告白
しかし礼拝堂へ着くと長老が待ち構えていて、いきなり土下座した。
「なにも言わずにお帰りください」
「おいおい、なに言ってんだ。せっかく来てくれたのによ!」
クレイは慌てたが、長老は態度を変えなかった。
「クレイ、おまえがティターニヤのことを黙っているわけがないことくらい、わかっている」
「ぐっ……」
長老は俺を真っ直ぐに見据えた。
「私どもは、あなた様にお目通りする資格もございません。どうかお引き取りください」
「理由は?」
「すべてはヒューマンの戯れ言に耳を傾けた私の罪。アール・ラ・ジェイド様におかれましても、そのことは重々ご承知のことと思われます」
俺は眉をひそめた。
「アルからは何も聞いてない」
すると長老は表情をこわばらせた。
「それは、さすがと言わざるを得ません。まさしく英雄に選ばれるべき人格を備えているお方。我々の立場をおもんばかってくださったのでしょう。しかしだからといって罪が消えるわけではございません」
「さっきから、なんのこと言ってるんだ?」
長老は青い瞳を泳がせた。額には汗がにじんでいる。張り詰めた空気に俺まで緊張して息を飲み込んでしまった。
やがて長老は目を伏せ、頭を下げた。
「アール・ラ・ジェイド様が最終試練を受けられぬよう、阻害いたしました」
かすかに震える声が、胸にズシリときた。
「いま彼に抜けられてはヒューマンの悪を根絶できないとそそのかされ、うかうかと乗ってしまったのです。申し訳ございません」
さて、俺はここで何を言うべきだろうか。秘宝石を制御できるかどうかという大事を軽んじた行動であることは確かだ。あの時にも忠告したように、得る資格のないものが手にすればフェアリーはヒューマンの傀儡となる。いや。手にした勇者だって操り人形と化すだろう。
「秘宝石の危険性は理解されているものと思っていた」
俺は問いとも呟きとも取れるように言った。長老は頭を下げたまま答えた。
「ほかの勇者でも務まると思ったのです」
「……バカな」
息とともに吐き切ったひと言は、長老だけではなくクレイも応えたようだ。クレイは長老の横に並んで正座した。
「俺からも謝る。許してくれ。俺がもっと反対してりゃ、こんなことには」
俺は両手に拳を握り、強く目を閉じた。
アルに出逢えていなければ、数千年もかけてフェアリーのために光を求めた俺の努力が水の泡となっていたのだ。死の大地を蘇らせるために流した血もすべてムダだ。そういうことをフェアリーの長たる者が熟慮できなかったのは、残念としか言いようがない。
ゆっくりとまぶたを上げ、俺はクレイと長老を見据えた。
「もう終わったことだ。間違いだったと気づいたのなら良しとしよう。ただこれだけは肝に銘じておけ。秘宝石の力をあなどっていたら、いまに闇に食われる。光を見たいなら、簡単に勇者を選んではいけない。ましておまえたちの判断だけで英雄を決めることなどあってはならないことだ」
クレイは歯を食いしばるようにして俺を見つめ、長老はより深く頭を下げた。俺はため息がもれた。
「ティターニヤは治療する。クレイ、案内してくれ」
「許してくれるのか!?」
「許すもなにも、ティターニヤには関係ないことだ。治療を断る必要はない」
「一生恩に着るぜ!」
クレイは満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
真夜中だったがティターニヤは起きていた。街全体が緊張している状態だ。不安で眠れないのだろう。
彼女は俺が現れたことに驚きを隠せない様子で、そわそわとしながら部屋の窓辺に立った。月明かりとランプに照らされ浮かび上がるシルエットは綺麗だ。白い髪も青く染まって輝いている。何度見てもカワイイ。こんな美しい人がほかにいるだろうかと思ってしまう。
「クレイったら、言わないでって言ったのに」
クレイは軽く肩をすくめた。
「そう言うなって。せっかく治療してくれるって言ってんだ。素直に甘えようぜ」
ティターニヤは少しうつむきかげんに俺を見た。
「私のことはお構いにならないで。発症して苦しんでいる人はたくさんいらっしゃるんですもの。私が真っ先に受けるわけには参りませんわ」
なるほど。長老の娘としての気構えがあるってわけか。でも説得を引き受けた俺としては引き下がれない。
「君を治すまで王宮には戻らない。王宮ではリンドーのフェアリーが待っている。一刻も早く了承してもらいたい」
ティターニヤは顔を上げた。俺の意地悪な発言に厳しい目つきだ。
「私の気持ちは変わりませんわ」
「俺の気持ちも変わらない。君が治療されなければ、ほかは救われない」
彼女はキュッと唇を噛んだ。
「私を哀れだとお思いなの?」
俺は一瞬、言葉が出なかった。思ってもみないことを言われると思考は停止するものらしい。
「そうお思いなんでしょ? あいにく私は幸せです。家族に愛されていますし、こうしてカゴも用意できました」
……強いな。説得なんか無理じゃないか、これ。
俺はクレイに視線を流した。クレイは困ったようにして、あさっての方向を向いた。俺に丸投げか。どうしたもんかなあ……
俺は髪の毛をかき乱した。だが言葉は決まっている。俺の感情はそれほど複雑じゃないからだ。どう思われるか分からないけど、嫌われる覚悟で言うか。どうせ嫌われてるみたいだし、こっちの考えが分かれば彼女も治療を受けやすいだろう。
「哀れだなんてこれっぽっちも思っていない。フェアリーがヒューマンと対等にしてくれと望んで叶えた結果がこれだ。治療するってことは、その不具合を修正する行為みたいなもので、君が考えているような感傷的な気持ちでやってるわけじゃない」
ティターニヤの肩が少し震えた。
「ずいぶんサッパリとしたお考えなのね」
俺は皮肉げに口の端を上げた。
「サッパリとはしてないよ。カゴの中のフェアリーを見ているとヒューマンに対して怒りや憎しみを感じる。だから、それを取り払うためにやってると言ってもいいくらいだ」
「私はまだカゴの中のフェアリーじゃありませんわ」
「でもいつか入る」
「そんな私を想像すると怒りや憎しみを感じてしまうの?」
「……いや」
否定の言葉が思わずポロッと出た。言われてみると違和感がある。クレイにティターニヤのことを聞いた時、俺は単純にショックを受けた。でもそれは怒りや憎しみとは無縁のものだった。あの時は、ただ漠然と悲しかったのだ。
「では、なにもお感じにはならなかったの? クレイに頼まれたからいらっしゃっただけ? もしそれだけの理由でしたら、私、なおさら受ける気にはなれません」
かすかに震える声で訴えるティターニヤを前に、俺は動揺した。
「そうじゃない」
そう言って、彼女の前に一歩踏み出た。後先は考えられなかった。
「俺はただショックで……カゴに入ってしまったら、こんなふうに向かい合って話すこともできなくなるだろ? いや、別に、入ってなくても俺となんか話すことないだろうけど、少しは——少しは、こうして目を見る機会も欲しいんだ。外でバッタリ会ったりとか、そういうのもしてみたい。それだけの理由じゃ、ダメかな?」
ティターニヤはキョトンとしたあと、一気に顔を紅潮させた。こんな薄暗い部屋でもそれが分かるのだから、相当だ。
あれ? これは意外にもうひと押しかな? と思っていたらクレイが俺の肩を叩いた。
「許してもらったうえに治療まで頼んでおいてなんだが、言っていいか?」
「は?」
「俺は説得しろって言ったんだ! 口説いてどうする!」
「え、ええー!? 口説いてない口説いてない!」
「立派に口説いてんじゃねえか!」
「俺は思ったままを言っただけだ!」
「余計にタチ悪いぜ! ティターニヤの心をもてあそぶな!」
「人聞き悪いな! 誤解だ!」
「じゃあティターニヤのこと好きなのか!?」
「好きだよ!」
次の瞬間、クレイがしたり顔で笑った。「やられた」と気づいた時にはもう遅い。
「聞いたかよ、ティターニヤ。これでエレメンタルブレイカーはフェアリーのもんだ」
「ク、クレイ!」
ティターニヤは声を上げた。非常に困惑顔だ。そりゃそうだよな。
「なんだよティターニヤ。おまえは気に入らないのか? この男」
ティターニヤはパッと俺を見て、再び頬を染めてうつむいた。
「き、気に入らないはずないわ。とても素敵な方ですもの」
驚愕だ。まさか彼女の口からそんな言葉を聞こうとは。だが、こんなときこそ冷静になろう。わーい! やったー! と有頂天になっている胸中の俺は殺せ。世の中には社交辞令というものが存在している。
「どーだ、まんざらでもないみたいだぜ? 付き合っちまえ」
クレイ、おまえは黙ってろ。彼女の本心は決してそんなもんじゃないと思うぞ?
俺はため息ついて、彼女に歩み寄った。
「とにかく治そう」
そう告げてすぐ、俺はランプの灯りと空気中の水分と、わずかに開いた窓から吹く風と、部屋につながる温室から土を呼び寄せてイチの値の四大元素を精製した。形状は「光の霧」と表現するのが一番近いだろうか。直径十センチくらいの球体となって、俺の手の平でフワフワしている。十グラムのイチの値の四大元素だ。
「背を向けて」
ティターニヤはためらいながらも、ゆっくりと背を向けた。その背に軽く当てる。あとは念を注ぎ込めば羽根と合成され、病は完治する。
ティターニヤの身体がパアッと光った。合成がうまくいったのだ。
だが治療が終わったあと、彼女は小さく泣いた。それがなんの涙だったのか知る由もなく、俺は部屋をあとにした。




