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ヒューマンとフェアリーと英雄と

 俺は一度死に、再び生を受けてまた精霊界へ来た。秘宝石を英雄へ託すためだ。

 俺の死後、英雄もまた死を迎える。そのとき秘宝石はフェアリーによって厳重管理され、やがて俺が転生する時を待つ。転生を果たすと秘宝石は時空を越えてこの身体へと宿るのだ。

 エンブレムによる封の力が衰えないかぎり、秘宝石が俺の手を逃れるすべはない。俺もまた、秘宝石との縁を切ることはできない。

 これは永久に巡ることなのか。どこかに終わりがあるのか……わからない。だがきっとフェアリーに幸福をもたらし、ヒューマンの卑しさを払拭すると期待していた。


***


 気性にかなり問題のあるヒューマンだが、五百年か千年に一人は人格者が誕生する。その者は英雄たるオーラを身にまとっているので見つけ出すのに苦労することはない。

 ただ時々、内面の闇を隠すのに長けた者がいるので要注意だ。彼らは勇者として目の前に現れ、秘宝石を手に入れようとする。英雄のオーラによく似せたオーラ。真偽を見極めるのはむずかしい。どうやって手に入れるのかは謎だが、そういうものが存在するかぎり気は抜けない。


 二度目の英雄は四十三歳の男だった。グレーの髪をした厳つい男だ。王宮で武官を務めていたというから、あまりいい印象は抱かなかった。しかしこの男が王宮にあることで秩序が保たれていたというから、やはり英雄たる人格は備えているのだろう。

 オーラがまがい物でないことを祈りつつ、俺は秘宝石を渡した。すると思いがけないことを言われた。

「あなたはもはや精霊界になくてはならないお方。よそ者と名乗ることはおやめください」

 この世界の住人として受け入れられたのか……だとしたら喜ばしいことだが。


***


 こうして三度、四度と転生を繰り返すうち、小さなフェアリーは姿を消していった。耳の先がとがっていることを除いては、もうヒューマンと大差ない。これからは互いに話し合いながら世の中を正常化していくだろうと思われた。


 ところが精霊界は土地に大きな問題を抱えていた。もともとヒューマンが支配していた土地は肥沃で俺が手を出すまでもないのに対し、フェアリーが生息している地域は痩せた土地が大部分を占めている。

 俺が知らない長い歴史の中でそうなってしまったようだ。フェアリーとヒューマンの関係に改革が起きたのだから、その問題も同時に解決できそうなものだが、世の中そんなに単純ではない。

 ヒューマンは一度手に入れた土地を簡単に譲らなかった。たとえ俺が説得しても、過去の過ちを過ちとして認識すらしていない彼らに通用するはずもない。話し合いができないなら残る手立ては戦だ。しかし戦となると、すでに豊かな土地を有し、フェアリーの二倍の人口を持つヒューマンのほうが有利に思える。

 戦に必要なのは兵の数と食料と金だ。フェアリーはどれにおいても負けている。魔力と言ったって、戦に利用できる種類の能力ではないのだ。強い魔力を備えている者も少ない。


 この世界はヒューマンをつけあがらせるばかりだ。しかも肝心の被害者が復讐しないと断言してしまっているから、どうしようもない。だがどうにかしないと救われないのも事実だ。

 したがって、報復は御法度としているフェアリーも一部の者はその考えに異を唱えた。

「奴らは野蛮だ。畜生にも劣る。そんな連中に倫理を問えるのか!」

 しかし言うだけだ。

 いくらなんでも億といるヒューマンを俺ひとりの力ではどうにもできない。彼らにも生存する権利くらいあるだろうし、秘宝石があるかぎり絶滅されては困る。俺も。フェアリーも。


 大きくなったフェアリーには、ときおり退行障害が見られる。分解した四大元素と羽根との合成に不完全なところはない。が、不意にどこかで従来の遺伝子が作用してしまうのだろう。

 問題なのは、すぐに治療を施さねば死んでしまうということだ。

 治療は俺にしかできない。より多くの発症者に治療を施そうとすれば、秘宝石の支援も切り離せない。つまり英雄の誕生を阻害することはフェアリーの首も締めることになるのだ。


 フェアリーに光が見える日は来るのだろうか。

 俺は苦悩しながらも、不毛の地をあちこち訪ね歩いてみた。ヒューマンから取り戻せないのなら、今ある土地の改善を目指そうと思い立ったのだ。

 だが最小の値の四大元素も万能ではない。合成させる相手の元素が皆無ではどうしようもないのだ。

 土地は死んでいた。どんな土地でも微生物くらい存在するものだが、そこはすべてが死滅していた。

「ここを草木の生える大地にするまで、いったいどのくらいの時を費やすだろうか……」

 途方もないことで半絶望的になった。しかし同時に想像してみた。豊かな土地で幸せそうに暮らすフェアリーの顔を。


 何度も挫折しそうになりながら、俺は死の大地と向き合った。いつも見返りのない結果にうなだれてしまうが、それでも諦めないことが肝心だと自分に言い聞かせた。

 精霊界にあるこうした大地は、ヒューマンがフェアリーから無理矢理に魔力を吸い出させたためだと言われている。フェアリーと自然界とのあいだには何か密接な関係があったのだろう。しかしヒューマンによってその均衡を崩されたのだ。

 ヒューマン……人間とは名ばかりの悪魔のような存在だ。長い年月をかけてこの世を蝕み続けてきた秘宝石の仕業だと思いたい。そうでなければ報復しない意味を見出せない。


 そうして努力を重ねた結果、ようやく復活の兆しを見せた土地がいくつか出てきた。フェアリー自治区全体の十分の一程度だが、息を吹き返してくれさえすれば、しめたものだ。

 もっとも顕著な成長を遂げてくれた森はフェアリーたちの中心地として栄えるだろう。その他の土地はどうにか農産物が育つかというくらいの危ういものだが、不毛でないだけマシだ。

 最終的には約三割の土地が復活した。たったの三割だが、フェアリーは喜んでくれた。もともと慎ましい生活をしていたので充分だと言うのだ。

 しかし俺には不満が残った。「せめて半分」と思いながらやって来たからだ。


***


 精も根も尽き果て、俺は五度目の死と六度目の転生を経験した。相変わらずな人生が繰り返されている。いつかきっと終わりが見えるという希望が薄れる思いだ。

 そして、ある日のこと。ヒューマン領土のウェイシャスという街に滞在中の出来事だ。

 宿に入ってイスに腰かけながら、

「まだまだ、これからだな」

 と呟くと、六番目の英雄が眉をひそめた。

 赤い髪をした二十九歳の男だ。珍しく妻帯者である。英雄は俺の力となるために不老の身体を手に入れる。ゆえに寿命も長くなるのだが、地球人は不老となってからせいぜい百年。対してヒューマンは三百年と長い。こうなると家族に先立たれる運命が避けられないため、浮き世は流すが結婚はしないというのが多い。だが、そいつは違った。

 よほどその女が好きなんだろうと思った。そこで「そういえば俺は恋などしたことがないな」と気づいた。境内から出たこともなかったし、出たところでこの有様だ。そんな余裕がどこにあっただろう。

「ソウイチ様はよくおやりになりました。たまには休養も必要ですよ」

「適度にとっているつもりだが」

「ふふ」

「なんだ?」

 何故かおかしそうに笑われたので問いかけると、そいつは言った。

「私は存じ上げておりますよ。ソウイチ様が本当は何を欲していらっしゃるのか」

「は?」

「秘宝石が教えてくれます。これまでの英雄が見てきたあなた様の姿も、その心も」

 俺は眉をひそめ、そいつの目をのぞいた。秘宝石の赤い光が見えた。

「望みを叶えて差し上げましょうか。この秘宝石の力を持ってすれば叶えられないことはありません」

「……なんだと?」

「普通の生活、当たり前の人生。そこに全てがあります。なにもかも忘れ、ご自身の幸福をお望みください」

 秘宝石は怪しく光り、綴られる言葉に俺は引き込まれた。

 なにもかも忘れ、普通の生活を送り、当たり前の人生を歩む。これまでどんなに望んでも手に入らなかった幸せ。それを秘宝石の力で叶えてくれると言う男。

 心が揺れた。だがフェアリーのことも気がかりだった。彼らの望むままに生きてきた俺だが、生き甲斐もあった。ここまできて自分だけの幸福を願えるはずはない。

 俺は断るつもりで唇を動かしかけた。しかし相手の意思のほうが強く、行動が早かった。

 赤い強烈な光にさらされて目がくらんだ。イスを倒し、床に伏せた俺が見たのは、不敵に微笑む英雄の顔だった。

「我々の誇りとなってくださったことを感謝しています」

「……我々?」

 朦朧とする意識の中、問いかけてみた。すると男は側に片膝つき、片手でゆっくりと俺のまぶたを閉ざした。

「歴代の英雄の魂とともに私は生きています。さあ、どうかお眠りください」

 声が静かに頭の上で響いた。

「目が覚める時、あなたの望む世界が開かれているでしょう。他愛ない日常と幸福——こんな救い難い世界とは縁のない世界で自由にお過ごし下さい。それが我々にできる、せめてもの恩返しです」

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