本物のエレメンタルブレイカー
なんだかんだと十日間。長老の屋敷でウダウダ過ごしている俺は、やることもなく中庭をブラブラしていた。眠気に襲われなくなった昨今はマジ暇で死にそうだ。退屈で退屈でしかたないから、囲まれること覚悟で街に出よっかなー……なんて、自殺行為か。
「暇だからボランティアに参加する」と桜井に言ったら即却下されたもんな。
「おまえが来たらフェアリーが興奮して仕事にならないだろ」
「エレメンタルブレイカーじゃねえのに」
「まだ言ってるのか。しつこいな。正体バレバレなんだよ、はっきり言って」
「どこが?」
「全部!」
俺の全部がそう見えるんだとしたらエレメンタルブレイカーは凡人代表ってことになるけど、いいのかそれで。
回想に突っ込み入れながら、俺は半私物化している芝生の上に寝転がった。
地球へ帰るための努力でもすればいいんだろうが、それはちょっと隅に置いておきたい問題だったりする。と言うのも、長老が帰宅してから何度か相談を持ちかけたが、全部徒労に終わってしまったからだ。
異世界への移動は原則として杖などの道具を使うと言うが、それも魔力の高いフェアリーが定期的に力を込めなければ使えない代物らしい。こういう常識をすっとばして異世界移動をしたとなると、正直アドバイスしようがないのだとか。しかも——
「お言葉ですが、勇者がそろい、あなた様も戻られた今、異世界へ移動する意味はありません。彼らが最終試練をクリアしたのは事実です。これからの彼らを見守り、いずれ英雄をお定めください」
「いや、だから俺、エレメンタルブレイカーじゃないんです」
「ご冗談を」
「冗談じゃありません」
「とにかく勇者の方々もやる気を出しております。あなた様もそろそろ精霊界へ落ち着かれてはいかがですか」
こんな具合に取りつく島もない。カルテットはもちろんクレイも長老も、誰一人として俺がエレメンタルブレイカーじゃないということを認めてくれないのだ。
六日連続開かれている夕食会も上座を譲ることができず、つらくて苦しい。分不相応な場所にあるということが、こんなにも苦痛だと思わなかった。最初は安全圏で呑気だと思ったんだけどなあ。
最近絶えないため息をつき、俺は青い空を睨んだ。
そういやティムとローザにお礼してなかったな。つっても、どうにかしてこっちの通貨を稼がないと払いようもない。うーん、どうすっかなあ。
浅はかな俺が考えたのは、近場で顔を隠しつつ働ける仕事を探すことだ。そんな都合のいい仕事があるとは思えないが、何もしないよりはいい。
俺は顔にマフラーくらいの布を巻いて顔を隠し、さっそく街へ出た。礼拝堂正面からはマズイので勝手口を利用した。不審者感満載だが、布をはがれてもエレメンタルブレイカーだと思われるだけだ。問題ない。
できれば体力系の仕事がいいな。文字わかんねえから頭使うのはダメだ。こうしてみると初めての就職活動だっていうのに条件絞り込み過ぎだよな。ぜってー見つかんねー。
見つかった。それも雇用者サイドからのオファー(?)だ。
「おい、おまえ作業員だろ。サボってないで早く来い」
作業員?
俺は首をかしげたが、作業員という響きがいかにも仕事っぽいのでついて行くことにした。着いた場所は解体作業現場。古くなった家屋を取り壊しているようだ。粉塵を避けるため全員が顔に布を巻いている。
ラッキー! こんなマンガみたいな展開があるなんて奇跡だ。運が向いてきたのかな。
俺は嬉々として近くに転がっていたハンマーを持ち上げ、見よう見まねで解体作業に勤しんだ。
終わったのは夕方。給料は日当。理想的だ。しかし通貨の価値が分からない。紙幣を二枚もらったが、これって日本円にしてどれくらいなんだ?
……まあいいや。明日はまた別の場所で作業らしいから、そこへも顔出して給料もらおう。何日か働けば少年少女の小遣いくらいにはなるだろう。
***
こうしてお忍びまがいの労働をすること五日間。稼いだのは同じ柄の紙幣ジャスト十枚。よしよし、謝礼っぽくなったぞ!
仕事帰り、俺はあらかじめクレイに宛先を記入してもらっていた封筒に給料を入れ、丁寧に封をして郵便窓口に出した。もちろん顔は隠したままの状態だ。どっから見ても解体作業員。この姿であるかぎり街での行動は自由だ。解体業バンザイ!
疲労感と達成感とに満たされながら帰途についた俺は、明日から何をすればいいかと思案し、ちょっと楽しい気分に浸っていた。意気揚々と歩く。その歩調が乱れて止まったのは、礼拝堂が見え始めた頃だ。エントランス前がまたもや人だかりである。何があったのか少々心配だ。いまさら俺が行方不明とかで騒ぎにでもなったのだろうか。だとしたら帰りづらいな。
そう思いながら恐る恐る近づくと、騒ぎの中心に見知らぬ人物がいた。灰色の髪にアッシュブラウンの目をした背の高い男で、まあまあ二枚目か。
俺は騒ぎの原因が自分じゃないことにホッとしながら、こっそり輪に加わってみた。そこで階段の最上段に立っている男を改めて見上げた。男は二人の貧相な従者を連れている。背が低く痩せていて、年は四〜五十。二十代半ばと思われる精悍な男には不釣り合いな従者だ。なんなんだろうか。
ボーと見上げていると、礼拝堂から長老やカルテットが慌ただしく出てきた。
「そちらが差し出した小ビンの中身はイチの値の四大元素であることに間違いはありません」
長老の発言に俺は目を丸めた。
イ、イチの値の四大元素〜!? うわー、どんなんだろ。見てみて〜。
ソワソワする俺に気づくこともなく、階段の上の男はフンと鼻先で笑った。
「だから、さきほどから言っているだろう。俺こそがエレメンタルブレイカーだと。はやく中へ入れろ」
エ、エレメンタルブレイカー!? なに? ついに現れちゃった? 本物のエレメンタルブレイカーが?
急なことで俺は驚き興奮した。だがそれは周りの住人も同じなので目立つことはない。
長老とカルテットも作業員になりすましている俺に気づかず、額に汗を浮き上がらせながら暗い面持ちで男を見据えた。
「これだけでは証明に不十分です」
「なにを言う。妖精の粉が吹いているこの場所にいても俺は平気だ。衣服に付着しないことも確認しただろう。そのうえイチの値の四大元素も差し出したのだ。これ以上どんな証明がいるというのだ」
おお! そうだそうだ! それ以上の証明ないじゃん!
俺は心密かに男を応援した。だが長老は首を縦にふらず、カルテットも沈黙しながら男を威嚇した。そして、
「それではエンブレムを見せていただきましょうか。なにぶん、これまで多くのニセモノどもがやって来ては、あの手この手で我々を騙しにかかりました。簡単に認めるわけにはいかないのです」
と長老が言った。すると男はうなずき、ボトムスのポケットからあっさりとエンブレムを出した。紅い宝石が埋め込まれた手の平サイズの金のプレートである。長老はカルテットと視線を交わし合った。それから男に向き直ると、ゆっくりうなずいた。
「いいでしょう。中へお入り下さい」
男と従者二人は、長老とカルテットについて礼拝堂の中に消えた。それを見届けた街の住人は散らばりはじめ、急速に興奮から冷めた俺はポツンとたたずんだ。
あれ? 本物が現れたってことは、俺の居場所なくね?
ひどくウッカリしていた。人の応援してる場合じゃない。どうしよう。どうする。どうすれば……どうしろっていうんだ。どうしようもないだろ。サ行変格活用は俺を助けてくれない。
部屋に置いている鞄のことも少し気になったが、取りに行く気にはならなかった。これって「いつも通り仕事に行って帰宅したら奥さんがいなくてダイニングテーブルに離婚届が置いてあった」くらいの衝撃だろうか。違うか。
俺は真面目に途方に暮れた。十数分くらいは、そこから動けなかったと思う。
が、やがてそっとその場から離れた。行く当てはない。だが仕方ない。ここで世話になる理由はなくなったのだ。
以前クレイと歩いた通りを、今は一人で歩く。心細いことだ。しかも外に向かっていることが不安をかきたてる。
しっかりしろ、俺。本物が現れることを望んだのは誰だ。
鼓舞してみるも、揺れる心は抑えられなかった。知らない土地で無一文なのだ。行く末は知れている。ポケットにあるのは小さな巾着袋に入れた妖精の粉だけ。何故そんなものを持っているかというと、何かの弾みで地球へ戻れた時に試してみたいことがあるからだ。
街の関所を抜けた頃には日が暮れはじめていた。まだオレンジ色を残す空に一番星が光っている。ヒューマン領土は一番星が光る方向にあると前にクレイに聞いた。俺はあくまでも地球人だが、ここではヒューマン——エレメンタルブレイカーという肩書きを失ったら本当にただのヒューマンだ。だからフェアリー自治区にはいられないだろうと思い、そこを目指すことにした。
道のりは九日から十日だろう。長老が王宮へ赴くためドルーバを使って往復した期間を考えればそんなもんだ。途中に川とかあったら充分に水分補給し、草の実でもなんでも食べられそうなものは食べよう。きっとなんとかなる。
ここまで思い至ればあとは勇気と努力だ。がんばろう。クレイにお別れが言えなかったのは心残りだが、俺はもう振り向けない。一番星に向かって歩くだけで精一杯だ。薄情な俺を許してくれ。
俺は奥歯を噛み締め、ひたすら歩いた。立ち止まったら心が萎えそうだから、とにかく歩いた。疲れが出て眠気に襲われるまで歩き続けた。ひと眠りすればあっという間に朝が来て、また歩き出す勇気が湧くだろうと思った。この先にどんなことが待ち受けているかなんて想像もできないままに……