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  幕間 保安官の休日〜クレイ・ソウル視点 その壱

 休日だっていうのに、ついてない。今日は派出所でシャーリーと待ち合わせ、街で食事する予定だったが、ふいになった。妙な格好したヒューマンのガキを拾ったからだ。

 遠目に見たときゃフェアリーだと思っていたらヒューマンだった。あんまりヒューマンで黒髪はねえ。ゆいいつヒューマンで黒髪黒目とくりゃあ、まず王族系だが……どうも違うようだ。王族にしてはナリが貧乏くさい。それに髪は闇を切り取ったような黒さじゃあないし、目も水晶のような怪しさがない。陽に透かせば茶色く見えるのは、それが真の黒さを持たない証拠だ。まぎらわしいヤツだ。

 なにより奇妙なのは、フェアリーの俺を恐れていない点だ。魔力を持ったフェアリーと一対一で向き合えば、ヒューマンは脅えて口も利けないはずだが、コイツはどうだ。最初はひとっ言もしゃべらなかったが、そりゃ喉が渇いていたせいだった。多少の警戒もあっただろう。

 だが水をやったとたん人なつっこい犬のような目えして、ついて来る気満々になった。変わったヤツだ。ヒューマンは強欲でフェアリーを欺くことしか考えてないクズがほとんどだが、コイツは違う。えらく純粋な目をしている。フェアリーの寝首をかくような腹黒さは見えねえ。

 だからって油断は禁物だ。案外こんなヤツほど信用ならねえもんだ。どういうわけだか裸足なんでドルーバに乗せてやったが、俺が手綱を離したら最後。そのままかっさらって行っちまうってこともある。ドルーバは高く売れるからな。そうだ、いっちょ名前でも聞いてやるか。

「俺はクレイだ。おまえは?」

 気さくに問いかけてやったが、ヤツはドルーバの背でうつむいちまった。おおっと、名前も打ち明けられねえなんざあロクなもんじゃねえな。犯罪者か? ちっとカマかけてやるか。

「ほら、あそこ。あそこなら水がたんまりあるぜ?」

 俺が指差したのはシャーリーが待っている派出所だ。白い屋根とベージュ色の壁の小屋。そいつを見れば誰でも保安官がいることを想像する。もしコイツが犯罪者なら動揺するはずだ。

 俺がニヤニヤ笑いながらヤツを見ると、ヤツは期待した目で小屋を見やった。

 ……おいおいおいおい。なんてえ嬉しそうな顔しやがるんだ。犯罪者じゃねえのかよ。それとも、しのごの言ってられねえほど喉が渇いてんのか? わからねえ。まったく妙なの拾っちまったな、こりゃあ。


***


 小屋についてシャーリーをひと通りガン見したヤツは、コップ一杯の水を飲み干して、パンとスープまで胃袋におさめた。やっぱりヒューマンってのは図々しくできてんのかねえ。

 そう思って眺めていれば、急に自己紹介しやがった。

「あ、申し遅れました。俺、カワナミっていいます」

 お、遅え! なんだその時間差攻撃! しかしまあ、これで犯罪者の線は薄れたな。ただの変人だったか? とっとと長老んとこ連れてって、ヒューマン領土に強制送還しちまおう。


 と、思ったのは良かったが……コイツの服装、どうにかしねえとマズイな。なんでこんな妙ちきりんな格好してやがるんだ? くそっ、余計な出費だぜ。経費で落としてやる。

 俺は強引にカワナミを店へ連れ込み、一番安価な服をチョイスして渡した。長老に会わせるからって、そう畏まらなくてもいいが、無難な格好はしていてもらわねえと困る。フェアリーの威信にもかかわることだしな。

 そうこうして試着室の外で待っていると、カワナミが出てきた。照れくさそうにゃしているが——まあ、なんつーか、似合ってる。安い服を渡したはずだが、いい服に見える。そんなに男前でもねえのに、サマになってやがるぜ。やっぱり王族の出なんじゃねえのかオイ。もしそうなら金は返してもらうぜ。

「長老に会うんだからな、粗相するなよ?」

 俺は腹立ちまぎれに、きつく言った。カワナミはしょんぼりしちまったが、気にすることはない。こうまでしてやってる俺に素性を明かさねえのが悪いんだ。所詮ヒューマンってのは恩知らずの礼儀知らず。性根がくさってやがるんだ。


 礼拝堂に着いて、俺はカワナミをエントランスの階段に残し、長老のもとへ行った。階段にゃ、たっぷり妖精の粉が吹いている。フェアリーでもあそこで待つのはしんどい。ヒューマンなら尚更だが、悪く思うなよ。俺は保安官だ。卑しいヒューマンからフェアリーの財産を守る義務がある。ヤツがフェアリーに害をなす者なら、妖精の粉でもふって気力を減退させておく必要があるんだ。

「クレイ。どうした。今日は非番だろう」

 礼拝室へ行くと、長老がふり返って言った。今日も熱心に祈りを捧げていたようだ。紺色の髪と青い瞳。文武両道で、若くして長老の地位を得た憧れの人だ。俺の義父でもある。シャーリーを嫁さんにもらったからだ。彼女は長老のご息女だ。いろいろあって俺と同じ保安官なんてえ道を選んだが、まあとにかく、いい女だ。スタイルは抜群だし、格好はエロいし、腕っ節も強い。俺のカミさんにもってこいってわけだ。

 そいつはさておき。ここへ来た理由(わけ)を手早く説明しちまわねえとな。

「ヒューマンを拾っちまった」

 義父は眉間を寄せた。

「どこで」

「この先の荒野で」

「なんという者だ」

「カワナミ」

「なぜ荒野に」

「知るかよ。聞いたけど言わねえ。訳ありだな、ヤツぁ」

「どこに待たせてある」

「階段」

 義父は軽く首を横にふって、ため息ついた。

「スパイなら、いまごろ気分が悪くなって倒れているか、妖精の粉を恐れて階段から離れているだろう。見て来い」


 俺は言われたように、さっそくカワナミを見に行った。エントランスを出た瞬間、正直、心臓が止まるかと思った。

 カワナミは階段に腰かけ、野次馬どもに手を振っていた。どういうつもりでそんなことをしたのか分からないが、フェアリーに親しげな態度をとるのは、おおよそヒューマンらしくない。殊に堂々と階段へ腰を下ろしていることが驚愕だった。

 コイツは死ぬつもりなのか。いや、もしかしたら妖精の粉に気づいてないのかも知れない。いやいや、そんなバカなことがあるか。一分以上座っていれば確実に具合が悪くなって粉に気づくはずだ。

「お、バカ、そんなところに座ったら、ケツ真っ白になるぞ?」

 どう声をかけたものか迷ったあげく、俺は言った。案の定、カワナミは飛び上がるようにして立ち上がった。だが振り向いてケツを確認したヤツは、笑って答えやがった。

「大丈夫。汚れてません」

 血の気が引いた。こいつぁただ者じゃねえ。妖精の粉もつけず、影響も受けないなんて、冗談じゃねえ。そんな芸当をやってのけるのは、この世にただ一人。フェアリーを愛し、フェアリーのために生きてくれる唯一のヒューマン……エレメンタルブレイカーだけだ。

 俺はとっさにカワナミの腕をつかみ、宿直用の部屋に閉じ込めた。逃がしたくなかった。義理の妹ティターニヤのために。


***


 義父はカワナミの素性を探った。魔力を駆使し、カワナミがここに至った経緯を水晶に映し出した。

 ——トール・ジェイドの姿が映った。背後には小さく、三銃士らしき人物も映っている。カワナミと何か言い争っている様子だが、声までは聞こえない。やがてカワナミは四人と別れたあと、ヒューマン領土を出て、あの荒野へと抜けた。

「カワナミというのは偽名なのではないか?」

 長老の疑問に、俺は眉をひそめた。

「なんだって偽名を使うんだ」

「これまで何人ものニセモノが現れた。彼が本物なら、それらを警戒して名を伏せることもするだろう」

 俺は息をのんだ。確かにそう考えりゃ辻褄が合う。自己紹介をためらったのも、エレメンタルブレイカーだと公言するのを避けたかったと思やあ……命でも狙われてんのか? いや、そりゃねえな。エレメンタルブレイカーの命なんか狙ったら、狙ったほうがお陀仏だ。狙うとしたら命じゃねえ。イチの値の四大元素か。

「確認してくる」

 俺は再びカワナミの元へ飛んだ。勢いあまって錠を下ろしてしまったが、そこは謝りゃ許してくれんだろう。


 だが部屋に入るとカワナミは寝ていた。爆睡してやがる。長老のもとへ来て安心しちまったのか? そういや荒野に抜けるまで一睡もしてなかったな。そんなに緊張していたのか?

 カワナミの寝顔を眺めていると、背中が熱くなった。エレメンタルブレイカーを想うときの、フェアリーの素直な反応だ。エレメンタルブレイカーはイチの値の四大元素とフェアリーの羽根とを合成し、化学反応を起こさせてフェアリーを大きくしたと云われている。背中が熱くなるのはその名残なんだと、ガキの頃さんざん聞かされた。

 すべてはフェアリーの地位を確立するため。すべてはヒューマンの悪を根絶するため。

 だが実のところ俺は、周りほどヤツを信じちゃいねえ。フェアリーの地位はまだ完全に確立されちゃいねえし、ヒューマンの悪も根絶されてねえ。ヤツがスゲエっていうなら、そりゃ成し遂げて言えってえ話だ。それでもまあ革命は起こしてくれた。そこは感謝している。あとは俺らの努力かも知れねえ。だから俺がヤツに求めるのはただ、「ヒューマンを抑圧し続けてくれること」「ティターニヤを救ってくれること」、この二つだ。


***


 そろそろカワナミを起こそうと部屋へ行くと、カワナミは起きていて、食事をすませたあとだった。

「カワナミ、おまえ、本当の名は?」

 カワナミは表情をこわばらせた。やっぱり嘘をついていたのか。エレメンタルブレイカーだと悟られないために? だが長老のもとで隠し通す意味はない。だとしたらこの沈黙は俺への罪悪感か?

 見据えていると、カワナミは深呼吸してやっと白状した。

「カ、カワナミ、トイチだ、けど」

 ああ、まるっきり嘘じゃねえのか。さすがに誠実だ。それにしても——

「トイチ、か」

 ため息が出る。それが本当なら、俺は一生分の運を使い果たしちまったことになるが……

「あ、あの、たまたま、そういう名前なだけで、エンブレムと俺は無関係です」

 んあ? なんだと? なに言ってやがる。

「誰がエンブレムと関係あるのかって聞いたよ?」

「で、ででで、でもっ、本当に偶然、そういう名前なわけで」

「バカにしてんのか、おい」

 正直に名乗ったかと思やあ、必死に身分を隠そうとする。意味わからねえ。そんなに警戒しなくても俺は保安官だ。もっと信用してくれてもいいんじゃねえか? ……無理か。荒くれ者にしか見えねえよな。こんな時にゃあ、自分の生き方を後悔するぜ。


***


 結局トイチは俺の制止を振り切って異世界に行っちまった。これからティターニヤを説得して顔合わせさせようって時にだ。そういう俺の思惑を義父も察したんだろう。こっちを見てため息ついている。まあ、勇者をほったらかしておくわけにもいかねえしなあ。フェアリーだけのエレメンタルブレイカーであって欲しいってのは、さすがにワガママか。

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