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  幕間 英雄に憧れて〜アール・ラ・ジェイド視点 その弐

 悪事など働きそうもない男だが、挙動不審だ。ドルーバにも乗らず、フェアリー自治区を通って来たという状況も普通ではない。かなり軽装だが、都市から最短の街でも徒歩なら片道五日かかる。そんな無防備な様子でやって来られるわけがない。怪しすぎる。念のため拘留しよう。

 とはいえ言っていることが真実なら申し訳ない。俺が知らないだけでヒューマンでも貧乏人の一人や二人いるかもしれない。地理に乏しければフェアリー自治区へ迷い込むこともある。

 保安官へ引き渡す前に、ひと言そえておこう。

「さっきは脅して悪かった。何事も治安のためだ。おおかた素性を明らかにすれば釈放される。心配するな」


***


 俺はいったん王宮へ戻った。ある程度の公務を片付け、手紙に目を通さなければならない。手紙は一日平均五十通。机に積まれた封書は緊急性の高いものが上、特にどうでもいいものは下と決まっているので、いつも上から読み始める。

 俺は紅茶を用意して口に含みながら一通目の手紙を開いた。フェアリーの長老からの手紙だった。


『前略

 相も変わらずエレメンタルブレイカーのニセモノは跡を絶ちません。このような話をあなたに持って行くのは無神経だと思われるでしょうが、今回はお見逃しいただきたい。

 というのも先日現れたニセモノがイチの値の四大元素を提示してきたからです。小ビンにおさめられたイチの値の四大元素。内容量は一グラム。これだけ申し上げれば勘のいい貴殿のこと。もうお察しいただけたことでしょう』


 俺は驚いてカップを激しく置いた拍子に、紅茶を少しこぼしてしまった。


『男は特殊繊維で作られた衣服を身にまとい、妖精の粉がつかないことを披露し、自慢げにイチの値の四大元素を差し出しました。特殊繊維の衣服は以前にもほかのニセモノが使った手口です。イチの値の四大元素はおそらく王宮から盗み出したものでしょう。

 男がさらに悪質なのはエンブレムまで出してみせた点です。

 しかしポケットからエンブレムを取り出すなど、笑止千万。エンブレムは精巧に作られておりましたが、秘宝石に見立てた石はまったく力を感じないガラクタ同然のものでした。

 男は現在、連れの者二名とともに詐欺罪でフェアリー自治区の刑務所に拘留中ですが、そちらへの送検も視野に入れております。追ってご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。早々』


 長老に罪はない。だが彼はいつも俺の自尊心を傷つける。何よりも尊かった夢をくじき、この手で捕まえてやると思っていた窃盗犯まで先に検挙してしまった。

 そして最も忌むべきは、珍しくよこされた手紙であるにもかかわらず、本物のエレメンタルブレイカーについていっさい記されていない点だ。「あなたは部外者だ」という無言の警告がいかにも無情だ。俺は未だエレメンタルブレイカーの名さえ知らない。


***


 翌日。俺は長老への返事をしたためた後、拘留所へ赴いた。

「昨日の男は例の窃盗事件とは無関係のようだ。あれから素性などは判明したのか?」

 常駐している保安官に聞くと、保安官はうなずいた。

「家出人のようです」

「家出?」

「なんとなく思いつきで着の身着のまま王都を目指して来たようで」

「本当だとしたら相当バカだな」

「そうですね。ですが犯罪リストには乗っていませんし、金目のものも所持しておりません。いまのところ問題ないと判断いたしまして、釈放の手続きを踏んでおります」

「カードは再発行してやれ」

「かしこまりました。それと念のため保護観察もつける予定です」

 俺は眉をしかめた。家出人ならカードを渡して自由にさせても問題はない。問題があれば再逮捕するだけの話だ。

「予算がもったいないな」

 保安官は笑った。

「そうおっしゃらず。なにしろ文字が読めないらしく、手続きも代筆でしている有様です。とても一人では生活できないでしょう。彼はまず学校へやるべきですね」

 無教養とは驚いた。そんなふうに見えなかったが。しかし学校から世話してやらなければならないレベルでは先が思いやられる。まったくの子供ならまだしも……

「歳はいくつだ」

「十九です」

 なんだ。俺と同い年か——待てよ。

「保護観察は俺がしてやろう」

 突拍子もない申し出に保安官は目を丸めた。

「アル様が!?」

「ああ。うまくいけばフェアリーケージの一件が片付くかもしれない」

 保安官は息をのんだ。それはヒューマンの意識改革などより厄介な問題だ。長年エレメンタルブレイカーの頭も悩ませてきた。だが一見してヒューマンかフェアリーか区別がつきにくいカワナミなら、きっと上手くやるだろう。

 ギリギリ未成年というのも都合がいい。未成年でなくてはならないが、あんまり子供では危険なことなので巻き込むのが忍びない。十八か十九が相棒としては最適だ。

 またフェアリーそのものでは失敗した時に大きな損失となる。

 フェアリーに見えるヒューマンかつ十九歳というのが非常に理想的なのだ。こんなチャンスは二度とないだろう。

 頭の中で早急に策を練っていると、カワナミが釈放されて出てきた。再発行されたカードをかざして見ている。

「カードになにか問題でもあるのか?」

「うわっ! なんでいるんですか?」

「おまえの保護観察を担当することになった」

「え〜!?」

「嫌か」

「はい」

 カワナミは真顔で即答した。どうやら本当に潔白のようだ。やましいことがある者ならあからさまな拒絶はしない。「光栄です」と作り笑いしながら俺のご機嫌を取ろうとするだろう。

 それにしてもキッパリとしている。ぼーっとしていそうで隙がない。教養はなくても芯はあるようだ。小賢しくないことを祈ろう。

「そう言うな。ちょっと手を借りたい」

「なんの役にも立たないと思いますが」

「指示するとおりにやってくれればいい。見返りとして衣食住と就職の世話をしてやる」

「じゃあこのカードは?」

「それはそれで自由に使えばいいだろう。四六時中行動をともにしろと言っているわけではない」

 カワナミはしばらく俺を観察し、またカードを眺めてため息ついた。

「なにすればいいんですか?」

「よく聞いてくれた。とりあえず王宮へ来てくれ」


***


 こうして俺はカワナミを王宮へ連れ帰り、いくつか質問をしたあと、考えていた作戦の概要を話して聞かせた。

 一度は逃亡犯かと疑った相手だ。潔白が証明されたようだからといって昨日今日で信用し、手を借りようなどと思うのは少しおかしい。だがカワナミほど条件にピッタリなヒューマンはいない。

 大丈夫だ。駒として動かす自信はある。ヒューマンは好条件さえ与えてやれば少々危険なことでもやる。現に衣食住と就職の世話をしてやるという言葉について来た。

 しかし、どうも分からない。教養はないという話だったが、紙幣の基本を簡単に教えただけで、ややこしい出題にあっさり正解した。バカなふりをしている賢者なのか、やればできるがやらなかっただけの人物なのか。

 ただ話していく過程で、ひとつだけハッキリしたことがある。道徳観念が非常に優れているという点だ。今回の作戦に最も必要とされる要素が優秀であるとは嬉しい誤算だ。

 いかに好条件を差し出しても、所詮はヒューマン。フェアリーのために冒さなければならない危険だと分かれば断るかと思えたが、

「協力してくれるか」

 と問うと、カワナミは黙ってうなずいた。迷いのない姿に感動すら覚える。俺が起こした改革は確かに実を結んだのだ——と思った。フェアリーのために動いてくれるヒューマンが現れることこそ、改革の最終目標だったからだ。

 だが世の中そんなに甘くない。いや、俺の考えだけが甘すぎたのだ。カワナミから「それ」を提示された時、小さな改革を起こしたに過ぎない俺に、いったい何が言えただろう。


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