金庫番令嬢の逆襲
「そういえば殿下、素敵なネックレスとドレスをありがとうございました」
これは嫌味だ。
私は目の前に立つ茶髪の青年、カール王太子殿下に深々と頭を下げた。視界の端で自慢の黒髪がさらりと揺れて、屈辱に歪む顔を隠してくれた。
殿下がくださったこのネックレスとドレスはどちらもとっても豪華だけど、青い宝石のついたネックレスも、私には小さすぎてお直しが必要だったこのドレスも私のために作られたものじゃない。今、殿下にぴったりと寄り添う女性に向けられて作られたものだ。
その女性とはレイナ伯爵令嬢。青い瞳と金色の髪を持った愛らしい容姿の女性で、殿下の浮気相手。
そして、私はグロリア公爵令嬢。カール王太子殿下の婚約者だ。ちなみに緑の瞳で、それからもこのネックレスが誰に贈られたものかは明らかだった。
「俺はもう殿下ではない。国王陛下と呼べ」
国王陛下、……カール殿下の父君と母君である王妃殿下は、つい先日不慮の事故で亡くなられた。まだ喪も明けていない。
それなのにやることが国王気分でふんぞり返っていることとは、国王陛下も草葉の陰で泣いていることだろう。
「戴冠式はまだお済みになっておりませんわ。……それで、お話とはなんでしょう。ずいぶんと仰々しい場でいらっしゃいますけれど」
カール殿下に話があると城に呼ばれ、彼が待つ部屋に入ると国の重鎮たちがずらりと並んでいた。おそよプライベートな話をする雰囲気ではない。
周りを見回しながら尋ねれば、カール殿下は私に指を突きつけて言った。
「お前を呼んだのは婚約破棄をするためだ。お前では俺に相応しくない。おとなしくレイナに婚約者の座を譲るんだな!」
「それでは、いま私が持っているこれらは慰謝料ということですか?」
覚えている限りでカール殿下にプレゼントをされたのはこれが初めてだ。純粋なプレゼントと言われるよりも慰謝料と言われる方が納得がいく。
私がネックレスを少し持ち上げて聞けば、ニタニタとカール殿下は笑う。レイナ伯爵令嬢もくすくすと明らかにこちらを見下す笑い方をしていた。
「慰謝料ではない。退職金だ。お前には金庫番なんていう役目も辞めてもらう。特に何もしていない名ばかりの役職のクセをして、金の使い方にケチばかりつけてくるからずっと目障りだったんだ」
カール殿下は金遣いが荒い。それを意見できるのは国王陛下か私くらいなもので、陛下はカール殿下のことを溺愛していたから注意らしい注意はできず。結局、金庫番の役目を与えられた婚約者の私ばっかり口うるさくなる羽目になってしまった。
「俺は退職金なんて必要ないと言ったんだが、レイナがどうしてもと聞かなくてな……。レイナに感謝するんだな」
「成果はともかく、それなりに長いこと勤めていらっしゃいましたからね。労って差し上げないと可哀想でしょう?」
ニタニタ、くすくす。殿下たちが笑っている。
私に『お下がり』をあげようと提案したのはレイナ伯爵令嬢だったらしい。どうりで、カール殿下の割には回りくどい嫌がらせだと思った。
周りの大臣や有力貴族たちは黙って事の成り行きを見守っていた。この場にいた私のお父様も口を引き結んで、じっと私たちのやりとりを見ている。
「婚約破棄も退職のことも了承いたしました。それでは、私の持っているこれらは退職金としていただいていきますね」
「強がりか。まあいい、好きに持っていけ」
私が思っていた反応をしなかったから面白くないだろう。カール殿下は鼻を鳴らして白けた様子だ。
「カール!お前、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
そんな中、飛び出してきた人がいる。
赤髪で長身の男性はカール殿下の兄君、レオン殿下。年齢はカール殿下より上だけれど、側室の母から生まれているので王位継承権は正室の母を持つカーラル殿下の下だ。
国王陛下と王妃殿下は仲のいい夫婦だったけれど、なかなか子供に恵まれなかった。そこでレオン殿下の母君が側室に入り、レオン殿下が生まれた後にカール殿下が生まれたというわけだ。
国王陛下はカール殿下を溺愛し、甘やかした。それがこの傍若無人男の誕生秘話。
政に関しては申し分ない王だったけど、この点については草葉の陰から引きずり出して説教してやりたい。
「国にもお前にもよくよく尽くしてくれたこんな素晴らしい女性にこんな仕打ち……、婚約を解消するにしてももっとやりようがあっただろう!?」
「そんなにグロリアがいいというなら、兄上に差し上げましょうか。お似合いですよ」
「なっ……」
「いい考えですわね!」
いい考え、そう言ったのは私だ。
言葉を失ったレオン殿下の腕に抱きつきながら、私は今日一番嬉しそうな声を上げた。みるみる内に「な、なにを……!?」レオン殿下が真っ赤になっていくが、今は無視させてもらう。
「我が家は次期国王にレオン殿下を推そうとおもっていましたの!」
「貴様……、謀反か?」
「まあ、謀反だなんてそんな。まだカール殿下は王位を継いでるわけではありませんし……、それに無一文の王様に誰がついていくというのでしょう。皆、お給料をいただくために働いていらっしゃいますのよ?」
「無一文……?俺が?何を言っているんだ」
「だって、カール殿下。さっき私に退職金だって全部くださったじゃないですか」
カール殿下やレイナ伯爵令嬢はぽかんとして、レオン殿下ははっとしている。そうか、カール殿下は教えられていなかったのか。
私は漏れそうになる笑いを噛み殺しながら続けた。
「カーラル殿下は私を金庫番とおっしゃったけれど、それは少し違います。私自身が金庫であり、金庫番でもあるのです。カール殿下と婚約した時からずっと、アイテムボックスのスキル持ちの私が城にある財産のほとんどを収納して監理しておりました」
国王陛下は親馬鹿だったけれど、同時に優秀な為政者でもあった。彼は愛息子が人の上に立つ存在ではないと自覚しており、それを補うために私が王妃として選ばれていた。金品を管理させるためにアイテムボックスのスキル持ちだったのが決め手だったと後から聞いた。
遊び呆けるカール殿下の傍ら、スパルタで王妃教育を施されたのは今でも根に持っている。
「陛下が特に頭を悩ませていたのはカール殿下の金遣いの荒さですね。よく国庫からちょろまかしていたでしょう?あれ、全部バレていますからね」
「な……!ということは、国庫の中身は……」
「私のアイテムボックスの中です。私が持っていますわ」
「返せ!それは俺のだ!」
「いやだ、もう私のものですわ。大臣の皆様方も聞いていらっしゃいましたし……。あ、もしもレオン殿下が王になったら、お城で働く皆さんのお給料アップ、貴族の皆様方にもなにかしらの優遇をするとお約束しますわ!なにしろお金はた〜っぷりありますから!」
国王陛下は慎重な方で、ちょっとびっくりするくらい溜め込んでいた。そう、少しくらいばら撒いても痛くはないくらいに。
「返せ!」
「まあ怖い」
激昂したカーラル殿下が殴りかかってきて、レオン殿下が庇ってくれようとした。しかし、それより先に、空中に黒い穴が現れてレオン殿下が吸い込まれていく。この穴は私のアイテムボックスへと繋がっている。
「突然手を上げようとされたから驚いて、うっかり!うっかりアイテムボックスを開いてしまいましたわ。恐ろしいですわ〜」
静まり返る部屋の中、白々しくも私は言う。集まっていた大臣や貴族たちが顔を見合わせるばかりで私を非難しないのは、彼らがカール殿下が王になることを望んでいなかったのを見抜いた父が各方面に手を回していたからだ。
おそらく、このままならレオン殿下が国王になることだろう。
「君は、……すごいな」
「結婚したくなりました?」
空振ったレオン殿下が驚いた顔のまま振り返って、それから眉を下げて苦笑いを浮かべた。
「ずっと前からなってるよ」
冗談めかした言葉に対して返ってきた言葉を聞いて、私の心臓が大きく跳ねる。
厳しい王妃教育に挫けそうな私を励ましてくれたのはいつもレオン殿下で、いつの間にか私は彼に惹かれていた。でも私はカール殿下の婚約者だったから、ずっとその気持ちに蓋をしていた。
「わ、私も!私もずっとレオン殿下がよかったの!」
カール殿下たちが婚約破棄を計画していると聞いた時、私がどんなに嬉しかったか彼は知らないだろう。
抱きつく私を受け止めながら、くすぐったそうにレオン殿下は笑っていた。




