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旅の途中と王都にて

 なにが恩返しだよ。英雄業やめて奥さんとイチャイチャしたかっただけだろ。


 なんて思いながら目覚め、宿の天井を睨んだ。そして、あの妙な最終試練の目的を知って苦笑いした。

 秘宝石の力に抗いながら、記憶が完全に消えてしまう前に俺がやったこと。それは何も知らない俺を叩き起こすためのプログラムを組むことだ。


***


 英雄が立ち去った後、意識を取り戻した俺は這うようにしてフェアリーの長老を訪ねた。そこで、戻れないこともあると念を押したうえで最終試練の舞台を地球へ置いた。今度ばかりは俺が英雄を捜すというわけにいきそうもない。だから逆に捜してもらおうと考えたのだ。

 多少厳しいルールを与えておけば、勇者はより確実に俺を見つけることだろう。俺は平和な生活をかき乱されて腹を立てるかもしれない。だが憤りと疑問にさらされなければ、きっと本当の自分を見つけ出そうとはしないだろうと考えて。

 記憶を失ったって義務は変わらない。俺は次の英雄へエンブレムを渡し、秘宝石の力を打ち返さねばならない。普通の暮らしを求めていいのは、そのあとだ。

 大きな賭けだった。秘宝石を取り出した者が力を抑制できなければ、俺の記憶は生涯戻らない。だが——俺の記憶を呼び戻すことができるとしたら、そのとき目の前にいる者こそ真の英雄だ。


***


 俺が半身を起こすとアルと三上が掛けていたイスから立ち上がった。

「大丈夫ですか!?」

 俺はじぃーっとアルを見た。真の英雄とはいえ、こいつも歴代の英雄たちと同じ考えに至らないとはかぎらない。そのとき俺はどうしたらいいのか……

「エレメンタルブレイカーはヒューマン」という認識を世に広め、ヒューマンである我が身の自尊心を守っていた英雄たち。だがいつしか、そう偽ることすら苦しくなってしまった彼らは、俺の願いを叶えることでその罪を償おうとしたのだ。

 確かにヒューマンもフェアリーも、よそ者に押しつけすぎなところがある。真っ当なヤツなら引け目を感じるだろう。でも俺は嫌なことなら自主的に逃げるタイプだ。それが逃げ出さなかったってことは、真剣に力になりたいと思っていたからだろう。そこんとこ誤解してもらっちゃ困る。

「そういや、青いのはなくなったか?」

 秘宝石のことが気になって聞いてみると、アルはうなずいた。

「なにか原因が?」

「あ、ああ。まあな」


 俺には空を見上げる癖がある。秘宝石によって意図的にさせられていた癖だ。封印したエンブレムの素材は金。金は黄色い光と赤い光を反射し青い光を吸収する。つまり秘宝石は反発によって抑えられていた力を解放しようと、俺の目から青い光を盗んでいたのだ。


 説明を受けたアルは深刻な顔でうつむいた。

「では、自分も注意しなければなりませんね。トイチ様ですら無意識に操られていたとなると」

「いや、アルは大丈夫じゃね?」

「そうでしょうか」

「うん」

 だって記憶飛んでねーもん。俺だって記憶飛ばされなきゃ、たぶん操られてねえよ。

 てなことは割愛しておいて、俺は室内を見回した。

「いま何時頃だ? なんか腹減ったんだけど」

「すぐにご用意いたします」

「ありがとう」

 アルはいったん部屋を出た。すると三上が言った。

「いち様は丸一日、寝ていらしたんですよ」

 そうか。そりゃ腹も減るな。


***


 それからまた王都めざして旅が始まった。一日ロスしたのでまだ残り二日ある。その道中、立ち寄った街で三上が急に騒いだ。

「わっ! わわわわ!」

 どうした。壊れたのか?

「言葉が! 言葉が分かります!」

「は?」

「みんなの言葉が日本語に聞こえます!」

「なんだって?」


 ようするに個人差はあれど、なんとなくこの世界に慣れてくると全員バイリンガルになるようだ。念のためアルに確認をとってみると、三上の言葉は見事に精霊界の言語で聞こえるようになったらしい。

「あれだな。〝そのうち多重音声対応機能〟だ」

「……え?」

 三上が眉をひそめたのは無視した。我ながら簡潔で素晴らしいネーミングだと思ったのに、そんな顔されたら気分悪いじゃねーか。

 なんにしても俺だけじゃなかったことは良かった。あんまり異常な能力ばっかり持っていたら疎外感で打ちのめされる。


***


 もともとスキルの高いアル、記憶を取り戻した俺、言語の壁を越えた三上の一行は、そこからも地道にドルーバを走らせた。丸二日。パーティーのレベルも上がって余裕の旅だったが、王都はやっと見えてきたという感じだった。

「うーっ、疲れた。しばらくドルーバには乗りたくないな」

 アルも三上も同意見のようで、苦笑しながらうなずいた。


 だが王宮へ入ると、さらに疲れる出来事が待っていた。坂本里奈ことリーナが客人として王宮に寝泊まりしていたのだ。

 俺はアイドルのように思っていた相手なので「なんでいるんだろう?」くらいにしか思わなかったが、アルは相当な剣幕で怒った。

「どの面さげて来た」

 里奈はサラッとした髪を肩のところで払いながら応えた。

「あら、あの件に関して私はノータッチよ。みんながすることに反対できなかっただけ。カイジとリコーは幼なじみだし、裏切れないじゃない?」

「黙って従ったのなら同じことだ。即刻出てゆけ。王都の敷居を跨ぐことは許さない」

「フフフ。そんなことアナタが決めることじゃないわ。ねえ、トイチ様?」

「へ? アルが決めることじゃね?」

「……あら嫌だ。トイチ様のほうが立場は上なのよ?」

 口元をゆがめながら言う里奈は、どこか今までの印象とは違う気がした。物静かな中にもキラキラと輝くオーラをまとっていた、スターなイメージ。それが曇って見えた。

 そもそもカルテットの一人だったことを忘れてるんじゃねーかと思える態度だ。それだけは俺も許せないので、立場とかなんとかいうのはハッキリさせておこう。

「王都の支配者はアルだ。ここではアルが一番偉い」

 俺の言葉に驚いたのは里奈だけじゃなかった。アルも目を見開いて俺を凝視した。そのうちアルは瞳を涙で潤ませ、里奈はますます顔をゆがめた。

「さすがトイチ様ね。そういう謙虚なところが好きよ?」

「は?」

「私、あなたのお嫁さんになってもいいと思って来たのよ? どう?」

 どうって……はあ〜!? いきなり何言ってんだ。それらしい経緯もなく結婚とか!

 いくらモテない俺でも、好き好きオーラとか視線とかは感じ取れる。たぶん。しかし里奈からは一回もそんなものを感じたことがない。だからアレだ。これはアレだ——結婚詐欺。奪われる財産はないが能力ならある。完全にそれが目当てとしか思えない。

 俺は頭を抱え、思いっきり息を吸って吐いた。

「ほっ……」

「ほ?」

「本気で言ってるなら気の迷いだ。嘘なら言語道断だ。つか恋愛対象じゃね……あっ」

 ひと言多かったと思ったが手遅れだ。里奈は腕と肩をブルブル震わせ、顔を真っ赤にした。

「私をふったこと、必ず後悔するわよ!」

 肩を怒らせ悔しそうな顔で踵を返し、足早に去って行く。見送るアルは満足そうに笑い、三上は唖然とした。

 もっと食い下がってくるかと思っていたら意外とアッサリ引き上げたな。やっぱ好きじゃなかったんだろう。若干傷つくぞ。それか一発オッケーだと踏んでたのがアウトだったから腹立てたのか? プライド高そうだからあり得るけど、だとしたら、どんだけ舐められてんだ俺。


 なんか異常に疲れた。きっと今夜はよく眠れるだろう。


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