暗中模索
俺の話を、ティターニヤは黙って聞いていた。特に驚きもうろたえもせず、じっと耳を澄ますようにしていた。彼女が落ち着いた態度を取るのは、先に取り乱した俺のせいだろう。頭が上がらない。
「いまさら古書が見つかったのは、私がここへ来たからね」
ティターニヤは冷静に事を分析していた。
「王宮の宝物庫の床下に隠して、私が無事に産まれ育つのを待っていたんだわ」
確かにそうだろう。まさかヒューマンの王宮の足下にそんなものが隠されていようとは誰も思わないし、その運命を背負った者が来るというのは非常事態に違いない。でも言うことはそれだけなのか。
俺は不思議に思って彼女を見つめた。彼女は困ったように笑った。
「私なら大丈夫よ。あなたがそんな顔しないで。悲しくなるわ」
すでに生まれた時から覚悟を決めていたような強さだ。まいる。
「怖くないのか」
「もちろん怖いわ。フェアリーケージシンドロームですら怖くて泣いたもの。だけど秘宝石を消滅させるための死なら、泣かないわ。やっと待ち望んだ平和が訪れるんですもの」
「ティターニヤ」
「昔あなたがフェアリーを救ってくれたように、私も仲間を救えるんだわ。それは素晴らしいことよ」
割り切ってるな。彼女は死に向かって羽ばたくつもりだ。だけど俺は……こんな予想どおりの展開に疑問を感じる。なにかが間違っていると感じてしまう。彼女の死を受け入れられないせいもあるだろうが、振り返ると精霊界の歴史にはいるはずのない俺がいる。時の流れや運命が変わっていてもおかしくないと思うのだ。
「聞いてくれ、ティターニヤ」
「なあに?」
「これは大昔の予言だ。俺も訪れたことがないような時代だ。そんな時の予言が今も通用してるんだろうか」
ティターニヤは戸惑いの色を浮かべた。返答しようがないのだろう。でも俺は、
「ほかに方法があるはずだ」
と言った。そして彼女の手を取った。
「探そう」
「どうして?」
「どうして……?」
思わぬ言葉に俺の目は泳いだ。理由なんてひとつしかない。そんなことを聞かれる意味が分からなかった。
「生きるためだ。こんな俺でもひょっとしたら君の代わりになれるかもしれない。もしかしたら誰も死なずに秘宝石を壊せるかもしれない。その可能性を捨てたくない。それだけだ」
すると少し間をおいて、彼女は微笑んだ。
「あなたなら、そう言うと思ってた。きっと探せるって信じてる。でもどうしても見つからない時は……私に遠慮しないでね」
彼女は気丈に言いながら、涙を流した。俺は「大丈夫」と言って抱きしめた。
ティターニヤに真実を話すことで闇に手を伸ばしたが、掴むのは光だ。俺は負けない。
***
「というわけで三上、よろしくな」
「は?」
「おまえ神主だろ。そういうの詳しいんじゃね?」
三上は沈痛な面持ちで額を押さえた。
「そりゃあ一般の人よりは詳しいですよ。でも地球でのやり方が異世界で通用するんですかねえ。しかも私なんて普段、玉串持って祈祷やお祓いをするだけですよ?」
「自信を持て!」
「無責任な応援しないでください!」
一応言い返して来た三上だが、あとは結構マジメに考えてくれた。
「本当に基本的な石の清めは流れる湧き水でします。白檀香にくぐらせるのも有効です。太陽光や月光に当てたり、塩に埋めたり、水晶クラスタを用いたり……水晶六角柱はかなり強力な浄化方法ですが、まあ、清める対象の程度によりますよね。どの程度なんですか?」
「フェアリーの女王が命と引き換えにしなけりゃ消滅しなかった程度」
「無理です」
「諦めるな!」
「無茶ぶりしすぎです! というか、少しはいち様も考えてくださいよ!」
「アホか! 俺の学校の成績は真ん中だぞ!」
「なに威張ってるんですか!」
そこへ戸を叩く者があった。言い忘れたが、ここは三上の部屋だ。この世界で三上に用があるやつなどそういない。おそらく俺に用事の誰かだろう。
「はい?」
三上が返事をするとアルが入って来た。アルは三上を見ずに俺へ向いた。互いの印象はまだ良くないようだ。
「こちらに伺っているとお聞きしまして」
「おう」
「彼を地球に返還するお話でもなさっているのですか?」
「いや。どうにかして秘宝石を消滅させる方法がないか相談してたんだ」
アルは眉をひそめた。
「なぜ彼に」
「三上は神職に就いてて、そういうこと詳しいんだ」
「では、彼女にはまだ……」
言葉を濁すアルに、俺は首を横に振った。
「ティターニヤの覚悟はできているみたいだけど、その前に別の方法がないか探してみたっていいだろ?」
アルは少し目を丸めて唖然とした。が、やがておかしそうに笑った。
「それもそうですね。わかりました。協力します」
「い、いいのか?」
「もちろんです。エレメンタルブレイカーの力となることが英雄の使命みたいなものですから」
「忠義だな」
「ご評価いただき、ありがとうございます」
……真面目だとは思っていたが、本当に真面目だな。見た目からは想像もつかない。次からは紹介の仕方に気をつけよう。
こうして模索の日々が続いた。これまで探して見つからなかった方法がいまさら見つかるとも思えなかったが、探さないよりマシだ。それに今回は精霊界や俺にない知識を持った三上がいる。なにか掴めるかもしれない。
そんな期待と不安を胸に俺たちは話し合いもした。
「基本的な浄化でどうにかなるものなら、これまでにどうにかしてきただろう」
とアル。
「長きに渡り、いち様や英雄の手によって封印されてきたのなら、力も弱まっているかもしれませんよ」
と三上。
「それならどうしてヒューマンの悪は根絶されないのだ」
ポリポリ。
「あなたがなさった改革は成功されたのでしょう?」
サクサク。
「そ、それはそうだが」
ポリポリ。
「弱まっている証拠と捕らえることもできますよ」
サクサク。
「ほんの一部だ。全体に及ぼしている影響は大きい。多少弱まっていたところで強力なのは確かだ」
二人は睨み合って唸り、ふと俺を見た。急に二人に見られたので、俺はクッキーをつまんでいた手を止めた。
「なに?」
「いち様もなにか意見してくださいよ」
「あ、悪いな。なんか腹減ってさ」
「真剣なんですか?」
「真剣だよ。でも腹減ると思考力なくなるんだ」
アルと三上は再び視線を交わし、ふうっと大きく溜め息ついた。
まあ、そんなような会議が一週間続いたある日。三上がひとつの提案をした。実験してみないと分からないというが、なかなか信憑性のある言葉にアルも唸った。
「必要なものがあったら言ってくれ。用意する」