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ひととき

 翌日。ヒューマン一人を解放し、周辺のヒューマン領土に対して警告させた。そのあと捕らえた全てのヒューマンを自由したのだが、あまり信用はしていない。ほとぼりが冷めた頃、またあちこちで小競り合いや抗争を起こすかもしれない。

 しかしそんな懸念はクレイが一蹴した。

「自分の抑止力を甘くみちゃいけねえぜ」

「そうは言ってもな」

「天下のエレメンタルブレイカー様がダメだっつってることをやれる奴はいねえよ」

「トール・ジェイドと三銃士のしつこさを知らないな?」

「逆恨みでもされてんのか」

「かも」

「人気者だな」

「よしてくれ」


 クレイとの会話を終え部屋へ戻ると、ティターニヤが待っていた。ほんのりと頬を染めているので、俺もつられて赤くなった。

「王都へ戻られるの?」

「ああ。アル一人にいろいろ押し付けられないし、リンドーのフェアリーも待ってる」

「私も一緒に行きたいわ」

「え、でも」

「大丈夫。お姉様もクレイも賛成してくれたし。私、少しでもあなたの役に立ちたいの」

「……ありがとう」

 状況を考えると彼女にあまり苦労はさせたくないのだが、俺も一緒にいたいという気持ちに勝つことはできなかった。二人の恋はまだとても淡く、手をつなぐのがせいぜいだ。だからこそ、たくさんの時間を共有しなくてはならなかった。


 そんなわけで、ティターニヤを連れて王都へ戻った。アルは当然、驚いて迎えた。

「全面的にフェアリー側へつくおつもりなのですか」

 まあ、その問題は避けられない。言われることは覚悟していた。だが俺の中でそれとこれとは別の話だ。

「世間はそう取るだろうな。これまでだって、どっちかっていうとフェアリーの味方だった。だが裏を返せばそれはヒューマンのためだ。これ以上ヒューマンの罪が増えていいわけじゃないだろ?」

「どこまで理解が得られるでしょうか。しかし、この日が来ることを誰も予感していなかったわけではありませんし、なんとも言えませんね」

 アルは深刻な表情でうつむき、ゆっくりと踵を返した。

「お部屋までご案内します」

「ああ」


 そうして数十歩あるいたところでアルが、

「ところで今回フェアリーの街を襲った者たちは、トール・ジェイドと三銃士がけしかけたものだと聞きましたが」

 と問うた。俺はうなずいて答えた。

「連中が嘘をついてなければ間違いない。英雄に選ばれなかったことを根に持ってんだな」

「さてどうでしょう。そもそもトールは俺を憎んでいましたから」

「物騒だな。なんだそれ」

「よく分かりません。勝手に恨まれていましたので」

「どうしようもないな」

「まったく。さあ、ここがお部屋です。中へどうぞ」

「え? どうぞって、おまえ……」

 アルは何のためらいもなくドアを開けたが、そこは俺が宿泊している客室だ。案内されるまでもない。こっちはティターニヤの部屋を提供してもらいたいんだ。

 そう思って、

「俺は部屋移るのか?」

 と聞くと、アルは真顔で答えた。

「ご冗談を。そのような仲になられたのでしたら、どうぞご遠慮なく同じ部屋にお泊まりください」

「ぶはっ!」

 ティターニヤは耳まで真っ赤にして硬直し、俺は大量の汗をかいて慌てふためいた。

「あのな、いくらなんでも早過ぎるんだよ!」

 だがアルは平然と会釈し、「ではごゆっくり」と言って早々に立ち去った。残された俺とティターニヤは互いに顔を赤くしながら、ぎこちなくソファに腰かけた。

「えーと、大丈夫だから。俺、ミカミんとこに行ってもいいし」

「ミカミ?」

「あ、ああ、地球からウッカリ連れて来ちゃったやつで。そろそろ本気で返してやらないとマズイかな」

「まあ、大変でしたのね」

「ははは」

「でも大丈夫ですわ。ベッドは二つありますし」

 俺は思わずティターニヤを凝視した。

 それってつまり俺と同室でいいってことか。いやいやマズイ。いくらベッドが別でも同じ空間に男女が二人きりなのはマズイ。俺の理性がプッツンする。どうにか耐え抜いたとしても絶対に眠れない。そんなに俺を信用するもんじゃない。


 なんて思っていたが、俺は自分の睡眠欲をあなどっていた。殊にリンドーのフェアリーを治療し始めると、驚くほどよく寝られた。これは逆にマズイ。恋になんの進展もない。なんだか日に日にティターニヤの機嫌も悪くなっているような気がする。

「明日は休むから、一緒になにかしようか」

 あまりに構っていないので申し訳なくなり言ってみると、ティターニヤは破顔一笑した。

 やった。よかった。やっぱり笑うとカワイイな。

「ごめんなさい。役に立ちたいだなんて言っておいて、かえって気を遣わせてますわね」

「いや、いなかったら余計に考えて気が休まらない。来てくれて良かったと思ってる」

「ほんと?」

「ホントホント!」

 俺はティターニヤに笑みを返した。そして少し見つめ合ったあと、自然に引き合って口づけを交わした。初めての割には上出来だ。しかしドキドキして心臓に悪い。幸せというのはもっと穏やかなものだと思っていたが、意外にそんなことばかりじゃないんだな。


 次の日は約束通り休みを取って、王都内を観光がてらデートした。こんな自由もデートも俺には未知の体験だ。ティターニヤも初めてだというが、ほとんどのことをリードしてくれたように思う。情けない。

「今度は俺が案内できるように勉強しておくよ」

 と言うと、ティターニヤはおかしそうに笑った。彼女の笑顔は陽光の中で本当に輝いている。このまま時が止まればいいだなんて心境には一生ならないと思っていたが、いまこそ俺は思う。

 このまま時が止まればいい。ずっとこうしてティターニヤと微笑み合っていたい。


 しかしそれはあり得ないことだ。デートから戻ると、アルが怖い顔で寄って来た。

「大事なお話があります。ちょっとよろしいでしょうか」

 アルは、俺一人に話があるというように目配せした。それはティターニヤも察したようで、

「私、先に部屋へ戻っています」

 と言ってくれた。

「申し訳ありません。すぐにお返しいたしますので」

 アルはひと言そえておいて、俺を連れ執務室に入った。

「なんだよ」

 早くティターニヤのもとへ行きたくて話を急かすと、アルは机の上に置いてあった古い本を差し出した。

「さきほど宝物庫の床下から見つけたものです」

「それが?」

「秘宝石を破壊する方法が書かれています」

「——!」

 衝撃は大きかった。あれほど何千年も求めて解決しなかったことがそこに書かれているというのだから、驚かずにはいられない。期待に胸が膨らみ、武者震いがした。

「で?」

 性急に問うたが、アルは悲痛な表情で口元をゆがめた。

「文字は本当にお読みにはなられないのですか?」

「え? あ、いや。読めるけど」

「ではご自分でお確かめください」

 俺に本を渡すアルの声は沈んでいて、不吉だった。そんなふうに渡されたら、開いていいものかどうか迷う。だがヒューマンの悪を根絶するには不可欠なことだ。その悲願が果たされようというのに、開かないわけにいかない。

 茶色く変色したボロボロの本。書かれたあと床下に隠され何千年も経ってしまったのだろう。俺は慎重に表紙をめくった。

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