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迷走する隠居生活

 思わぬところから石を投げられた。振り向くと丈の短い着物を着た子供らが鼻水たらしながら俺をひやかしていた。

 俺は腹が立ってヤツらのこめかみをグリグリしてやろうと思ったが、腕の短さと細さに驚いた。よく見たらガキどもと似たような背丈だ。七つくらいか。しかも着物って……なんだこれ。

「やーい! 鬼っ子! 近よんなー!」

 ちょっと離れたところから、またガキどもが言った。ボキャブラリーに乏しい典型的なクソガキどもめ。

「うっせー! ケンカ売ってんのかコンチクショー!」

 負けずと言い返してやると、ガキどもは急に青ざめて散り散りに逃げた。


***


 変な夢。人の語彙のなさをあげつらえない低レベルさが露見しただけの夢とも言える。もっとカッコイイ返し文句はなかったんだろうか。

 俺は起き上がって頭をかいた。着ているのは浴衣だ。昼間は袴で寝るときは浴衣。最近こんな格好ばかりさせられているから夢にも影響が出るんだろう。三上め。


 ところで、結界が広げられて以来の朝は毎日、簀子(すのこ)と呼ばれる所に用意される桶で顔を洗うようになった。簀子は縁側に似ていて、殿舎を一周巡っている。裏には風呂桶も備えられた。生活基盤が整いつつある。

 いかん。このままでは相手のペースに引きずり込まれてしまう。なんとかせねば。とはいえ三上に問い合わせるよりほか特に方法もないのだが。


 ということで桶を下げに来たところを捕まえて聞いた。

「俺に何をしてもらいたいワケ?」

 すると三上は張りついたような笑顔で答えた。

「別に。ここへ住みついてくだされば、それで結構です」

「は? なんで?」

「それはアナタのほうがよくご存知では」

「知らねえから聞いてんじゃねえか!」

「はっはっは。またまた。その手には乗りませんよ」

 どの手だ。


 というわけで三上も精霊界の連中同様、まったく話の通じない男だった。

 うーむ。具体的にすることがないっていうのは苦痛だな。

 俺はあぐらをかき、腕組みをして首をかたむけた。

 この暇すぎる状況。半引きこもり状態の身の上。初めてじゃない。長老んとこでも中庭を散歩して飲み食いして寝る以外、用のない毎日を送っていた。もっとこう、役割みたいなことがあるんじゃねえの? イチの値の四大元素を精製するとか……できねえけど。

「あーあ。もうワケ分かんねえ」

 俺は勢いつけて立ち上がり、草履を履いて表へ出た。昨日、庭師が大掛かりな手入れをしてくれたおかげで境内からの見晴らしが良くなっている。村の景色でも眺めながら気分転換といこう。


 眼下に広がるのは田園とまばらに散らばる民家。左右に山の麓が見え、前方の遥か遠くに海が見える。髪をなぜる風は心地よく、夏特有の不快さはない。

「なかなかいい場所なんだけどなあ」

 十九にして隠居生活はキツイ。ここへ来てすでに十日。脱出する機会もないままウダウダ過ごしている。現在進行形で精霊界にいる俺はティムとローザの畑でスローライフ満喫中なんだろうな。うらやましい。

 俺は遠景から視線を戻し、敷地内をぐるりと囲む注連縄を睨みつけた。何度挑戦してみても掴むことすらできない。三上や参拝客は平然とくぐり抜けるただの縄だ。それが俺には結界となる。受け入れ難い事実だ。

「くそっ!」

 苛立ちはやり場がない。だが後悔しても始まらない。ここへ来たのは俺の意思で、閉じ込められたのは警戒心が足りなかったせいだ。まさか俺を拉致するような物好きがいるとは思わなかったしなあ。

 しかし結界から出られないとなると、やっぱり脱出手段はアレしかないだろう。

 異世界移動。

 意図的にできないのが欠点だ。危険な目に遭わないとできないのかと思いきや、振り向いただけでも移動する。情緒不安定すぎる能力だ。

「とにかく歩こう」

 俺はため息混じりに呟いて歩き出した。敷地内でのウォーキングは毎日欠かさずしている。運動不足は心と身体によくないからだ。ただ同じところをグルグル回るだけなのは味気ないがしかたない。こんなことでも、ひょっとしたら異世界移動のキッカケになるかもしれない。


 だがそれ以降も境内からは出られなかった。三上から何かを要求されることもなく、ダラダラとやり過ごす日々。

 ええい。こうなったら敷地内をバテルまで駆け回って爆睡してやろう。

 くだらないことはすぐ実行するのがモットーだ。さっそく全力疾走で駆け回った。「とうとう壊れた」としか言い表しようのない姿だが、まあ許せ。そのくらいストレス溜まってたわけだよ。

「くうーっ! 袴走りづれーっ! 空気抵抗ハンパねー!」

 文句たれながら走ること数分。さすがに疲れた。俺は息を切らしながら汗を拭き、母屋(もや)に這い込んで布団の上に転がった。


***


 いつの時代か分からないほど昔。昔々のそのまた昔。つまり大昔。

 俺がそう認識したのは、夢を見始めてすぐだった。

 貫頭衣を着た子供の俺は複数の大人に責められていた。台風でやられた稲穂を消滅させたという理由で怒られているのだ。いまいちよく分からない状況だ。

「なんてことをしてくれた。あれでも半分は収穫できたんじゃぞ!」

「おそろしい子じゃ。あの田にあったもんを全部消してしまうとはのう」

「自由にさせておいては危険じゃ。巫女に封じてもらおう」

 ちなみに彼らの言葉は直接聞いてもチンプンカンプンだった。日本人の先祖だと思われるが時代が古すぎるので言葉が違うんだろう。だが伝わってくるニュアンスやイメージで内容は理解できる。脳の中に自動翻訳機があるようだ。便利。

「消したんじゃない。明日になれば復活する」

 俺は子供らしくない口調で言った。だが大人たちは頭に血が上っていて聞く耳持たなかった。


 俺は即日、処刑された。「巫女に封じてもらう」なんて言っていたが、実際はそんな生易しくない。「みせしめ」のようにして殺されたのだ。

 彼らは遺体の処理もしない。鳥や獣が食らうのを待つ。これも時代だろう。

 しかし夜が明けても鳥や獣は近寄らなかった。俺の血は一夜の内に大地を染め、風に巻かれてうねり、水に溶けて漂い、炎となって身体を燃やした。


 黄金の麦畑が陽を受けて輝いている。人々は一帯を埋め尽くすほどたわわに実った稲穂をかき分け、俺の骸へと駆け寄った。

 彼らは後悔に泣いた。

 そして骸の跡には社が建った。小さな社はやがて大きな社へと建て替えられた。すると大地は社を抱えたまま隆起し、丘を形成した。それから……


***


 目が覚めた。いつもにも増して妙な夢を見た。きっと体調を崩したせいだろう。気分が悪い。いくら比較的涼しい場所とはいえ、真夏に全力疾走するもんじゃない。

「うえっ」

 ひどい吐き気がする。おそらく熱もあるんじゃないだろうか。なんかそんな気がする。

「ああ、最悪だ」

 布団につっぷしていると、三上が戸を開けて入って来た。夕飯を持って来たようだが、それどころじゃない。

「眠っていらっしゃるんですか?」

「……」

 俺は応える気力がなくて黙っていた。もう放っといてもらいたい。

「いち様?」

 三上が再び声をかけ、俺の腕に触った。そこで異変に気づいたらしく、慌てて殿舎から出て行った。


 戻って来たのは三十分後くらいだ。医者を連れて来た。祈祷師じゃなくてホッとした。「神主」「境内」ときて「祈祷師」と連想するのは実に安直だが、俺の想像力なんてそんなもんだ。決して偏見ではない。

「熱中症ですね」

 医師は少し診ただけで言った。

 名医だな。その診断に誤りはない。心当たりがバリバリあるぜ。おのれのバカさ加減に嫌気がさして来た。

 医師はテキパキと処置しつつ、点滴の用意をした。三上はそれを見ながら医師に質問した。

「症状は軽いんですか?」

「ハハハ。普通の人間なら危険でしたが、いち様ですからね。大丈夫ですよ」

 ぬお〜っ! なんだとー! 全然大丈夫じゃないぞー! 早く点滴打ってくれ〜!

 焦りまくる俺の枕元で、三上は安堵のため息をついた。

「そうですか。まあ人の病を治してしまうくらいですから、本人が負けることはないと思っていましたが」

 なにを言う。俺の人生はハッキリと負け組に仕分けられるくらいキッパリと負けてるぞ。病にだって負けるだろ。


 しかし点滴を始めて二十分くらいで気分爽快になった。病に勝ったらしい。

「腹減った」

 天井を見ながらボソッと言うと、三上は立ち上がって夕飯の膳を持って来た。医師は医師で早々と点滴の針を抜き、帰り支度をした。

 なんか、つまらないことでお騒がせして申し訳ありませんでしたって感じだ。

「あまり長く外に立っておられてはいけませんよ」

 医師が帰ったあとは、三上にそう釘を刺されつつ食事した。クドクドと小姑のように説教が続く。こいつの口をどうにかして塞ぎたい。飯がまずくなる。ただでさえ食い飽きた感のある和膳なのに。

「カップラーメン食いてえなー」

「またそのような」

「俺シーフード味が好きなんだよ。なかったら醤油でもいいけど」

「くっ……! 明日、ご用意いたします」

 なにが悔しいのか分からないが、三上は奥歯を噛みしめながら約束した。ついでに説教も終わった。やれやれ。これで落ち着いてメシが食えるぜ。

 それはそうと、この調子でポテチとかアーモンドチョコとか頼めないだろうか。つか人を閉じ込めている以上、食い物の要求ぐらい受け入れるべきだよな。よし! 次の目標は菓子だ!

 いやいや、それよりこっから出ること考えようぜ俺。だが考えるのもエネルギーいるんだよな。やっぱ糖分塩分は欠かせないワケだよ諸君。

 ……ダメだ。スナック菓子のことが頭から離れない。もう食いたくてしょうがない。早くやって来いスナック菓子。カモン、スナック菓子。


 こうして新たに生まれた切実な願いのせいで、その晩、寝不足になったのは言うまでもない。

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