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記憶を求めて

 俺が飛んでしまったリンドーという場所から王都までは約五日の旅ということで、今は旅の途中だ。この間、宿があるのは三箇所だけらしく、一日目は泊まれたが二日目は野宿だった。俺は慣れっこだが、三上は大丈夫だろうか。

 そう思って見れば、すでに就寝している。大丈夫だな。

 問題ないならいいや、と俺は焚き火を見つめた。その向こうにクレイが座っている。

 明日クレイはフェアリー自治区へ入るため別れることになるんだが、かなり気がかりだ。あまりにも口数が少ない。時々ひとつだけ盗んだフェアリーケージを見てはため息をついている。誰か親しい人が発症したんだろうか。

 俺に甲斐性があったら治してやれるんだろうけど。

 ため息が伝染した。そして俺はアルを見た。秘宝石が気になるからだ。記憶が戻ったわけではないが、どうしてもソレは真紅のイメージが強い。だが実際は青みを帯びている。

 うーん。ここでモヤモヤ考えててもしょうがないか。アルに聞いてみよう。

「なあ、アル」

「はい」

「秘宝石って、そんな青かったっけ」

「いいえ」

 やっぱりか。

「いつから変色したとか……わからないか?」

「さあ。ただ、これまでの文献には見られないことですので、近年のうちに変色してしまったのではないかと」

 おお、そうか。ということは、俺の記憶喪失と関係あり度が高まったな。なにしろフェアリーを支配したり、テロの支援ができるほどの力を持ってるんだ。体内に封印していたのなら影響を受け合うだろう。なんか桜井もそんなこと言ってたし。

 うーっ。ちょっとだけ分かってきたような気がする。今日考えるのはここまでにして寝るか。


***


 あれ? ここどこだ?

 薄暗い辺りを見回した。目を凝らすと徐々に景色が浮かんでくる。見たことのある景色——境内だ。

 一瞬、戻って来てしまったのかと思った。が、どことなく雰囲気が違う。胸の辺りにも違和感がある。俺のものとは思えない感情が沸き上がっているのだ。

 怒り。苦しみ。抗い、もがいている痛み。

〝ヤツらは自分の欲を満たすだけだ。俺のためだと言いながら、俺のことなど何も考えてはいない〟

 そう叫んでいる。ヤツらとは誰だ。

 視線を感じて振り向くと「ヤツら」はいた。袴や着物を着た者の集団。三上の先祖とおぼしき中年男もいる。

 そいつらが代々に渡って俺を祀ってきた者たちだということが、自然と分かった。彼らは手を伸ばす。「力を与えよ」と。彼らは求める。「永遠の若さ」を。


 俺は手を振り払った。

〝もう俺を縛るのはやめてくれ! こんなところに閉じ込めて置かないでくれ!〟

 激しい憤りだった。人の病を治すことに不満はない。土地を豊かにすることもやぶさかでない。だがそれ以上のことは欲でしかない。その声が高まれば、本来成し遂げたいことはないがしろにされる。

 俺は腕を伸ばした。

〝逃げたい〟

 ただその思いだけで、必死にあがいた。


* **


 息苦しさに唸り、俺は飛び起きた。パチパチと小枝を弾きながら燃える炎に横顔が照らされている。熱い。こめかみを伝う汗が地に落ちるほどだ。

 近くを見ると、アルとクレイと三上が寝息を立てていた。起こさなかったことにホッとしながら、俺は汗を拭った。


 償いの対象。不変の象徴。

 三上が言った言葉を思い出した。「人間は欲深い生き物だ」と断言した三上。そこにはヤツなりの誠意があったのだろう。自分の先祖がしてきたこと。本当は間違っていると知っていながら、家や村のしきたりに従って俺を閉じ込めたこと……それらに罪悪感を抱いたのだとしたら、あの発言はよく理解できる。

 俺が何をしてもらいたいのか尋ねた時、三上は「その手には乗らない」と答えた。力や不老を願ったとたん、俺が下す決断を恐れたことは間違いない。

 こんなことを考えるのも、途中でブチ切れた夢の、その後の展開について想像が容易だからだ。


 きっと俺は逃げただろう。あの次の瞬間に。異世界へ移動する能力がもともとあったのか、そこで開花したのかは知らないが。


 俺は自分の胸倉をつかんだ。まだ苦しい。頭の中でいろんな情報が交差し、記憶と混じり、錯綜している。もう眠れない。


***


 翌朝は当然、最悪だった。寝不足で頭がガンガンする。アルがカップに注いで渡してくれたスープを飲むのがやっとで、パンをかじる気色はしない。

「大丈夫ですか? ご気分が優れないようですが」

「ん、大丈夫。ゆうべ暑くて眠れなかっただけだから」

「申し訳ありません。今夜は宿がございますので」

「いや、宿の問題じゃないんだけど」

「はあ……?」


 それから身支度を整え、ドルーバに乗り、数キロ進んだ。クレイとは自治区入口付近で別れた。

 その際、「俺が力になれることならするから言ってくれ」と声をかけてみた。どうにも心配だったからだ。だがクレイは首を横にふった。

「いや。そんなことをしてもらう義理はねえ」

 水臭い台詞だ。遠慮する気持ちは分かるが、その言い方って腹立つだけだろ。

「義理ならある」

 俺はキッパリ言った。するとクレイはピクリと眉尻を上げた。

「なんだと? どんな義理だ。言ってみやがれ」

「俺はクレイに三度も助けられた。それなのに何も返してない」

 クレイは目を見開き、次に苦笑した。

「俺は保安官だ。人を助けんのが仕事だ。そんなのは義理でもなんでもねえ」

 カッケーな。

 グウの音も出せずにいると、クレイはドルーバの首を巡らせ、片手を軽く上げた。

「じゃあな」

 去って行く後ろ姿は、どこか少し吹っ切れた感があった。俺の空振り発言でそういう心境になれたのなら、まず良しとしよう。

 俺は一人納得し、アルに向き直った。

「そういや、おまえらって知り合いなのか?」

「え? ああ、クレイですか? もちろんです。王都とフェアリー自治区は保安官同士の連絡を密にしています。月一回の会合でも顔を合わせますので、よく知っています」

 そんなこともやってんのか……アルって大変なんだな。しかし周りの人間がこうも立派だと焦るな。俺もどうにかしないとな。とはいえ「まずは記憶を取り戻すこと!」なんて言ってみたところでなー。ほとんど夢に頼ってるし。昨夜のつらさはハンパなかったし。

 トラウマのせいなのか? 極度な精神的ダメージを負うと本能的に記憶が消されるってこともあるらしいからな。だが試練を用意していた以上、忘れちゃマズイだろう。それに昨日見た夢がトラウマのピークなら、苦しいのは間違いないがシャットアウトするほどのもんじゃない。

 やっぱりどっかで何かをしくじったんだろうな。どんな称号持ってたって俺は俺。なんでもそつなくこなしたとは思えない。

 ……ま、ぼちぼちやるか。


***


 で、距離を稼ぐため黙々とドルーバを走らせること数時間。興味ないかもしれないが、そのあいだに俺が感じたことを言おう。

 ヒューマン領土は自然が豊かだ。大きな河が延々と続いていて、草を食む大型の動物——なにかは不明だが——もいる。所々に見受けられる果樹園のものは勝手に摘んで食ってもいいらしいし、各所には旅人用の休憩所もある。フェアリー自治区を決死の覚悟で旅したアレはなんだったんだろうと怒れるほどだ。


 だから宿に着いた時、俺は不機嫌だった。フェアリー自治区の環境の厳しさを体験していただけに、ヒューマン領土の豊かさに触れ、ティムが感じた怒りに同調したのだ。

 アルには悪いが、やはりヒューマンに好感は持てない。王都の人間はアルのもとにいるからマトモなんだろうが、それでも。

 これはどうでも、なんとかしなけりゃならないだろうと思った。アルには当然がんばってもらう。エンブレムを渡した相手だからだ。そして俺も全力で過去の自分を取り戻すと決意した。記憶が戻らないと始まらないことが多いからだ。

「アル」

 部屋に入ってイスにかけるなり名を呼んだので、アルはギョッとした。

「はいっ。なんでしょう」

「ちょっと秘宝石を見てみたい。貸してくれないか」

「あ、はい」

 アルは素早く手の平から取り出した。俺は受け取り、ジッと眺めた。

 青みがかった紅玉。みずから光を発する石。何千年も前から精霊界のヒューマンとフェアリーの間に君臨している力だ。

 俺の勘が正しければ、記憶は秘宝石によって消されたのだと思う。だから一度は向き合わなきゃならないだろうと。


 オマエは何をした。俺との間に何があった? 封じた者と封じられた者。だけど意思まで封じられるほど俺は万能じゃないはずだ。オマエに意思があるとしたら。

 しかし意思がないのだとしたら、その力を利用して俺が何かしたことになる。どっちだ。

 俺が心の中で問いかけた時、秘宝石が答えるように輝いた。アルと三上が驚いて飛び退くほど強烈に。

 でも俺は身動きせず凝視していた。秘宝石を染めていた青が、目の奥に吸い取られるようにして消えていったからだ。

 ビンゴか!

 と思った瞬間、脳に衝撃を覚えた。そして俺は、エンブレムを落として床に倒れた。

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