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カルテットによる序曲

 いつものように大学へ足を運ぶと、門前に人だかりができていた。

 事故か事件でもあったのかと、人ごみをかきわけ中へ進む——と、それは「いた」。俺は瞬時に凍りついた。そう、「いた」のは連中だ。

 一、二、三、四、きっちり四人。ワン、ツー、スリー、フォー、やっぱり四人。イー、アール、サン、スー……もういいだろう。

 周囲のささやきに注意深く耳をかたむけると、四人そろって我が校に編入してきたということらしかった。

 T大から桜井享。

 エスカレーター式の私立校から佐藤海地、真部李幸、坂本里奈。

 なにがあればそんなことになるのか、よくわからない。せっかくいい大学に……って、ヤツらにこっちの大学の善し悪しなど関係ないか。とにかく門前は、イケメン三人と美女一人の異様にめだつ四人組のせいで混み合っていたのだった。

 いっとき事態を受け入れきれず茫然としていると、沢垣(さわがき)ひろしが寄ってきた。大学で親しくなった先輩で、現在二十歳だ。容姿も内容も究極のフツメンで、俺にふさわしい友人である。先輩はうれしそうにして、耳打ちした。

「あの最強トリオと新学期から一緒だぜ! スゲーな。なんだか鼻が高いぜ。あのもう一人、誰だろう。新メンバーかな? T大から来たって噂だぜ? トリオ解散してカルテットにでもなるのかな? へへへ」

 なにをのんきなことを言っている。あれは異星人だぞ。間違っても日本人じゃないし、たぶん地球人ですらない。異世界の定義がわからないから断言はできないけどな。そして内二名は、ああやって髪を黒くして日本人っぽくしているが、本当は金髪に銀髪だぞ。メダルならオリンピック優勝だ。

 こうしてはおれん。逃げよう。なるべく目にかからないように。いや待てよ。なんで逃げなくちゃならないんだ。俺はもう関係ないはず。じゃあアイツら、どうしてここに? この大学に本物が紛れていたとかいうパターンか? 

 ……ウゼーな。とっとと連れて帰れ。そして目の前から消えろ。

 憎しみを込めて祈っていると、桜井と目が合った。ヤツはニッと笑い、怒り心頭な目つきでズカズカと迫ってきた。

「まいったよ。まんまと騙された。今度こそ食らいついて離れないから覚悟しろ」

「な、なにっ」

 俺が驚くそばから、佐藤海地も寄ってきた。

「王子だからって、口の利き方が横柄すぎるぞ。トイチ様をなんだと心得る」

「フレンドリーに接するのがミソなんだ」

「ミソを明かしてどうする」

「俺がリードしすぎているから、フェアにしてやったんだろ?」

「ふん。おごり高ぶりも、たいがいにしろ」

「なんだとこら。国外追放するぞ」

「やってみろ。城から追い出されないうちにな」

 なんだコイツら。一緒に転校してきたくせに仲悪いな。いがみ合ったのは最初のあれだけかと思ったら、ガチで犬猿の仲かよ。しかしだからといって、公衆の面前でケンカはよくないな。しかも、なんか俺のせいみたいな流れだし。断っておくが俺は無関係だぞ、みなの衆。いや、その前に台詞がそうとうオカシイ。誰か突っ込め。

 だが二人はお構いなしに言い争った。

「残念ながら、俺が王位を継承できない場合は妹が継承する。妹は優しいから俺を追い出したりしないんだ」

「では今からすぐに放棄して王女にゆずるといい。そのほうが世のためだ」

「言わせておけば言いたい放題。たかが三銃士のくせに」

「王族に生まれただけのやつに言われたくない」

「俺がそのように生を受けたのは、ふさわしいからだ」

 あー言えばこー言う。尽きそうもない罵り合いに俺はイライラして、声を張り上げた。

「ストープ!」

 すると周囲までとたんに深閑として空気が張り詰めた。かえって俺のほうが仰天してしまい、背中に嫌な汗をかいた。

「お、おまえらなー、もう俺のことは放っといてくれよっ。なんなんだ!」

「なんだとおっしゃられましても、あなたこそ、どうしてあんな嘘を?」

 佐藤が言うことに、俺は眉をしかめた。

「嘘?」

「人違いだと」

「人違いだろ?」

「妖精の粉をつけなかった、という情報はすでに入手済みです。これ以上、言い逃れはできませんよ?」

「ぶほっ!」と俺はむせた。「クーレーイー!」と心の中で絶叫したことは言うまでもない。チクルとは何事だ。救世主としてあるまじき行為じゃないか、と。いやしかし、まだクレイと決まったわけじゃない。俺は気を落ち着けて再び佐藤に向いた。

「え、えーと、その情報は誰から?」

「保安官」

「保安官?」

「クレイ・ソウル保安官」

「ゲホゲホッ!」

 クーレーイ! やっぱオマエか! 保安官だったのか! 学校行かなくてもなれるのか! 実力第一って素晴らしい世界だな!

「そ、そそ、それで、俺をどうするつもりだ」

 不安に揺れながら尋ねると、佐藤がニコリ。桜井がニコリ。その背後で里奈と真部もニコリと笑った。

「どこへなりとも、おともいたします。まずは鞄をお持ちしましょうか」

 と佐藤。

「バカヤロウ。鞄持ちは俺がすると決まっているんだ」

 と桜井。

「いやいや、トイチ様の貴重品は僕が責任を持ってお預かりいたします」

 と真部。

「じゃ、私は手をつないで歩こうかしら」

 と里奈。

 待て待て。おかしな発言しないでくれ。見ろ、先輩を。目を丸めて硬直している。そして周囲は恐れおののきつつ、状況を見守っている。健全な学生が通う大学とは思えん光景だ。どうしてくれる。平凡で幸せだった、俺の学生生活。

 ハッキリ言ってブチ切れた。ゆえに、低めの声でボソッとつぶやいた。

「鞄は自分で持つし、誰とも手をつながない。俺はおまえたちを心の底から信用していない」

 トリオ改め、カルテットは石になった。

「信用——していただいてないのですか?」

「あったりまえだろ! あんな森に置き去りにしやがって。いかに自分たちのことしか考えてないか少しは気づけ! 氷の入った桶に頭つっこんで反省しろ!」

 力のかぎり怒鳴ってやった。俺にしては上出来だ。が……

 カルテットは唖然とし、悲しげに顔をゆがませた。そして次の瞬間、驚くべき行動に出た。

「申し訳ありませんでした!」

 と叫んで、いっせいに土下座!

 俺は一転、青ざめた。そんなことをされたら、また取り巻きにボコられるかも知れないじゃないか。コイツらが勝手にやってることなのに。ひょっとして確信犯? なんにせよ俺は悪くない……と思う。そうだ悪くない。暴力なんかに屈するものか。

「謝りゃすむって問題じゃない。こっちは死にかけたんだぞ?」

 言ってやった。そうそう。ゴメンですめば警察も保安官もいらないのだ。

「死にかけた!?」

 カルテットは驚いた様子で顔を上げた。俺は気圧されて後ずさった。イケメン三人と美少女一人が両膝ついた姿勢で目の前に展開していると、俺なんかオーラにのみこまれて消えちゃいそうだ。だが「負けない、負けないぞ!」と懸命に自身を鼓舞した。

「お、おう……」

 意気込みとは裏腹に、自信なさそうな声が出た。相手もここで引き下がれないのか、もうひと押しだと思ったのか、再びいっせいに頭を下げる。

「誠に申し訳ございません!」

「もうやめないか」と言いたい。おかしいだろ、この絵面。いつの時代の誰と誰だ。異世界にいるという自覚あるのか、おまえたち。以前のように演技しろ。さも現代日本人であるかのように振るまえ。それとも、なりふり構っていられないほど切羽詰まっているのか? そう問いたいくらいだった。

 だけど人目がある以上、気をつかう。俺まで頭がおかしいと思われたくない。無難な台詞を探した。

「あ、あの、もういいから、そこどけよ。解散しろ解散。講義はじまるし」

 うん、まずまずだ。ちょうどチャイムも響いた。

 意図を察したのか、カルテットはしぶしぶ立ち上がった。学生らも動揺しながらパラパラと散りはじめる。驚愕のあまり灰になりかけていた先輩も我に返った。先輩は上から下まで俺をひと通り眺めてから言った。

「な、な、なんだよ。おまえってスゲエ奴だったんだな。ごめんな、いままで。タメ口きいたりして」

 いまもタメ口だな。だがいいんだ、それで。先輩だろう? なにを謝る。今の動揺具合なんかも完璧な凡人だ沢垣。おまえは実質、俺のタメ以外の何者でもない。

 おかげで平和な気持ちに戻れた俺が弁解しようとすると、佐藤が言った。

「トイチ様のお世話は、これからは我々がする。ご苦労だったな。感謝しよう」

 な、なに勝手に引導わたしてんだ!

 が、先輩は佐藤に「感謝」されたことで、すっかり有頂天になっていた。さすが地元民。弱いな。あんな上から目線の感謝、俺なら唾つけて踏みにじってやるところだが。


***


 その日の夕方。訳もわからず付きまとわれるのは嫌なので、連中を図書室に誘い、これまでの経緯をザッと聞いてみた。カルテットは案外たやすく答えたので、まとめておこう。


 ヤツらは精霊界というところの住人で、種族はヒューマン。だいたい千年ごとに一人の英雄がエレメンタルブレイカーというヤツから選ばれ、エンブレムをもらうらしい。このエンブレムには世を治める力があるとかないとかで、とにかく実権を握れるもののようだ。

 そしてなんといっても最大の魅力は、エレメンタルブレイカーから四大元素のイチの値の物質を、常に供給されることなんだと。それによって英雄は力と若さを手に入れるんだとか。不老不死みたいなことかな? よくわからん。

 さて、いかなる者であれ英雄に選ばれるには、まず勇者にならなければいけないということで、ヤツらは努力したようだ。多くのライバルを蹴散らし、踏み倒して勇者になった。あとは「最後の試練」さえ乗り越えれば、晴れて英雄である。

 この最後の試練ってやつがくせ者だ。たいていは各々が試練に立ち向かっているところへエレメンタルブレイカーが見に行き判断するらしいのだが、今回はどういうわけかその趣向を変えたのだという。概要は以下のとおりだ。

『舞台は地球。「イチ」の名を持つ者が有象無象に存在する場所——そこから、わずかなヒントをもとにエレメンタルブレイカーを見つけ出した者が勝ち』……もちろんルールも備わっている。それは勇者としての直感で探らねばならず、確信をもってつかまえるまでは直接そうであるかどうかを問うことができない、というものだ。「英雄なら人を見極める目もあるはず」というところなのだろう。

 でもそれって、相手がうなずかないとダメってことじゃねえか? どうすんだ。まったく違うやつが迫力に押されてウッカリうなずいちゃったら。

 とりあえず聞きたいことは聞いた。俺は座っていたイスから立ち上がり、鞄を肩にかけた。その様子に四人の視線が突き刺さった。

「鞄はお持ちいたします」

 またしても佐藤が言う。だが俺は無視した。

「事情を聞けば聞くほど俺じゃない。もっとよく捜せよ」

 すると真部が反論した。

「我々は死にものぐるいで捜しました! それでも、どうしても、あなたしか該当しないのです」

「違うって。俺がそう自覚してんだから、違うよ」

「では違うという証拠を見せてください。我々が納得いくように」

 俺は唖然として真部を見た。「間違っていることの証明」なんて、どうやればいい。少なくとも俺の中では証明できている。だって違うんだから。心を形にして表せるものなら表したいものだ。

 妖精の粉がつけば良かったのか? じつは名前が違ったとか? ありえない。だいたい何をもってエレメンタルブレイカーなのか、俺は知らない。イチの値の四大元素とやらを精製できなきゃいいのか? わざとできないフリをしていると思われるのかオチだ。といって、ほかに違うという決定的な証拠を突きつけるすべもない。

 俺は困ったあげく、

「とにかく、俺は違うから」

 と言い捨て、急いで図書室を出た。


***


 結局、夏休みに突入するまで似たようなやりとりが何度も続いた。かたくなに確信している連中といると、違うという自信が削がれていきそうで怖い。そんな恐怖心を振り払うように「違うんだ!」と叫んでみたところで、胸中の真実はなかなか相手に届かないものだ。

 ああ、俺がエレメンタルブレイカーじゃないと証明するものが欲しい。本物が出てきてくれるのが一番てっとり早いが、向こうからはアプローチしないルールとなると期待薄だ。まったく妙なゲームをおっぱじめたものだ。そんな陳腐なことをしなけりゃ英雄一人定められないのか、エレメンタルブレイカーさんよ。


 だが嘆いても喚いても事態は変わらず、いよいよ夏休みがはじまった。明日からしばらく教習所通いだが、憂うつで身が入りそうもない。

 俺は部屋の窓から、灼熱の光を降り注ぐ太陽と眩しいくらいにブルーな空を、忌々しげに眺めた。

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