第七十九話:約束されたもの
朝の光が、ゆるやかに家を満たす。
「『おめでとう!』」――両親の声が重なる。
今日は折角の誕生日なのだからと、両親に引き止められ、
仕方なく、出立を午後に延ばすことになった。
ファルも苦笑いしながら、断らなかったあたり――
きっと気遣ってくれたのだろう。
テーブルには、村の人たちがお祝いだと持ってきてくれた料理が山のように並んでいる。
焼きたてのパン、香草を添えた煮込み、甘い果実酒――
どれも見慣れた味なのに、なぜか胸の奥が懐かしくなった。
フェリシアでは、誕生日を村全体で祝うのが小さな習わしだ。
誰かの笑顔が、みんなの幸せに繋がると信じられている。
けれど――今日は、少しだけ胸がざわつく。
嬉しい。でも、心の奥が静かに疼いている。
この笑顔の時間が、長くは続かないと――どこかで分かっているから。
ここは、私が帰ってきていい場所だ。
きっと、笑顔で迎えてくれる。
でも、その時、私は笑えるだろうか。
――ファルの笑顔は、隣にあるだろうか。
「今は、生きたい」
あの時、そう言ったファルの顔を思い出す。
その瞳に浮かんでいたのは、悲しみか、恐怖か、あるいは孤独か――そう思っていた。
でも、違う。
あの目は――生も死も、もう選べない者の目だ。
「サラ、誕生日うれしくないのか!?」
考え込んでいた私の耳に、お父さんの心配そうな声が届く。
ふと顔を上げると、子どものような無邪気な笑顔がそこにあった。
思わず笑みがこぼれる。
「……私より、お父さんの方が嬉しそうだね」
その瞬間、部屋の空気が少しだけ柔らかくなる。
朝の日の光がまた、ゆるやかに差し込んできた。
これほど爽やかで、明るくて――それでも、どこかくすんだ朝の光を、
私はもう二度と見ることはないだろう。
ちらっとファルを見ると目が合い、
いつもの優しい表情を覗かせながら口を開いた。
「サラ、俺からも――誕生日の贈り物だ」
小さな箱を受け取り、じっと箱を見つめてしまった。
開けてしまったら、何かが終わってしまう。
そんな気がした。
「サラ? 開けないの?」
お母さんの声――。
ああ――ダメだ。
私、泣いちゃう。
涙を堪えて俯いた、そのとき。
ファルが、箱の蓋をそっと開けた。
やだ――見たくない。
目をぎゅっと閉じた私の耳に、お母さんの柔らかい声が響いた。
「綺麗――ピンクダイヤのブレスレットなんて、素敵じゃない」
それは、何も壊さない。
ファルからの贈り物。
『約束された愛』――お母さんがそっと紡いだその言葉は、
私の、ほんのささやかな希望だった。
ファルの目には、はっきりと私の笑顔が映っていた。
――この瞬間だけは、永遠に閉じ込めておきたかった。
けれど、朝の光は残酷なほど優しく、私たちを先へ進ませる。




