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二度あることは三度ある

 もう死ぬ。


 心のどこかで覚悟を決めた時だった。突然、背にしていた壁の一部が吹っ飛んだ!

 俺も三上も火の手が迫っているドア側ばかりに気を取られていたので、もちろん避けられず、あおりを食らって床に転がった。

「どわっ!」

 三上はとっさの受け身で事なきを得たが、俺はマトモに転んで痛い目にあった。

「いっ……てぇー。なんだよもー!」

 粉砕した壁の破片と塵にまみれながら文句をたれていると、粉塵の向こうから聞き覚えのある声がかかった。

「トイチ様!」

「なんだって? こんなところでなにしてやがんだ?」

 アルとクレイだ。茫然自失。「なにしてやがんだ」は俺の台詞だコノヤロー。どんな登場の仕方してんだよ。あ、でもなんか助かったかも。


 俺の窮地には必ずヤツが現れる。クレイ・ソウル。こいつ本気で救世主なんじゃないか? ヒーローの素質があるよな。ピンチって時に現れて救済するという……オイシイ場面をかっさらっていくタイプだ。


 予期せず開かれた脱出口に希望の光を見出していると、三上がかすかに震える声で言った。

「こ、殺されないですよね!?」

 完全に脅えている。しょうがないか。パッと見あやしい二人だもんな。並ぶと余計に。第一印象はマフィアの跡継ぎと荒野のガンマンだ。どうしてこの二人がセットなのか疑問も多いが、早いとこ三上の不安を取り除いてやろう。

「心配するな。こいつら俺の知り合いだ」

「そ、そうなんですか」

「ビジュアル系ロックミュージシャンがアル。ハリウッドがクレイだ」

「……そうですか」

 なんだその残念そうな顔。俺の説明に文句あんのか。かなりオブラートに包んだが、これ以上わかりやすい例えはないだろう。悔しかったら更にピッタリな表現を見つけてみやがれ。

「つか、おまえらこそ何やらかしてんだよ!」

 俺が憤慨すると、アルがサッとうつむいた。人に協力依頼しておきながら単独行動取ったことを後ろめたく思ったらしいのだが、この時の俺は理由を察せなかった。

 クレイは大きく息をはいた。

「ヒューマンとフェアリーの歴史に決着をってやつさ。当面の目的は果たしたんで、ズラかる前にお宝頂戴しようってえワケだ。おまえは?」

 それで壁ぶっ壊したのか。賊だな。つか目的果たしちゃったの? スゲエな。もうイチの値の四大元素とかエレメンタルブレイカーいらねえじゃん。

 俺はホコリをはたきながら立ち上がった。

「俺は地球に帰って今こっち来たところ。飛んだ場所がマズかったけど」

 うつむいていたアルは顔を上げて目を丸めた。クレイはかしげた首に手を当てた。

「そっちのヤツは?」

 俺は三上を一回見やり、またクレイに向いた。

「ちょっと巻き込んじゃって。ミカミっていうんだ。しばらくこっちで世話してやってくれないかな?」

「……いや、俺んとこは今ダメだ。アール・ラ・ジェイドに頼みな」

 あっそ。なんか暗いけど、どうした?

 心配していると、三上が袴の裾を引っぱった。オマエいいかげん立ち上がったら? 腰抜かしてるんじゃないだろうな。

「あの、さきほどから何を話されているのです?」

「あ?」

「いち様の言葉は分かるのですが、お相手の方は何を言っているのかサッパリ」

 …………なぬー!!

 俺は驚きのあまり汗が吹き出た。

「分からない? え? 言葉が分からないのか?」

「はい」

 はっはっは。そりゃそうだよな。地球なんか国が違うだけで言葉が違うんだ。異世界なら違って当たり前だろう。文字だって違うのに言葉が同じなワケねえよ。なんで今更そこに気づいた。いや、俺はどう聞いても日本語にしか聞こえねーんだけど。どうなってんだ? まさか脳内翻訳機? 本気であんのか? だったら俺、無敵じゃん。

 イエス! バイリンガル!

 なんて喜んでる場合か。どんどん人間離れしてくぞ。誰か止めてくれー!

 思わず頭を抱えていると、アルが言った。

「自分には、トイチ様の言葉はこちらの言語にしか聞こえません」

 俺は目を見開いて振り返り、アルを見た。

「え? てことは俺の言葉は聞いてるヤツそれぞれが理解できる言葉で伝わってるってことか?」

「そのようですね。ただ、自分にはそのミカミという者の言葉も分かります。異世界の言語を学んでおりましたので」

「学んでた?」

「はい。最終試練を受けるつもりでしたので」

 最終試練だと? 待て待て。つーことは、やっぱりオマエも勇者だったのか。でもなんで来なかったんだ?

 疑問をぶつけると、アルはつらそうな表情で答えた。

「改革を押し進めていた時期でしたので抜けられては困ると言われ、辞退を」

 あー、偉いヤツは大変だなあ。その点カルテットは自己中だから暇でしょうがなかったんだろう。納得。

 まあ終わりよければ全て善しってやつだな。あんなしょうもない試練、どうでもいいだろ。

「とにかく俺とコイツをいっぺんに面倒見てもらいたいんだよな。こっち来たのと同じ方法じゃないと戻れないんなら、いつ移動してもいいようにくっついててもらわないと返してやれねえし」

「そういうことでしたらお任せください」

 アルの心強い返事に俺は安堵のため息をついた。

「よろしく頼むよ」

「ではさっそくですが、二人分のドルーバを用意いたします。トイチ様はとりあえずこれを使ってください」

 アルは自分のドルーバの手綱を引いた。譲ってくれるつもりなんだろうが、そういうことはやめてほしい。気を遣う。

「いや。俺は用意できてからでいいよ。ミカミを乗せてやってくれ」

「しかし、トイチ様も裸足です」

「あ」

 忘れてた。と足元を見ていると、いつのまにか正座している三上が不意に言った。

「トイチ……? こちらでは、いち様を俗名で呼ぶんですか?」

 おい。なんだその不満タラタラな口ぶりは。どうでもいいじゃん呼び方なんて。「様」がついてるだけでも恥ずかしいのに、そこ突っ込むな。それより立てよ。なんで正座か意味わからん。石畳の上だし痛いだろ。

 アルはといえば機嫌を損なった様子で眉尻をピクリと上げた。

「こちらの世界では、名にイチの文字を使用していいのは彼だけだと決まっている。その時々の微妙な違いなど問題ではない。イチという言葉を大切に扱っているという点ではそちらの世界より敬意を払えていると思っている」

 すると三上は不敵に笑った。

「日本語お上手ですね。そうですか。それを聞いて安心しました。てっきりぞんざいに扱われているものとばかり」

 火花がバチバチ。なんなんだオマエらは。いいかげんしとけよ。つか三上。これから世話になろうってヤツに対して態度悪いぞ。穏便にしろ、穏便に。


 不穏な空気。険悪なムード。そんな言葉が似つかわしい中、俺たちはボチボチ火事場から立ち退く用意を整えた。

 クレイは「お宝」ことフェアリーケージをひとつ、ドルーバに積んでいる。もっとゴッソリ持ってくかと思ったら違うんだな。

「なあ、それに入ってるフェアリーたちはどうしたんだ?」

 クレイに向かって聞いたんだが、アルが答えた。

「大本を締めましたから、王権によって救済できます」

 簡単に言ったな。そんなにアッサリ片がつくようなことだったのか?

「俺の協力、いらなかったな」

 なんとなく言ってみると、アルは真顔で答えた。

「いえ。ご協力はいただきました。予定していたものとは違いますが」

「え?」

 アルは右の手の平を見せた。そこには秘宝石の輝きがある。

「授けてくださったことを感謝します」

 俺はどう答えればいいのか分からなかった。


 見上げると空はもう暮れ始めていて、真っ赤に染まっていた。

「我々は突破口を開いたに過ぎません。本当の闘いはこれからです」

 アルはドルーバの手綱を引きながら言った。

 本当の闘い……それって、やっぱり戦争なんだろうか。

 俺は大きな不安に揺れた。アルの中にある決意とか、クレイが望む未来とか、それはあまりに重すぎる。エレメンタルブレイカーだと認めたことは自覚とは別物だ。俺が真に自覚するときはイチの値の四大元素を精製できたときだろうと思うからだ。それまで俺はどうしたって凡人だ。なにも背負えはしない。今の俺にできることは三上を返してやることだけなんだ。

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