春休みは危険の幕開け その参
そんなわけで今に至る。ちなみに桜井の身には何もしみなかった。おかげで高校生活は充実した。彼に好かれたい女子は、俺にも優しかったからだ。
そのイケメン救世主・桜井も東京へ行った。このさき地元の大学で俺を待ち受ける困難はなんだろーなと思いつつ、自販機にコインを入れる。自販機はいい。あっという間に買えるし、店員に嫌な顔をされずにすむ。
コンビニ店員は地元民だ。最強トリオの味方だ。ゆえに俺のことを嫌悪している。「清算後回し」なんていう嫌がらせは日常茶飯事で、ペットボトル一本買うのに二時間待ちだ。
……なんという、住みにくい街だろう。大学卒業したら、俺も東京行こう。
そう考えて、出てきたコーラを取りつつ、ふり向いた。ヤンキーがいた。五人。なかなかオシャレなヤンキーだ。「芸能事務所に所属中ですか」と突っ込みたくなるヤンキーだ。
「あんた、河波斗一だろ」
「そーだけど?」
「自販機の使用料払えよ」
「は?」
「おまえはな、この街にいるだけで犯罪なんだよ。この街にある物を使用するなんて、許せねえ」
なんつー無茶苦茶な。ここは無法地帯か。せっかくオシャレのセンスはあるのに、かつあげとは情けないな。
内心、嘆きつつ、
「三十円しか持ってねーけど」
とバカ正直に答えると、ヤンキーは舌打ちした。
「ちっ、しけたこと言ってんじゃねーよ。家から持って来い。三千円」
三千円〜!? なんかちょっとリアルな金額だなあ。
俺はあたりをチラチラとうかがった。通り過ぎる人々は、絡まれている俺が噂の男だとわかると、ほくそ笑んで見物を決め込んだ。つまりヤンキーの味方になった。
まいった。絡まれたのは初めてだ。逃げ切り方がわからん。
「おら、持ってくんのか、来ねえのか!」
ヤンキーはスゴんで襟首をつかんできた。俺より背え低いのに、なかなかガンバル。じゃあ俺もがんばろう。
「んー、あれば持って来てもいいんだ、あればな。でも残念ながらない。大学に入学控えたガキのいる家に、金があるわけねー。高えぞ入学金」
「んだと! 河波のくせに、生意気だぞ!」
わ、しまった。殴られるな、この展開。
俺は歯を食いしばった。その瞬間。ヤンキーの肩に、ポンと手を乗せた人物がいた。
「その人に手を上げるな」
「ああ?」
スゴみを利かせてヤンキーはふり返り、硬直した。佐藤海地がいたからだ。身長一八三センチ。タッパもあるがケンカも強い。なにより最強トリオの一人だ。
「うわわわ、か、海地さんっ」
ヤンキーは恐れおののき、あとずさった。周囲の野次馬も固唾をのんだ。そんな反応などお構いなしの佐藤は、なにげに俺の顔を見た。
「おケガは?」
一見優しい言葉に、俺はウンザリしてそっぽを向いた。
どうせヤツはあれだ。からかう絶好のチャーンス! とか思ってるんだろう。今日はどんな羞恥プレイだ、このド変態。
もちろん、俺と関わりのない世界にいる時は、尊敬できる存在だ。パーフェクトな風貌、パーフェクトな人格、パーフェクトな頭脳、パーフェクトな運動神経……連呼すると、ただのパーみたいに思えてくるが、それは錯覚だ。あしからず。
さて、この尊敬すべきパーフェクトマンだが、俺に近寄って来る時は別だ。完璧な人柄の裏にある、たったひとつの〝ほころび〟が際立つからだ。そこには意味のわからない復讐心に燃える、ただの人間がいる。だから少しくらいは、せめて俺くらいは、ヤツを変態あつかいしてもいいのではないだろうか? まあ、死んでも口に出して言ってはいけないが。
しかし——なんだろう。なにか様子がおかしい。野次馬は不安そうな顔をする。ヤンキーはうなだれる。俺はゆっくりと目線を戻した。すると佐藤が少し目を潤ませながら、じぃっと俺を見つめていた。
な、なな、なんだ!?
得体の知れない恐怖を感じて身構えると、佐藤は静かに口を動かした。
「どうしてあなたは、俺たちを選んでくれないんですか? まったく納得がいきません」
……ん? 選ぶって誰が? なにを?
「あの桜井ってチャラ男が勇者とか、あり得ないでしょう」
勇者あ? なんのゲームの話だよ。つーか桜井とテレビゲームやった記憶はない。もっぱらRPG派の俺とは違い、桜井はパズル系や謎解き系のアドベンチャーばっかりで、俺とは趣味が合わなかった。
「てか、なんで桜井、知ってんの?」
俺が疑問を投げると、佐藤はカッと肩を怒らせた。
「バカにしないでください! 俺たちがこの十数年、どんなにみじめな思いで生きてきたか知らないわけではないでしょう」
「なに言ってんだよ。ぜんぜん話が見えないぞ。つかオマエたちのどこがみじめだ」
俺が反論すると、佐藤は握った拳を震わせた。
「幼稚園の時、我々が遊戯に誘ったら断ったじゃありませんか」
「えー?」
あたりまえだが、俺は眉をしかめた。
「んなガキの頃のことなんか、覚えてねーよ」
「遠足で手をつながなければいけない時も、差し出した手をはねのけた」
「うえ、そうだっけ?」
「友達の似顔絵を描くという時も、ペアを組んでくれと頼んだ李幸をすげなく断った」
「そりゃあれだ。変に描いたら女子から非難されんじゃねえか。俺、画力ねえし」
「里奈が家庭科で焼いたクッキーを渡そうとした時も、受け取らなかった」
「おまえね、周囲の男子の〝受け取るんじゃねー!〟的な空気っつか圧力、いや殺気、感じなかったのか?」
「……」
「……」
なんだ、この沈黙。俺には耐えきれない沈黙だ。しかも背後にヤンキー、サイドは野次馬、目前には佐藤海地 。
あ、ありえねえ。誰か夢だと言ってくれ。さもなくば俺を瞬殺してくれ。
俺はドキドキしたが、そんなことは、おくびにも見せてはいけない。あらたな嫌がらせを思いつかせてはならないからだ。しかも、いまになってやっと原因がつかめた。ヤツらがことごとく俺を突き放していた、その理由。
悪気がなかったにせよ、百パー俺が悪い。そりゃ繊細で上品な彼らは傷ついたことだろう。本当のパーは俺だ。アイムソーリー。どんな妬みを買おうと、相手の親切を断るのは良くないことだった。小心者の俺のバカ。海よりも深く反省するから許してくれ。充分な制裁も受けたと思う。もうここらで水に流そうよ。
……などとは素直に言えず、俺は平静をよそおい淡々と述べた。
「ひとつ、確認していいか?」
佐藤はピシっと背筋を伸ばした。
「はいっ、どうぞ」
「俺のこと知らぬ存ぜぬで通してたのって、もしかして押してダメなら引いてみろ、みたいな……?」
今の話を総合するに、おそらくそういうことだろう。俺は一刻も早く解決をみたくて、意を決して尋ねた。佐藤は珍しく顔を真っ赤にしてうつむいた。図星だったようだ。俺も驚いたが、野次馬もヤンキーも口をあんぐりと開けている。
そうだよな。開いた口がふさがらないよな。押しも押されもせぬ彼らが、俺の関心を引くため躍起になっていたなんて、誰が信じるよ? 俺も信じられんわ。みんなにチヤホヤされているだけに、俺みたいな凡人に無視されたことが、そうとう応えたんだろう。プライドをズッタズタにして悪かったよ。でも、そんな挫折も味わっておいたほうが将来のためだぜ、ベイベー。
どこかで反省していない俺だったが、念のため、申し訳なさそうな表情でチロッと上目づかいに佐藤を見た。すると佐藤は柄にもなくオタオタした。
「と、と、とにかく! あなたをあちらへお連れするのは、我々ですから!」
「は、はい?」
「ご安心ください。役目は立派に果たします。我ら三銃士の名にかけて」
はい、カット。そこの台詞おかしいよ、君。三銃士ってなんだ。誰がアトスでポルトスでアラミスだ。頭痛いぜ。
俺はひと呼吸置き、退路を探した。まず後ろはなし。サイドもアウト。となれば佐藤の脇をすり抜けるしかない。俺はタイミングを見計らい、地を蹴った。そのまま青信号の横断歩道を猛ダッシュだ!
「あっ、トイチ様ー!!」
と叫んだ佐藤の声が聞こえたような気がしたが、無視。コーラもシャカシャカふっちゃって、俺は憂うつな午後を迎えたのだった。
*補足 「三銃士」
アレクサンドル・デュマ・ペール(仏)<1802年〜1870年>による小説。
フランスの片田舎、ガスコーニュ出身のダルタニアンが立身出世を夢見てパリへ行く。そこで銃士隊で有名なアトス、ポルトス、アラミスの三銃士と協力しながら、次々と迫りくる困難を解決していく物語。