フェアリーケージ
めでたく釈放になったはいいが、表でアルが待っていた。なんでだ。疑いは晴れたんじゃないのか。つーかカードのお礼言ったほうがいいのかな。マジで使えるもんだと思わなかったから、ちょっと嬉しいし。
とかなんとか言ってるあいだに王宮へ到着。
いったい俺になにをさせようっていうんだ。天井の掃除か? だったら断る。高所恐怖症じゃないけど、さすがにこの天井を磨くのは怖い。落ちたら死ぬ。バベルの塔みたいに高い天井だ。
あ、絵が描いてある。誰だおい。あんなところに描くなんて超人だな。
ずっと上を向いて歩いていると、そのうちアルも俺の視線を追って上を見た。
「なにか気になるものでもあるのか?」
「ムダに高い天井」
アルは苦笑した。
「確かにムダだ。……さあ、ここが俺の執務室だ。入ってくれ」
***
「さっそくだが質問しても構わないか」
勧められたイスにかけるなり言われた。取り調べのあとだから勘弁してもらいたいが、しかたないか。
「ああ、はい」
「学校は行かなかったのか」
「行きましたけど」
「では怠けていたのか」
「無遅刻無欠席です」
「それで文字が読めないとは腑に落ちないな」
「ほっといてください」
アルは軽くため息をついた。
「数学はどうだ。通貨の計算くらいできるだろう」
俺は眉間を寄せた。通貨なんて一種類しか見たことないのに計算なんかできるわけがない。
「すみません。金を見たことないんです」
アルは唖然とした。
「金を見たことがないだって? いったいどんな生活してたんだ」
「だから、ほっといてください」
アルは舌打ちし、おもむろに引き出しから六種類の紙幣を出して机に並べた。
「これがフェアリーの通貨。フェル、フェリ、フェアだ。百フェルで一フェリ、十フェリで一フェア。そしてこっちがヒューマンの通貨。デル、デラ、ディラだ。百デルで一デラ、十デラで一ディラ。しかしフェアリー通貨はヒューマン通貨の半分の価値しかない」
「……じゃあ二フェア持っててもヒューマン通貨に両替すると一ディラにしかならないんですか」
「そうだ」
アルは相槌を打ち、今度は鳥かごの絵が描かれている紙を一枚取り出して見せた。
「このケージはある地方でしか採掘されない希少金属で製造されている。ヒューマン通貨で二百五十ディラ。若干所得の低いヒューマンの年収に相当する」
「高!」
アルは露骨に驚いた俺を見て、ニッと笑った。
「確かに破格だ。そしてフェアリーの平均年収が百五十フェア。フェアリーがこのケージを購入すると考えると、最大いくらになると思う? ちなみにフェアリー通貨は価値が低いため、たいていのヒューマンが保証金込みとして正規価格の三倍から十倍の値段を設定する」
数学の問題か一般常識かクイズ? なにを試したいんだか知らないが、まあいいや。
えーと、単純に二百五十ディラは五百フェアで一見二倍ってことになるけど、問題に出すくらいだから、そんな簡単な計算じゃないだろう。年収が怪しいな。ちょっと待てよ。
フェアリーの平均年収の百五十フェアは七十五ディラだから、二百五十ディラ稼ぐのに三年強働かなきゃならない。ヒューマンなら一年の収入でOKなのにフェアリーだと三年かかるわけだ。つまり実質三倍の値段。通常価格の三倍は年収でいくと十倍。保証金込み価格三倍から十倍にピッタリだ。つーことは……
「千五百フェア?」
「正解」
「えー? 単純に五百フェアじゃダメなんですか? つか、いっそ百五十フェアでいいような」
「ヒューマンに二百五十ディラで売って、フェアリーには七十五ディラで売れと言うのか?」
「うーん。ヒューマンに年収価格で売るなら、フェアリーにも年収価格で売るのが良心的だと思います。三倍なんて横暴だ。せめて対等の値段で……」
ていうか、そんな高いケージ買うヤツいるのか。売れねーだろそんなもん。
「気に入った」
「は?」
「なるほど。フェアリー自治区を通って来られたわけだ。道徳の授業だけは真面目に受けていたようだな。感心感心」
なに独り言いってんだよ。と、しらけた様子でアルを見ていると、急に鋭い目つきで見据えられた。
こ、こえっ!
「こういう理不尽な販売形態は許しがたい。だがレアメタルを採掘している地方団体は昔ながらのヒューマン気質。王都の勧告には耳を貸さない。強行法規を適用しようにも、正面から向かったのでは追い返されるだけだ」
「王都が正規の値段で買って利益つけずに転売しちゃえば?」
「ケージを買い取るには限界がある。フェアリーケージシンドロームを発症する患者は年間およそ五百人前後。毎年十二万五千ディラも負担できない」
「フェアリーケージシンドローム?」
聞いたことない単語が出てきたので首をかしげると、アルは眉間にシワ寄せた。
「知らないのか」
「全然」
ついにアルは沈痛な面持ちでイスに腰かけた。俺があまりになにも知らないのであきれてしまったのだろう。
「正式名を後天性退行疾患という。通称〝先祖帰り症候群〟または〝フェアリーケージシンドローム〟だ。未成年にのみ見られる症状で、兆候が見られてから三年以内に発症する。文字通り先祖帰りする病だ。羽根が生え、身体が小さくなる。しかしこの急激な変化は身体に負担を来すため、さまざまな障害が出る。死亡率は百パーセント。生命維持装置を使用しなければ二日で息絶える」
俺は寒気がして真っ青になった。死亡率百パーセントだなんて恐ろしい病気だ。ていうか生命維持装置って……まさか。
嫌な予感は的中した。
「自分の子供を死なせたい親はいない。だが生命維持装置となるケージはレアメタルでしか製造できないため高額だ。たいていの親が諦める。諦めない親は年間三十ディラもの使用料を払い、子供を製造元の企業に預けるのだ。しかし何年も払い続けて購入できる金額に達してもケージが手に入るわけでもなく、子供が無事に帰って来るという保証もない」
なんだそれ! スゲエむかつく。
「実際、三千人を超えるフェアリーがケージに収められた状態で倉庫に陳列されている。見るに堪えない光景だ。だが死なれるよりマシ——連中はそういう親心につけこんでいるのだ」
想像するだけでゾッとする。ほとんど人間と変わらない姿のフェアリーを、いくら小さくなったからって、いくらケージの中じゃないと生きられないからって……そんな。
「おえっ」
思わず吐き気がした。アルに「大丈夫か」と心配されたが、それどころじゃない。
「そんなのどうして放置してるんだ!」
あまりにも腹が立って、つい怒鳴ってしまった。アルは一瞬ギョッとしたが、すぐに落ち着きを取り戻して言った。
「ケージを製造しない、販売しない、貸出さないと言われたら、フェアリーが救われないからだ。採掘権と製造権はあちら側にある。販売権と特許権もだ。ゆいいつの治療法はエレメンタルブレイカーによるイチの値の四大元素と羽根との合成だが、一人の治療に五グラム必要だ。全員を救うとなるとエレメンタルブレイカーの命がなくなる」
ひーっ! そーなの? なんで?
アルはイスから立ち上がった。
「エレメンタルブレイカーを待つにしても千年に一度の転生だ。そのあいだにも患者は増える。現れたところで年間救える人数が限られれば、結局ケージが必要となる。しかし万人が手に入れられる代物ではない。だから手に入れられるようにしたい。俺は連中から全ての権限を取り上げたいと考えている」
「ど、どうやって?」
「証書を燃やし、倉庫を占拠する」
テ、テロ〜!? ケージ一個で戦争でも起こす気か? まあ資源巡って起こる戦争はいっぱいあるけどさー。
つまりアルは、企業を乗っ取るため俺に囮になれと言う。「フェアリーケージシンドロームの兆候が現れたのでケージの購入を考えている」とかなんとか言って見学を申し込み、侵入をはかるって寸法だ。そんなん上手くいくのか? つか、なんで俺がフェアリー役?
「俺ヒューマンですけど」
アルは笑った。
「フェアリーに見えるヒューマンだから頼んでいるのだ。失敗した時にフェアリーが一枚かんでいると、報復として値段を更につり上げられる可能性がある。だがヒューマンの内輪もめならフェアリーに迷惑をかけない」
「バレませんか?」
「フード付きのマントで耳元を隠せば絶対にバレない。童顔だから十七くらいでも通るだろうが、ごまかさなくても十九なら上等だ。発症年齢に入る」
へぇー、ちょっと衝撃。俺ってフェアリーに見えるんだ。ていうか童顔? 日本人はベビーフェイスだっていうけど俺もそうなのか。言われなきゃ気づかないもんだな。
俺はなんとなくジーッとアルを見た。最初は二十二〜三歳くらいかと思ったけど、スゲエしっかりしてるから、もしかしたらもっと年上なのかも、とか。
「俺の顔に何か?」
「歳いくつなんですか?」
「え? ああ、そちらと同い年だ」
「……」
は? 同い年? な、なにー!? タメ! タメなのか!? ずいぶん老け……いや大人っぽいなあ。なんだよもー。タメ語でよかったんじゃん。
それにしても、こんなのを従兄に持ってたら立つ瀬ねえだろうな、桜井のヤツ。しかも同い年って、超比べられんじゃん。キツ。
しかし、ますます分からん。なんでアルが勇者じゃないんだ。こっちじゃ偉いヤツは勇者なんか目指さないのかな? でもまあ、そんなの目指さなくてもすでに英雄か。
「協力してくれるか?」
アルが間を見て問いかけたので、俺は反射的にうなずいてしまった。当然、肯定の返事と受け取ったアルは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう」
手を差し出された。
ううっ。握手——しねえわけにいかないよなー。そんな大役務まるだろうか。つか桜井。従兄がこんなにがんばってんのに、オマエなにやってんの?
俺は深くため息をつき、ゆっくりと手を伸ばしてアルの手を握った。