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  幕間 英雄に憧れて〜アール・ラ・ジェイド視点 その参

 俺は茫然としながら手の中のエンブレムを見つめていた。はめ込まれた石は少し青く変色してしまっているが、その輝きは誰が見ても秘宝石だ。


 カワナミ・トイチ。イチの名を持つ者。


 彼は知っていたのか。手荷物も持たず、その身ひとつで厳しい環境のフェアリー自治区を踏み越え、確かめに来たと言うのか。夢に破れた一人の勇者を。


 言葉など出てこなかった。今の話を彼はどう聞いていたのか。そればかりが気になった。

 駒のひとつとして上手く扱える? よくもそんな、おこがましいことが思えたものだ。試すようなことをして、試されていたのは俺だったのだ。恥ずかしい。

 しかし、こうしてエンブレムを授けてくれたということは、認められたと素直に喜んでいいのだろう。

 しばらくして、胸の奥から歓喜がジワジワと込み上げて来た。


 俺は逮捕した。まさかソレとは思わず。苦笑いものだが、俺に真贋を見極める目はない。「無礼者」だと一喝され、勇者の資格すら剥奪されてもしかたなかったはずだ。だがエレメンタルブレイカーはそんな度量のない男ではなかった。

 彼にとって問題なのは自身に降りかかる災難ではない。「誰がエンブレムを持つに相応しいか」、それに尽きる。真にフェアリーを思えば、私的感情で英雄を選ぶことなど考えられないのだ。

「ご機嫌を取ろうとしてもムダということか」

 俺は心の中で呟いて、鳥肌が立った。

 運命とは分からないものだ。もし俺が順調に試練を受けていたらと思うとゾッとする。だが勝利の女神は俺に微笑んだ。顔も名も知らないことが幸いした。


 そう。あの日失った未来が、再び俺のもとへ飛来したのだ。


***


 翌早朝。

 朝食に誘おうと客室の前まで行ったが、ドアを叩くことがためらわれた。

 物心ついた頃から尊敬し憧れ続けたエレメンタルブレイカー。ここまで訪ねて来てくれたことだけでも光栄の極みだ。最終試練を辞退した勇者など無視されて当然だと思っていたからだ。

 だが彼はまっすぐに見据えてくれた。勇者として認め、英雄という名誉を与えてくれた。このうえ俺は何を望もうというのか……


 初めてこの世に彼が現れた時。フェアリーもヒューマンもこぞって彼に救いを求めた。イチの値の四大元素という神の物質に目を奪われた。

 その結果がもたらしたのはエレメンタルブレイカーの死という悲愴だった。

 のちに精製に欠かせないものが彼の血であったと判明した時、人々は慟哭したという。求められるままに精製し続けた彼の愛を知り、おのれの過ちに気づいたのだ。


 この悲劇は現在も戒めとして残り、彼が自ら精製をおこなおうとしないかぎり、イチの値の四大元素を求めることは禁忌とされた。ゆいいつ要求できるのは秘宝石を手にするヒューマンを定めてもらうことだけだ。

 しかし俺はそれ以外のものを求めようとしている。知らなかったこととはいえ、危険なことに巻き込もうとしている。

 本当にいいのか。いくら条件に見合っているといってもエレメンタルブレイカーだ。万一のことがあれば俺も腹を切る覚悟でいなければならない。


 俺は結局その場から離れ、朝食は使用人に頼んで運ばせた。

 むろん秘宝石を手にしたからには俺も簡単には死ねない。秘宝石の力を使ってエレメンタルブレイカーの負担を軽減できるのは、英雄に選ばれたヒューマンしかできないからだ。

 だが逆に、この力を応用して一人で敵陣に乗り込めないだろうかと思った。協力してくれるフェアリーがいれば尚いいが、今から捜すのは困難だ。


***


 夜も更けた頃。俺は身支度を整えてドルーバに股がり、王宮を出た。空を埋め尽くす星に見守られながら、遠く離れた場所にあるリンドーを目指した。フェアリーケージの原材料となるレアメタルの産地だ。

 現地のリーダーはキニー・スロウという男。もうかなり高齢のはずだが権力に揺るぎはない。レアメタル鉱山を掌握しリンドー一帯を牛耳っている。

 乗り込むにあたって問題なのは、キニー・スロウが俺と顔見知りであることだ。交渉のため何度も足を運んだせいだが、こうなると正面切って宣戦布告するしか方法がない。

 俺は秘宝石の宿る右手を握りしめた。一人で立ち向かうにはコレだけが頼りだ。好条件のヒューマンは手に入れ損なったが、その何倍も価値のある秘宝石を授かった。きっと大丈夫だ。


***


 ドルーバで五日の旅。西に落ちる日を見ながら、その日——ようやくリンドーが遠目にかすんで見える丘へ立った。

 緊張する。剣の稽古を怠ったことはないし秘宝石も手にしている。それでも闘いの前とは不安で神経が高ぶり張り詰めるものだ。

「いよいよだな」

 俺は手綱を握りしめ、ドルーバの歩みを促そうとした。矢先。

「おお〜い! おまえ! アール・ラ・ジェイドじゃねえか!?」

 と声をかけられた。思いがけないことで心臓がひっくり返りそうになったが、振り向くと知った顔があった。俺は抜きかけていた剣を収めた。

「……クレイ・ソウル」

 俺と同じようにドルーバに股がっている。彼は赤い夕日に照らされながらニヒルに笑った。

「よお。ここで会ったが百年目ってやつか? なにしてやがる」

「そちらこそ何を?」

「カゴを仕入れに来たんだ」

「フェアリーケージを?」

「おう。残念ながら間に合いそうもねえ。トイチ様はオマエんとこから戻ってこねえし……一緒じゃねえのか?」

「王宮へ置いてきた」

「あ?」

 俺は不服そうなクレイに対し、皮肉げに笑んだ。

「ここで会ったが百年目と言ったな。自覚があるなら頼まれてくれないか」

「お?」

「死に水を取ってくれとは言わない。俺が死んだら秘宝石を頼む。トイチ様に届けてくれ」

「ああ!? なに言ってやがる」

「これから戦闘をおっぱじめる。長年フェアリーケージの独占販売には異を唱えてきたが、折り合いがつかないので実力行使だ」

 クレイは一瞬だけ絶句し、額に汗した。

「正気か?」

「正気だ。断っておくがフェアリーのためじゃない。ヒューマンの誇りのためだ。俺はすべてのヒューマンに気高くあってほしいと思っている。ヒューマンの悪を根絶することが願いなのだ」

 クレイはやや目を見開いたあと、口元をにがにがしく歪めた。

「けっ。だったら秘宝石を頼むだなんてケチケチしたこと言ってんじゃねえ。加勢させろ」

 俺は眉をひそめた。クレイのことは知っているつもりだ。しかし、いくら正義のためとはいえヒューマンと手を組もうなどという発想が意外すぎた。

「……いいのか?」

「やつらに大枚はたくのは嫌だからな。乗らない手はねえ」

「失敗すればフェアリーへの報復も免れないぞ」

「望むところだ。俺だってこのままでいいワケがないと思っている。エレメンタルブレイカーに頼れることは限界があるしな」

「責任を負えるのか?」

 クレイはやや沈黙した。おのれの問題だけにとどまらない大事だ。迷いはあるだろう。だが彼はやがてゆっくりと俺の目を見据えた。

「フェアリーとヒューマン。互いに決着をつけなきゃならねえ日はいつか来る」

 俺は手綱を握りなおしてドルーバの首を巡らせ、暮れゆくリンドーを見つめた。

「そうだな」

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