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オール・バイ・マイセルフ その参

 その夜、俺は眠れなかった。彼らの歴史は前に見た本の挿絵が示すものと同じだったからだ。


 フェアリーは昔、とても小さかったらしい。地球人が想像しているとおりの姿だったのだ。魔力を持ち、自然と共存し、豊かに幸せに暮らしていた。だが木こりに見つかってしまってから世界が一変したという。木こり=ヒューマンは、フェアリーをカゴに閉じ込め、彼らの力をいいように使ったのだ。

 フェアリーは逃れられなかった。ヒューマンが秘宝石を持っていたからだ。精霊界にたったひとつしかないというこの宝石は、フェアリーを従わせる力があるのだとか。

 それでもフェアリーは抗った。ヒューマンに虐げられ、こき使われる毎日に辟易し、反旗をひるがえしたのだ。だがヒューマンは報復とばかりフェアリーの森を焼いた——たくさんのフェアリーが死んだ。

 絶体絶命に追い込まれたフェアリー。そこに現れたのがエレメンタルブレイカーである。ヒューマンでありながらフェアリーの味方だったという人物。彼は強大な力でヒューマンから秘宝石を奪い、エンブレムに封印した。そしてカゴから解き放つため、フェアリーの身体を大きくしたのだ。

 彼の強大な力とは、例の『イチの値の四大元素』である。この『イチの値の四大元素』というやつは、万能ともいえる力を発揮するらしい。秘宝石を封印し、フェアリーを大きくしただけではなく、何の価値もない痩せた土地をも蘇らせたのだとか。まあ、さすがに土地は規模がデカイから数百年費やしたらしいが……なるほど。すげえな『イチの値の四大元素』。カルテットも喉から手が出るほど欲しいわけだ。

 そんなこんなで、エレメンタルブレイカーが味方について形勢が逆転したフェアリー。だが、いかに味方してくれようとエレメンタルブレイカーはヒューマンだ。彼の同胞に復讐することをためらったフェアリーは、ヒューマンと条約を結ぶことで決着をつけたという。

 条約とは以下のことだ。

『ヒューマンはフェアリーを支配してはならない』

『フェアリーの力を必要とする時は、その資格を持つ者が協力を仰いで借りること』

『資格はフェアリーを支配するエンブレムを手にした者にのみ与えられる』

『エンブレムは心正しきヒューマンにのみ与えられる』

 これはフェアリーに害をなさない者という意味だ。ゆえに——

『そのヒューマンは英雄として選ばれる必要がある』

『選ぶ者はフェアリーの救世主・エレメンタルブレイカーのみである』


 俺はため息ついて寝返りを打った。考えれば考えるほど、なんでそんな偉人と間違われているのか分からないのだ。

 それにしても、石を投げ合うほど険悪な仲じゃないと思っていたのは誤解だったな。あの時は保安官がいたし、礼拝堂の前だったから、みんな抑えていたんだ。俺だってフェアリーの立場なら、後ろから頭どつきたくなるもんなあ。やれやれ。


***


 兄妹の世話になってから一週間が過ぎた。この頃になると少し打ち解け、名前を教えてもらえた。兄のほうはティム、妹はローザだ。妖精らしい名前だと勝手に思った。ティムとローザ、なんかメルヘンだ。

 飯といえば相変わらずカボチャばかりで少々飽きてきたが、煮付け、バターソテー、コロッケ、グラタンなどなど、がんばればレパートリーはある。

 家畜のエサをあれこれアレンジするのが珍しいのか、ティムとローザは新たなメニューが出てくるたびに興味津々で眺めていた。決して口にしようとはしなかったが、「おいしそう」とは言ってくれた。

「このあたりに住んでるのは、君たちだけなのか?」

 俺の質問に、ティムとローザは黙ってうなずいた。なんだか、しんみりしてしまった。十代の若さで兄妹二人、こんな人里離れた場所で暮らしているのが気の毒だったのだ。いくら家がデカくて土地が広くてもなあ。

「そりゃ寂しいし不便だな。俺が力になれたらいいけど、俺じゃあな。役に立てなくて本当に申し訳ない」

 俺が頭を下げると、ティムとローザはまた驚いた。俺がすることに、いちいち驚く二人——反応が純粋で心洗われるようだ。こんな弟や妹がいたらいいかも知れない。

 前略。父さん母さん、養子増やしませんか?

「ヒューマンって、いけ好かないヤツばかりだと思っていたけど、そうでもないんだな」

 ティムがそう言ってくれた時は、正直うれしかった。俺が笑うとティムもローザも笑った。こういうのを「ふれあい」って言うんだろう。なんだか別れが惜しくなってきた。地球に戻れば、またあのカルテットと付き合わなければならない。そう思うと心が荒む。

 ふっ、いっそここに住もうかな。いや、それじゃ二人に迷惑か。この世界のヒューマンってのも嫌だし。スゲエ印象悪いもんな。


***


 そうこうする間に日は過ぎ去り、カボチャの収穫を終えて残った蔓の始末にかかっていると、隣人が訪ねてきた。隣人といっても二キロ先の集落の男だ。役付で定期的にティムとローザの様子を見に来ているらしかった。幼くはないが子供といえる年頃の兄妹を放っておいては、自治体的にマズイからだろう。

 その隣人は俺を見て渋い顔をした。

「保安官に預けるまで、こき使ってるんだ」

 ティムは言ったが、隣人は黙って帰り、翌日に大勢の村人を連れてやって来た。俺はひどく嫌な予感がした。

「ごめん。オレ、フォローしたつもりなんだけど」

 ティムは動揺して言った。俺は「おまえのせいじゃない」と慰めた。

 ティムによると、ヒューマンを殴りたいという衝動はフェアリーに根強くあるらしい。むろん報復は法的に認められていないので公然とはやらない。だが陰に隠れてやる暴力というのは存在するのだ。したがって、こういう辺境の地にヒューマンはやってこないのだという。法の目が届かないからだ。

「ここでヒューマン一人殺したって、ヒューマンに殺されたフェアリーの数には全然届かない」

 村人はそう吐き捨てた。

 殴りたいだけならカワイイものだ。彼らのそれは殺気だった。俺が感じた恐怖は計り知れない。手に農具を持った男どもに囲まれた時、もう死んだと思った。カボチャ畑で殺害されるとは……妙な気分だが、どう考えても笑い話にはなりそうもない。

 じりじりと距離を縮めてくる村人。恐怖で喉がカラカラの俺。そして高らかになるラッパ。

 ……ラッパ?

「者ども! 散れ!」

 突然の怒号とともに、ラバのようなラクダのような牛のような鹿のような馬に股がった男が、ベージュ色のマントをひるがえし、集団に突っ込んで来た。村人は驚き、慌てふためきながら散る。村人を蹴散らした張本人も相当あせっていたようで、飛び降りながらよろめいた。そして俺の前に片膝ついた。

「無事か?」

 クレイだった。ラッパはおそらくパトカーのサイレンと同じような役割のものなのだろう。その手に固く握られていた。

 クレイの急な登場と、間一髪救われたという思いで、俺の頭の中は真っ白だった。だから何を問うでもなく突っ立っていた。するとクレイが俺を見上げて言った。

「おい。こっちは保護されたヒューマンがカワナミだって聞いて、飛んで来たんだぜ。なにか言うことはねえのか」

 口の悪さは相変わらずだが、安心した。緊張の糸が切れて、俺は地面にへたりこんでしまった。そしてヘラッと笑った。

「ハハッ、水飲みたい」

 これにはクレイも笑った。

「またかよ。いつも喉が渇いてんだな」

 クレイは立ち上がり、村人を見据えた。

「トイチ様が水をご所望だ。誰か持ってこい」

 今度は村人が縮み上がる番だ。この世界で〝イチ〟がつく名前は、かなり破壊力がある。

「トイチ様だって!? じゃ、コイツが……、いや、この方がエレメンタルブレイカー? た、大変だ! こうしちゃおれん」


 というわけで、急遽ティムとローザの家に集まった村人は俺に平謝りした。殺そうと思っていたヒューマンがエレメンタルブレイカーだったというので、尋常じゃなく泣きわめき、後悔しながらの土下座である。

 俺とクレイはイスに座って、その光景を眺めている。どうしたもんだろう。

 ティムとローザはしばらく茫然としていたが、今は部屋の隅っこで、おとなしく正座している。顔を紅潮させ、目をキラキラさせながら。

 悪いが、俺は目をそらさせてもらった。羨望の眼差しを向けられることに慣れていないのだ。しかもエレメンタルブレイカーじゃねえし。なんか良心が痛む。だがこの場を無事にやり過ごさねばならないので、当面はエレメンタルブレイカーで通させてもらおう。

「本当に……! 本当に申し訳ございませんでした!」

 ああそうだ。とにかくさっきから、しつこく泣いて謝る村人をどうにかしよう。

「あの、もういいから。それより俺、クレイと話がしたいんだけど」

「ははっ! どうぞ、我々にお構いなく!」

 うーん。立ち退いてくれないと「お構いなく」とはいかないんだが、しょうがない。

 俺はため息ついて、クレイに向いた。

「長老に頼んで、も一回、戻してもらえませんか」

 クレイは真面目な顔で、俺を見据えた。

「それはできない」

「……え?」

「あっちへ行くには、こっちに戻った方法と同じでなきゃならない」

 ん? どういうことだ?

「え、ええっと、もうちょっと詳しく」

「前回は杖の力で戻っただろう?」

「あ、はい」

「今回は道具なしだ。ここへ来る前に念のため長老の力を借りて、どういう経路で舞い戻ってきたのか確認してきたから、間違いない」

 手抜かりねえな。さすが実力オンリー保安官。

「それで?」

 俺が首をかしげると、クレイはビシッと言った。

「おまえ、自力でこっちへ飛んだんだ。だから、あっちへも自力で行くしか方法はない」

 …………しばし目が点。そして俺は絶叫した。

「なぬー!!」

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