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百年の断罪

作者: Vou
掲載日:2026/04/28

 宮廷魔導士のアウレリオ・ヴァルガスは、その断罪を生涯忘れなかった。


「聖女マルガレーテ・ルミエール、おまえとの婚約をここに破棄する」


 当時の王太子フリードリヒが、聖女マルガレーテに宣告した。傍には公爵令嬢クラリッサがついている。


「そして、守護結界の停止を求め、結界の安全性に根拠なき疑義を唱え、王国百万の民を危険に晒した罪により、ここに断罪する!」


「聖女が王国を危険に晒すなんて……」


 横にいたクラリッサが呟いた。


「それは違います。私は、あの結界に邪悪な術式が込められているのではないかと疑っています。結界自体を見直す必要があると訴えているだけです」


 このとき、アウレリオは胸騒ぎを覚えていた。マルガレーテの言うことがどうしても事実無根の虚偽であるとは思えなかった。

 王国の守護結界の魔法陣造成に関わった一人として、アウレリオもまた違和感を覚えていたのだ。魔法陣に欠陥があるというよりは、意図的に加えられた効果があるのではないかという違和感だった。そして魔法陣全体を設計したのが、王家直属の主席魔導士だった。


「マルガレーテ、おまえは王都からは追放だ。二度と王都の土を踏むことは許さん」


 アウレリオは観衆に紛れ、誰にも気づかれぬよう断罪台の縁に指を触れていた。強く指を擦りつけると、皮膚が破れ、血が一滴、断罪台の石に染みた。


記録(レコード)


 それはアウレリオの抵抗だった。



 ほどなく、王太子フリードリヒは公爵令嬢クラリッサを王太子妃として迎え、やがて国王として王家を継ぎ、王都はその後百年の栄華を謳歌した。


   ※


 聖女マルガレーテの断罪から百年後——辺境のマグノリア村。


 マルガレーテの断罪に立ち会った初代アウレリオの曾孫にあたるアレン・ヴァルガスの葬儀に立ち会ったのは、アレンの息子で、奇しくも初代の名を持つアウレリオ・ヴァルガスと、その恋人のフィオナの二人だけだった。



「王都に行こうと思う」


 葬儀を終え、ほどなくしてアウレリオがフィオナに告げた。


「王都?」


 そう問うフィオナに、アウレリオは頷いた。


「いつ戻ってくるの」


 フィオナが尋ねる。


「用事を済ませたらすぐ戻るよ」


 アウレリオはフィオナの目も見ずに、そう答えた。


   ※


 アレン・ヴァルガスは、アウレリオにとって、寡黙な父だった。母が早逝してからは、ただでさえ寡黙であった父は、さらに話をすることが少なくなった。


 父アレンは、亡くなる直前に、初代アウレリオから引き継がれてきた「記録石板(ログ・スレート)」を息子のアウレリオに託した。


 その記録は、王国とヴァルガス家の「呪い」について伝えるものであり、ヴァルガス家がマグノリア村にやってきてからの歴史を伝えるものでもあった。


   ※


 石板の記録は、百年前、聖女マルガレーテの断罪について、宮廷魔導士だった初代アウレリオ・ヴァルガスが語るところから始まった。ヴァルガス家の者は決してこの断罪のことを忘れてはいけない、と。

 アウレリオは宮廷の職を辞し、追放されたマルガレーテを連れて、辺境の中でも端に位置するマグノリア村にやってきたのだった。


 当時は村と呼べるほどのものは何もなかった。何もない土地で、アウレリオが持ちこんだのは大量の魔導書だけだった。


 アウレリオが魔導書を持ってきた目的の一つは、王都では使う機会がなかった生活魔法を習得するためだった。優秀な宮廷魔導士だったアウレリオはすぐにいくつもの生活魔法を習得し、家を建て、畑を作った。

 一方のマルガレーテも、聖女の祝福により、家を補強し、作物を育み、二人は辺境の荒野での生活を整えていったのだった。


 その頃、建材を取りに行った森で、アウレリオは一人の少女に出会った。

 その少女はアウレリオを見るなり初歩的な魔法で攻撃してきた。手でその攻撃を受けたアウレリオは手に火傷を負ったのだが、マルガレーテが治癒を施そうとしても頑として拒否し、「人族の代表として、その子の怒りを覚えておきたい」と言い張った。

 その子は、深い悲しみと怒りを持った、エルフ族の孤児——フィオナだった。


 アウレリオとマルガレーテはフィオナを保護し、育てることに決めた。二人以外の、初めての村人だった。——この頃、アウレリオはその生活圏をマグノリア村と名づけていた。

 フィオナは反抗的な子どもだったが、アウレリオとマルガレーテの優しさに触れ、やがて心を許すようになった。

 フィオナは二人から文字を教わり、アウレリオの魔導書を読むようになり、二人の手伝いもできるほど魔法が上達していった。


 アウレリオとマルガレーテはフィオナを本当の子どものように思い、そのことが二人の愛も育んでいくきっかけになった。


 アウレリオとマルガレーテは小さな教会を建て、そこで結婚式を執り行った。

 祝福は元聖女のマルガレーテ自身が行い、結婚式に立ち会ったのは、フィオナだけというとても小さな結婚式だったが、参加した三人はとても幸福な気分になったのだった。


 結婚からほどなく、アウレリオとマルガレーテの間に一人の男の子が生まれた。アルカディオと名付けられたその男の子は元気に育っていった。

 両親はもちろん、フィオナも姉のようにアルカディオの面倒を見た。

 しかし、長命のエルフ族は成長も遅く、気づくとアルカディオはすぐにフィオナの身長を抜き、兄のようになっていた。


 アルカディオの成長につれ、マグノリア村にも村人が増え始めていた。

 かつての聖女の追放を知っていた罪人たちや、何らかの事情で王都にいられなくなった人々が自然と流れ着いたのだった。

 アウレリオとマルガレーテはそれらの人々をすべて受け入れた。中には粗暴な者もいたのだが、聖女マルガレーテの慈愛に触れているうちに、その人格も矯正されていくのだった。


 そうしてマグノリア村に人が増え始め、村らしい村を形成していくのだった。



 月日は経ち、アウレリオとマルガレーテは老いていき、まずマルガレーテが、そしてマルガレーテを追うようにアウレリオが亡くなった。

 フィオナはまだ少女としか呼べない程度にしか成長していなかった。


   ※


「アウレリオとマルガレーテの結婚式は、本当に素敵だった。二人とも幸せいっぱいで、いつか私もこんな幸せな結婚をしたいと思ったの」


 フィオナが当時を懐かしんで言った。


「でも、人族の生は本当に短いのね。私が少し大人になる前に、二人とも老いてしまった」


   ※


 アルカディオの代で村に異変が起き始めた。


 村人たちが早逝していったのだ。


 村の人々の死しか知らなかったアルカディオは、それを異常だと思わなかった。

 しかし、外から流れ着いた者たちは口を揃えて言うのだった。「この村の人間は、あまりにも若く死にすぎる」と。


 元聖女マルガレーテから治癒魔法を学んでいたフィオナが村人たちの診断と治癒を行ったのだが、外傷はもちろん、病の形跡も見つからなかった。

 それでも村人たちは早逝していくのだった。

 

 アルカディオは魔力の流れや瘴気の溜まり具合など、人体に影響が出そうな要因のあらゆる記録を取るようになった。


 そんな生活の中、アルカディオは一人の村人と恋に落ち、結婚し、娘——アウレリアが誕生した。


 フィオナはやはり姉のような存在としてアウレリアの面倒を見て、やがて妹になった。


 アルカディオはアウレリオのように十分老いることなく、壮年になってまもなくこの世を去った。


 アルカディオが老いる前に死んだ日も、フィオナにはまだ幼さが残っていた。


   ※


「両親のようだったアウレリオとマルガレーテを失って、兄弟のようなアルカディオも失って、とても寂しかったわ」


 フィオナは本当に寂しそうにそう呟いた。


   ※


 アウレリアは結婚の形は取らなかったが、村の男との間に一人の子どもをもうけた。愛し合って、というよりは、まるで子孫を残すことが義務とでもいうように、アウレリアは子どもを産んだ。

 それが現代のアウレリオの父、アレンだった。


 ところが、研究者気質の強いアウレリアは子育てにはまったく興味を示さず、父の男も村を出ていってしまった。

 村人の死期は年々早まっているようで、次第に村人たちは気味悪がりはじめ、マグノリア村を離れるようになっていったのだ。


 アウレリアが母になった頃、フィオナはようやく人族なら娘と呼べる年頃になっており、アレンの面倒はフィオナが一人で見ていた。フィオナは、今までは姉のような存在だったが、ついに母のような役割まで担うようになったのだった。


 その一方で、アウレリアは、村人の早逝の原因の究明のための研究に没頭していた。彼女には、何か強い使命感のようなものがあるようだった。

 アウレリアは、初代アウレリオの魔導書を読み漁り、魔力理論の理解を深め、アルカディオが溜めた大量の記録を理論に重ねることで、マグノリア村の「呪い」の原因を概ね推定できていた。彼女の研究の目的は、その推定の確証を得ることだった。


 試行錯誤の末に、アウレリアは「魔力(マナ・)波形計(スペクトログラフ)」を完成させた。

 それは黒曜石の台座の中心に水晶針を据えた魔導測定器で、魔力の方角、距離、質、流れ、混入する術式を、淡い光の波形として映し出すだけでなく、魔力を一定の波長に揃えて外部へ出力することもできた。この出力機構は様々な魔導機関の性能を飛躍的に向上させうる発明だった。


 そして、この装置により、アウレリアはついに村人たちの寿命を奪っているものの正体を特定した。


 ——王都から周期的に送られてくる術式。


 その術式が、人々の体内の魔力器官との魔力回路を形成し、体内で生成される魔力を、生成されるそばから吸い取り、その魔力が王都に送られていた。魔力による臓器などの活動補助が鈍り、身体に負荷がかかることで、寿命が縮まっていることは明白だった。


 アウレリアは、その装置を持って村を出た。

 ヴァルガス家の記録石板に、自身の魔導工学研究の成果すべてを残して。



 その後、二度とアウレリアがマグノリア村に帰ってくることはなかった。


 そして、村人の寿命が戻ることもなかった。


   ※


「結局、アウレリアも他の村人たちと同じようにマグノリア村を捨てたのよ」


 今までのヴァルガス家の人間への反応とは打って変わって、フィオナは初めて非難するような口調だった。


   ※


 アレンは、自分のことを省みることもなく研究にだけ没頭し、挙げ句の果てに村を去った母アウレリアを恨んだ。


 村の創始者のヴァルガスの家系であることを誇りに思い、村に残り続けることを決めた。

 アレンは村人の娘と恋に落ち、結婚した。そして現在のアウレリオが誕生した。


 しかしその頃には、他の村人はすべて、死ぬか、村を出てしまっており、マグノリア村にはヴァルガス家以外に住人はいなくなっていた。


 アレンは塞ぎ込むようになり、アウレリオの母には、自然とアウレリオだけが生き甲斐になっていた。

 フィオナがアウレリオの面倒を見ようとしても、アウレリオの母はそれを許さなかった。


 フィオナは村にいながら、居場所がなくなってしまったように感じた。


 やがてアウレリオの母が若くして亡くなると、ようやく再びフィオナはヴァルガス家に立ち入ることを許されるようになった。

 アウレリオと出会った頃、フィオナは、人族の娘なら恋を知る年頃になっていた。

 そしてアウレリオも青年となっており、美しく育ったエルフ族のフィオナと、すぐに恋に落ちた。

 村人がすっかりいなくなったマグノリア村で、二人は穏やかな日々を過ごし、愛を育んでいった。


 しかし、妻の死から一年と経たず、アレンもまた死の床につくこととなった。


 アレンは死の間際に「記録石板(ログ・スレート)」をアウレリオに引き継ぎ、「お母さんを守ってやってくれ」という言葉を最後に息を引き取った。

 死んだ母を守れとはどういうことかと疑問に思いながら、アウレリオは頷いて答えた。

 後に、アレンの言う「お母さん」が、アレンにとっての母、つまりフィオナのことだと気づいた。


 アレンの髪はまだ黒々とし、その体は死ぬにはまだ若々しすぎた。


   ※


「村は寂しくなってしまったけれど、私にはヴァルガス家とのたくさんの思い出がある。それに何より、あなたと会えて、私は幸せだわ」


 フィオナは、どこか寂しさを滲ませたまま、アウレリオに微笑みかけた。


   ※


 この数十年で、王国は飛躍的に魔導工学技術を発展させ、辺境にも魔導列車と呼ばれる高速移動鉄道が来ていた。

 運賃として、貨幣だけでなく、魔力も受け付けていた。


 アウレリオは辺境伯の城前の駅で、王城行きのチケットを、自身の魔力で購入した。

 魔力払い用の水晶に手をかざすと、アウレリオは少し苦しそうに顔をしかめた。


「じゃあ、行ってくるよ」


 アウレリオはフィオナに微笑んで言った。


「必ず、戻ってきてね、アウレリオ」


 フィオナの言葉にアウレリオは頷いた。


 フィオナには、かつて「魔力(マナ・)波形計(スペクトログラフ)」を手に、村を出て戻らなかったアウレリアのことが脳裏に浮かんでいた。

 フィオナには抑えがたい胸騒ぎがあった。


   ※


 生まれて初めての魔導列車に、アウレリオは驚愕していた。全速力で駆ける馬の何倍も速い速度で、鉄の馬車が走り、外の風景が川のように流れていった。


 王都に着くと、その様子にさらにアウレリオは驚くことになった。

 到着した頃には日も落ち、世界はすっかり暗くなっているにも関わらず、王都は明るく輝いていた。

 王都の至るところに魔導灯が灯され、見上げるほど大きな建物の壁面には魔導映像盤(ヴィジョン・プレート)が設置され、華やかに踊る男女たちが映し出されていた。

 アウレリオはしばらくその画面の映像に見入っていた。


 映像が切り替わり、華やかな雰囲気から、静かな様子に切り替わった。

 そこには、現代の聖女らしき女性が映し出されていた。


「明日、聖女エリシア・ブランシェが重大な罪により断罪されるとの情報は入りました。断罪は、王城前広場で行われ、全国に中継される予定です」


 映像の背景でそう告知されていた。

 


 ヴァルガス家が辺境の片隅で過ごしている間に、人族の魔導工学は想像以上の速度で発展しているようだった。


「いつかフィオナにも見せたいな」


 アウレリオはそんなことを呟いて、首を振った。


 アウレリオはそれらの技術のもとになったものが、辺境から持ち出されたものだと知っていた。


 会ったこともない祖母、アウレリアの開発した「魔力(マナ・)波形計(スペクトログラフ)」——人族の現代の魔導工学はすべて、魔力を効率的に変質させ、工学的な動力源へと変えるその装置の技術の延長にしかすぎないのだということが、アウレリオにはすぐにわかった。


   ※


 アウレリオは王都の中でも最も大きな建物を目指して歩いた。


 道行く人々が、アウレリオの服装を見てクスクスと笑っていた。

 アウレリオも王都の人々の服装が自分のものとかなり異なっていることは認識していた。アウレリオの服は百年前の初代アウレリオのものとそれほど大きく変わらないが、彼らのものは大きく変わったようだった。

 辺境では時間が止まって悠久の時間の流れを感じていたが、ここでは多くの変化があるらしい。


 ——辺境で時代に取り残された人間とでも思われているのだろうな。



 やがてアウレリオは王城前広場に到着した。


 その中央には、石造りの台になっている部分があった。その台の後ろに背の高い大きな塔があり、そこには巨大な魔導映像盤が嵌め込まれていた。


 そこが断罪台に違いなかった。

 その断罪台の前で、アウレリオは座り込み、やがて寝そべって、一夜を過ごした。


   ※


 夜が明け、朝日に顔を照らされてアウレリオは目が覚めた。

 しばらくすると、王城前広場に人が行き交い始めるが、アウレリオは何もせず、そのままじっとそこに居座った。


 やがてまた日が落ち始めた頃、次第に人々が集まり始めた。彼らの目当ては聖女エリシア・ブランシェの断罪らしく、口々に聖女エリシアの話をしていた。



 やがて日が完全に落ち、町に魔導灯の光に包まれた頃、大きな歓声が上がった。

 王城前広場はすでに観衆で溢れかえっていた。


 断罪台に上がったのは、昨日、魔導映像盤に映っていた聖女エリシアその人だった。続けて、派手な服装をした男女が断罪台に上がった。

 「王太子殿下自らの断罪なのか」「なぜ公爵令嬢も一緒なのだ?」「王太子が浮気でもしているんじゃないか」と近くにいた人々が口にしていた。


「本日の断罪の様子は、魔導網(マナ・ネットワーク)により、王国全土に放映される。虚偽や誤魔化しは許されない」


 断罪の初めに、王太子が宣言すると、断罪台の後ろの塔の魔導映像盤に、断罪台の映像が投影された。


「では、これより断罪を行う」


 観衆が固唾を飲んで、次の言葉を待つ。


「断罪を行うにあたって、この王太子レオンハルトは聖女エリシア・ブランシェとの婚約をここに破棄する」


 観衆がざわめく。


「そして、守護結界の拡張を拒み、結界の安全性に根拠なき疑義を唱え、一億に及ぶ王国の民を危険に晒し、生活の安定を脅かした罪により、ここに断罪する!」


 観衆はいよいよ騒然とし始める。


「聖女が王国を危険に晒すなんて……」「我々のこの生活が無くなるというのか……?」


 そこに聖女エリシアが声を上げる。


「あの結界の術式は、人々の魔力を奪い、生命に影響を与えるものです。それに、もし拡張を行えば、エルフの森を含めた王国の周辺にまでその影響が及ぶ可能性があるのです」


「何たる言いがかり! 王都の民よ、汝らは、結界の中にいて、少しでも魔力の不足を、あるいは身体の不調を感じたことがあるか?」


「それは……」


 エリシアが反論しかけたところで、観衆が騒ぎ出し、エリシアの声がかき消される。


「そんなものは感じたことがない!」「聖女は虚偽の証言を行っている!」「俺たちの生活は奪わせない!」


 ——これが王都なのか……何と醜い人々だ。


 アウレリオは自分のしようとしていることが正しいことだと確信していた。


 その脳裏に美しいフィオナの顔が浮かんだ。


 ——この王都にはこれだけ多くの人がいるが、フィオナより美しい女性はいない。それは容貌だけでなく、おそらくその精神においても。


 例外がいるとすれば、今まさに王都の民が糾弾している聖女の方だろう。

 それでも、聖女ですら、フィオナの方が気高さと美しさには敵わない、とアウレリオは思った。

 叶うことなら、もう一度だけでもフィオナと会いたい、そう思いながら、アウレリオはそっと断罪台に手を触れ、魔力を流した。アウレリオの顔が苦痛に歪む。



 断罪台が淡い白に光った。

 そして光は断罪台の後ろの塔を上り、魔導映像盤に到達すると、映像が切り替わる。

 奪われた技術には、アウレリアが最後に仕込んだ安全装置が残されていた。王家の魔導士たちが気づかず残ったその装置は、ヴァルガスの魔力に反応する。アウレリオの祖母アウレリアが仕込んだ仕様だ。すべての魔導製品がアウレリアの技術で作られたものである証左でもあった。



 ——百年前、宮廷魔導士のアウレリオ・ヴァルガスが生涯忘れることのなかった断罪。


 断罪台に記録されたその様子が生々しく甦る。


「聖女マルガレーテ・ルミエール、おまえとの婚約をここに破棄する」


 当時の王太子フリードリヒが、聖女マルガレーテに宣告した。傍には公爵令嬢クラリッサがついている。


「そして、守護結界への魔力注入を拒み、結界の安全性に根拠なき疑義を唱え、王国百万の民を危険に晒した罪により、ここに断罪する!」


「それは違います。私は、あの結界に邪悪な術式が込められているのではないかと疑っています。結界自体を見直す必要があると訴えているだけです」


 マルガレーテが反論を試みるが、その言葉はフリードリヒには届かない。


「マルガレーテ、おまえは王都からは追放だ。二度と王都の土を踏むことは許さん」


 マルガレーテはうなだれ、断罪台を後にする。


 観衆から激しい罵声を浴びながら。



 ……断罪が終わり、断罪台を降りる王太子フリードリヒに、クラリッサが耳打ちした。


「これで結界への疑いは封じられましたわね。辺境の命をいちいち数えていては、王都の生活など守れませんもの」


 そして王太子が答える。


「聖女も辺境の民も、王家の繁栄のために捧げられてこそ価値があるのだ」


 クラリッサがクスクスと笑った——



「何だ、この映像は? 止めろ!」


 王太子レオンハルトが喚き、周りにいた宮廷魔導士たちが必死に停止を試みるようだが、映像は止まらない。



 ——マルガレーテだけではない、数十年おきに、王家に異議を唱えた聖女が同じ罪状で軒並み断罪されていく。そして断罪を行った王家や上級貴族の者たちの多くが邪悪な笑みを浮かべ、聖女と辺境への嘲りを口にした。


 現王太子のレオンハルトと、貴族令嬢の姿も映る。


「辺境人間もだいぶ減ってしまった。魔力量の多い、エルフ族にまで結界を広げなければなるまい」


 そのレオンハルトの言葉に、貴族令嬢が手を叩いて賞賛する。


「それはすてきね。エルフ族の魔力ならきっと魔導機関の性能も上がりそうね」


「そのためにも、余計なことを言い出したエリシアのやつは排除しなければならない」


 レオンハルトが残忍な笑みを浮かべる。


「私が王太子妃として、あなたと、この王都を支えますわ」



 そして次の場面では、マグノリア村から失踪したアウレリアが断罪台に立っていた。


「私はこれから、王家に抗議に行く。彼らは聖女マルガレーテ・ルミエールの時代から、いや、おそらくそれよりも前から、王都の魔導機械の動力源のため、『守護結界』という名の搾取装置を作動させている。搾取しているのは、辺境の人々、さらにその周囲の森に住むエルフ族にも影響を及ぼしている。

 私の発明した魔力波形計がその証拠を示した」


 アウレリアが携えた黒曜石の測定器に魔力を通すと、中央の水晶針が震え、王城から四方に伸びる無数の魔力回路が浮かび上がり、魔力が王城に向けて流れていく様子が見えた。


「彼らが私の抗議に応じ、この愚行を止めるのであれば、あなたたちがこの記録を目にすることはないだろう。

 しかし、もし王家がこの悪魔の結界を維持し、鬼畜のような所業を続けるようであれば、彼らは私の魔導工学の技術を盗み、自分たちのために利用し、私は命を落とすことになるだろう。

 そして、あなたが今、この魔導工学で享受している生活は今日、ここに終わりを迎える。


 私の言葉が虚言でも何でもないことを、あなた方は間もなく知るだろう。恨むのであれば、愚かな王家やその取り巻きの貴族ども、そして、その愚か者どもに踊らされ、奴ら以上に愚かな自分自身を恨むがよい。


 そして、もし我がヴァルガス家の者がこの場にいるようであれば、一族を代表して言わせてもらおう。


 過酷な運命を、このヴァルガス家の『呪い』を背負わせてしまって申し訳ない」——


 ……そこまでの映像が終わると、アウレリオは記録石板を断罪台に添えた。


 塔の魔導映像盤にまた別の映像が流れる。


 ——アウレリアの魔力波形計が可視化した、村人たちの体内の魔力器官から伸びる魔力回路。それは上空に薄い皮膜のような結界に接続し、吸い上げられていく。


 ——マグノリア村の若い死体の一つ一つ。


 観衆が悲鳴を上げる。


 ——診断記録:外傷なし。病徴なし。魔力器官のみ萎縮。


「あの灯りは、誰かの命で点っているのか……?」「私の子どもが使っていた魔導玩具も……?」「俺たちは辺境の人間を殺していたのか……?」


 ——最後に、アウレリオの顔が映る。初代アウレリオととても似た容貌で、その姿が重なる。


「ヴァルガス家は、奪った命で動く文明を認めることはできない。ゆえに、王都守護結界に接続されたすべての魔導機関を停止する」——


 魔導映像盤がふっと消え、王都の魔導灯が次々と消え、魔導列車が動きを止めた。


 月明かりだけが照らす暗い王城前広場で、観衆はパニックに陥り、騒ぎ立てていた。

 王太子レオンハルトは断罪台の上で、膝をついた。民衆たちは王家への罵詈雑言を放っていた。


 アウレリオは魔力の欠乏を強く感じ、断罪台の前に倒れた。


 激しい騒音の中、聖女エリシアの声が聞こえた気がした。


「百年もの間、この日のために祈り続けて、今日その祈りを届けてくださったのですね……。感謝してもしきれるものでもありませんね……」


   ※


「アウレリオ! 目を開けて!」


 その声に反応したアウレリオは、眠気に抗い、何とか目を開けた。


「ああ、フィオナ……。なぜこんなところに……?」


「あなたが戻ってこないんじゃないかと思って、私も魔導列車に乗って追ってきたの……。今、治癒をするから……」


「いや、いいんだ、フィオナ……。もう治癒魔法でもどうにもならない。僕の寿命なんだ」


「いいから、黙って!」


「……これはヴァルガス家の『呪い』……いや、『償い』なんだ」


 フィオナは必死に治癒魔法を施す。


「百年前……アウレリオ・ヴァルガスが描いた結界の魔法陣で……マルガレーテが一度だけ込めた魔力が、邪悪な結界を発動して、エルフ族にも影響してしまったんじゃないかって……。フィオナの両親のことも殺してしまったんじゃないかって……。その上、フィオナの寿命も奪い続けていて……。本当に申し訳ないことをした」


 アウレリオは真っ暗な空を見上げる。


「でも、結界の魔力回路はもう焼き切れたよ。辺境も、エルフの森も、もう安全だ。ヴァルガス家は君に甘えすぎて、縛りすぎてしまった。君はもうどこにでも行けるんだ」


 フィオナの目から涙がこぼれ落ちる。


「……僕はもう少し生きられるんじゃないかと思ったんだけど……人族は弱いよね」


「そうよ……。あなたたちは弱くてすぐに死んでしまう。結界のことも知っていたわ。私から魔力が吸い取られているのも知っていたわ。でも、それでよかったの。魔力を取られて、寿命が奪われれば、いつか私もあなたたちと同じように、同じ時間の流れで、同じ時に死ねるかもしれないと思っていたのよ……」


「そんなことを言わないで……。君の人生はまだこれからだ。美しいフィオナ……」


「あなたなしでどうやって生きていけばいいの……?」


 アウレリオの瞳からも溜まった涙が溢れた。


「無事に戻れたら、と思っていたんだけど……」


 そう言ってアウレリオが古びた上着のポケットから何かを取り出した。


 それは指輪だった。


「結婚式を挙げたかった……。君のために」


 アウレリオがフィオナに指輪を差し出す。


「お願い……。いかないで……」


 アウレリオの瞳が閉じた。


 フィオナは指輪を握りしめ、彼の胸に額を乗せた。


「あなたと一緒に、歳を取っていきたいの……」



 その声を聞く者は、もういなかった。

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― 新着の感想 ―
悲しい物語。せめてもの救いは王都の民が自分達の豊かさの為に辺境の民を犠牲にして当然って考えで無いことかな。この後王家は失脚しそうだし。
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