傭兵達の休息『外伝』/ ごろつき王から初陣の竜騎士へ
「ごろつき王」と「初陣の竜騎士」を無理矢理つなげた短編小説です。
ケータイ小説用として、2008年ぐらいに書いた記憶があります。
酒場の喧噪は、いよいよこれから本番に差し掛かるという時刻。
一人の男が、扉を開けた。
「よぅ! ラシャーダ君じゃない! 元気に生きてるぅ?」
酒場の端っこのテーブルから、聞き覚えのある甲高い声が。
懐かしい顔だ--。
「こっちきなさいよぉ」
顔が少し紅潮している赤毛の女傭兵が、満面の笑みを浮かべてラシャーダを呼んだ。
「あぁ……」
「相変わらず無愛想ねぇ! もうちょっと笑いなさいよぉ! こうやってさ!」
言うや否や、赤毛の女傭兵はラシャーダのホッペを掴んでぐにぐに歪ませる。
「アリサ、やめんか! すんまへんなぁ、こいつ酔っぱらっちゃっててねぇ……」
隣にいた、黒髪の傭兵がアリサを引っ張って、椅子に座らせる。
「ちょっとぉ、あーにすんだよぉ。せーっかくラシャーダに会ったというのにさぁ」
黒髪の相棒に向かって、むくれ顔でぶーぶー言うアリサ。
傭兵稼業を続けていれば、ありとあらゆる縁が絡み合ってくる。
この赤毛の女傭兵は、アリサという名前で通称『アテナ』と呼ばれている。
女だてらに戦場を切り抜け、勝利を呼び込む事から、そう呼ばれてるらしい。
そして、黒髪の傭兵はグリード。通称『シャドウ・グリード』である。
彼らとは三度、味方として共に戦った縁だ。
「そういえば、おたくの相棒はどうしたんでっか?」
グリードの問いに、顔を歪めるラシャーダ。
「そうでっか……」
死は傭兵の避けられぬ宿命である。ラシャーダの顔を見て察したグリードは、それ以上ダルガンの事は聞かなかった、が--。
「この前、ルグス・リヴィオンに出くわしたのだ……」
「まじでっか?!」
そのすさまじい悪評は、傭兵であれば誰でも知っている。
グリードの表情は哀れみの色を露わにした。
「ダルガンは、頭をヤラれてしまってな……」
「そりゃ、災難でしたなぁ……」
おそらく、ラシャーダとグリードの頭で繰り広げられているイメージは、大分相違があるだろう。
だが、ラシャーダにそれを修正する気力はなかった。
「しかし、さすがは電光石火のラシャーダでんなぁ。あのルグスと対決しても、こうして生きてはる」
「ま、まぁな……」
またしても複雑な表情を浮かべながら、声を発するラシャーダ。
グリードは何かを察したかの如く、それ以上は突っ込まない。
「なーに二人で辛気臭い話してるのよぉ。おぃ、ラシャーダ! 酌をいたせ!」
酔っぱらい戦女神がラシャーダに絡む。仕方なく、彼女のグラスに白ワインを注ぎ込んだ。
「こーのアタシが来たからには、ドゥーレンベル帝国なんか、ケッチョンケチョンにしてあげるわよぉ!」
「まじか……?」
ドゥーレンベル帝国の名を聞いて、ラシャーダは一瞬口ごもった。
世界最強の軍事国家で、竜騎士団を主力とした空軍を駆使して周辺の国々を次々と侵略していってる、今最も危険な相手だ。
「ワテらは今、セレディン王国に雇われてまんねん」
「ほぅ……」
グリードの説明が長々と始まったので、要約するとこうだ。
セレディン王国は傭兵をかき集めまくって、その大傭兵団でドゥーレンベル帝国陸軍に立ち向かっているらしい。
今まで何度も衝突はあったが、一歩もひけを取らず、いやむしろセレディン王国側優勢で戦いは進んでいるようだ。
傭兵団には、数々の強者が集まっており、中でも『大鉄球のモーガン』が戦況を変えてきた。
彼は、世界最強の二人と評される一角で、もう一人はルグス・リヴィオンである。
「せやから、ワテらは勝ち馬に乗らせてもらってる訳でんがな」
「ほほぅ……」
「そこで……どや? こうして会ったのも何かの縁や。ワテらと一緒にゼニ儲けしてみんか?」
グリードから持ちかけられた話は、確かに悪くはない。
しかし、ルグス・リヴィオンの事件があって、今は傭兵稼業をしようという気分ではなかった。
「せっかくの有り難い話なんだが、今仕事をする気分じゃなくてな……」
「そうでっか……」
「あー、まーった辛気くさぁい! 酒呑んで元気だせよぉ! それともナニか? あーたしの酒が呑めねぇってか?!」
泥酔の戦女神が、どっかのルグス・リヴィオンの如く絡んで来る。
「……久しぶりの再会に乾杯だ」
ラシャーダがグラスを掲げ、三人の傭兵によるプチ宴会に突入したのだった。
朝のさわやかな空気を、久しぶりに目一杯吸い込んだ気がする。
閉店間際に、酒場のオーナーに追い出され、三人して外で雑魚寝して夜を明かした。
そして、各々の宿屋へ戻ろうとした時、つまり別れの場面である。
「まぁ、大鉄球のモーガンが味方だと大丈夫だとは思うが、死ぬなよ」
ラシャーダがぶっきらぼうに言い放った。
大鉄球のモーガンとは、過去に一度だけ敵として見た事がある。
一人で戦況を変えてしまう程すさまじい力をもった巨人であった。
もちろん、そんなのを相手にしていたら命がいくつあっても足りないので、遠目から見ただけであったが。
「まっかせなさーい! あーんなデクの棒より、勝利の女神と呼ばれたアタシがついてんだからね!」
「まぁ、あんさんも早く吹っ切って、がんばりぃや!」
風の噂で耳にしたのだが、ドゥーレンベル帝国側は、ついに切り札である空軍を投入するらしい。
おそらく、明後日あたりに両軍が衝突すると見ているのだが、まぁこの二人だから大丈夫であろう。
「あぁ……」
親指を立てて、グリードの言葉に応えるラシャーダ。
傭兵達の、束の間の休息は終わり、再びそれぞれの戦場へ旅立つのだった。
黒髪の傭兵と赤毛の女傭兵は、別作品「初陣の竜騎士」にチラッと登場します。
このサイトに投稿されている「初陣の竜騎士」は、当時のケータイ小説投稿用にアレンジされた物になっておりますので、彼らの行く末が分かる仕様になっております。