プロローグ2
投稿二回目になります。
最後に読んだ行を思い出し、そのページを探す。
中盤辺り、話の折り返し地点に差し掛かっているところだった。
俺が読んでいるこの小説は、『高く買い取り安く売る』がモットーの本屋でたまたま見つけたものだ。一巻250円、8巻あったので纏めて買ったのだが、内容が以外に面白い。
この物語の主人公はすべての種族が共存するとある王国のお姫様で7体の守護龍と共に育っていくというものなんだが、僅か五歳で拉致されそうになったり、嫁によこせと言い張る他国に国を滅ぼされ、六体の龍を異空間に閉じ込められ、残った変異種の聖霊龍と旅をするという話だ。
ガシャンッ。
一人でさみし……楽しく小説を読んでいると、二棟の方から扉を開ける音が聞こえた。教師がタバコを吸いに来たのだろう。
二棟の屋上にそんなスペースを作った理由を責任者に問いただしたいが、まあいい。
慌てて隠れると、待ってましたと言わんばかりに太陽の眩しさと暑さが俺を歓迎する。
仕方ないから倉庫の中に入って続きを読もう。そう仕方ないんだこれは。みんな、俺、一人で涼しんでおくよ。謝らないけど。
「もう逃げらんねーぞ八坂!」
扉を激しく開ける音と共にそんな声が聞こえ、ノブを握ろうとした手を止める。
八坂って、八坂真央の事か? 内気だけど押し付けられた仕事もその日のうちに片付けちゃうという。
チラッと角から覗くと、一人の少女が屋上の端におり、出入り口近くから六人の男子生徒が出てくるのが見えた。
メガネを外し、少女を見てみれば、寛子の様にツインテールにしてるのかと思えば、それは三つ編みで、丸メガネをかけていて、そしてなにより首に包帯を巻いていた。
あぁ、確実に八坂さんだ。
ケータイで確認すると、授業が始まって三十分経った頃のようだ。
「くくく、やっと追いつきやしたねアニキ」
そう言っている五分刈り男。たしかこいつらは、この学校始まって以来の大問題児が頭の不良グループ……の下っ端集団。モブとか言われてる可哀想な奴等だったな。
アニキと呼ばれる男は無言のまま。彼女を睨む。
鍛えているのだろう、まあまあ筋肉のついたその男はスキンヘッドの頭には傷があることから怖い噂を持たれることが多い郷原冬夜先輩だと思うが、あんな奴らと連む人じゃないはずだ。それがどうして。
八坂の方を見ると、彼女はひどく怯えており、しかしそれは冬夜先輩ではなく、周りの連中に対して。そして先輩を見て嘘だよね呟いたのが分かった。
「……お前ら、少し後ろに下がってくれ。操、アレを」
「へい」
素直に引く野郎ども。
操と呼ばれた五分刈りの男に向かってそう言うと、そいつは懐から青い箱を取り出し、先輩に手渡す。
「八坂」
静かに、しかしはっきりと耳に聞こえる声で彼女の名を呼ぶ冬夜先輩。その顔は真剣だ。
なぜか生唾を飲む周りの奴ら。
本当に何が始まるんだよと見ていると、途端に口ごもり出す先輩。
その顔はやけに赤く、何か悩んでいるようだが、ついに決意したように、その言葉と共に箱の蓋を開けた。
「ずっと前から好きだった。その、結婚を前提に、お付き合い下さい」
中から出てきたのは、一つの指輪だった。
「「え?」」
俺と八坂の声が重なった気がする。
だって、ここ屋上だよ? 授業中だよ??
もっとロマンチックな場所で……いや、それは結婚をする場合だよな。今あいつは付き合って下さいといった。だから違う。だけどなんでこのタイミングなんだよ。
八坂も予想の斜めを超えた発言に目をキョトンとしている。僅かに頬が赤いのは、恥ずかしいからかそれとも。
「あ、あああああの。どうして私?」
うつむきながらチラチラと冬夜先輩の方をみるその目には、らおそらく周りの男子は見えてないだろう。
「去年、学園祭に遊びに来てただろ? その時、俺のクラスがやっていた料理……あれ覚えているか?」
「は、はい……」
「あれは俺が作ったんだ」
「!?」
「こんなゴツい男が作っていると知ったら。評判が悪くなる。そう思って丸一日厨房にいたんだ。その時八坂、お前のまた食べたいって言葉が嬉しくて、な」
「え!? アニキ学園祭周ってなかったんすか」
「お、おう……だってよ、こんなゴリラが調理場から出てきてみろ。お客さんビビるだろうが」
その言葉に否定しようとして、口ごもる操。別にゴツい男がやってても普通じゃないか?
「だが、八坂。お前は興味本位でその調理場の中を覗いた。覗いてしまったんだ」
「……あ!」
そこでようやく、謎が解けたかのように。八坂の顔が冬夜先輩の顔を見て。しかしすぐに顔を赤くさせ俯いてしまった。
「アニキはそれが嬉しくてな、その日から料理の勉強をしてるんだ」
「あれからアニキの料理の腕は更に上がったんだぜ?」
「プロの料理屋に弟子にしてもらなんて言われるほどにな」
「ちょっ。おまえら」
後ろからの援護射撃に嬉しいような照れくさいような。そんな顔をする。
「俺は、お前のためならどんなことだって頑張れる。お前を支えたい」
ついにはお願いしますと言いながら頭を下げた先輩。
して、その返答は。
「残念だけど、その返答はノーだね」
上空から聞こえた言葉に遮られた。
全員が顔を上げたその先には。一体の天使がいた。
男性とも女性ともとれる中性的なのは顔立ち、平たい胸と。先ほどの少し低めの声からして男だろう。髪は紅く、吹いていない風に揺れている。
文字通り天の使いがお飾りの翼を広げ神々しい光を放ちながら、覗き込むように見ていたのだ。
「なっ、誰だテメーは!」
「僕かい? 僕はただの天使だよ。君たちにはサリエルと言う名前が最もわかりやすいんじゃないかな?」
サリエル。神の玉座に近き場所に座っていたとされる大天使の一角。なんでこんなところに。
「さ、サリ……エル」
「天使だぁ?」
「その天使様が、なんだってんだ。あぁ!?」
八坂はその名前の意味を知っているようだが、冬夜を含めた周りの男どもは知らないらしい。
「ふむ、部外者に話すことではないのだけど。八坂さんのことが大好きすぎて、手紙書いて靴箱に置いたらいいのかどうかすら悩んで親に相談していたうえに、付き合った場合のデートプランを何度もシュミレートしていた冬夜クンになら、話してあげるけど」
「〜〜っっ」
サリエルの一言に顔を赤くした先輩と、どんだけぞっこんなんだよという操たちの苦笑い。
「はう、はう……」
八坂にいたっては頭から煙が出る始末。
「彼女にはね、勇者を支える聖女、マリアとして召喚されてもらおう」
「ゆ、勇者召喚?」
「その言い方だと、異世界があるみたいじゃねーか」
困惑する男子共を見てサリエルはクスクスと笑う。
「実際にあるさ。なに、大丈夫だよ冬夜クン。君にも龍帝パハムート、もしくは龍皇ベヒモスとして召喚されてもらうから」
特別サービスだよと言いながらウインク。
「そんなこと、させない! お前ら。行くぞ」
「おうっ」
奴ら、妖力を体にまとい始めた。そのことにサリエルもピクリと眉を動かす。
「やれやれ、下界で暴力的なのはしたくないんだよね。ちゃっちゃと終わらせるか」
その言葉を最後に、ブツブツと何かを呟き始めた。
先輩たちも訝しげにサリエルを見ているが、纏い始めた妖力は解除できないレベルまで体を覆っている。
「行くぞ、纏——!?」
最初に完成したのは、冬夜先輩だった。しかし、その言葉がら最後まで紡がれることなく。一瞬で霧散してしまう。それは周りの奴らも同じ。
「妖力を使った技術。この世界の学生の中ではまあまあ良いレベルなんじゃないかな?」
「何しやがった!」
「何ってそのまま。君たちの力を霧散させてもらっただけだよ」
ニヤニヤと笑いながら中性男は八坂と冬夜先輩に向けて手をかざす。
「そろそろこの世界ともお別れだね」
「い、いや」
「や、八坂ぁぁぁぁ」
体を強張らせる八坂に向けて、手を差し出す冬夜先輩。しかし二人は動けない。すでに構築されている魔法陣の効力によるものだ。
その魔法陣には、確かに勇者を召喚する魔法陣と同じものが描かれており、他にも強制と服従の二つが入っているのはわかった。
マズイことこの上ない。さらにあいつは、周りの記憶の改変をするなんて一言も発していない。
「仕方ないな」
まさか、嫌いな人間を助ける日が来るとはね。
量の掌を、それぞれ冬夜先輩と八坂に向ける。その手には先ほどから練っていた魔法を圧縮し、球体状にしたものがある。
「狙え……放て」
断片的な魔言と共に、射出される球体状のソレは。一瞬で二人の足元にある魔法陣と接触。と、同時に展開。
放たれたそれは、紐状にした魔力によって俺と接続されている。
「なに」
予想外の事態にサリエルは球が放たれた方向——俺の方を見て、驚いた顔をする。
俺は手から伸びている紐状のそれを引っ張った。
「ぐっ……」
体に。異物が入ってくる。
その異物とは、サリエルの発動した魔法陣——その魔力と構成された術式のこと。
体に凄まじい負担がかかり、しびれ薬を飲まされたかのように、体に痺れが襲う。
強制と服従。二つ同時だとかなり体に負担がかかるようだ。
「貴様、何者だっ」
サリエルは俺に向かって怒鳴り散らす。同時に他の奴らも俺の方を向く。
「なに。人様の恋路が邪魔されているところを見るのは嫌なんでね。同調破壊再構築!」
その言葉と共に心の中で詠唱を行う思想詠唱を使って発動するのは、転送。ポイントは奴の目の前。
「な、その魔法は」
「くらいやがれっ」
突然、後ろではなく目の前に現れたことにより硬直。
その瞬間を、逃すわけがない。
「放出」
俺は右手に集めていたサリエルの魔力と再構築した術式を、奴めがけて放った。
声にならない悲鳴を上げながら体を痙攣させるサリエル。
余波が来ることを恐れ、俺は数歩後ろに下がる。
「貴様……絶対に許さない。神への冒涜。必ずや」
その言葉を最後に、サリエルは光となった。
「ふぅ」
そのまま屋上に降り立つと、先輩たちも八坂も、ぽかんとした顔で俺を見ていた。
何が起こったのか把握できていないようだな。把握してもらっても困るが、とりあえず。
「あー、その冬夜先輩」
「な、なんだ」
「あとは。頼みますね」
「ど、どういう」
先輩の言葉が最後まで言い終わらぬうちに、それは起こった。
俺の足元が光、俺を中心とした魔法陣が構築される。
そして、俺の意識は途絶えてしまった。




