転換期
王都へ帰還したその夜、アルのもとに伝令が届いた。
アルはそのことを伝えに俺と三上が寝泊まりしている部屋まで訪ねてきた。
「リンドーは王都の兵が落としたようです。フェアリーの救済はまもなく開始されるでしょう」
王都の兵はアルの命により、アルが出立した翌日に動いてリンドー近郊に陣を構えていたのだと言う。抗争の舞台となった工場が炎上したら、それを合図に攻撃を仕掛ける手筈だったのだ。そして作戦は成功し、ここに吉報をもたらした。
リンドーが簡単に陥落したのは戦闘に関して不慣れだったからだろう。この背景にも実はフェアリーの貧困がある。餓死するほどではないが、彼らは軍事に投資する余裕がない。となればヒューマンも防衛する必要がなく、兵の育成には力を注いでこなかったのだ。
精霊界は平和ではないが、久しく戦争とは無縁の世界だ。
しかし王都だけは軍事力を維持していた。対フェアリーというよりは対ヒューマンなのだが、これは初代の英雄が立ち上げたものだ。彼はいち早くヒューマンの欲の危険性について警鐘を鳴らし、同族の争いを抑制するため軍を結成した。特に豊かな王都は狙われる可能性大である。
王族も彼の説得に応じ、金の出し惜しみはしなかった。結果的に自分たちの地位や財産を守ってくれるというのだから、断る手はない。
それが今回はたまたま攻め入る側として役に立ったというわけだ。
「ただリンドーが陥落したとなると、周辺のカンボーブラスやコウルは黙っていないでしょう」
カンボーブラスはリンドーの西、コウルは南東に位置する街だ。双方ともリンドーの得る利益が流されることによって繁栄したというから、当然なにか行動を起こすだろう。
アルは、クレイが関わったことによってフェアリーも無事ではすまないだろうから自治区への警戒も強めたほうが良いと言った。すでにクレイが準備していることは間違いないだろうとも言ったが、フェアリーの兵力には期待が持てないから非常に心配だ。
「物資の援助とか……」
俺が言いかけると、アルは了解していたようにうなずいた。
「もう手は打ってあります。ご心配なく」
とはいえ心配の種が消えてなくなることはない。不甲斐ないことに、記憶が戻っても今の俺が片づけられそうなことと言えば、たったひとつだ。
三上を地球に返すこと。
俺はもう、たぶん見えるはずだ。あちらとこちらをつなぐ空間のゆがみが。
ただそれはいつでも決まった場所にあるわけではなく、一定時間ごとに現れては消えるので予測しがたいことに変わりはない。しかし見えるか見えないかは大きな差だ。不意を突かれて飛ぶのと覚悟を決めて飛び込むのとでは、まったく違う。
フェアリーの杖は魔力によって引き寄せるようだ。俺も強く念じたりピンチに陥れば引き寄せられるようだが、なんにもない時は無理だ。通常時はやはり現れたタイミングでダイブというのが主流だ。
なんにしても、その時をじっとして待つだけでは能がない。
「俺、長老のところへ行ってみる」
アルは三上をチラッと見た。
「足手まといでは?」
三上がムッとした横で、俺はため息ついた。
「三上は置いて行く。しばらく飛びそうもないから」
「では伴を二〜三人おつけしましょうか。本来なら自分の仕事ですが、今ここを離れるわけにはいきませんので」
「大丈夫だ。一人で行ける」
***
で、丸二日ドルーバをかっ飛ばし、フェアリーの街へ着いた。レンガ造りの関所。アーチ状の門。月明かりに浮かぶ森の中の街……なんだか懐かしい。
だが夜更けだというのに街はちらほら明かりが灯り、若い男たちがウロウロしている。関所をくぐった時に一人が奥へ向かって走って行ったので、たぶん俺が来たことを長老に伝えに行ったのだろう。いつもとは違う緊張感が漂っている。
そうして、礼拝堂までまだ半分の道のりがある中央広場あたりに来たときだ。クレイが前方から走って来た。
「一人で来たのか!?」
「え、あ、うん。アルは王都を空けられないし」
「そうか。で、用件は?」
……しまった。特になにも考えてなかった。ただ心配だから来ただけとか言えない。
「えーと。とりあえず何か加勢できることはないかなって思っただけで」
「そうか。とりあえずこっち来な」
クレイの言葉にしたがって、俺はついて行った。道中、ただ黙って歩くだけっていうのもアレなので、一番気になっていたことを口にしてみた。
「あのカゴ、もう使ってるのか?」
クレイの歩みがピタリと止まった。
「いや」
短い返事のあと、俺も歩みを止めた。振り向かないクレイの顔をうかがい知ることはできないが、落ち込んでいるのは分かる。なんとか元気づけてやりたいところだ。
「これから予定があるなら、俺……」
「ティターニヤだ」
——は?
「言うなって言われたが、やっぱり俺は黙ってられねえ。あのカゴを使わなきゃならないのは、ティターニヤなんだよ」
あまりに突然で思いもよらない告白に、なんて言ったらいいのか分からなかった。ショックだ。
「な、なんで?」
やっと出た言葉に、クレイは勢いよく振り返った。
「俺たちは思ってる。これ以上おまえに頼りっぱなしじゃいけねえって。ティターニヤは長老の娘だ。そこんとこ、わきまえてるつもりなんだ。周りがなに言っても聞きゃしねえ。なあ、おまえから説得してもらえないか。おまえから言やあティターニヤだって……すまねえ。頼りっぱなしじゃいけねえなんて言った口からこんなことを。でもよ」
「わかった。説得してみる」
「い、いいのか?」
「俺だってアルやクレイに頼りっぱなしじゃいけないって思ってる。お互い様だ」