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英雄のエンブレムと記憶の断片

 ……ん? なんかある。握る前にはなかった何かが手の中に。

 俺とアルは握手したまま硬直した。手え離すのコエー!

 しかし離さないわけにもいかない。俺はアルに目で合図をし、手の中のものを落とさないよう慎重に離した。

 で、アルの手にあったのは、青みがかった紅い宝石が埋め込まれている金のプレートだった。直径四センチくらいだろうか。

 えーと、どっかで見たことありますよ、それ。なんかそれに似たようなもん。

 アルはといえば、驚愕に震えながらプレートを凝視している。

 あの、それなんでしたっけ?

「——エ、エンブレム」

 ようやくアルが発した言葉に驚いた。どうしてそんなものが今ここで? つーかエンブレムはあの本物が長老に渡してなかったか?

 首をかしげる俺の前でアルは息をのみ、静かにエンブレムを見つめている。その表情はやがて驚きから歓喜へと変わり、目には涙が滲んだ。

 向かい合って立ち尽くし、沈黙すること十数分。沈黙は苦手なはずだったが、不思議と苦痛を感じなかった。エンブレムを手にしているアルを見ていると、妙に安心できたからだ。どうして唐突に現れたのかなんてことは、考えるのも無粋に思えた。

 持つべき者のところへやって来た。それだけのことだろう。

 そのうちエンブレムはアルの手の中に消えた。ギョッとするような光景だが、そもそもギョッとするような現れ方をしたので、いまさら驚かない。

「それで、計画はいつ実行するんだ?」

 不意に尋ねると、アルはハッとして俺の顔を見た。

「き、近日中がよろしいかと」

 敬語か。これはひょっとしなくても誤解されたな。まあ、この展開じゃあしょうがない。

 勘違いされることに慣れてしまった俺は、否定するより笑えた。誤解は落ち着いたころに解けばいいだろう。アルなら説明すれば分かってくれるはずだ。

「普通に話せよ。俺は——カワナミ・トイチ。トイチでいい」


***


 ところがアルもそう簡単にはいかなかった。

 夕食に呼ばれて行くと、広いテーブルに豪華な食事が用意されていた。うーん。大歓迎だな。しかし席に着いているのが俺とアルの二人というのはどういうワケだ。ほかに一緒に食うヤツいないのか。

「これ、二人で食うのか? ほかの人は?」

「ほかの者はみな出払っておりまして。王宮を切り盛りしているのは自分だけなのです」

 いーかげんだな。アル一人に全部押しつけてるなんて。気の毒すぎるぞアル。

「残りものは使用人がいただきますので、ご心配なく」

 ああそうなのか。じゃあ口付けたものは完食するよう努力して、食えそうもないものには箸つけないように気をつけよう。

 それより早いところ俺の立場を説明しておこうかな。

「あの……」

「フェアリーの長老の所にいるというお噂を耳にしましたが、トイチ様ではございませんでしたか」

 ブホッ。そうか。アルが王宮を切り盛りしてるんなら長老と会って話くらいしてるよな。いや、でもそれなら本物が現れたことも知ってるんじゃないか?

「世話にはなってたんだけど」

「——では、あなたが王宮へいらっしゃることは長老も?」

「いや、黙って出て来ちゃって」

 アルはじわりと目を見開いた。

「先日もトイチ様のニセモノが現れたとかで文をいただきましたが、それについては直々にご処分なされなかったのですか」

 ニ、ニセモノ〜!? そんな話聞いてねえけど。つか聞く前に出て来たんだっけ。

「王宮からイチの値の四大元素を盗み出し、あげく精巧なエンブレムのレプリカを見せたとか。それもポケットから取り出したとかで、長老はあきれ返っておりました」

 アルはそう言って自分の手の平を見つめた。ぼんやりと紅い光が差しているようで、顔や瞳に反射している。

「エンブレムはエレメンタルブレイカーの手から英雄の手へと直接渡される代物。それ以外の方法では取り出して見せられないもの。そんな常識も知らずエレメンタルブレイカーの名を語るとは、確かに愚かではありますが」

 俺は頭皮と背中に大量の汗をかいた。アルが確証を得る背景を知って愕然とした。むろん俺がエレメンタルブレイカーだという確証だ。

 こんなの説得するの無理! どう弁解したって信じてもらえない。いや、むしろ信じなければならないのは誰だ?

 心が大きく揺れた。エンブレムを受け取ったアルは確かに英雄だ。その英雄にエンブレムを渡したのは誰が見たって俺なのだ。

 だが待てよ。じゃあどうして俺はそんな事情をいっさい把握してないんだ。勇者に最終試練なんてものを用意してまで転生しといてなんも知らないって、平成無責任男ナンバーワンに輝くだろう。

 まずい。できればエレメンタルブレイカーじゃないという証拠が欲しいところだが、もし本物だったら、そんなしょうもない称号をあらたに得ていいワケがない。


***


 頭が大混乱の中で食事をしたものだから、味なんか分からなかった。

 その夜。俺は王宮の客室に泊まった。恐ろしく豪華な部屋で眠れるのか不安だったが、あっさり寝た。野原だろうが階段だろうが留置所だろうが、お構いなく熟睡できるからな。豪華なベッドだってヘッチャラだ。俺って雑にできてるな。

 さいわい割れたり破れたりするような危険な装飾品もない。安心だ。


 こうして熟睡モードに入った俺だけど……最悪な夢を見た。フェアリーケージの話を聞いたからだろう。鳥カゴに囚われる夢を見てうなされた。


 一生懸命「出してくれ!」と叫んでいるのに周りには聞こえていない。鳥カゴは何故か紙垂(しで)つきの注連縄(しめなわ)で縛られていて、白い着物を着た中年男が目の前で熱心に祈祷している。

「おっさん! 実は聞こえてんだろ! 出せよコラ!」

 ガラの悪いヤンキーさながら怒鳴り散らすと、中年男はふと顔を上げた。

「いち様」

 俺に向かってそう呟いた男は、悲しそうな表情でうつむいた。よく見ると俺がいるのは鳥カゴではなく境内のような場所だ——と思ったら、フェアリーの礼拝堂の階段に立っている。

 コロコロと場面が変わる。「これは夢だ」と夢の中の俺は気がついた、が。

 俺は長老に向かって言い放った。

「彼らではダメだ」

 長老は驚いた様子で俺を凝視した。俺は相当あたふたしたが、夢の中の俺は冷静だった。

「秘宝石は人の悪意を助長させる。それに打ち勝つ力がなければ手にすることはできない。彼らのオーラはおまえたちから見て充分か? 俺が見る限りでは不十分だ。彼らに渡せばフェアリーはヒューマンの傀儡となるぞ」

 長老は恐れをなしたように片膝ついた。

 それは紛れもなく桜井たちが言っていたあの日の出来事。俺が覚えていなかった記憶の断片だ。

 うへ〜っ、俺あんなこと言ったのか。偉っそうだなあ。バカなくせに。

 勝手に一人で恥ずかしくなっていると、あたりにぼんやり赤みが差した。すると、とたんに青い斑点が飛沫のように飛び散って目が覚めた。


***


 ピヨピヨ、チチチ……平和な朝の訪れを告げる鳥の声。

 せっかく爽やかだが、寝覚めが悪い。長老に偉そうな態度を取ってた俺も激しくイタイが、あの中年男はなんなんだ。まったく面識ねーけど。はっ! まさか実父!? いや。ないな。ないない。全然似てねー。

 所詮は夢だ。深い意味なんかあるものか。

 俺は大きく息を吐き、ベッドを離れた。顔を洗ったり着替えたりと、朝起きたら誰もがする基本動作をし、グッと伸びをして振り向いた。

 広くて豪華だった部屋が一変。せまくショボくなっている。

「お、おおおおお!?」

 俺の部屋だ!

 驚きすぎてマトモな人語は出てこなかった。しばしボーゼン。しかしセミがうるさく鳴きはじめて我に返った。なんとなく異常を感じた。鳴いているのはアブラゼミとミンミンゼミだが九月の終わり頃にしては活発だ。以前の経験からして、あっちとこっちの時間はさほどズレていないはずなのに。

 部屋の時計を見ると午後二時。父は会社、母はパートの時間だ。

 俺はそのまま部屋を飛び出し、居間へ行ってテレビの「d」ボタンを押した。天気予報の画面が表れた。八月二日。暑さと混乱から汗が吹き出た。さいわい年度はズレていないが、日付が大いにズレている。

 俺が向こうへ飛んだのは八月一日だ。そして今はその翌日。おそらくカルテットが「不自然さのない理由」をひっさげて奔走している頃だ。いま外に出るのはマズイ。


 いったん部屋に戻り、とりあえず着替えた。妖精の粉が入った巾着袋は忘れずに取り出した。

「予想が外れてなければ、少しは俺の立場もハッキリするんだけどなー」

 俺はベッドに転がった。が、一分もしないうちに跳ね起きた。台所の戸棚に未開封のポテトチップスがあったことを思い出したからだ。

 わーい、久しぶり。

 俺はコーラを飲みながらポテトチップスをバリバリ食べた。

「あー、うまい」

 戻るそうそう呑気な俺だが、頭の中は珍しく真面目なことを考えている。アルに協力すると言った手前どうにかまた精霊界へ行かなければならない、とか。

 俺も男だから約束したことは守りたい。しかし——うまく飛ぶ前の朝に行けたらいいが、そんな保証はない。コントロールできないのは相当ネックだ。でも今が八月二日なら一ヶ月以上も先の約束。せっかくだから時間を有効に使おう。

 ……あれ? なんか忘れていませんか。


 うおーっ! 自動車学校! あああ、でも教本がねえよ。携帯電話もねえ。やっぱ部屋へ取りに行くべきだった。どうしよう。いっそ入校キャンセルしようかな。教習の予約も取ってねーし、まだ申込金払っただけだし。よし。そうしよう。

 決断さえすれば行動は早い。俺はすぐに固定電話から自動車学校に連絡を取った。昨日入ったばかりで申し訳ないが、免許取ってる暇はない。

 無事に手続きが終わった後は、自分の通帳に目を通した。バイトで貯めた金が十八万。ちょっと心細いな。しかたない。ゲーム機売るか。


 俺が何を考えているのかというと、妖精の粉を使ってあることを確認した後、戸籍謄本に記載されていた出生地を訪れてみることだ。俺はまだ諦めていない。きっとどこかにエレメンタルブレイカーじゃないと証明できるものがあるはずだと。

 危険な賭けだ。もしかしたら連中の言うようにエレメンタルブレイカーであるという証拠しか出てこない可能性もある。そんなことあるわけないとは思うが、どういうわけか少し前まで持っていた自信がない。とても動揺している。


***


 夕方になって母が帰って来た。

「あら斗一。真部君たちとキャンプに行ったんじゃなかったの?」

 それが不自然さのない理由か。まあ街から消えるには適当な理由だが、おまえらと行くという設定が嫌だ。

「身支度が整わないから遅れて行くことにしたんだ」

「あらそう。お小遣いがいる?」

「うん。ありがとう」

 この人に甘えるのもこれが最後になるだろう。

 そう感じながら、母から一万円を受け取った。大事に使おう。

 俺は夕飯の支度にかかる母の後ろ姿を見つめながら、何の変哲もない日常に別れを告げた。

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