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  幕間 英雄に憧れて〜アール・ラ・ジェイド視点 その壱

 ヒューマンはフェアリー側からの印象が最悪なのも仕方ないくらい素行が悪く、特にフェアリーの人権を軽視する傾向が強い。「道徳」という教育が発達していないためだ。しかも利己主義が当然の感覚でやってきた。殺人や窃盗さえおこなわなければ利益を得るために何をしても構わないと言っているレベルだ。そんな具合なので治安も悪い。

 フェアリーに迷惑をかけることはもちろんのこと、ヒューマン自身にも難が降りかかる。結局のところ自分で自分の首を絞めているのだ。俺はヒューマンであることが恥ずかしい。

 だが生まれ育ったこの王都だけでも変えてみせる。そう決意したのは七つの時だ。勇者としての誇りもあった。何千年も経て未だヒューマンが低俗な思想を持ち続けているのでは、エレメンタルブレイカーに合わせる顔がない。

 そう。俺は勇者の地位を勝ち取った者の一人、アール・ラ・ジェイド。最終試練を受けるため、この世に生を受けたのだ。長い道のりだった。この喜びを表現するのはむずかしい。だがもう少しだ。もう少しで手が届く。伝説の男エレメンタルブレイカーに逢えるのだ、勇者として。


 十になった時、王にひとつの提案をした。教育の改善だ。

 幼い頃から正しい歴史とヒューマンの過ちを説き聞かせ、就学年齢より道徳を学ばせようというものだ。無論、それを学ぶ子供の親にも理解が必要だ。そこで、すでに大人である者は週一で道徳の授業を受けなければならない義務を課した。怠ける者は王都から追放するという厳しい罰則もつけた。


 この新制度は王都で効果を発揮した。いかに卑しいヒューマンといっても子供の頃からそうだというわけではない。正しい教育と大人の良識が大事なのだ。次世代を担う子供たちの精神は着実に高尚なものへと近づいていった。


 十五の時、同じ制度を地方に広めた。その効果が現れる五年後を見届けたいと思ったが、俺には時間がなかった。勇者として最終試練を受けに行くからだ。

 この時の俺は、今頃ほかの勇者も出立の時を想いソワソワしていることだろう——と思っていた。滑稽だ。


***


 俺は裏切られた。

 その日の朝、フェアリーの長老が王宮を訪れていた。てっきり俺の出立を手伝うために来たのだろうと思っていると、長老は言った。

「最終試練は辞退していただきたい」

 信じられなかった。一瞬なにを言われたのか理解できないほどだった。悪夢のような台詞。英雄として認められた暁にはエンブレムを手にし、ほかならぬエレメンタルブレイカーの力になろうと意欲を燃やしていた俺だ。それを辞退しろなどと。

「あなたがいらっしゃれば、ほかの勇者は勝負になりません。ええ、エレメンタルブレイカーは必ずあなたをお選びになられるでしょう。しかしいま王宮を抜けられては、せっかく向上しつつあるヒューマンの意識が停滞してしまいます。我々フェアリーのために、あなたの民であるヒューマンのために、どうか英雄への道はお諦めください」

「そんな……!」

「あなたのお父上も王も、それを望んでおります」

「ほかの勇者たちとも話し合いたい」

 俺が正当な権利を口にすると、長老はため息ついた。

「お気づきになりませんでしたか。無理もありません。あなたは都市の警備と意識改革に熱を注がれ、寝る暇もないほど忙しい日々を送られていましたからね」

「なんのことだ」

「ほかの勇者はすでに異世界へ——三銃士は幼少の頃より、王子は去年から、試練を受けています」

 愕然とした。十五の歳になったら開始というルールであったのに、それを侵して知らぬ間に……

「ルール違反だ」

 俺は当然の訴えをした。だが長老こう返した。

「ルールなど無意味です。勇者が選出された時点であなたが英雄の座をもぎ取るだろうということは予想されておりましたから。しかし現状をお考えください。英雄はほかの勇者でも務まるでしょう。ですが王都は、ヒューマンは、あなたなくして成り立ちません」

 俺は言い返せなかった。長老の言うとおりだったからだ。

「残念です。あなたほどの勇者はこの後にも先にも現れないでしょう。でもだからこそ、このたびの偉業も成し遂げられたのだと思っております」

 長老は言って、両膝を床についた。

「このとおりです。どうか試練はご辞退ください。似たようなレベルの勇者同士で競えば彼らとて互いに切磋琢磨し向上するでしょう。あなたは民のために必要な存在です。一年でも抜けられては大きな痛手となりましょう」

 あまりにもショックだった。憤りを越して呆れるばかりで、涙も出なかった。

 卑劣だ。いかにもヒューマンらしい。

 こうしてフェアリーの長老がやって来たのは、王やほかの勇者に頼まれたからだろう。もちろん長老自身の意思もあるだろうが、誰が懇願すれば効果的なのか分かったうえでやっているのだ。

 王は己の力不足を俺で補うために。勇者は強敵を退けるために。「ヒューマンの悪を根絶させたい」という悲願につけこんで長老をそそのかしたのだ。

 長老を味方につければ勝ちも同然。異世界へ移動するにはフェアリーの杖が必要だ。こうして長老が頭を下げるかぎり、その杖が俺に渡されることはない。

 俺は天井を見上げて大きく息を吐き、目を閉じた。思い描いていた未来がゆっくりと崩壊していく姿を、なすすべもなく見つめていた。


***


 英雄に憧れて勇者を目指した頃の情熱は、いまも胸に残っている。それにむりやり水をかけて蓋をしている。

 俺が改革を起こしたのは、エレメンタルブレイカーの前に立った時、ヒューマンとして恥ずかしくない俺でありたかったからだ。だがいつしか改革が一人歩きし、名声がくっついてきた。そして夢は逃げた。

 王は罪悪感からか、功績を称えるという名目で都市の名を俺の名に変更した。街ですれ違う者はみな敬意を示してくれる。それでも——そうしても癒されない俺の気持ちはどうすればいい。


 長老のもとに本物らしいエレメンタルブレイカーが滞在しているという噂を耳にした時、初めて涙が出た。悔し涙だ。俺が連れて帰るはずだったエレメンタルブレイカーをほかの者が連れ帰った。こんな屈辱はない。

 それに追い打ちをかけるように、王宮からイチの値の四大元素が盗まれた。たったの一グラムだが、その一グラムを精製するのにエレメンタルブレイカーが提供しなければならない血の量が一ミリリットルと考えると貴重だ。許しがたい。

 今は窃盗犯を捕まえることに専念しよう。そうでもしていなければ居たたまれない。


 ドルーバに乗って国境付近を警備していると、さっそく怪しい者をみつけた。といってもフェアリーのようだ。何故こんなところをウロウロしているのだろうか。

 声をかけると男は驚いた様子で立ち上がり、振り向いた。

 特に取り立ててどうということはない顔立ちであるにもかかわらず、どこか神秘的な表情をしている——ヒューマンの男だった。


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