表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の約束〜滅びの約束を越えて〜  作者: はる
杯と蛇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/109

番外編:後悔の重み〜宮廷魔術師サラ〜

これは、サラがまだ「宮廷魔術師」と呼ばれていた頃の物語。

彼女が“光”と“秩序”の狭間で初めて迷い、そして――決意した日のこと。


その日、いつも通り帝都の定期巡回をしていた私は、とある女の子と出会った。


多少の貧富の差はあれど、貧民と呼ばれる層はいない程度に裕福な国。

それがラーベル帝国だ。

でも、私が見つけた女の子の服はボロボロで薄汚れていた。


「キミ、そんなボロボロでどうしたの?」


声をかけると、ビクッと肩を震わせて走り出してしまった。


私は反射的に駆け出した。

石畳の路地を抜け、角を曲がるたびに少女の姿が消えそうになる。

小さな足が何かを追い払うように音を立てて、薄暗い裏通りへと消えた。


「待って、私は――!」


伸ばした手は空を切り、代わりに埃っぽい空気が肺に刺さる。

ようやく足を止めたとき、少女は路地の奥の木箱の影に身を潜めていた。

膝を抱え、怯えた目でこちらを見ている。


年の頃は十にも満たないだろう。

髪は灰色がかった金で、汚れた頬の下の瞳だけが妙に澄んでいた。


「……怖がらせてごめんね。私は宮廷魔術師のサラ。悪い人じゃないの」


そう言ってしゃがみ込み、そっと手を差し出す。

少女はその手を見つめ、しばらくの間、動かなかった。


「魔術師……」


小さな唇が震える。

その言葉の響きに、私の胸がざわついた。


「お母さんが言ってた。魔術師は、人を連れていくって」


「……え?」


「教会に行った人は、帰ってこない。みんな消えちゃうの」


風が、静かな路地を通り抜けた。

教会にそんな噂はないはずなのに、背筋が冷たくなった。


「……お母さんは?」


少女は答えなかった。

代わりに、汚れた手で胸元の小さな紐飾りを握りしめる。

それは――教会の祈り子がつける印。


私がどうしたものかと悩んでいると、背後から声がかけられた。


「やっと見つけました。ほら、教会に行きましょう」


振り向くと、教会の法衣を纏った神父が立っていた。

教会にいる子どもが、なぜこんなボロボロの格好なのか。

私が警戒を露わにして神父を睨むと、神父は肩を竦めた。


「そんなに警戒しないでください。私はその子を先ほど見つけて、保護しようとしただけですよ」


神父の声は柔らかく、表情も穏やかだった。

けれど、その眼差しだけが笑っていなかった。


「……保護?」


「ええ。たまに怖がって逃げる子がいるんですよ」


そう言って神父は少女の肩に手を置いた。

その瞬間、少女の体がびくりと強張った。


私は反射的に一歩前に出る。


「その子が怯えています。あなた、本当に神父なんですか?」


「もちろんですとも」


神父は微笑を崩さない。


「この子は“選ばれた子”ですから。皆の祈りを捧げる尊い存在なんですよ」


「選ばれた子……?」


「はい。神に最も近い魂を持つ子どもだけが、祈りの儀式に加わることを許されるのです」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざらついた。

だが、教会に逆らうのはあまり良い判断ではない。


「後で、会いに行かせてもらっても大丈夫、ですよね?」


「ええ、何時でもお待ちしていますよ」


神父に手を引かれて連れて行かれる背中を見て、死者を見送る気分になった。

街の喧騒の中で、鐘の音が遠くに響く。

それはまるで――少女の足音をかき消すようだった。


私は、ただ立ち尽くしていた。

声をかけることも、追いかけることもできなかった。

あのとき、もう一歩だけ踏み出せていたら――

きっと、何かが変わっていたのだろうか。


けれど、私には“帝国の秩序”という鎖があった。

正義を語るその鎖が、少女の手よりも強く私を縛っていた。


その夜、眠れなかった。

闇に響く鐘の音が、何度も胸の奥を叩いた。

あの子の名も、あの瞳も、風のように焼きついて離れない。


その次の日の朝、巡回中に人だかりを見つけた。

街の水路に、子どもの遺体が浮いている。


引き上げられた遺体は――昨日の少女だった。


あの時、私に踏み出す勇気があれば、この子は死なずに済んだ。


人目を気にする余裕もなく、泣きじゃくるしかできなかった。


――それが、私が抱える「後悔の重み」。

どんな光を手にしても、消えない影。


だから私は――真実に向かって歩くんだ。

この出来事は、サラの中で長く消えない影として残り続けます。

それが、彼女が「真実」を選び取るきっかけとなったのです。


――たとえ、その先に待つものがどんな闇でも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ