幕間 八人目の英雄〜カエン視点
ついに皇帝が降臨したというので、そわそわと落ち着かない気持ちを抑えながら、謁見の間の扉が開くのを待っていた。
俺はカエン。二十九歳。火属性で最強と謳われた男だ。このたび皇帝の側近に抜擢され、玉座の側に起立している。
皇帝とはどんな男だろう。やはり威厳に満ちた雄々しい姿に違いない。民衆に紛れて暮らしていたというが、こうして発見されたからには隠しようのない神々しさが備わっているのだろう。俺も気を引き締めて職務を果たさねば。こんな名誉はないのだからな。
期待に胸ふくらませ、また扉を見つめた。
男は、ゆっくりとこちらへ向かって来た。身長は高くないが低くもない。いたって平均的だ。顔立ちも別に取り立ててどうということはない。表情はといえば虚ろで不機嫌。威厳など微塵もない。
こんな男が?
期待を裏切られ、俺は顔をしかめた。だが皇帝だというからには礼節を重んじなければならない。
玉座の手前で歩みを止めたのを確認し、俺は片膝ついて頭を下げた。
「このような奇跡とめぐり逢えた幸運に感謝します」
用意していた台詞を言った。しかし男は意に介さず玉座に腰かけた。
何の言葉もないのかと腹立たしく思った。強いオーラもないくせに人のことを虫けら同然に考えているのかと。
だが次の瞬間、目を疑うような光景が飛び込んで来た。なんの前触れもなく四大元素の化合物を作り出したかと思うと、それを口の中に放ったのだ。男の目は見る間に生気に満ちあふれ、ないと思っていた威厳が放たれた。
己の未熟さに羞恥したことは言うまでもない。先刻まで民衆にまぎれて暮らしていたのだ。彼が故意に存在感を殺し、目立たぬよう振る舞っていたことくらい考慮して然るべきだった。しかし玉座に就いてしまえば必要ない。だからこそ、このタイミングで一気に解放したのだ。
またそれは言葉なき言葉。俺への返事を態度によって示してくだされた証。皇帝としての威厳を解き放ち豹変してみせることで、俺を「側近として認めた」と公言してくださったのだ。
素晴らしい! 奥が深い! 皇帝ばんざい!
***
そうして数年後。
熱心に仕えてきたことが実を結んだのか、皇帝が俺に一枚の金貨をくださった。それは英雄たる者に与えられるエンブレムだという。
受け取った俺は、命を宿したかのような温かい金貨を手に、涙した。これを手にしてきた者たちの魂を感じたのだ。皇帝を尊敬し、皇帝に従ってともに命を燃やした七人の英雄。彼らは俺に語る。皇帝の生き様を。疾風のごとく悠久の時を駆け抜けて来たその歴史を。
「よろしいのですか? このような貴重なものを」
「ああ。おまえが持つのに相応しい」
俺はエンブレムを握りしめ、その左手を胸に当ててゆっくりと片膝ついた。
「あなたに忠義を尽くし、この命尽きるまで従うことを誓います」
*ここまで辛抱強くお見捨てにならず読んで下さった、すべての方に感謝いたします。
ありがとうございました。
*引き続き、番外編をご覧いただけると幸いです。