小鳥ちゃんの行方
酷いと思いますよね、ねえ?
…
聞いてない?なるほど、私の熱弁なんかより興味惹かれる何かが近辺に存在するわけですね。
はっはっは。ぶっころですね。
まあいいのです。あなたが聞くまで喋るだけです。
あなたがっ、聞くまでっ、話すのをっ、やめないっ!だけです。
…
げほん。
さて、あれは先週の雨の日の事でした。
その日の生存競争を生き延びた私は、今日一日の働きで得たお金で何が買えるかな~、と考えてニヤニヤしながら会社の駐車場を歩いていました。
と、そこでふと、地面に何かが打ち捨てられ、雨に打たれているのが見えたのです。
最初は丸めたハンカチみたいに見えたんですが、よくよく見るとただのハンカチではないみたいでした。
色は灰色と白の薄汚れたマダラ。私の可愛らしい掌に軽く収まってしまうミニサイズ。そして小さく震えているクチバシ。
という特徴を備えた世にも珍しいハンカチだったのです。
痛て。
はいはい、鳥ですよ。鳥でした。
哀れな小鳥ちゃんが雨降る中をのたくっていたのです。
多分ツバメでしたね。体は結構大きめでしたが、なんとなくぼんやりしていたので、まだ巣立つ前のギリギリひなだなーと思いましたよ。
傘をちょっと傾けて見上げると、会社の壁がそびえ立っていました。その壁のどこかに巣があって、そこから落ちたんでしょうね。
え?私?冷静だったわけないじゃないですか。勿論テンパっていましたとも。か弱くて慈愛がドバドバ溢れまくってる乙女ですよ。
この小鳥ちゃんをどうしよう、天も救い給え、ってお天道様に祈ってましたとも。雨でしたが。
そんな時、営業の板くんが通りかかったんですよ。そう、あなたと同期の。つまり、私とも同期の。
彼は相変わらず変人ですね。雨の中傘も刺さずにゆうゆう通り過ぎようとしました。それを見てなんかムカついた私は、思わず呼び止めていましたよ、変人を。
で、呼び止めたのはいいものの、特にどうしようとも考えてなかった私は、小鳥ちゃんについて相談してみたんです。
角角鹿鹿、と話してみたところ、すぐに納得したように板くんは言いました。
雨の当たらない所に連れていこうか、と。
…がっかりしますよね?この曖昧な表現。
なんていうかもっとこう、『おお、哀れな小鳥ちゃんよ!私が今すぐに救い奉るっ!』ってなるか、むしろいっそ『フン、自然界は厳しいんだよ、甘い嬢ちゃん』って突き放すかのどっちかじゃないですか、少女漫画的に考えて。
で、不満だったので黙っていたら、板くんは何を勘違いしたのか、せめて土の上のほうがいいだろうし、とか言い出したんです。
もうこれって、土に戻るとこまで視野に入れた台詞ですよね、もう。
板くんは変人だけど、小動物や小動物系女子には優しい人間だって信じていたのに、がっかりですよ。
違いますよ!あなたも分かってないですね!冷たいのと突き放すのは違うんですよ!
さっきの『甘い嬢ちゃん』って言い捨てた彼も、人目がなくなってからこっそり戻ってきて小鳥ちゃんの手当てをしたりして、そんでもって『…強く生きろよ』なんて話しかけている所を主人公に目撃されちゃうから最高なんですっ!!
土に戻るお世話をされたって悲しいだけじゃないですか、全く。
どうしたって?勿論、板くんに賛成しましたとも。ジタバタする小鳥ちゃんを丁寧に拾い上げて、会社の隣の公園まで連れて行って、そっと植え込みの陰に置いてあげる所まで見届けましたよ。
なんだかんだ言っても、この世界、少女漫画じゃないですもん。無茶は言えないですもん。あんまり変なことを言って、貴重な若い独身男性の好感度を落とすわけにはいけないっす。可能性は維持しとかないと。
へ?やだなー、何言ってるんですか。あなたとの好感度は変わんないですよ。あなたとは未来永劫、良いお友達ですとも。はっはっは。
えーと、何の話でしたっけ。そうそう小鳥ちゃん。
で結局、あそこに置いてきた小鳥ちゃんがどうなったか気になるから見に行きませんか?というお誘いをしたら、板くんに華麗にスルーされたので酷いと思いますよね、って話でした。
ほら、自分が何気なくネットの片隅に書き込んだコメントとかを、ふっと思い出して探して見たりするじゃないですか。それと同じで、どうなってるか気になるから、好感度上げのついでに行こうと思ったのに。
犯人?現場?何言ってるんです?
まあそういうわけなので、代わりにあなたと一緒に見に行こうかと。行きましょう。是非。まあそう言わずに。後で喫茶店に連れてってあげるから。よし、やっぱりあなたは良いお友達です。
この辺りです。というか、あなたの立ってるそこがまさにそこです。そんなに驚かなくても。
どうです?靴の裏に張り付いて?ない?歩いた時に変な感触も?ない?
地面にも何も残ってないですし、ネコに連れてかれてしまったんですかねぇ。
雨の日に~もがいてた~こ~と~り~ちゃ~ん~。
ネ~コ~さんに~連~れられ~て~逝~っちゃ~った~。
…ごめんなさい。反省してます。
やっぱりあの時、無理にでも板くんに持って帰らせればよかったでしょうか。彼の家にはネコがいるらしいですが、奇跡的に仲良くなることもあり得たかもしれないですし。
ないですよね、はい。
私の家?ネコはいませんが、体長1メートル50センチぐらいで、鳥どころか豚や牛まで食べる小動物がいますから、無理ですよ。
いや、そんな遠巻きに見なくても。
はあ、折角見にきたけどなんかスッキリしませんね。帰りますか。
喫茶店?あ、そういえばそんな餌で釣ったんでしたね。いいですよ、行きましょう。
で、どこにします?コメダ?スタバ?いっそ喫茶店じゃなくてもいいですよ。焼肉屋さんでもいいです。焼肉屋がいいです。肉食べたいです。肉です。
って、もしもし?おーい、もしもーし?申す申ーす!?
…
聞いてない?なるほど、私の熱弁なんかより興味惹かれる何かが近辺に存在するわけですね。
小鳥ちゃん?ハンカチみたいな?
…
いないじゃないですか。
まあいいのです。あなたが聞くまで喋るだけです。
あなたがっ、聞くまでっ!