表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の約束〜滅びの約束を越えて〜  作者: はる
約束の残響

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/109

第八十話:風に乗せて

フェリシアで誕生日の朝を迎え、昼まで村中の人たちに祝われて――

ようやく村を後にした私たちは、サルミール大陸へ渡るため、港町アルマリスを目指していた。


街道を抜ける風は柔らかく、草の香りが心地いい。

けれど、その穏やかさの裏で、胸の奥が静かにざわついていた。


「――静かだね」


アズルとリュミエの蹄の音が、整ったリズムで大地を叩く。

乾いた風に混じって、花の匂いがかすかに流れてきた。


「帝都の情報が広まって、人の動きが止まっているんだろう。派手にやったからな」


ファルが楽しそうにクスッと笑った。


確かに、あの“鏡に覆われたような”光景は圧巻だった。

害がないと分かっているから私たちは笑っていられるが、帝都の人たちは――きっと、大混乱だろう。


「原因を予測できるのは、教会魔術師ぐらいかな?」


「インヴィクトゥスの笑った顔が目に浮かぶな」


「カリグナスは呆れてそうだけど」


思わず二人で笑ってしまう。

その笑い声が風に溶け、どこまでも遠くへ運ばれていった。


不安はある。恐れもある。

けれど――ファルとこうして並んで話せる時間だけは、手放したくない。


それでも、私は聞かなければならない。


「ねぇ、ファル。あの現象は、魔術じゃないよね」


吹いた風が、私の問いを載せて世界を駆け抜けていく。

ファルは少しだけ目を細め、風下の空を見上げた。


「――話さないと、ダメ……だよな」


その声は穏やかで、どこか諦めにも似ていた。

ファルは泣いていない。

でも、風に乗って運ばれた一枚の葉が、陽光を受けてきらりと光った――まるで、涙のように。


アズルの歩みが止まり、ファルは静かに地へ降り立った。

黒いローブが風を孕み、広がるたびに影が形を変える。

まるで、彼の中にある“秘め事の数”を映すかのように。


「少し、座って話そうか」


そう言って振り返ったファルの瞳は、

いつもの優しさを湛えながらも――どこか遠くを見ていた。


私はリュミエから降り、ファルの隣に腰を下ろした。

陽は少し傾き、草原の上に淡い金色の影を落としている。

風が吹くたび、髪が頬をくすぐり、心臓の鼓動が耳の奥でやけに大きく響いた。


「……このまま黙ってた方が、きっと穏やかなんだろうけどな」


「黙っててほしくはないよ。知りたいの。あなたが見てる“世界”を」


私の言葉に、ファルは一瞬だけ目を伏せた。

けれど次の瞬間、微笑を浮かべたまま空を見上げる。


沈黙の中で、雲の形がゆっくりとほどけていく。

陽光が差し込み、草の一面を淡く染めた。


「サラ、世界っていうのは不思議だ。人が何かを隠そうとすると、必ず誰かがそれを見つけようとする。まるで、呼吸をするみたいに」


「……それは、私たちのこと?」


ファルは答えない。

けれど、その沈黙のやわらかさが、どこか優しくて切なかった。


「――俺は」


小さく息を吐き、彼は続けた。


「俺は、一体何者なんだろうな」


その声は、風に溶けて消えていく。

強くも弱くもない、ただ静かな響き。

けれどそれは、今まで見せたどんな笑みよりも――

ずっと、人間らしかった。


「――ファルはファルだよ。見失っちゃ、ダメ」


それは、ファルが私に掛けてくれた言葉と同じ。


ファルは空を仰いだまま、薄く笑った。


「……そう、だな。こんな話をするつもりじゃなかったんだが」


風がそっと、二人の間を通り抜けた。

金色の草が揺れ、陽はゆっくりと傾いていく。

その光の中で、ファルの影と私の影が、静かに重なっていた。


「サラ、俺は――世界を少しだけ触ることができる。……それはもう、人ではない」


その声には、悲しみよりも祈りが混じっていた。

まるで“それでも、生きていたい”と願うように。


私はその言葉を受け止め、静かに笑った。


「大丈夫だよ。――だって、私がいるから」


風が頬を撫で、金の光が揺れる。

ファルがわずかに目を見開き、それから――ほんの少しだけ、微笑んだ。


きっと変えられる。

“私が望む未来なんてない”と思い込んでいた漠然とした不安は――どこか遠くへ、風とともに溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ