幕間 過ぎ行く時の中で〜ティターニヤ視点 その参
「クレイったら、言わないでって言ったのに」
私は動揺を押し隠すためにクレイを叱った。本当のことだし、許してほしいわ。ああだけど、ドアを開いた時の衝撃が胸から消えない。心臓が止まりそうよ。どうしてなの? そんなに彼に対して罪悪感を抱いていたのかしら、私。
「私のことはお構いにならないで。発症して苦しんでいる人はたくさんいらっしゃるんですもの。私が真っ先に受けるわけには参りませんわ」
それは本当の気持ち。でもそれ以上に、早く去って行ってもらいたくて言った。もう一度会って誤解を解きたいだなんて思っていたけど、顔を見たらダメ。言葉なんか出てこないわ。こんなに苦しむのなら無理をしてでも愛想よくしていれば良かった。
彼はどんなことをしても私を治療するつもりらしい。そんな強い意思が言葉に感じられる。だけど……哀れなフェアリーの一人として施しを受けるのは嫌。妙なプライドを持っているわけじゃないわ。彼にそう思われていると確信してしまうのが嫌なのよ。だから、
「あいにく私は幸せです。家族に愛されていますし、こうしてカゴも用意できました」
強がりも言ってみたわ。でも彼には通用しなかった。「感傷的な気持ちでやっているわけじゃない」なんて。
ショックだわ。思ったより冷たい人だったのかしら。いいえ。何千年もの時の中で数えきれないフェアリーを治療した彼ですもの。義務的にこなすようになってしまっても仕方のないことよ。それでもショック。
私は哀れとすら思われてないの? そう思われるのは嫌だけど、義務だと思われるのはもっと嫌だわ。
「では、なにもお感じにはならなかったの? クレイに頼まれたからいらっしゃっただけ? もしそれだけの理由でしたら、私、なおさら受ける気にはなれません」
あんまり惨めで、泣きそうなのをガマンしながら最後の意地を張ってみた。そうしたら彼は「そうじゃない」と言って一歩近寄って来た。
窓からこぼれる月明かりに彼の顔が浮かんだ。戸惑った表情に私のほうが戸惑ってしまった。
その時に彼が言ってくれた言葉を、私は一生忘れない。
彼は私の目を見たいと言ってくれた。私に会いたいと言ってくれたのよ。
私は彼にとって、哀れなフェアリーの一人じゃなかったんだわ。それがどんなに嬉しかったか、あなたに分かるかしら。
そしてイチの値の四大元素が背中に触れた時、胸が熱くなった。その瞬間、私は自分の中にある感情の正体に気がついたの。後悔でも罪悪感でもない。それはとても単純な想い。
好き。
***
彼が白い光の中に姿を消してしまってから三年が過ぎた。
私はいまも王宮にいて、時々、張られたままの結界を訪れる。結界はもう力を失ってしまっているけど、不意に彼が戻って来ているのではと思って見に行ってしまうの。相変わらずいないけれど。
あの人は私の代わりになれたらいいと言ってくれたわ。そしてその通りになってしまった。光が消えて、秘宝石も消えて、彼も消えた。取り乱して泣き叫ぶ私をアール・ラ・ジェイド様とミカミ様が支えてくださったけど、この胸の痛みは今も消えない。
私は、彼が最後に座っていた場所にそっと座ってみた。ここへ来るといつもしていること。
彼が消えた場所へ私も連れて行って、と祈ってみる。でもなにも起こらない。
彼をここへ連れ戻して、と願ってみる。だけど彼は戻らない。
最近は祈ることも願うこともやめてしまった。苦しくて悲しくなるだけだもの。だから、ただ座るだけなの。
そうしていつしか私は、結界を訪れることもしなくなった。
いまは時が流れ、あちこちで起こる紛争もわずかになり、この世界に新しい時代がやって来る風を感じているの。彼が与えてくれた本当の自由と平和が花開いた瞬間。
そのとき思ったのは、「また逢える」……ということ。彼が転生を繰り返すように、私たちも繰り返す。この雄大な時の中で必ず逢えると信じているわ。
だから、まだ少し泣いてしまうけど、もう平気。
「お元気で」
アール・ラ・ジェイド様が私に言った。フェアリーの街へ戻る私に贈ってくれた言葉。やっと彼に別れを告げられる日が来たの。といっても一時的なものだけど。まためぐり逢う日まで、私は生きて行かなくてはならない。そのための別れ。
「さようなら。あなたもお元気で」
アール・ラ・ジェイド様は紛争を鎮圧する最中、従弟であるトール・ジェイドを殺し、三銃士を捕らえ終身刑を言い渡した。彼も苦しかったのに違いない。だけど強く生きているわ。私も強く生きなくちゃ。
「では行きましょうか」
そう言ったのはミカミ様。フェアリーの街へ一緒に行くの。お父様が杖を改良して地球へ戻す準備が整ったからよ。これで、彼との思い出たちともサヨウナラ。
私は胸の前で手を組んで、神様に祈った。
〝新しい一歩を踏み出す勇気をください〟