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絶体絶命

 そりゃそうと、神隠しだと思っていたのはいいとして、俺のことだから結界から出たいと願っていたことは確かだろうと思う。その要求を伝えたかもしれない。しかし三上の先祖はそれを許さなかった。いくらなんでもやり過ぎだと思うが、そこはどう考えているんだろうか。

 ふと浮かんだ疑問に俺は首をひねり、三上に尋ねた。

 あんまり聞いてほしくないことだったようで、三上は眉間を寄せた。

「いち様は一度いなくなってしまうと、五百年以上戻らなかったと伝え聞いております。ご先祖様たちは、いち様を失いたくないあまりそうなさったのかと」

「率直に聞いていいか」

「どうぞ」

「おまえたちにとって俺は何だ」

 精霊界の人たちはハッキリしている。俺はフェアリーの救世主エレメンタルブレイカーだ。だがその正体である「いち様」というのがハッキリしない。

 三上はしばらく俺をジッと見たあと、言った。

「償いの対象、不変の象徴……といったところでしょうか」

「償いの対象?」

「私たちの先祖はあなたを無残に殺しました」

「あー、あれか。じゃあ不変の象徴って?」

「いち様のお力があれば、誰でも百まで不老でいられます」

「ぶはっ! 不老〜!?」

「人間は欲深い生き物です。そういう神をも恐れぬ力を、みなどこかで求めています。いち様はその力を持って生まれた。なんの因果か悪戯かは分かりませんが」

 そ、そうか。だからカルテットも英雄に選ばれたかったのか。桜井は王位継承権ってこともあったけど、基本は不老の身体と秘宝石の力を欲してたわけだよな。

 俺が愕然としていると、三上は苦笑した。

「いち様が一般人のように振る舞われるお気持ちはお察しします。そのような力を持って生まれてしまった孤独を思えば、ご自分もみなと変わらぬ身分でありたいと願われるでしょう」

 何気に言われたが、俺はグサッときた。別に無理して凡人を演じているわけではないが、「みなと変わらぬ身分でありたいと願う」気持ちは確かにある。今ではなく、夢を見ている時に。

 そして願いは叶えられていた。平凡な家庭に生まれ、平凡な外身と中身を持って生まれた。当たり前な生活はあっけなく壊れてしまったが、それを叶え維持する力がどこかにあった気がする。どこだっけ。


 そう考えた時、ぼんやりとエンブレムの輪郭が脳裏に浮かんだ。

 あの秘宝石、あんなに青かったかな……?


 思えば、記憶の夢はアルにエンブレムを渡した直後から見るようになった。因果関係がありそうだ。だが探る手段は今のところない。目前には切り抜けなければならない問題もある。


***


 俺が黙り込んだために、三上も沈黙した。そして鉄扉の影に身を潜め、一時間ほど経過した。少々ヒマになってきた。扉一枚隔てた向こうが抗争中だというのに不謹慎かもしれないが、黙ってじっとしているのはキツイ。何か考えよう。

 まあ、さきほどの続きになるが、考えることといったら身の上のことしかない。

 いろいろ見聞きしてきた結果、俺は「いち様」ことエレメンタルブレイカーに間違いないんだろうな、と思う。

 あーあ。「究極のフツメン」を自負する俺が「究極の変人」だったなんて。いや、それだと語弊があるな。えーと「究極の変わり者」。これだと変人をちょっと柔らかく言い直しただけだな。なにがいいかな。そーだ! フツメンのフツを取って「究極のメン!」……違うな。こだわりの職人が作り出した何かになっている。

 ちっともいいキャッチフレーズが浮かばないままブツブツ呟いていると、三上が不意に言った。

「なんか暑いですね」

「んー? そうか?」

 言われてみると暑い。でもそれは一方向からの熱だ。まるでヒーターの前にいる感じって、おい。

「なんか燃えてね? 焦げ臭いぞ」

 十センチの隙間から漏れる灯りが真っ赤に輝き揺れている。俺と三上は驚いて隙間に顔を近づけて見た。

 燃えてる! 大変だ! 冗談じゃない。抗争だからって火なんか放つなよ。

「とにかくここ、閉めましょう」

 三上が言う通り、少しでも火が回るのを抑えるため鉄扉を閉めることは大切だ。

 俺たちは扉を閉めた後、廊下を走って元の場所へ戻った。俺は裸足で三上は足袋だ。廊下は石畳で非常に走りにくかった。室内から異世界へ飛ぶと厄介だな。いっそ欧米式に暮らそうか。


 さて。木箱に囲まれた倉庫へ入ったはいいが、これからどうしよう。火が回ってくるのも時間の問題だろうし、ここへ到達したとたん更に炎上するのは分かった話だ。

「この世界では火事の時、消火活動とかするんですか?」

 三上が基本的なことを聞いてきた。すまん。俺はここの基本を知らないんだ。でも消火活動はしないと思う。フェアリーに報復するとか言って森を焼く野蛮人が支配している世界だからな。

「たぶん、しない」

「ええっ!? どうするんですか?」

 それを今から考えるんじゃないか。あのクソ長い廊下に窓はなかった。この部屋にもない。上の方に横二十センチ縦五センチほどの空気穴があるだけだ。炎が鉄扉を破って五十メートルの廊下を焼き尽くすまでには時間かかると思うが、脱出できる可能性は限りなくゼロに近い。

 どうしようもないのが正直なところだ。視界には木箱しかないしな。

「そういや、なにが入ってんだろう」

 俺は近くの木箱に寄ってフタを開けてみた。よく燃えそうな(わら)が詰め込まれている。窮地だな。

 なかば諦めモードで藁をかき出してみると、中からカゴが出てきた。これって……

「鳥カゴですか?」

 三上が首をかしげる横で俺は真っ青になった。これは鳥カゴなんて、そんなカワイイもんじゃない。フェアリーケージだ。

 待てよ。おい、待てよ。ちょっと冷静になってよく考えろ。ここにフェアリーケージがあるってことは、ひょっとしてもしかして、この抗争——アル? なんで? 俺がいないのに。

 いや、俺がいなくなって随分経ってしまっているのかもしれない。でもだからって一人で殴り込みしたのか? それともほかに協力者が現れたとか。

 なんにしても最悪だ。これはカラのケージだから燃えてもいいが、ほかはどうなってる。くそっ! もっと扉の向こう側を確認すればよかった。火を放ったのはどっちだ。アルならフェアリーは無事。でもヒューマンなら三千人あまりのカゴのフェアリーに命はない。

 それ以前に異世界へ道連れにした三上の命だって守れるかどうか。

 炎といえば地水火風、四大元素のひとつだ。本当にエレメンタルブレイカーだっていうなら、どうにかできる代物なんだろう。でもどうやればいいのかサッパリだ。

 これまでは「もうダメだ」と思いつつ切り抜けてきたが、今度こそダメな気がする。どうせ記憶を夢に見るならイチの値の四大元素の作り方とか見ればよかったのになあ。

 ああ、誰か俺に教えてくれ。なにをどうすれば四大元素を最小にすることができる。それをどう扱えばこの窮地を逃れられる。

 答えが返るはずもない。わかっていても問わずにいられなかった。


 あまり遠くない場所で破裂音が響いた。鉄扉が破られたのだ。火は間もなくここへ到達するだろう。

 十九の夏。俺は人一人を道連れにここで焼け死ぬ。

 そんな現実を受け止めるのは、自分がエレメンタルブレイカーだと認めるよりも受け入れ難いことだった。

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