3話 それはあなたの青
第二王子との結婚は、あっという間にまとまった。
そこに私の意志は介在していない。
父は、嫁ぎ先に難儀している娘を片付けることができる。
王家は、事実上婚約者に指定しておきながら、
直前で流したシミを洗い流せる、双方に利のある話だった。
本来ならば第二王子は、
婚姻後に一代限りの公爵位を受けて臣下に下る予定であったが、
王太子夫婦にまだ子供がおらず、その兆候もないことから、
「王子」としての身分のまま王家に残ることになった。
結果、私は王太子妃ではないものの、王子妃としての身分は得られることになった。
もしこのまま王太子夫婦に子供が生まれなまま、
何事かが起これば、第二王子が王位につく可能性は十分にあり、
なにより私が男子を産めば、その子供が王位に就くことになる。
そうか…。
だから、父は第二王子との婚姻を急いだのか。
けれど、第二王子と夫婦になる私には虚しさしかない。
地位や名誉など、私は興味がない。
私は、ただ、あの人が欲しかっただけ。
時々見せてくれた、素のままの、あの人が欲しかった。
はにかんだ笑顔を独り占めしたかっただけ。
父に逆らうことなく、逆らえないように生きてきた私は、
第二王子との結婚を唯々諾々とするとかなかった。
私と第二王子は王家の結婚としては異例の半年後には結婚式を迎えた。
王太子夫婦にいまだ子がなく、その兆候すらないことからも、
危機感を感じた王家側が結婚を急いだこともある。
もちろん、私の父も乗り気だったので、ことはとんとん拍子に進んだ。
政敵などからはかなりの横やりがはいったが、王家の意向を振りかざされれば、黙るしかない。
王家に男子の子供がいないことに、危機感を募らせたのは、王家だけではない。
王太子には、子はなく、そして側室もない。
もしかしたら、自分の娘を側室に差し出せるかもしれないという可能性もあることから、
政敵たちも第二王子と私の婚姻には目をつぶったのだ。
よその国から来た王妃が後継を産み、何かと横やりを入れられるくらいならば、
政敵だろうが、いけ好かないだろうが、そこは、自国の娘が母親のほうが良いのだ。
現に、幾度となく、王太子に側室をという話は出ているが、
王太子妃の生国が、難癖を付けて来ていることからも、その可能性は否定できない。
様々な思惑を、私と第二王子の婚姻は含んでいた。
迎えたその日。
王太子の結婚式より、華美さを抑えたにもかかわらず、
洗練され様式美が際立つそれは美しい式だった。
結婚式までの期間が早かったため、私は、一からドレスを作る間もなく、
すでにあるたくさん候補のある中から、あえて純白のドレスを選んだ。
白い肌にも負けない純白の生地には、
銀糸で織り込んだ繊細な刺繍と、ダイヤモンドを埋め込み、アクセサリーはパールで統一した。
たくさんのお針子たちが昼夜問わず交代制で刺繍したドレスは、
既製品だとは思えないほど、誰もが息をのむ美しさだった。
自分の持ち得る全てを利用して、金に糸目をつけずに美しく装ったのには理由がある。
私は、王太子に自分の選択が間違いだと突きつけたかったのだ。
なによりも、王女という身分だけで、嫁いできたあの女に
「女のとしての格の違い」を見せつけたかったこともある。
いつも涼しい顔をして、時に私を揶揄するあの表情を崩してやりたかった。
王女はいつも、人は容姿の美しさではなく、中身が大切なのだと偉そうに蘊蓄をたれるけれど、
人は見た目を気にする生き物だ。
実際、結婚式に参列した王太子妃は、自分の時との違いに悔しそうに俯いていた。
自分たちより華美さはないのに、美しい挙式。
自分達の国の権威をひけらかすためだけに、用意された象牙色肌の色と同化したドレス。
首元につけられたダイヤモンドと真珠で出来たゴテゴテしたネックレス。
盛りすぎてしまった化粧。
美しい王太子の隣に立つことになったあの日の自分。
ほら見てよ。
結局、どんなに気高くあろうとしても、人は醜い嫉妬から逃れられない。
劣等感や嫉妬は「同じ土俵」に居たと思っていた相手が、自分より上にいると感じるものだ。
王女はいま、私と自分を比べたのだ。
少しだけ胸がすっとした。
夫となった第二王子は公爵夫人となった令嬢を未だに心から愛しているようで、
私との初夜には来なかった。
それもいいと思った。
私も疲れ果てて、私もそのような気分にはなれず、
なによりも同じ王城に彼がいると思うと心が千々に乱れていて、
外の男に抱かれるのは、苦痛だったから。
第二王子も夫として自分に課せられた使命は理解していたのだろう。
翌朝、初夜に一人にしたことを、私に真摯に謝罪して、
今後は、夫婦として私を気遣うと言ってくれた。
本来、この人はとてもいい人なのだ。
相手を気遣う優しさもある。
ただ、他の人を愛せないだけで。
この人も私と同じなのだと思ったら、夫に親近感がわいた。
だからだろうか。
第二王子との結婚生活は思ったほどに酷くはなかった。
結婚から半年が過ぎ、徐々に公務が増えてくる頃、社交シーズンは終わりを告げた。
私は王太子妃となるべく教育を受けてきたこともあり、王子妃として概ね及第点をもらっている。
その点では私はあの王女と違う。
侍女がそっと耳打ちをしてきた話では、王太子夫婦仲が少し荒れているらしい。
そのうえ、王太子妃は陛下や王妃にまで煙たがられていると聞いた。
それもそうだろうと思う。
王太子妃は本来であれば、王位を継ぐ予定であった人だ。
だから、為政者としての教育をうけてはいても、妃としての教育はほぼ受けていない。
王と王妃は、権限は似ていても、異なるものだ。
両雄並び立たずという言葉もあるように、
王妃や王太子妃に求められているのは、支える側であって、
表に立つことや、陛下や王太子に皆のいる前で指図することではない。
王太子妃はその違いがわからぬまま、王太子や王の施政に、横やりを入れていると聞く。
有能ではあると思う。
けれど、場をわきまえなければ、わが国内では「よそ者が」となるのは仕方がない。
その結果、王妃は王太子妃を毛嫌いし、口も利かない仲となった。
王も重要な事柄を決める際には、王太子妃を呼ばないことにしたらしい。
有能であることは、賢いこととは別物だ。
王太子妃である王女に求められているのは、
有能であることではなく、賢さだと気づかないのか。
つくづく、バカな女に成り下がったものだ。
私は最近、この王太子妃に劣等感を感じなくなった。
王妃はことあるごとに私と王太子妃を比べて、蔑むようになった。
私も自分で嗤ってしまうくらいに、幾重もの仮面をつけて、王子妃としてそつなく立ち回っている。
そうなると逆に哀れだと思うようになってきた。
ただ、私の大切な人間を奪ったのだから、もっと苦しめばいいのだ。
比べるまでもないと思っていた私と自分の現状を知って、
もっと、もっと劣等感を抱いて、私に嫉妬すればいいのだ。
私が身を焦がすほどに感じた嫉妬を、王太子妃も味わって欲しい。
醜い感情を持て余して、嘆き、千々に乱れればいい。
社交シーズンが終わると同時に、夫の元気が無くなった。
令嬢が領地に行くことになったからだ。
みるからに落胆していたので、なぜだか、かわいそうと思ってしまった。
そしてふと思う。
夫は、令嬢の夫に嫉妬はしないだろうか。
王太子夫婦は婚姻から3年になろうとしているが、王太子妃にはいまだ妊娠の兆しがない。
どちらかといえば、夫婦の間には隙間風が吹き始めている。
夫が漏らしていたが、子ができない理由を王太子のせいだと、
妃の国の人間が非難したそうで、互いに中傷しあっているらしい。
本当に、バカらしい。
子供など、出来ないときには出来ないのだ。
一方で、父は、私に一刻も早く子供を産むように圧力をかけてくるようになった。
政治的な駆け引きは私にはわからない。
ただ、他国から嫁いだ王太子妃には、
「王女」という肩書と国の後ろ盾はあっても、「貴族」からの後ろ盾はない。
だから、もし、これで私が夫との子供が生まれれば、子は王太子を差し置いて王位を継げる。
父に期待するなとはとても言えない。
夫とは愛情ある関係にはならなかったが、
互いに自分の好きな相手を抱けない虚しさと寂しさを紛らわせたくて、閨で肌を幾度も交わした。
交わした後に、互いに心が死んでいくのだ。
この関係にどんな名前をつければいいのだろうか。
私たちが結婚して1年がすぎ、再び、社交シーズンがやってきた。
王太子夫婦はいまだに子供ができないまま、王太子妃は今年30を超えた。
すでに妃には子は生まれないものとして、王太子の側室選びが本格化したが、
王太子妃は何かにつけては、難癖をつけて夫を困らせる女になり下がった。
そんな矢先、私の夫はあの令嬢とスキャンダルを起こした。
とある公爵家の仮面舞踏会で、
二人は密会し、愛を交わしていたところを見つかったのだ。
夫は自分が誘ったのだといい、令嬢は私が寂しさからお願いしたといい、
互いが互いをかばいあう、はたから見たら引き離された恋人の美しい場面だ。
私からしたら、とんだ茶番劇でしかない。
王家はどこまでも我が家をコケにすると父は怒り心頭で、私を王城から自宅に連れ帰った。
そして、私はひそかに一人の男の子を生んだ。
夫との子供だ。
父に王城から連れ帰られた際に、懐妊していたと気がついたのだ。
いま、わが国は王家の根底が揺らぐほどの騒動の渦中にいる。
夫と令嬢のスキャンダルは社交界の話題まとだ。
妻がありながら、家臣の妻を寝取ったのだから、さすがの王家も握りつぶせない。
その後に判明したのは夫と令嬢は、令嬢の婚姻後も、私との婚姻後も、
その関係が続いていたことだ。
明らかな不義である。
これだけの汚辱を着せられたのだ、我が侯爵家も、
令嬢の嫁ぎ先の公爵家も並大抵のことでは納得しない。
王はまずこの件に頭を痛めた。
次に夫の処遇に頭を抱えた。
王太子夫婦に子供がまだいない以上、第二王子は王家の大切な後継者だが、
スキャンダルが大きすぎて、無罪放免とはできなかったのだ。
そんな矢先に、実は王太子妃が、もう子供望めない体と判明した。
もともと月のさわりが不定期で、ここ1年は全くないそうだ。
それがわかっていながら、王女を押し付けたのかと、いま外交面でももめている状態だ。
王太子も初恋の女性との甘い新婚生活などは、
すでに忘れて今では口も利かない関係となった。
そのくせ、王太子が側室を取ろうとすると、自国の権力を使って脅してくるそうだ。
馬鹿な女だ。
男はそんなことをされれば、されるほど逃げていく生き物だ。
ましてや、愛がなくなれば、子もできない女と睦合う男は数少ない。
このままでは王室が終わることにもなりかねない。
王は、ひとまず王太子に側室を娶るように言った。
何人でもいいからと。
それじゃ種馬だと王太子は嘆いているらしいが、それは、あなたの自業自得でしょ。
だけど、あの人が新しい女を作ると思うと、再び嫉妬に身が焦げる。
あの悔しさを私は二度と味わいたくはない。
だから、私は禁断の書を手に取った。
それは、我が家に伝わる呪いの書。
自分の命と引き換えにして、たった一つだけ叶えられると言われている。
あの人に一生、私を覚えてもらうためのたった一つの方法。
私はこの身を引き換えにして「王太子に子供が出来ない」呪いをかける。
いずれ私の産んだ子供は、王太子になる。
そうすれば、私は一生、彼の記憶に残り続けることが出来る。
自分が死んだ後に王太子がどうなるかなんて、もうどうでもいいの。
ただ、欲しかった者か手に入らないなら、壊してしまいたくなるの。
「私。今とても幸せよ」
ねぇ、王子様。
女の怨念は恐ろしいものなのよ。
これから一生かけて、それを理解してね。
私の瞳に最期に映し出されたのは、青い空。
あの人の瞳の色。




