長老の娘
「道具も使わず異世界を移動するなんて、さすがエレメンタルブレイカーだな」
クレイはニヤニヤ笑いながら言った。
誤解だ。カマかけているにしてもムダだ。叩いても何も出ない。それに道具とかなんとか言ってもアレだろ。一度あっちとこっちを往復すると癖がついちゃうんだろ——妙な癖がついちまったな、おい。
俺は深いため息をついて、しばらく頭をかかえた。
自力かあー。キビシイなあ。どうやってすりゃいいのか分かんねえし……また車に撥ねられそうになればいいのか? ヤダな。失敗したら死ぬじゃん。つか車とかあんのかココ。馬車?
「とにかく、しばらく厄介になる場所を考えたほうがいい」
クレイの言葉に、俺は顔を上げた。
「受け入れてくれる先なんてありますかね?」
「ハハハッ、おもしれえこと言うな。エレメンタルブレイカーと言やあ、俺たちには神様も同然だ。受け入れ先なんて山ほどあるぜ」
ワハハ、マジかよ。俺バチ当たりそう。
「と言っても、うかつな所へは預けられねえ。それ相応ってもんがあるからな。とりあえず俺と来い。長老に相談して、ヒューマンの王族に話を持っていく」
俺は思い切り顔をしかめた。
ヒューマンの王族というと桜井ん家のことだよな。やっぱアイツらの顔見なきゃならないのか。
フゥッと息をつく俺を、クレイは眉をひそめて見つめた。
「どうした?」
「え? あー、いや、会いたくないなあと思って」
「誰に」
「王子と三銃士」
「ああ? あいつらは仮にも勇者だろう。会いたくないってのは、どういう了見だ」
「いろいろありまして」
「いろいろねえ……まあとにかく、一度は長老んとこで世話になるだろう。何か考えることがあるなら、そこでゆっくり考えりゃあいい」
***
というわけで俺はクレイに連れられ、例の動物——ドルーバというらしい——に乗って、およそ二週間の道のりを旅することになった。行く先々で歓迎されたが、そのたびに良心が痛んだのは言うまでもない。彼らが歓迎しているのはエレメンタルブレイカーであって、俺じゃない。本当に申し訳なくて、
「恨むんならカルテットだぞ!」
と叫びたかったが抑えた。そして東へ東へと進んで行った。道中に考えたのは、相変わらず小さいことだった。
ティムとローザの所で世話になったのが二週間、この旅が二週間だとすると計四週間で、ざっと一ヶ月は経過したことになる。通っている大学の夏休みは八月一日から九月末までの二ヶ月なので、半分が終了したのだ。悲しい。そしてちょうど中間の八月三十一日は誕生日である。十九になった。異世界でハッピーバースデイとはな。
そんなこともあり、休憩するために寄った喫茶店のような所でティムから返却された鞄をのぞき、クシャクシャにした戸籍謄本を広げてみた。養子縁組をした日付は九月七日。生まれて一週間でよそにやられたってことは、望まれずに生まれたか、母親がシングルマザーのうえ、お産で死んでしまったか……考えられるのはそのくらいだ。
俺は憂うつになって紙をしまい、そのとき手に当たった金属質のものを取り出した。ケータイ電話。
やっべー! 鞄に入れてんの忘れてた! 灰にされなくて良かったよ〜。つーか先輩、怒ってねえかな? カラオケ行くとか言って、すっぽかしちゃったぜ。しかも一ヶ月音沙汰なしって——そろそろ捜索願とか出てんじゃね?
俺はまたも暗い気分で電池切れのケータイを鞄に突っ込んだ。
それから昼食をとって、再びドルーバに股がること数時間。以前に訪れた街へ到着した。ここでドルーバは関所へと預ける。街中は徒歩限定だからだ。関所をくぐると右手に用品店や雑貨屋、クレイに衣装をそろえてもらったことのある服屋などが立ち並んでいる。
前は疲労と動揺で詳しく観察する余裕がなかったが、今回はじっくりと街並を眺めた。関所付近は商店で占められているようだ。行き帰りになんか買ってけってことだろう。そして住宅は中央広場付近に密集している。木々が生い茂っているので分かりにくいが、よくよく見ると結構な部屋数を誇るアパートらしきものとかあった。
それにしても、なんだろう。今日はやたらシンとしていて、人っ子一人見当たらない。
なんて思っていたが、やがて礼拝堂が遠目に見えてくると、ちょっとした異変に気づいた。俺はにわかに立ち止まり、クレイに確認した。
「な、なんか人だかりが見えますが……祭でもあってるんですか?」
クレイはふり返って人が悪そうに笑った。
「エレメンタルブレイカー様がご訪問となりゃ、お祭り騒ぎにもなるさ」
ぐえっ! 俺さらし者!?
しかし行かないわけにもいかない。俺は重い足を引きずって、どうにかクレイについて行った。そして人垣が作る道に差しかかると楽隊が音楽を奏で始めたのにビクついた。人々の手からは紙吹雪がまかれる。華々しい音楽と紙吹雪と歓声。うっすらと頬を染め、笑顔と興奮の眼差しを向けてくるフェアリーたち。
は、恥ずかしい。こういうことに耐性のない自分の凡人っぷりが憎らしいくらいだ。猛ダッシュして通り過ぎたい。実際の距離は五十メートルほどだと思うが、もう一キロも二キロも歩いた気分だ。神経が擦り切れる。
礼拝堂の階段まであと少し。もう限界。目の前がかすんできた。ヤバイ。
そう思ってギュッと目をつむると、急にクレイが止まったので背中にぶつかった。
「うわっ」
「おっと、大丈夫か?」
俺は一歩下がってクレイを見上げた。……やっぱりデカイ、と改めて思った。一八五センチ以上はあるだろう。そんだけあってゴリくないって反則じゃないか? なんか並んで歩くの嫌になってきた。世話になるから仕方ないけど。
と、そのままクレイの肩越しに視線を投げて、俺は絶句した。
超カワイイ女の子がいたからだ。率直に言おう。超カワイイ女の子がいる。あれ? 二回言った? まあいいや。とにかくカワイイ女の子がいる。
真っ白い髪に若葉色のつぶらな瞳。髪は肩の少し上のところで、ふんわりと内巻きにしている。童顔——なのかな? アメリカ開拓時代風の衣装はローザのよりずっと大人っぽい。でも見た目は十六〜七歳くらいに見える。
……うーん、いまいち判明しないが、おおざっぱに見積もって十六から二十歳までのどっかだろう。肌は透き通るように白くて、清楚で激カワ。人それぞれ好みはあるだろうが、俺の中では里奈を超えた。もう心臓が弾けるほどの衝撃を受けた。
「おい、本当に大丈夫かよ?」
再度クレイに聞かれた。ポカンとしてみとれているのは自覚しているので仕方ない。だが同じ男なら、そこは察しろ。察して無視しろ。かつ、さりげなく紹介しろ。
しかしクレイは察しなかった。
「おい?」
「はひ?」
変な声で返事したのもスルーしてくれ。体裁なんか構っていられないんだ。俺は今、身も心も彼女に奪われ中だ。さっきまでの羞恥も吹っ飛んだ。それなので、クレイの背中も遠慮なくバンバン叩いた。ついでに敬語も忘れた。
「誰誰誰誰!? 前はいなかったじゃん!」
彼女は礼拝堂の階段の上、入口の前にいる。主体的に俺を出迎えてくれている様子だ。このあとの展開にかなり期待が持てるんじゃないだろうか。
テンションが上がってる俺を見て、クレイは苦笑いした。
「長老のご息女だ」
「……」
なんだって? ちょうろうって、あのチョーロー?
勝手に驚いていると、
「ようこそいらっしゃいました。カワナミ・トイチ様」
と声をかけられた。ご息女の声は、台詞とは裏腹に凍てついている。
なんだよ。俺、第一印象悪い? ——悪いよな。エレメンタルブレイカーなんて偉人だったら、もっとカッコイイやつ想像してたりしたんじゃないだろうか。だとしたら完全に失望させたな。くっそー。つかエレメンタルブレイカーじゃねえし。まったくもう。これで本物がイケメンだったら世を呪うぜ。
「今日は父が不在ですので、代わりに私がお部屋をご案内いたします」
「どこ行ってんだ?」
「トイチ様のことをご相談しに、ヒューマンの王宮に赴かれたのですわ。じきに勇者を連れて戻られるでしょう」
クレイが気安く尋ね、ご息女が素っ気なく答えた。クレイは肩でため息をつき、頭をシャシャッとかいた。
「トイチ様は勇者にゃ会いたくないんだとよ」
「あら……」
ご息女は軽く眉をひそめた。そして、
「ニセモノだと見破られるのが怖いのかしら」
と突然の冷笑とともに、ひとこと発した。俺は石になった。
うひょー! もしかして真贋を見分けられんのか、このお嬢さん。コエー! あ、でも待てよ。それなら俺がエレメンタルブレイカーじゃないってカルテットに証明してくれないかな?
俺はかすかな希望を抱きかけた。が、クレイの言葉がそれを打ち消した。
「ハハハッ、そりゃねえな。こいつは今までのヤツと違う。勇者にゃとっくの昔に会ってる。しかも、そうとう熱心に追っかけられてるみたいだぜ?」
ご息女は複雑な表情をしたあと俺を見つめ、クレイに視線を移した。
「……悪い癖だわ、クレイ。そうやって期待させるのはやめてちょうだい」
ご息女は背を向けてエントランスに入った。クレイは俺をつれて、それに続いた。
なにがなんだか分からないが、クレイの余計な発言により、俺の浅い計画は立つ前に死んだ。それにしても気になるな。「今までのヤツ」って何? そんでもってご息女の名前は? ちゃんと紹介しろよ、クレイ。気い利かねえなあ。
声には出さずブツブツ文句を言いながらついて行くと、礼拝堂の突き当たりに来た。そこには扉があって、向こうは庭だった。このど真ん中を突っ切るアーケードを歩くこと数分。
奥に屋敷があった。隠れ家的というか——めちゃめちゃ外部からの侵入を警戒した造りだ。俺なんか入れちゃっていいのかなあ。もう入っちゃったけど。
土足なのが申し訳ないほどツルツル廊下。高そうな絵画とか壷とかもある。落ち着かない。割ったり傷つけたりしない自信がない。もしそんなことになって後からいろいろ言われても責任能力ねえぞ。わかってんのかコラ。クレイ! 面倒なことになる前にお嬢さんの紹介だけはしておいてくれ〜。
心密かに懇願していると、ご息女が立ち止まって少しふり返った。
「こちらがお部屋です。父が戻るまでここでお過ごしください」
ドアを開け、中を手差しする。俺はクレイと一緒に足を踏み入れ、部屋を見回した。結構な広さの部屋だった。窓も大きく、開閉可能そうである。このまえ閉じ込められた部屋はなんだったんだろう。軟禁用?
「ではクレイ、あとはお願いね」
ご息女はクレイに声をかけ、その場を立ち去った。クレイはご息女が完全にいなくなったことを確認するとドアを閉め、ソファに腰かけた。
「やれやれ。さすがに疲れたな。おまえも休めよ」
誰に用意された部屋なんだか。だが確かに疲れた。素直に従おう。
俺はクレイの向かい席にあたるソファに腰を下ろした。それからおもむろに質問した。
「あの、さっき言ってた〝今までのヤツ〟って、なんなんですか?」
クレイは苦笑した。
「ああ、それはよ……エレメンタルブレイカーといやあ精霊界の頂点に立つ男だ。超有名人だ。だから、なりすます輩もいるってえ話で」
「なるほど。それでニセモノですか」
「気い悪くしたか?」
「別に。ここだけの話、本当にニセモノですから」
「おいおい」
クレイは焦った様子で身を乗り出した。
「こっちは本物だと確信してんだ。そうでなきゃティターニヤとむりやり対面させたりしねえ。しらばっくれんのは勘弁してくれ」
「ティターニヤっていうんですか、彼女」
「……」
クレイは困った顔をしたが、俺は意に介さず腕組みをして足を組んだ。
「前にも言いましたが、エンブレムとか本当に知らないし、俺には身に覚えのないことなんです。カルテットが勝手に大騒ぎしているだけで」
「カルテット? なんだそりゃ」
「王子と三銃士」
「……ああ」
クレイはしばらく黙ってチラッと俺の目をのぞき見た。それに反応して俺もチロッとクレイの目を見たら、クレイはスッと背筋を伸ばして咳払いした。
「とにかく勇者を避け続けることはできない。そりゃ分かってんだろ?」
確かに、身分を証明するまではストーキングされ続けるだろう。冷静な忠告ありがとう。
俺はお礼の気持ちも込めて、ゆっくりうなずいた。そうでなくてもクレイには二度も命を助けられている。せめてこれ以上迷惑かけないよう、勘違いされているならそれなりに、慎重な立ち振る舞いをしようと思う。エレメンタルブレイカーじゃないと判明したあとに、俺に関わった人たちが傷つかないように。不利益を被らないように。