ここから先は本当の暗闇だ。つまり、未探索の区画。先人たちの記録も残っていない。
「でも、その分お宝が眠っているかもしれない…」
アイヤールは『トレジャーハンター』だ。価値のある宝の発見こそがその本懐。
そしてここはダンジョンだ。前人未踏の区画であれば、目的の宝が眠っている可能性は高い。
だがアイヤールは悩む。ここに至るまで、想定よりモンスターが強かったからだ。
ポーションにはまだ余裕があるものの、強力なモンスターに使う間もなく殺される危険性はある。
「ええい!何を怯えている!ここで帰ったら冒険者の名が廃る!」
そう言って自らを奮い立たせると、アイヤールはランタンに照明石を入れて灯りを点けた。
ここから先はマッピングしながら、罠にも警戒しつつ慎重に進む必要がある。
未踏区画のマップ情報はそれだけでも価値のあるお宝になる。今後の冒険者のために、ギルドが高額で買い取ってくれるのだ。
冒険者アイヤールは、照明を頼りに洞窟の奥へと進んでいった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「くそっ!なんでこんなことに!」
あれから一時間ほど経っただろうか。アイヤールは一時間前の自分を呪った。
最初は良かったのだ。モンスターもこの区画に至る前とほとんど変わらなかった。慎重に戦えば負けることはない。
道はいくつかの分岐があったので、その都度記録していった。全ての道を網羅することはできないが、帰り道に迷うことはない。
問題なさそうだ。そう油断した時、ソイツが現れた。全長3メートルはあろうかという巨大なトカゲ型のモンスターだった。
大きさと強さは必ずしも一致しないが、ソイツは見た目以上だった。アイヤールには到底歯が立たず、命からがら逃げ出すのがやっとだった。
必死に逃げて、逃げることに成功したその時には、既に道が分からなかった。
現在地を拠点として、見覚えのある道がないか探索したものの、洞窟の岩壁はどれも同じように見える。
いつあのモンスターに遭遇するか分からない、という恐怖もアイヤールの疲労を倍増させた。
それでも、ここにいては死ぬだけだ、とアイヤールは重い腰を上げ、何度めかの探索に乗り出した。
「ダメか…」
行き着いた先は行き止まりだった。いよいよアイヤールを絶望感が支配していく。
この場に座り込んでしまいそうな虚脱感に襲われながら、アイヤールは引き返そうとヨロヨロ振り返った。
「ん…?」
振り返るとき、ランプが照らした先に一瞬妙なものが見えた気がした。
もう一度そちらを照らす。正確には、行き止まりを前にして右側の壁の壁面だ。
「なんだ…こりゃ…」
そこには木でできた看板と、見たことのない道具が取り付けられていた。
この場所に来た冒険者はいないはずだったが、それは明らかに人工物だ。アイヤールは恐る恐る近付いて看板を照らした。
≪利用方法:隣の【電話機】から【受話器】を手にとって、図のように耳に当ててください。そのまま【発信】ボタンを押してください。しばらくするとオペレーターに繋がります。通話が終わったら【受話器】を元の位置に戻してください≫
看板には丁寧に道具の使い方の説明と、図解まで書かれている。だが、肝心の『なんのための』道具なのかが曖昧だ。
内容からすると、誰かと話すための魔法具かなにかだろうか、とアイヤールは推測する。
そんなものが何故ここにあるのか、という疑問は尽きないが、アイヤールの精神は限界だった。
藁にもすがる思いで、図の通り受話器を耳に当てると、発信ボタンを押した。
プルルル、プルルル、ガチャ
『お電話ありがとうございます!【バベル総合サポートデスク】、担当高橋が承ります!』
アイヤールは人の声が聞こえたことに驚愕しつつも、同時にとてつもない安心感を得た。
『…お客様?いらっしゃいますか?』
「あ、ああ…」
『お怪我などされておりませんか?』
「だ、大丈夫だ」
この壁の中に誰かいるのだろうか、とアイヤールは壁を剣の柄でゴツゴツ叩いてみるが、特に何もない。
『何よりでございます!改めまして、私高橋と申します。よろしくお願い致します』
「あ、ああ…あの、これは一体なんなんだ…?」
『お客様、初めてのご利用でしょうか』
「え…そうだな」
『かしこまりました!簡単にご説明致しますと、私ども【バベル総合サポートデスク】は、皆様の日々の生活や冒険などをお手伝いするための相談窓口です』
「手伝い?相談?」
『ええ。失礼ですが、差し支えなければより詳細なサポートを行うために、お名前フルネームか、識別番号を伺えますか?』
一瞬、誰とも知れない相手に名前を教えることに抵抗を覚えたアイヤールだが、思い返せば相手は名乗っていたことに気付き、素直に答えた。
「アイヤール・ドルセンだ」
『アイヤール様でございますね。少々お待ちください』
カタカタカタ、と何かの音がわずかに聞こえてきた。
『お待たせ致しました!それではアイヤール様、現在何かお困りなことはございますか?』
「ああ…ダンジョンで道に迷った。強力なモンスターもいて絶望的だ」
何をこんな謎の声に自分の現状を打ち明けてるんだ、と思いつつ、アイヤールは正直に現状を伝えた。
『【モルックの洞穴】でございますね。そちらの階層にはサーベルリザードというB級のモンスターがおりますので、遭遇されたのはそちらでしょう』
「な!!??何故分かる!近くにいるのか!?」
『お近くにござます電話機から設置場所の情報がこちらに通知される仕組みになっております』
「ふむ…?なるほど。すると、タカハシとやら。お前はどこにいるんだ?」
『申し訳ございません…当センターの所在地につきましては非公開となっております』
「ダンジョン内にいるわけではないのか?」
『はい。別の場所です』
「そうか…」
それでは助けを呼んでもらうこともできないな、とアイヤールは肩を落とした。
『それではアイヤール様。ダンジョンの出口までの道のりを誘導すればよろしいでしょうか』
「…なに!?そんなことができるのか!?」
『もちろんでございます。メモのご準備はございますか?』
「あ、ああ、待ってくれ!」
慌ててマッピングに利用していた紙を用意する。
『よろしいでしょうか。まずは道なりに進んでいただき、最初の分岐を左に。次に三差路を…』
アイヤールはメモを取りながら愕然とした。
最初は適当なことを言っているのではと半信半疑だったが、後半はアイヤールもマップを持っている階層の説明であり、全て最短ルートを示していたのだ。
『…以上が出口までの行程となります』
「分かった。言う通りに行ってみよう。しかし、トカゲに遭遇したらどうすればいい?」
『サーベルリザードは嗅覚がほぼありません。また、動くものしか目に入らないので、遭遇した場合は壁際で動かないようにしてください』
「…本当か?」
『はい。お約束致します!…アイヤール様。くれぐれも戦いを挑まぬようご注意ください。失礼ながら現在のレベルでは敵いません』
「ああ。身に染みて分かっている。忠告感謝するよ」
『恐縮でございます。それでは、ご案内は以上となりますがよろしいでしょうか』
「ああ」
『最後になりますが、通話終了後に電話機に表示されますアンケートへのご協力をお願い致します』
「…?分かった」
『それでは、本日高橋がご案内させていただきました。ご利用ありがとうございます』
「ああ、ありがとう」
ガチャ。
アイヤールは図解されている通りに受話器を電話機に戻した。
すると、電話機に付いた小さな窓のような場所に文字が表示される。
≪ご利用ありがとうございます。
品質向上のためアンケートにご協力をお願いします。
応対の満足度をお選びください≫
そのメッセージの下には、【とても満足 満足 普通 不満足 とても不満足】の5つの項目があり、その下にそれぞれボタンが付いている。
アイヤールは少し首を傾げ、おもむろに『とても満足』のボタンを押した。するとメッセージが切り替わる。
≪バベル総合サポートデスクは皆様の善意の募金により運用しています。
ご協力いただける場合、電話機の上部に硬貨を入れてください≫
顎に手を当てて少し考えると、アイヤールはたまたま持っていた一枚の金貨を電話機の上部の穴に入れた。少々多いが、命の対価と考えれば安いものだ。
≪ありがとうございます。
またのご利用をお待ちしております≫
その文字が出て間もなく、小窓が放っていた淡い光が静かに消えた。
「一体なんだったんだ…まあいい!ダメで元々!信じて進むしかあるまい」
それからアイヤールは高橋に言われた通りの道を進んだ。
途中サーベルリザードに出くわしたが、言われた通りに壁際でじっとしていたら通りすぎて行った。
サーベルリザードの顔が鼻先まで近付いた時には生きた心地がしなかったが…
アイヤールが見知った階層まで戻ったのはそれからほどなくしてのことだった。喜びで思わず地面にへたりこんだのは言うまでもない。
そのままダンジョンを出て、近隣の街まで戻り、宿で一息ついた頃にようやく自分が体験した奇妙な出来事について考える。
思い返せば、それらしい噂を聞いたことがあった。
この世界【バベル】に点在するという、苦難の際に手助けをしてくれるという魔法具の噂だ。
冒険者の間でまことしやかに囁かれていたものだったが、眉唾だと気にも止めなかったのを思い出した。
まさか本当に実在し、自分がそれに助けられることになろうとは…
「…ん?だが待てよ?」
アイヤールはふと気が付いた。高橋が最後に言った言葉だ。
『失礼ながら現在のレベルでは敵いません』
確かにそう言った。
アイヤール自身、自分のレベルではB級の魔物には敵わないのは事実だと思い聞き流したが…
「何故俺のレベルが分かったんだ…?」
レベルはあまり他人に開示するものではないし、対面していても相手のレベルなんて分からない。
ましてや目の前にいるわけでもない相手のレベルなんて、分かるはずもないのだが…
だが、アイヤールは長くは悩まなかった。あの体験自体が一種の奇跡のようなものだ。
「神のようなものだったのかもしれんな…」
アイヤールは呟くと、ベッドに仰向けになり、疲労からかすぐに眠りに落ちた。
こちらの作品も連載しておりますので読んでいただけたら嬉しいです!
『異世界人に弱みを握られて旅のお供をしています』
http://ncode.syosetu.com/n7517ea/