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いち

 逃げた場所は火の海だった。四大元素を分解するのは得意だ。問題ない。

 俺は袴の裾についた火の粉を払った。

 分解は深呼吸するくらいの意識下でおこなえる。使用するのは自分の血だが、身体を傷つける必要はない。念じることで体内から体外へ瞬間移動させられるからだ。

 この場所へ突然やってきたのは、その力の暴走かもしれない。

 俺は元素を血によって分解し、原子量を強制減少させる。分解された四大元素は、他の元素と合成すれば大方のことを改善へと向かわせる力がある。

 超常現象だ。化学的には証明されない。使っている俺もよく分からない。分解過程も地水火風でそれぞれ異なる。


***


 辺りを見回した。燃えているのは森のようだ。炎はウルサイ。木を裂き、風を生み、唸りながら地を這う。

 半径十町(約一キロ)圏内の炎なら消せるだろうかと、腕を広げ念じてみた。火は放射線状に霧散する。人の目には粉砕されているように見えるだろう。霧状に分解された炎は本来内包している「焼く」という意味を失い、物質再生の糧となった。

 炎は引き算だ。鎮火させるには光、熱、焼くという主体の意味から「焼く」という行為を引く。残った「光」と「熱」は、それを必要とする者の復活を手助けするという寸法だ。

 影響がおよぶのは早い。焼け落ちた大木を苗床にして、さっそく新しい芽が生えてきた。

 炎がおさまったところで、俺は歩き始めた。まだ燻りながら煙を立たせている物もあるが、まもなく鎮火するだろう。


 火災によって消失した森のあちらこちらには、黒焦げになった格子状の物が複数転がっていた。なにかは分からない。見たことのない形状のものだ。焼け崩れなかったことから察するに金属製のものだろう。円柱状と円蓋状に組まれた格子とが合わさっている。いったい何に使うものだろうか。

 首をかしげていると、やがて、やや離れたところから人の声が聞こえてきた。奇声を上げている。数人の男らが騒ぎ立てている様子だ。まだ炎が揺れている方角から聞こえる。

 気配を消し、ゆっくり近寄ることにしよう。危なそうな連中なら逃げるが勝ちだ。


 そうして炎の隙間からのぞいた光景は……


 手の平に乗るほどの人間を格子の箱に閉じ込め、火に投げ入れている様子だった。

 身体が硬直した。逃げることも叶わない小さき者。彼らは泣き叫び、格子の隙間から小枝ほどの手を伸ばして必死に助けを求めている。

 あれは先刻の俺。あれは自由を求める腕。あれは解き放たれることを願う声。

 怒りが爆発した。

 自由を奪う者に。叫びを蔑ろにする者に——憎しみを覚えた。


 俺は炎を粉砕した。光と熱は格子の箱を溶かし、小さき者を解放した。男たちは驚愕に震え、腰を抜かした。

「な、なんだっ、おまえは!」

 同じ言葉か、と眉をひそめた。だが微妙に口の動きと合っていない気がする。まあ、通じるのなら細かいことはどうでもいいだろう。不便なことなら克服する必要もあるが、そうでないなら問題ない。不思議なことすべてが解明される世の中など存在しないのだし。

「俺が何者でも、おまえたちには関係ない」

 俺は一歩近づいた。男たちは「ひっ」と悲鳴を上げた。

「ここ、殺さないでくれ!」

「火を放ったのは誰だ。おまえたちを動かしている者はどこだ」


***


 秘宝石の存在を知ったのは、翌日だ。ヒューマンなる者の王族が手にしているという話だった。彼らは秘宝石とやらの力を使って森を炎で包み、小さき者=フェアリーを虐殺したのだ。報復という名のもとに。

 一方的に捕らえ、彼らの魔力を利用し豊かに暮らしていながら、反旗をひるがえされたからといって焼き殺す。そこに情状酌量の余地はなかった。


 俺はよそ者だ。異世界の歴史に干渉すべきか迷わなかったといえば嘘になる。だが怒りから突き動かされた。正義ではない。憎悪だ。

 狭い場所に閉じ込められて力のみを求められる生活がどれほど苦痛か、それは味わった者にしか分からない。俺がフェアリーに己を投影して復讐心に目覚めるのは必然だった。

 俺は秘宝石を奪いに行った。王は老体に鞭打って逃げ惑い、宝物庫へ這い込んだ。足元には金貨が散らばった。王が麻袋を裂いて俺に投げつけたのだ。

「か、金ならやる! だから許してくれ!」

「愚か者め」

 俺は金貨を一枚拾い上げ、秘宝石の光を金貨の面で受け止めた。金は主に黄色い光と赤い光を反射し青い光を吸収する。赤い光を発するものは金に収めることで反発し、力を奪われるだろうと考えたのだ。


 秘宝石を封じた金貨は貨幣として用いられる種類のものではなかった。武勲を立てた者や社会に貢献した者へ授与される勲章の意味を持っていた。武勲や貢献とはつまり「いかに魔力の高いフェアリーを捕獲するか」ということにほかならない。

 皮肉だ。どちらもフェアリーを虐げるものの象徴とはな。

 とりあえず物騒なので手の平に収めてみた。が、どうもヒューマン族にしか扱えない代物のようだと理解した。力を引き出してやろうとしてもできない。しかも彼らの欲のみに反応する。それらを助長させ、膨張させて弾き出すのだ。

 ただでさえ人は力に魅入られやすいというのに、それを増幅させるとは……まるで悪夢のような石だ。これは永遠に封じておくしかない。


 そう思ったものの、精霊界という広い世界に分布するヒューマンに等しく悪影響をおよぼしてしまう力だ。長期間に渡って所持するのは危険だった。「回避するためには心の正しいヒューマンに授けることだ」と悟ったのは、最初に英雄と認めた男に出会った時だ。

 定期的に力を放出させることで所持者の負担は軽減できる。俺にはできないことを、その者はやり遂げた。俺はこの世界に身を置くため力を惜しみなく使うことに決めていたが、そんな負担すら軽減してくれた。どんな物も使う者次第だ。


 そのうち、解放されたフェアリーが俺のもとを訪ねて来た。「身体をヒューマンと対等にしてもらいたい」と言うのだ。そんなことができるだろうか。

 イスにかけた状態で英雄の顔を見上げると、渋い顔をしていた。淡い茶色の髪で背の高い男だ。年は三十五。剣の腕が立ち、大らかな性格だ。その男が突っ立ったまま眉間を険しく寄せている。

「どうした」

 聞くと、男は言った。

「フェアリーは魔力を持ちます。従来、体格差があるからこそ我々の均衡は保たれていた。それが対等となるとヒューマンは居場所がなくなります」

「先に均衡を壊したのはヒューマンだ。秘宝石の影響があるにせよ、俺の国の者からすればヒューマンは平均して強欲だ。せめて秘宝石を破壊できればいいのだろうが、そう簡単にはいかないだろう。ヘタをすれば更に最悪な事態を招きかねない。俺には上手く壊す自信がない。石は専門外だ」

「つまり?」

「そうなっても自業自得だ」

「イチ様!」

 男はついに片膝つき、真剣に俺を見据えた。

「ヒューマンを切り捨てるとおっしゃるのですか!」

「おまえはズルイと思うだろうが、それは俺が判断することじゃない。よそ者だからな。だが関与しただけの責任は取るつもりだ」

「……どうなさるおつもりで?」

「自分にとって何が幸福かを考え、それが相手にも共通であるかを尋ねる」

「もし共通でなかったら?」

「良策ではないと思うから実行しない」

 俺は片膝つく男の向こうで浮遊する使いのフェアリーを見つめた。女だが戦士のような格好をしている。その勇ましい者に尋ねることが必要だった。

「おまえはヒューマンの絶滅を願うか」

 女は黙った。即答できる問題とは思わないので、待つことにした。一刻(約三十分)ほどの時を要した。

 そして女は答えた。

「復讐は何も生みません。それがフェアリーの信念です」

 感動的なまでに純粋な生き物だ。ゆえに悲しい。


 俺は死力を尽くしてフェアリーの願いを叶えることにした。神が与えし身体を改変するのであるから、四大元素はすべて利用しなければならない。フェアリーも羽根を提供せねばならない。過酷さは熾烈だ。だが充実していた。

 彼らは自分の力で立つために救いを求めている。そして心からの感謝をくれる。

 俺はここへやって来るために力を得たのだと信じることができた。初めて未来に希望を抱いた瞬間だった。

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