表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想未来小説  作者: 宇多瀬与力
9/11

「菜々君は?」

 病院の診察室からゆきと連絡を受けて駆けつけてきた九胤が出てきた。賀集と九胤に付き添ってきた例の執事の老人が二人に近付くと、彼らは沈んだ表情のまま首を振った。

「もう、一週間ともたないだろうという話だ。次に倒れたら、その時が山だろうとも」

 九胤は搾り出すような声で言った。

「賀集さん、私、どうすれば………」

 ゆきは賀集の胸にしがみ付くと、そのまま顔をうずめてすすり泣き始めた。

 正直、賀集にもどうすればいいのか皆目見当がつかなかった。

「それから……賀集君に確認しておかねば成らないことがある」

「え?」

「なな子だが、意識を失った際に流産していたそうだ。……その父親は君かい?」

「! 違います!」

 賀集は即座に否定した。当然、賀集は菜々と肌を合わせたこともない。

「君の言葉を信じよう。今のは確認だ。……それに、胎児は六週目から七週目前後だったそうだ」

 九胤は頷くと言った。それを聞いた賀集は、菜々がなな子であった時の子であると理解した。

「菜々……彼女にその当時恋人は?」

「いない。我々には、なな子の体の事は愚か、あの胎児の父親すらわからない」

 九胤は悔しそうに言った。しかし、その目はそれが嘘をついていることを語っていた。

「胎児については……後で検討しましょう。それで、菜々君の意識は?」

「それは、しばらくすれば回復するそうだ。病が根本的な原因だが、今回の直接的な原因はむしろ流産の方にあるらしい」

「そうですか」

 賀集はそれ以降、黙って泣き続けるゆきの背中をさすっていた。

「……賀集君、爺、すまないがここを頼む」

 ゆきがやっと落ち着き始めたことを確認すると、九胤は賀集と執事に言った。

「え?」

 予想外の九胤の言動に驚く賀集の肩を彼は静かに叩いた。

「察してくれ。僕も辛いんだ。………しかし、ここで待つだけの強さもないし、その弱さを妹達に晒したくもない。……また後でこちらへ連絡する。すまない」

「………わかりました」

 そのまま九胤はふらついた足取りで、病院を後にした。


 東京上空に現れた戦闘飛行潜水艦龍凰は、人々が何事かと見上げる中、その猛威を振るおうと龍の口を開き、砲台を出した。

 しかし、その火が吹く前に、龍凰の尾から火が上がった。飛び散った残骸が地上に落ちる。

 人々が恐る恐るその行く末を見守る中、煙の中から黒い影が飛び出してきた。

 背の高い建物の屋上に着地したその巨大な黒い影は、鳴き声を轟かせた。

「にゃぁぁぁああああ!」

 その影の姿は、猫そのものであった。しかし、その体は体毛の代わりに黒鉄の金属で覆われていた。

 そして、その背中には、二人の人影があった。

「まさか、巨大猫型ロボットを出すなんて」

「ふふ、こんなこともあろうかと、僕のパソコンの助手猫はインタアネットの仮想世界では巨大猫型ロボットとなる様に作っていたんだ。普通の受話口ではとても実体化できる大きさではないけど、あの大型送受口なら可能だった」

 猫型ロボットの背中にいる成平は和昭に今行ったことを説明した。

「まさに竜虎の対決だな」

 龍凰を見上げて和昭は言った。

 しかし、成平は首を振った。

「いいや、竜猫の対決だよ」


「温かいお茶だ。飲めば、多少は落ち着く」

 賀集は看護婦に頼んで用意してもらった煎茶を、菜々の眠るベッドの横にある椅子に腰掛けるゆきに渡した。

「ありがとう。……ごめんなさいね。賀集さんも辛いのに」

「いいや。所詮自分は部外者だ。家族の君とは立場が違う」

 しかし、ゆきは首を振った。

「ううん。賀集さんは部外者じゃないわ」

「それは君だから言えることさ。周囲から見たら、自分は両家の娘に媚を売る只の書生もどきだ」

「いいえ。違うわ」

「え?」

 賀集は首を傾げた。ゆきは少し躊躇しつつも、ほんのりと頬を染めて言った。

「あなたはまもなく私の正式な婚約者となるの。だから、あなたの行動は義理の妹の為に奮闘する好青年。それが周囲の目よ」

「そ、それは……」

 冗談や嘘ではないことは、ゆきの目を見た賀集が十分に理解できていた。しかし、その意味がわからない。そもそも、賀集が菜々やゆきと出会ってから、まだ二週間程度しか日が経っていない。

「話したでしょう? あなたの存在を父が快く思っていないと。だから、あなたを私の婚約者としてしまい、この子との面会に正当な理由を作ってしまう。あなたの耳に入らなかったのは、あなたがそれを拒絶すると考えたから。あなたの御祖母様もそれを望んだ。これは一種の政略結婚。出会ってからの時間なんて関係がないのよ」

「……確かに、京橋の祖母ならお家再興の為なら、鬼とも悪魔とも平気で契りを握るだろうな。しかし、他の人は?」

「正直言って、あなたとこの子以外、全員承知よ。それに、この子がもう長くはないのも、承知の上だった。だから、皆としてはあなた達二人に束の間の夢を見せて上げたかったみたいよ」

 ゆきはとても淡々と語った。賀集は憤りに拳を一度は握るものの、ぐっとそれを堪えて掌を広げた。

「ゆきさん。……なんで今、それを話したんですか? 話さないでやり過ごすこともできたのに」

「………だからよ」

「え?」

 賀集に聞き取れないほどに小さい声でゆきは言った。聞き返した賀集に、彼女は顔を上げてもう一度言った。

「好きになってしまったからよ、賀集さんのことが」

 その瞳に、嘘はなかった。

「だから、あなたには後悔をしてほしくなかった。あなたの人生は、あなたの手で選んで欲しかった。……駄目かしら?」

「………」

 賀集は黙って唇を噛んだ。その様子を見て、ゆきは薄っすらと涙を浮かべた。

「ゆきさん、今晩はここに泊まっていくのですか?」

 賀集はやっとの思いで口を開いた。

「えぇそのつもり」

「なら、菜々君を、後を頼みます」

「! あなたも逃げるの?」

 病室から出ようとする賀集にゆきは問いかける。

 賀集は振り返らずに答えた。

「いいえ。自分には、やらなければならないことがあるので」

「え?」

「菜々君と書いている小説を、空想未来小説を書き上げます」

 そして、そのまま賀集は病院を後にし、まっすぐ岩倉邸へ行くと、菜々の部屋へ入れて貰える様に土下座し、何とか入れてもらうと、彼は原稿用紙を広げた。

 正直なところ、時間はあまりにも短かった。細かい文章の推敲をする余裕もない。綴られる物語は彼の心境に、あまりにも忠実で、不安定な稚拙なものとしてその像を現していく。しかし、彼は書くこと決して諦めなかった。

 彼に必要なことは、この部屋でこの小説を書き上げる事だけだった。


「行くよ! 猫!」

「にゃぁぁぁああああ!」

 成平の声に猫型ロボットは咆哮して応え、建物から飛び上がった。猫は空中をかけて、龍凰に迫る。

 龍凰も猫に爆雷攻撃を仕掛ける。しかし、その爆発の間を縫うように進み、猫は鋭い爪を立てて龍凰の装甲をひっかく。火花と爆発が起こる。

 地面に落下する猫。だが、猫捻りをしてしなやかに大通りに着地し、再び猫は空中に飛び上がる。

 しかし、龍凰は素早く転身し、頭部の主砲を猫に向けた。

「!」

 刹那、主砲は火を吹き、猫は吹き飛ぶ。黒煙をその軌跡に残し、落下する猫。

「にゃぁぁぁああああ!」

 しかし、その煙幕を利用し、再び猫は飛び上がり、龍凰の頭部に飛び掛った。だが、龍凰の主砲はその機会を逃さず、再度主砲が火を吹く。今度は零距離の直撃を受ける猫。

 猫の残骸が地上に降り注ぐ。

 黒煙が風に流れる。

 人々はその光景を、固唾を呑んで見守る。

 黒煙が晴れた。そこには、下半身を失いつつも、龍凰の頭部にしがみ付く猫の上半身の姿があった。

 地上の人々が歓声を上げる。

「にゃぁぁぁああああ!」

 猫は懇親の力を振り絞り、龍凰の頭部に両前足の爪を立てる。頭部の装甲が軋み、唸りを上げる。

 しかし、猫の胴は再び主砲の目の前に下がる。今度直撃を受ければ猫が大破することは誰の目にも明らかであった。だが、猫はそれを諸共せず、頭部に爪を立て続ける。装甲にひびが広がる。

 主砲から音がもれる。再び火を吹く。それを人々は悟った。

 しかし、主砲は発射されない。その砲口が先の零距離射撃で変形しているのだ。猫はこの機会を逃さず、最期の力を両前足に注ぎこむ。両前足の、両肩の装甲が砕ける。圧力に耐え切れず、猫の頭部の装甲も砕け、素体が露わになり、赤い瞳だけが粉塵舞う空中に光る。

「にゃぁぁぁああああ!」

 猫の最期の雄叫びが東京の空に轟いた。

 刹那、猫の両前足は龍凰の頭部を砕き、その爪は主砲に装填された砲弾に達した。龍凰の頭部と猫は、東京の空に閃光と黒煙を描き、爆発四散した。


 龍凰は操縦不能になり、そのまま煙を上げながら上野公園へ墜落した。

 咳込みながら逃げ出す者達の姿を見送り、光昭は炎の広がる艦橋から格納庫へと歩いていく。

 とても静かだった。爆発音、熱に呻き声を上げる鉄やガラスの音、熱風の轟音も今の彼にはとても小さく聞こえていた。

 光昭は、床に落ちている装置の残骸の中から、無事なものを一つ、手に取り呟く。

「……まだ、終わらせる訳にはいかない」

「やめろ!」

「!」

 驚いて振り返ると、そこには和昭と成平の姿があった。

「君たち……なぜ?」

「猫が龍凰をひっかいた時、あの時に僕たちは龍凰に飛び移ったんです」

 成平が答えた。

「なぜいるんだ! ここは、危険だろう?」

「馬鹿兄貴! それは兄貴も同じだろうが」

 和昭が睨みつける。その顔は煤で黒くなっている。

「僕は……もうこうするしか方法はないんだ。たった一つでもかまわない。この世界から、一つでも病の根源が消えればそれでいい」

 光昭は切ない面持ちで言うと、大型送受口に歩いていく。

「兄貴!」

「……!」

 和昭は光昭を殴り飛ばした。床に転がる光昭。それを、拳を構えたまま、涙を流して見つめる和昭。

「………もう、終わりにしよう? 俺は、やっぱり兄貴が間違っていると思う。帰ろうぜ?」

「……すまない。和昭、母や父には、僕を生んでくれてありがとうと伝えてくれ。僕は、こんなことをしてしまった。今更、帰れはしない。……だから、せめて目的をほんの少しだけでも、果たして死なせてくれよ」

「兄貴……」

 和昭は、何も出来ず拳を下ろした。

 光昭はゆっくりと立ち上がり、床に転がった装置を拾う。

「さようなら」

 光昭は一言、和昭に告げると、装置を大型送受口の上に掲げた。

「終わりではありません!」

「!」

 光昭は声を上げた成平を見た。彼は言葉を続けた。

「まだ、光昭さんの戦いは終わりではありません。人は確かに愚かで、この世界を滅ぼす病かもしれない。でも、人だって、文明だって、いつまでも滅ぶ道を進み続けるわけではない。僕はこの文明が好きです。だから、断言できる。絶対に、この世界を滅ぼしはしない。蝕むのが文明なら、それを治すのも、また文明です。それは、光昭さん自身がやろうとしていたことでもあります」

「成平君……」

 光昭は自分の手に持つ装置を見る。

「光昭さん、あなたは立派です。他の誰よりも早く気がつき、そして行動に移した。でも、その方法は最善のものでなかった。ただそれだけです。……もう少し、もう少しだけ、時間を僕達にください。次第に、皆気がつきます。立ち上がります。そして、少しずつ世界は変わります。だから、僕達と一緒に、いきましょう!」

 成平の訴えに、光昭は嘆息し、装置を持つ手を下ろした。

「やれやれ。僕も、まだまだ甘いな。……でも、できるという保証は?」

「ありません。でも、信じているというこの気持ち。その気持ちというのが、一番の保証です。気持ちがある限り、可能性もあります」

「希望的な意見だね。……でも、僕もその希望、信じてみたいと今は思っているんだよ。困ったことに」

 光昭は苦笑する。

「では、一緒に………」

「ごめんね。それはできない。この世界で人を変えるのは、君たちの役目だ。罪人の僕がすることではない。……でも、僕も信じるよ。だから、こっちの世界で、世界の変化を見守るよ」

「「!」」

 光昭は笑顔を浮かべて、その身を大型送受口に投げた。同時に、彼は空中に作動させた装置を放り投げた。彼の体が大型送受口の中に消えた直後、装置の力で大型送受口や格納庫が腐食し、溶けていく。

「光昭さん!」

「馬鹿、ここはもうもたない! 今はまず逃げるぞ!」

 そう言い成平の手を引く和昭の瞳には光るものが見えた。

 まもなく、龍凰はその残骸を殆ど残すことなく腐食し、地に帰った。


 数日後、和昭と成平はそれぞれ高校に登校した。全てが溶けてしまい、光昭の仲間もその身を隠してしまい、結局警察は事件の全容解明にはいたっていない。成平と和昭も偶然上野公園に居合わせた被害者ということで口裏を合わせた。

 しかし、復帰した彼らに対しての学友達の態度は余所余所しいものであった。恐らく接し方がわからなかったのだろう。

 昼の休み時間、二人は校舎裏で握り飯を食べていた。

「結局、どうやって変えていけばいいんだろうな?」

 梅の入った握り飯を食べながら和昭がおもむろに言った。

「さあね。わからないよ。……一つ言えることは、簡単なことではないということだね」

「おい!」

「でも、不可能なことではないはずだ。それだけは言える。だから、今は勉強をするしかないんだ」

 昆布の入った握り飯を食べる成平が答えた。

 そんな時、彼のケイタイが手紙を受け取った。届いた手紙を成平は広げる。その文面を見て、目を見開いた。

「おい、和昭!」

「どうした? ………これは!」

 手紙を覗きこんだ和昭も目を見開く。手紙の差出人の名前は、光昭になっていたのだ。

 手紙には短い文章が書かれていた。

『君たちならできる。僕は、こっちの世界から世界を少しずつ変われる様に導いていく。だから、君たちは未来を信じて、頑張れ』

 東京は、今日も暑かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ