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注連縄づくり

「俺、なにやってんだろ」

 思わず不満をもらす俺に、三上がゴホンと咳払いして応えた。

「一生懸命に編んでくださいよ」

「手えパッサパサなんだけど」

「注連縄がないと始まらないんです。しっかりしてください」

 そう。俺たちは連日庭園に出て、せっせっと注連縄用の縄を編んでいる。忌々しい記憶しかない注連縄を、よもや自分の手で編むことになろうとは。

 注連縄は神域と現世を隔てる結界だ。紙垂をつけ、それなりに霊力の高いものが張らないと効果はない。俺を閉じ込めることに成功した三上はそれなりってことだ。

「くそっ。また閉じ込められんのか俺」

「仕方ありませんよ。神格を得ているのは、いち様だけなのですから」

 つまり三上は、邪を滅ぼすのに気高く清らかな者の命を必要とするのなら、それ以上の者を当てて命を削ることなく消滅させようと言うのだ。そのために、ありとあらゆる浄化方法を試みて秘宝石の力を減退させておくこともする。減退の程度によってはティターニヤでも命を落とすことなく消滅させることができるかも知れないし、それが無理であれば彼女より上位の精神力を持つ者に任せればいいと言った。そして、

「彼女より上位の者というのは、今から探すのか?」

 というアルの質問に三上は、

「心当たりがあります」

 と答えた。

 まさかそれに当たるのが俺とは予想もしていなかったが。

 俺はまたてっきり、そういう類いのもんを召喚でもできるのかと思っていた。しかし注連縄を作ると言い出した時、嫌な予感がした。


「おい待てよ。まさかと思うが、俺?」

 いよいよ準備するということになって、具体的に道具がそろい始めたその日。俺は頬を引きつらせて三上に聞いた。すると三上は無言でニッコリ笑った。アルはと言えば、俺と三上を交互に見つめ頭部にクエスチョンマークを浮かべた。

「俺はどっちかっつーと邪に近いと思ってるんだが」

「厄や禍を祓い、神の依り代となるものですよ。その中で過ごせるあなたが、どうして邪でありましょうか」

 うっそだろ。こんなにひねくれてんのに。

「おまえ、神様降ろせないのか?」

「どんだけですか。そこまで力はありませんよ。というか全く現実的ではありません。いち様を祀ることだけでも非現実的なんですよ?」

 非現実って……こらこら。

 俺が泣きたくなるような思いでうつむいていると、アルが横やりを入れた。

「やはりエレメンタルブレイカーは神なのか」

 ぶん殴るぞテメー。

 が、俺の気持ちなどお構いなく、三上は三上で機嫌良く返答した。

「かろうじて人間ですけどね。ほとんど神様でいいんじゃないでしょうか」

 よくねえよ! かろうじてってなんだよ! 実は俺ってほとんど人としての原形とどめていないのか? 腕が四本あったりするのか?

 俺はそわそわとして自分の肩や脇を触ってみた。大丈夫。二本だ。

 だがアルの目は奇跡でも見るような目つきに変わった。洗脳されるなアル。三上の言葉に耳を傾けてはいけない。


 そんなこんなで注連縄づくりに勤しんでいる。ティターニヤの代わりになれることは嬉しいが、まったく生きた心地がしない。結界に閉じ込められることはトラウマだ。その道具を自分で作っているなんて、かなり悪趣味だ。

「お茶にしません?」

 不意にティターニヤの声が聞こえた。その方向に目をやると、盆にティーセットを一式持ってゆっくり歩いている姿があった。俺は慌てて立ち上がり、彼女に寄った。

「俺が持つよ」

「あら、このくらい平気よ」

「ダメだよ。任せて」

 俺はティターニヤからティーセットを受け取り、庭園のテーブルまで運んだ。

「わざわざ持って来なくても、声さえかけてくれたら俺たちのほうから行くのに」

「でも私のためにしてくださっているのに」

「これは俺のためだし、みんなのためだ。気にすることないって」

 俺は言いながら、ティターニヤの髪に手を触れた。彼女はちょっと恥ずかしそうにして微笑んだ。そこへ「うおっほん!」とわざとらしい咳払いが。

「お邪魔でしたら、しばらく席を外しましょうか」

 三上が営業スマイルで言い、その後ろでアルが目のやり場に困っていた。すまん。存在をすっかり忘れてた。


 俺とティターニヤとアルと三上はひとつのテーブルを囲み、お茶を飲んだ。話題というと秘宝石を消滅させるにあたっての詳細とか雑学みたいな色気のない話だが、必要なことなのでしょうがない。

「あの縄を張るとどんな効果があるんだ?」

「おそらくですが、秘宝石が抗って邪を呼び寄せても取り込むことができず、消滅する時に衝撃があったとしても外に影響が出ないはずです」

 アルが質問し、三上が答えた。「おそらく」という部分に引っかかりを感じたのだろう。アルは眉をしかめた。

「縄ごときでそんなことが防げるとは思えんが」

「いち様は完全に閉じ込められますよ」

「ぶほっ! 余計なこと言うな」

 俺はすぐさま三上を叱咤したが、アルは興味ありげに俺を見た。

「本当に出られないんですか」

「ぐっ。出られねえよ」

「注連縄というのは先日も説明しましたが、神域と現世を隔てる壁です。神域に入ってしまうと、いち様の身体は本能的に俗世の穢れを拒絶してしまうため出られなくなってしまうのですよ」

 三上が説明を加えると、アルは腕組みした。

「しかしそれでは、我々が外から侵入することもできなくなるのでは」

 三上は紅茶をゴクッと飲んでうなずいた。

「神域に閉じ込められた神が受け入れるか否かの差です。基本的に人間は受け入れてくださいますので心配ありません」

「秘宝石はどうだ?」

「単体では無理でしょうが、あなたと同時であれば問題ないでしょう」

「なるほど」

 二人の会話を聞きながら、俺が苦い気持ちで紅茶をすすっていると、横から熱い視線を感じた。不意に見ると、ティターニヤの目がキラキラ輝いている。ど、どうしたんだろう。

「な、なに?」

 ティターニヤはポッと頬を染めた。

「ごめんなさい。あなたとこうして並んでいるのが嘘みたいで……私みたいな女でいいの? あなたにはもっと相応しい女神様がいらっしゃるんじゃなくて?」

 ゲホゲホッ! 紅茶が気管に入った!

「……いや、神とか女神とか見たこともないし。君が一番だよ。ど真ん中のストライクだし」

「すとらいく? よく分からないけど、とにかく一番なのね? 嬉しいわ」

 ティターニヤは言って、にこにこしながら紅茶を飲んだ。が、俺がホッとして視線を戻すと、そこにはしらけた顔のアルと三上がいた。ははは。なんだよもー。気持ちは分かるけどさあ、ちょっとくらいイチャついてもいいだろ? 


 それから——お茶の時間が終わって再び作業に戻ること四時間。六日間編み続けてきた注連縄がようやく完成した。

「あとは紙垂をつければオッケーです。お疲れさまでした!」

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