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オール・バイ・マイセルフ その弐

 ギュッとつむった目を再び開けると、広い畑の真ん中に突っ立っていた。あたりにはオレンジ色のカボチャがゴロゴロ転がっている。

 ハッピー・ハロウィン。

 そんな単語が浮かんだりしたが、陽気にはなれなかった。ショックを受けている真っ最中だし、この唐突なシチュエーションに嫌な予感がする。

 俺が見てないところでカルテットが杖をふったのだろうか。ありえるな。なんだかんだ言いながら俺を付け回していたに違いない。フェアリーの長老に頼めば帰ることができると知った今では、車に轢かれるよりマシだと思えるが、あんまりナイスな機転じゃないよな。助けるなら普通に助けてほしかった。

 俺はため息ついて、ボチボチ歩いた。畑の向こうに民家が見える。デッカイ平屋だ。畑の持ち主の家だろう。

 どうか話のわかる人間が住んでいますように。

 そんなことを祈りながら、歩いて行った。


「すみません。道に迷って困っています。誰かいませんか?」

 玄関先に立って、木の戸を叩いた。よもや物語につきもののワンシーンを現実にやろうとは。

「どなた?」

 戸の向こうから返事があった。女の子の声だ。ラッキー。厳格なオヤジ声が返ってきたらどうしようかと思っていたが、これは幸先がいい。

「あの、俺、カワナミっていいます。道を教えてもらえたらと思って」

 戸が少し開いた。その隙間からクルッとした目がのぞいた。栗色の瞳で、髪はストレートの金髪。半分しか見えていないが、十六歳かそこらの少女だとわかる。服装は開拓時代のアメリカ人みたいだ。なかなかカワイイ。

「ヒューマン?」

 少女の眉がゆがめられた。彼女の耳は尖っている。フェアリーだ。やっぱ俺は運が悪いのかな? だがフェアリーの長老に用があるんだから、これでいいんだ。

「道を聞きたいだけなんだ。ダメかな?」

 なるべく優しい声で問いかけた。少女はスッと戸を開いた。心を許してくれたのかと、俺がホッとしたのも束の間。

 ゴッ……! と背後から鈍い音がした。それは俺の頭が棒のようなもので打たれた音だ。俺はふらつき、地に手をついた。

「この野郎! なにしに来やがった!」

 若い男の声がした。しかし俺には振り向く余裕もなにもありゃしなかった。頭部の痛みを必死に堪えていたからだ。

「兄さん! この人は道を尋ねに来ただけよ!」

 少女の声が響く。すると男が言い返した。

「バカだな! ヒューマンにロクな奴なんていないんだよ! 信じるんじゃない!」

 同感だ。俺が知る限りの精霊界のヒューマンは、確かにロクなもんじゃない。

 そこへ男の蹴りが腹に入った。この蹴りは最高に利いた。俺は完全に転がって、意識が薄れていくのを感じた。

「ヒドイわ兄さん! 無抵抗の人に乱暴するなんて! 死んじゃったらどうするの!?」

「このくらいで死なねえよ。それより鞄、没収してどっか隠しとけ」

「どうして?」

「人質みたいなもんだよ。返して欲しかったら言うこと聞くだろ」

「聞かなかったら?」

「そんときゃそん時さ」


***


 目を開けると木造の屋根と梁が見えた。壁は白い漆喰。身体はベッドに横たわっている。頭はズキズキするし、腹には鈍い痛みが走る。

「ゴメンなさい」

 不意に声がして横を向いた。さきほどの少女がタオルを絞って額に乗せてくれた。どうやら俺は気絶していたらしい。

「ヒューマンなんかに謝るな。こんなところ、うろついているのが悪いんだ」

 少女の後ろから声がした。俺を殴った男だ。どんなヤツに殴られたのだろうかと思って視線を送ると、少年だったので驚いた。茶髪に栗色の瞳。少女とよく似た顔立ち。十七くらいだろうか。相当ヒューマンに偏見があるようだが、なにがあった少年よ。

 少年は妹を押しのけ、ズイッと寄ってきた。

「保安官を呼んだ。けどここは辺境にある。来るまでに最低二週間はかかるから、それまでは、みっちり働いてもらうからな。持ち物もこっちが預かる。文句は言わせないぞ」

 ああ、例の人質だな。悪いが、たいしたものは入っていないから(しち)にはならないんだ。教本と問題集とペン、それにわずかな金と戸籍謄本——いっそ鞄ごと燃やして灰にしてくれ。

 お、それより保安官呼んでくれたのか。お礼にいくらでも労働いたします。

 俺は起き上がれないながらも、頭を下げた。

「あ、ありがとう」

 その行動が奇妙だったのか、少年は変な顔をしてそっぽを向いた。

「仕事は明日からだ。服はオレので間に合いそうだから用意してやる。そんな変な服で外に出るなよ、いいな?」

 またしても拒否られたか、プリントTシャツ。ボトムスはカーゴパンツでこちら寄りのデザインだからセーフだろうけど。


***


 翌日。

 俺はTシャツを脱いで、用意された服を着た。紺のノースリーブのハイネックだ。ベージュ色のマントもつけた。ここはフェアリー自治区内らしい。『フェアリーが住んでいる』イコール『フェアリー自治区』ではないだろうと思っていたが、案外イコールなのかも知れない。


 軽めの朝食をすませたあと、俺は少年と一緒にカボチャ畑に出た。

「ここの畑にあるヤツ全部収穫な。がんばれよ」

 少年は無造作に言った。「がんばれよ」の部分に丸投げ的空気を感じる。

「え? 一人で?」

 思わず聞きただすと、ギロッと睨まれた。

「文句あんのか?」

「いや、ないけど」

 俺は遠くを見渡した。広い畑だ。向こうの端が霞んで見える。一日二日では終わりそうもない。こりゃ骨が折れそうだ。グズグズしていられそうもないので、さっそく収穫にかかろう。

「これは食用? それともランタン?」

 ハサミでパチンと茎を切りながら尋ねると、少年は片眉をつり上げた。

「家畜のエサだ」

 かーちーく? カボチャ食う家畜って、どんなんだ? なんかいるだろうけど思いつかないな。

「自分らは食べないのか?」

 人畜兼用かと思って聞くと、少年は憤慨した。

「なんでだよ! バカにしてんのか!」

「や、してないけど。そっか、家畜オンリーの食料なのか。なんか結構うまそうなのに、食わないのはもったいないな」

「も、もったいないって……」

 少年は戸惑い、「うえっ」というような表情を浮かべた。が、急に意地悪そうに笑った。

「じゃあ、おまえ食ってみろよ。どうせ分けてやる食料なんかないんだし、それですむなら、こっちも助かる」

 おっと、そうきたか。でも大丈夫。カボチャの調理法は心得ている。両親不在の日が多くて、たまに自炊してたしな。

「わかった。そうする。あ、でも鍋とか包丁とか調味料は貸してくれよな」

 あっさり受け入れた俺に、少年は目を丸め、たじろいだ。

「変なヤツ」

 少年は言って踵を返し、家の中に入っていった。

 気持ちはわからないでもない。「家畜のエサを食う」ということが、どんな侮辱にあたるかくらい想像がつく。俺の「食べないのか」発言に、少年も肩を怒らせた。しかし俺にはカボチャにしか見えないし、こちらの常識などどうでもいいことだ。今はこの時をしのいで地球に帰る。それしか考えられない。食い物なんて食えたらいいんだ。


 その晩さっそく調理場を借りて、煮付けを作った。醤油っぽいものがあったからだ。ダシと醤油があれば、たいていの日本人は生きてゆける。あとは肝心のカボチャだが……

 ひと口食って、俺は感動した。絶品栗カボチャだったからだ。

「は〜、うまい!」

 そんな俺を見て、兄妹は仰天した。

「そんなに美味しい?」

 と少女が聞く。俺は大きくうなずいた。

「うまいよ? なんで?」

「だって、それは普通、そのまま砕いて家畜のエサになるのよ? そんなふうに調理して食べるなんて、不思議」

「俺が生まれ育ったところでは普通だけど」

「え? そんなに貧しいの? ヒューマンの領土って、どこも豊かだと思ってたわ」

 なんだその引っかかる台詞。ヒューマンの領土はどこも豊か?

「フェアリー自治区は豊かじゃないのか?」

 素朴な疑問をぶつけると、兄が憤って怒鳴った。

「豊かな土地は全部ヒューマンが奪ってったじゃないか! ここだって、作物が育つまで肥やすのに何百年費やしたか……!」

 うおーっ! なんか凄惨な歴史が見え隠れするぞ。まずーい! しかし、そらしてしまうのはもっとヤバイ気がする。慎重になろう。

「フェ、フェアリーって虐げられてんのか?」

「そうだよ! 昔ほどじゃないけど。てか虐げてるほうは自覚ないのか!」

「お、俺はそんなつもりないよ。どうしてそうなってるのか知らないし」

「え? 知らないのか?」

「勉強不足で」

「ふん、どうだか。自分たちに都合の悪い歴史は伝えられてないんじゃないか? ヒューマンのやりそうなことだぜ」

 ひ、ひねくれてる。少年が口にする台詞にしては辛辣だ。これは、よほどのことがあったに違いない。そもそも学校にも行かないでカボチャ畑を管理していること自体おかしい。どうなってんだ、この世界。十五くらいで成人とか? だったら俺スゲエ大人じゃん。プレッシャーだなあ。

 俺は深呼吸した。二度あることは三度あると言うからな。こうたびたび飛ばされるのであれば、多少はこちらの常識も学んでおかないといけないことに気がついた。だから思い切って聞くことにした。

「じゃあ、そういうことにしておいて、教えてもらえないかな?」

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