故郷の空
境内に監禁されて三日。運ばれる食事は膳に乗った和食。料亭や旅館などで出されるようなリッチなものだが、三食三日も続けば飽きる。ハンバーガーが食いたい。
四日目の朝も三上が二人の伴を連れて食事を運んで来た。相変わらず和膳。ごはん、みそ汁、焼き魚、和え物、冷や奴、漬け物……健康的だ。昼と夜は魚が鯛とかに変化する以外、カニやアワビなどの高級食材がついてくる。三上が去り際に教えてくれた今夜のメインは伊勢エビだ。
うーん。いいんだけどさ。もう飽きたんだよな。リクエスト聞いてくんねーかな。つーか、こっから出せ。
***
三上によると、俺が誤って踏み入れたこの境内への道は摩訶不思議な力により長年閉ざされていたという。そこへ「いち様」こと「俺」が現れたので開かれたのだとか。単なる偶然だと思うが、自分のことを薄々疑い始めている矢先だったので強く否定できなかった。
やることもなく暇なので、なんとなく開いて見た戸籍謄本も信じられないことになっていた。確かに出生地はここの住所で養子だったはずなのに、今は現住所地と同じで実子に変わっている。罠にかかった気分だ。
「いち様」ってヤツのことも気になる。奇妙にエレメンタルブレイカーと一致しているその名前。関係ないはずがない。精霊界の人間は俺をエレメンタルブレイカーだと言い、ここの連中は「いち様」と呼ぶ。俺の予想だとエレメンタルブレイカーは地球人だ。ということは……
遠い昔の「いち様」が異世界移動してエレメンタルブレイカーとして活躍した。
が大正解だろう。これも三上談だが、いち様というヤツは特殊能力の持ち主だったらしい。神仏の類いではないが人々はそれと同じに敬い奉ったのだとか。まあ話っていうのはどっかで都合良く曲げられたりするものだ。実際は村八分にされたあげく境内に閉じ込められたんじゃないかと思う。驚異的な力をそうたやすく受け入れてもらえるはずがない。
〝血によって万物を細分化し改正する〟
それが「いち様」とやらの能力だ。エレメンタルブレイカーが血を使うかどうかは知らないが、最小の値の四大元素を精製して人や物に与える影響と似てなくはない。
「境内が新しくなったのは、どういう理屈だ」
と聞くと、三上はうなずいた。
「汗など体液も血液と同じような役割を果たすのでしょう。おそらくそれに反応したのです」
俺は顔をしかめるしかなかったが、ついでなので目の前に置かれた白い着物についても尋ねた。
「これは誰が着るんだ?」
三上はただニッコリと笑った。
「着替えがほしいとは言ったけど、着物はなくねえ?」
三上は何も答えず営業スマイルを持続。イラッとくる。
「Tシャツとカーゴパンツと普通のパジャマくれ」
キッパリ言っても三上は無言で笑顔を貫き通した。是が非でも着物を着てもらいたいらしい。なんのプレイだこれ。
***
結局、着物には着替えないまま四日目の昼。昼食を持って来た三上がさすがに口を利いた。
「いいかげんに着替えてもらえませんか」
「うーん、そーだな。レギュラーのコーラとポテトMがセットのチーズバーガー持って来たら着替えてもいい」
「そのような俗人が食するものを口にしてはいけません」
「何様だオマエ。俺は俗人なの。それも究極だ。アルティメット俗人だ。ファストフードなしの人生なんか考えられねえっつーの」
三上は悲しそうに顔を歪めた。
「わかりました。私を試されているのですね。いいでしょう。持って来ます」
……ポテトやバーガーでいったい何を試すと言うんだ。
痛くなりそうな頭を抱えながら、チーズバーガーMセットを待つあいだ畳の上に寝そべった。しばらくすると数人の参拝客が訪れて、境内の外にある賽銭箱に硬貨を投げ入れ拝んで行った。初日は驚いてビクビクしていた俺だが、もう慣れた。参拝客が来たからって畏まる気はしない。寝そべったままチャリーンと鳴り響く音だけを聞いていた。
***
「いち様、いち様」
揺り起こされて目が覚めた。どうやらあのまま寝てしまったらしい。俺は目をこすり伸びをしながら身を起こした。三上が盆の上に何やら乗せて持って来ている。
グラスに入っているのはコーラに違いない。皿に乗っているのは……じゃがバタとホットサンド?
「なにこれ」
「ご所望のものですが」
「いやいや、あのな。俺が頼んだのはチーズバーガーMセットだ。誰が手作り感たっぷりのホットサンドランチを注文したんだよ」
「このあたりにはマッ○もケン○もロッ○リアもございませんので」
平然と言うな。二の句が継げない。まあいいか。いっただっきまーす。
意外とうまかった。やっぱり食事にはバリエーションを持たせなきゃダメだな。二週間もカボチャメニューで乗り切った経験を持つ俺だが、和膳には早々に飽きてしまった。働きもせず飲み食いしているせいもあるだろう。身体動かしてーな。
しかし殿舎の中は十畳。たいした運動はできそうもない。
「もうそろそろ、こっから出してくれよ」
「ご冗談を。さあ約束です。着物に着替えてください」
「なに言ってんの? おまえが持って来たのはホットサンドランチでチーズバーガーMセットじゃない」
「着物に着替えてくださったら、結界を広げて差し上げます」
「……どのくらい?」
「境内の中は自由に歩けるくらいです」
俺は大きくため息ついた。まあ殿舎から出られるのは進歩か。仕方ない。
白い着物に白い袴。こういう格好をするのは初めてだ。歩きにくい。だがやっと外に出られるとあって足運びは良かった。
境内を囲む注連縄。夢に見た光景と酷似しているのはゾッとする。あれは予知夢だったのか、それとも過去の記憶なのか……
草履で地面をすりながら歩いていると、微笑んでいる三上の顔が見えて、思わず眉間にシワが寄った。
「よくお似合いですよ」
なんて声をかけられたが、まったく嬉しくない。貴様、和装コスプレマニアだろ。趣味を批判する気はないが、人に強制するのは良くないぞ。よく思い出してみると神主姿の三上しか見たことない。いくら田舎でも、さぞかし浮いていることだろう。仲間が欲しいからって、こんな勧誘の仕方は最悪だ。
あーっ。でも外って解放感あるな。これで境内から出られたら言うことないんだが。
深呼吸して空を見上げた。いつも睨んでばかりの空だったが、いまは無性に恋しい。あの街の空も、精霊界の空も——
「いち様」ってヤツはここから脱出できたんだろうか。その先には精霊界があったんだろうか。今はまだ何も分からない。だけどいつか必ず抜け出してみせる。俺も、いつかきっと。